辺獄
☆
エッダの思わぬ才能を朝から目の当たりにし、彼女の正式な雇用もその場で決めた。
目を引くPOPの作成や、ポスターの作成など、識字率がそう高くないこの世界、特に最低限の文字しか読めない冒険者も多いことから、それらを作ってディスプレイすることの意味は計り知れない。
その点でエッダは大きな価値を見せてくれたと言える。棚からぼたもちとはこの事か。
そんな風にエッダをべた褒めしながら肩に担いで朝からはしゃぎ回る俺を、コットンが頬杖ついて面白くなさそうに見ている。
……コットンは最近ちょっと元気がない。いや、不機嫌なのだ。
理由はわかる。なんとなく多分そうだろうな。
という位だが、理由は多分俺のせいなんじゃないかなぁと、薄々思ったりはしている。
自意識過剰かも知れないので、なんか怒ってる? 俺のせい? とかは絶対聞けないチキンな俺なのだが。
「……朝からたのしそーだね。ダーちゃん」
「あ、あはは。ああ、まぁ。うん……おはよう、コットン」
「ん」
そういって視線を手元に戻し、お湯が湧いたことをピーっと知らせる電気ケトルの笛の音を切り、カップ麺にお湯を注いでいる。朝から豚骨か……。
「じゅるり……」
エッダが俺の方の上でよだれを垂らす。
それはいいんけど、俺の頭になにかポタポタ落ちる感覚があるのだが、エッダ?
「ん? あんたも食べんの? そっちの部屋から適当に持ってくれば?」
「いいの!?」
「いーんじゃない? ……いーんでしょ?」
そういって俺をチラッとみるコットン。俺は頷いてエッダを降ろすと、起きてきたリンとファンに、ヒュミルとエッダを食料庫に連れて行って朝ごはんを選ばせてくれるようにお願いした。
「……なに? ウチの顔になんかついてる?」
「いや、なんか、ごめんな。勝手に……色々決めちゃって」
そういうと、ピクリと一瞬麺を持ち上げる腕が止まるが、再び口に箸が運ばれる。
「別に、いーんじゃない。マスターが好きに決めたら、ここはダーちゃんの店で、あそこはダーちゃんのダンジョンでしょ」
「”俺たちの”ダンジョンだし、店だよ。勿論コットンも入ってる」
「……ふん」
そう言ってちょっと頬を赤くして、コットンは手元のカップ麺に集中する。
ふーむ。嫌われてるわけではなさそうなんだが、やはりこないだも含め、何回か俺がマスター権限で命令してしまったからだろうか?
それ以外だと……アコのこととか?
いや、やっぱり俺が勝手にダンジョンの事も店のことも相談せず決めちゃうからだろうなぁ。
コットンは俺の相棒だし、副店長なんだから、ちゃんと相談しなきゃいけなかった。
ちょっと反省しよう。
そんなことを考えていると、4人がそれぞれ食べたい物を持って戻ってきた。
ファンはチョコシリアル、ヒュミルは卵ポケットがついたラーメンか。生卵はないんだ……すまない。
エッダは両手にミニサイズを2つ持ってニコニコだ。
そしてリンが5個持ってきたので、流石にスパーンと頭を叩いて2個は没収した。
するとエッダがピュンっとコットンの所まで小走りで向かい、両手でミニサイズヌードルを見せつけながら「おねーちゃんが食べてたのと同じヤツ! あったの!」と、嬉しそうに報告していた。その手にはチリトマトと豚骨。両方コットンが好んで食べている奴だ。
コットンはそれを見て片眉をあげ、何を言うかちょっと困ったようにしたあと、「ふーん、良いじゃん」とぶっきらぼうに答えてあげていた。
エッダはそう言われて嬉しそうに抱きつこうとしたが、ひらりとコットンに身をかわされてコットンの座っていた椅子を抱きしめる。
「むー!」
「いいから食べな。……ダーちゃん、ちょっと付き合って」
「お、おい? 俺まだ朝飯食ってないんだけど……」
ふわりとエッダをかわして俺の腕をつかみ、引きずるようにコットンは地下へと向かう。
皆には先に朝ごはんを食べておくのと、開店時間になったら店を開けて置いてほしいとお願いし、俺はお店の地下倉庫、現在は主にダンジョンへと移動するためのエレベーター呼び出し場所となっているその場所へと訪れていた。
なんだかんだと店のことが忙しかったことと、アコが地上にいるのでダンジョンの操作もある程度出来てしまうことなどから、このコアルームに来るのは実に数日ぶりだ。
コットンは夜になるとこの部屋に戻っているため、実質的にここはコットンの部屋というような気持ちになる。
年頃の女の子の部屋。雪子の部屋は殺風景でものが少なかったけど、こっちは目が痛くなるようなショッキングピンクなカーテンやフリフリが目立ち、違いを感じさせる。
「んでさ、ダンジョンなんだけど、結構ヤバイことになってる」
コアルームでディスプレイを展開しながら、コットンが突然そんなことを告げる。
姿を見なかったと思えばこの部屋にいたらしいアコが、その隣で珍しく口を挟まず神妙な顔をしている。
「そこのポンコツがちゃんと報告してるかと思ったんだけど、その顔見たカンジ、なんも知らないっぽいね」
「な、なにか問題が起きてるのか? 冒険者は結構入ってるだろ? ソウルだってほら、それなりに溜まってるじゃないか」
そう。ソウルはこの1週間で100ポイント以上溜まっている。
消耗品で結構なポイントを消費していることを考えても、順調といえるはずだった。
「ふーん。じゃ、これみてみ。同じことが言える?」
そう言われて更に分割されて展開されるディスプレイ。
5層までは以前見た時と変わらない。しかし異常は6層以降、10層に渡るまで発生していた。こうして見せられれば理解できる。
「……なんだよ、これ」
見せられた画面の中、6層から10層まではアンデッドでギチギチに溢れかえっていた。
それだけならば今までと何もかわらなかったが、そのアンデッド達がお互いを貪り喰い、殴り合い、殺し合いをしている。まるで地獄の底のようなその光景に、思わず怖じ気が走る。
「……あの子達がなんでお互いに殺し合ってると思う?」
「……モンスターだから……じゃないよな?」
「ぶっぶー……違うし、ほんっとこれだから……。いい? あの子達はね、ああして数を減らして、自分たちで潰し合わないと、外に飛び出さなきゃいけなくなっちゃうの。そうなればもうおしまい、スタンピードだよ」
ダンジョンからのモンスターのスタンピード。
ダンジョンで繁殖したモンスターが溢れかえり、激流のように近隣の村や街を飲み込む現象で、ギルドは絶大な被害をもたらすそれらの災害の防止を第一に考えていると、リンから以前聞いていた。
「アンデッドは魂が肉体よりも意味を持つんだ。だから自分たちの意思ですぐにスタンピードなんて起こさないの。それにここの子達はみんなダーちゃんの忠実な下僕。だから、ダーちゃんが困るようなこと、したくないんだってさ。ダーちゃんが言ったみたいに、このダンジョンは順調じゃん? 誰が侵入者共が対応出来る数を調整してると思ってる? 誰がこの群れを抑えてると思ってる? 言っとくけとウチやポンコツはなんにもしてないかんね。だけど、この数が上に押し寄せたらもうおしまいって、この子達はわかってんの。ちょっとありえないよ、こんな自立性のあるダンジョンモンスターなんて、よっぽどダーちゃんの事が好きなのかな?」
「俺のことが好きって……。だって、こいつら殆ど俺にあったことなんでないだろ……。
なんでそんな、そこまで義理立てするんだ?」
「多分だけど。、ウチがマスターと深い関わりがあるっていうこともあるかも。でもそれだけじゃないよ。なんていうかな、ダーちゃんはこのダンジョンの子ら皆のおとーさんみたいなもん? だから、むー……。なんていえばいいんだろ」
そこまで言われて、俺は頭を思い切りぶん殴られたように感じた。
ダンジョンの繁殖で勝手に増えて、冒険者と殺し殺されていくだけのモブ。そう思っていた。
実際そういった面もあると思うが、ここはゲームの世界じゃないんだ。
今更になってコットンに確認すると、アンデッドは感情が無いわけではないらしい。
そもそも自我がかなり曖昧になっているから非常に存在が希薄だし、個体差もあるらしいが、感情も、時には記憶だって残っている場合がある。
それが強い場合、より強いアンデッドとなる可能性が高いそうだ。
ただしこれは、基が人間や亜人から生まれたアンデッドの場合。
ダンジョンで生まれた彼ら、彼女らはといえば、その魂の基にダンジョンの意思と呼ぶべき一つの大きな意思を、かなり希薄ではあるが全員が共有している。
つまり全が個であり、個が全である。
オールフォーワン・ワンフォーオールを文字通り地で行く存在であり、ダンジョンモンスターとしても結構特殊な存在なのだ。
しかし希薄とは言え、アンデッドの法則、強ければ強いほど感情が、自我が強まるのは変わらないらしく、そしてダンジョンは下層に行くほどモンスターの強さもあがる。
6層以降の異常な行動は、彼らのレベルが上層より高いことから発生していると、コットンは結論づけた。
「アコは知っていたのか?」
「……申し訳ございません。マスター。アコは知っていたデス……。自分のことデスから。でも、マスターはショップにいらっしゃる時間の方が、その、活き活きとしてらしたので、言えなかったんデス……」
ごめんなさい。とシュンと俯くアコ。
それを見て、自分のアホさ加減に泣きたくなる。
ここまで言われ、聞かされれば鈍い俺にもここ最近のコットンの不機嫌の原因が見えてきた。ここまでお膳立てされて、やっとというのが正しいか。
俺がこのダンジョンのマスターで、ここで生まれた者にとっては親にも等しい存在。
そんな俺がショップのことにかまけ、リンやファン、それにエッダとヒュメルも加わって、ダンジョンマスターにとって敵であるところの人間の面倒ばかりみているのに、この子達の事は見てくれない。
コットンはそう思ったんだろう。
我ながらネグレクトもいいところだ。。
親がいないのに親の言うことを聞く気持ち、俺だって知ってるはずなのになぁ。
「アコ、今冒険者はいないな? いないなら、全階層に俺の声を届けてくれ。出来るか?」
「は、はいデス! 勿論できるデス!」
そう言うとアコはテキパキとウィンドウを開き、コアに手を触れると、コレに向かってどうぞと俺を促す。
「あー。テステス。初めまして。えーっと、俺はお前たちのマスターだ。わかる、よな?」
俺の声が聞こえた瞬間、全階層のアンデッド達が動きをとめ、少し上を見上げて硬直している。めっちゃ怖いんだけど、これ、ちゃんと聞こえてるんだよな?
少しリアクションを不安に思っていると、コットンが聞こえているから続けてOKと合図してきた。
「あー、聞こえてるみたいだから、このまま話すぞ。まずは今までほっといてすまん。2層、3層、4層、5層の皆。いつもダンジョンの防衛、それに冒険者の運搬をしてくれて、ありがとう。俺の命令を忠実にこなしてくれているお前たちには感謝している」
そこまで言うと、2層、3層のゾンビはニヤァっと口端を釣り上げ、スケルトンはカタカタと笑うように顔の骨を動かした。4層、5層のスケルトンソルジャーや、グールなんかは結構盛り上がってワーワー言ってる。喜んでくれているようだ。
「そして6層から10層までの皆。辛い思いをさせてしまっていたこと、深く詫びる。そこで俺からのお願いがある。3日俺に考える時間をくれ。お前たちが今みたいに、自分たちの数を自分たちで調整するなんて、悲しいことをしなくてもいいようにしてみせる。
お前たちが望むやり方ではないかもしれないが、必ずどうにかすると約束する。だから、3日だけ、お互いを傷つけず、待っていてくれ。……俺の言うことが聞けるな?」
最後にそう尋ねると、6層から10層までのアンデッド達は雄叫びをあげるように両手を振り上げ、全身で歓喜を示した。
それを見ているコットンの顔が今までになく嬉しそうで、自分の行動が間違いじゃなかったと胸をなでおろす。
「これは何が何でも3日以内に解決方法を見出さないとな」
「ん、ダーちゃんならきっと出来るよ。さ、お店いくんでしょ? 戻ろ。ダーちゃん」
そういって俺に手を差し出したコットンは、朝までの不機嫌な態度は一切見られず、久しぶりの指を絡める手の握り方でエレベーターへと乗り込んだ。
それにしても4階層分一杯に繁殖したアンデッド、スケルトンが中心だったか。
あれをどう対処したものか……。それこそ間引きしてしまえば簡単なのだろうが、そんなこともう心情的に出来る気がしない。
それでも、どうにかしてやらなきゃなぁ。
その後俺達が地上に戻ると、お願いしたとおりお店は開店準備を終え、いつでも開店できる状態となっていた。店の入口には数人買取希望と思われる冒険者が並んでおり、その中にシュリフの姿も見える。
「皆、開店準備ありがとう。ファンは魔道具の査定、リンは接客と俺のわからない剣の相場感の協力を頼む。アコは御客様のご案内と買取伝票の代筆。エッダは俺が選んだ商品の絵を、指定の紙に描いてくれ。どういう風に描くかは君に任せる。コットンは……今日も爆弾処理頑張ってくれ。あとヒュミルは、そうだな。俺の仕事を隣で見ようか」
朝礼、と言うにはざっくりとした指示ではあるが、それぞれが自分のやるべきことを確認する重要な時間なので、これは同じ内容でも毎日必ずやるべきことだ。
それぞれが振られた役割に了承の返事をする。エッダも「わかった! いっぱいかくよ!」
と実に元気一杯で微笑ましい。
そんな中ヒュミルが不安そうに俺の顔をじっと見つめている。
「どうした? ヒュミル。なんかいいたいことがあるなら……あーいや、わかったかもしれない。俺の隣で仕事を見ていること。エッダにも自分の仕事があるのに、自分が仕事をさせてもらえない。お姉ちゃんなのに。とか、そんなところだな?」
「す、すごいです。ご主人様」
「すごくはないし、ご主人様もやめなさい。それ以外なら好きに呼んでいいから……。奴隷にしたとか誤解されたら困るよ俺が」
そういうと、あわわっと口を抑え、顔を赤らめて何かを思案している。
そしてしばらく考えたあと、ぼそっと囁くように「旦那様……」と口にした。
好きに呼べといったし、商会の棟梁をそう呼んだりするのをドラマや漫画で見たことがある。きっと間違っていないんだろう。しかしコットンが俺を凄まじい目でみている。
「そ、それよりも、ヒュミルが考えている以上にこれはきちんとした仕事だ。君が仕事が出来ないのは当たり前なんだ。やったことが無いことを、働き始めたその日に出来る人間がいてたまるか。君がこれから覚えるのは、俺がやっている仕事。買取の査定を君に覚えて貰おうと思う。だからそれを、俺の一番そばで頑張って覚えてくれ。俺も頑張って君に教える」
「ほう、そう聞くと、まるで弟子入りのようだね。これは責任重大だな」
ファンが俺の言葉を聞いて、顎に手をあててウンウンと頷いている。
その呟きを聞いてヒュミルが顔を青くしたり赤くしたりと忙しい。
弟子入り。言われてみればそうかもな。
なんせまだまだマニュアル化も充実していない現状、俺がつきっきりで教えてあげるしか後進の育成は難しい。直接指導もするが、見て触れて覚えてもらうしかない。
なんせ、俺は今朝コットンとの話で、完全にダンジョンを疎かにしていると自覚した。
これからは俺が店を空ける事も確実に増える。二足の草鞋を履くこと自体は本意では無いにせよ、どちらも手を抜いて良いものではないということを痛感した。
だから俺は、まだ何もわからない、何にも染まってないヒュミルに俺の知識と技術を叩き込み、俺が不在のときは彼女が買取を行えるように育て上げる事を決めていた。
スキルに頼る部分が多い俺の査定だが、俺が熱を覚える部分をヒュミルに触らせると、その微細なダメージを彼女は確かに感じ取る事ができたことも、俺の心を固める一因だ。
「で、弟子入り……。わたしなんかが旦那様の仕事のお弟子さんに……。ほ、本当にわたしでいいんですか!?」
「違うぞヒュミル。君がいいと俺が選んだんだ。自信がないなら違う仕事をさせるつもりだが、どうだ?」
子供相手とは言え少しばかり気障だろうかと思いながらもそう聞くと、彼女はまたしても目に涙を一杯に貯めた、しかしとても可愛らしい笑顔で、俺に力強く頷いた。
「……これから、よろしくおねがいします! 旦那様!」
いずれ彼女にはPOSの使い方も、スマホの使い方も教えてやろう。
いつか俺がいなくなった時、彼女が店長になるかもしれない。
そう思いながら、ぽんと彼女の頭を撫でると、エッダが「あたしも!」と飛びついてきたので、一緒に撫で、そのままエッダを肩に担いで入り口のシャッターを開けに行く。
今日も忙しい一日が始まる。
遅れて姉妹申し訳ありません
明日も23時に更新いたします




