かつての俺と今のわたし
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「あ、あのっ ご、ごめんなさい!!」
目が覚めた少女の開口一番は謝罪だった。
出来心だったんだろうし、魔が差したのも本当だろう。
恥ずかしながら俺にも似たような経験をした恥ずべき過去があるので、その気持はよくわかる。
「……元々物騒な話にしようとは思ってなかったんだけどね。お店として他の御客様の手前もあるから、大っぴらに見逃すわけにはいかなかったんだ。君にはちょっと悪い事したね」
ちょっと本当に申し訳ない事をしたかなと思ったので、ここは俺も素直に謝っておく。
子供のトラウマとかになってたらとてもじゃないけど責任が重すぎる。
……もう遅いかな……?
「いっ……いえ……。私が悪いんです……。本当にっ……ごめっ……んなさっ……」
何度も謝りながら、ポタポタと布団に涙の跡を落としていく。
俺はぽんぽんと少女の頭を撫でると、少しビクッとして体を硬直させる。
俺は少し苦笑して、ちょっとした思い出話をすることにした。
「俺もね。君より少し大きい頃。同じ間違いをしたことがあるんだ。……なんていうかその時は本当に、『魔が差した』としか言いようがないんだけど、そして君と同じく捕まって、そのまま事務所に連れて行かれた。もうその時は心底怖かったよ」
「わたしと……おんなじ?」
そうだね。俺も同じことをしたんだ。と、頷きながらポリポリと頬を掻く。
「そしてそこでね。その時の唯一の家族だった姉貴が連絡を受けて飛んできてさ。言うんだよ。『龍太郎!』あ、龍太郎っていうんだ俺の名前。『龍太郎! なんでウチに相談してくんないの! そんなにウチは頼りないワケ!?』ってすげえ怒ったと思ったら、唇を噛んで泣きそうな姉貴がいてさ。確かにその時は俺、両親が消えた直後だったから、色々不安だったんだよ。将来のこととか、すぐ先の事とかも真っ暗闇な感じがして、だから怖かったんだと思う。だから、『魔が差した』んだと思うんだ」
「リュウタロさんも、パパとママがいないの?」
「ああ、……気がついたらいなくなってた。ある日から帰ってこなかったんだ」
「わたしとおんなじ……」
そうだね。と相づちをうちながら、やっと俺の目を見てくれた少女の頭をもう一度、出来るだけ優しく撫でてみる。
少女は少し目を細めて心地よさそうにされるがままとなっていた。多少警戒が取れてきたのだろうか。
「それで、俺はもう謝った。お店の人にも、姉貴にも、ボロボロ泣きながら謝ったよ。そしたらお店の人が俺の目を真っ直ぐみながら、子供に言うんじゃなく、同じ目線で言ったんだ。『今君が泣いているのは、怖いからとかが理由じゃない。 自分のしたことが情けなくって、悔しくってそれで泣いている。違うか? 違わないなら君はもう間違えない。そうだろ?』ってさ、そう言って俺の肩にポンって手を置いて、もっとお姉さんを大事にしろよって笑ってくれたんだ。それで、なんていうかな、君もおんなじなら、俺も嬉しいんだけどな?」
「おねええちゃん!」
ちょうど俺が言い切るくらいのタイミングで、リビングのドアが乱暴に開かれた。
そこから5,6歳程度の小さな女の子が部屋に飛び込んできたかと思えば、俺の前で泣いている姉に走り寄り、素早い動きで俺の手を払いのけ姉の前に立ちふさがった。
「おねえちゃんをいじめたら、ダメ!」
「エ、エッダ!? なんで、ここにいるの!?」
「ぼうけんしゃのおねえちゃんたちが、今日はおねえちゃんがここでお仕事して遅くなるから、エッダもお泊りしにおいでってお迎えににきてくれたの」
「し、知らない人についていっちゃダメだよ!」
「知らないひとじゃないもん! 魔具屋のおばあちゃんが『この人は私の知り合いだから大丈夫』っていったもん!」
「妹さんの言っている事は本当だ。君が目覚めないから街に彼女を迎えにいってやってほしいと店長クンにお願いされてね。私達はそれなりの冒険者で信用がある。それに君たちが拠り所にしていた魔具屋の店主は私のかつての教え子さ」
「何より大変だったのは、多分獣人の幼い女の子が姉の帰りを待っているはずだから、どうにかして探してきてくれ。なんて無茶苦茶な頼みをしてくる雇い主様のほうだぜ」
色々起きすぎてパニックになっている少女に、ファンが助け舟を出した。
その隣にいたリンが、やれやれと言うような仕草で両手を広げて頭を振った。
「我ながら無茶ぶりだったと反省してるよ。でも二人ならなんとかしてくれるかなって思ったんだ。実際なんとかしてくれたし、感謝してるよ。ありがとうな」
「べ、別に、いいってことよそんくらい! それより、シュリフのとっつぁんにも伝手を当たってもらったんだ。今度きたらサービスしろよって言ってた。伝えたぜ、リュータロ」
聞けば街に戻ってから、姉妹でいるところを見覚えがあると思い出したシュリフは、念のため事前に妹がどこにいるかを気になって調べていてくれたらしい。
魔具屋の業突く張りな婆さんが時折面倒を見てやっているらしいのを確認し、その情報をギルドを訪れたリンとファンに教えてやった。という背景があったそうだ。
なんだあのとっつぁん。良い奴すぎかよ。
「そ、そうだったんだ……」
「うん! そしたらね、このおうちにつれてこられたの! そしたらね! アコちゃんがね! ますたーにあうならキレイにしなきゃダメデス! っていってね! あたしお風呂って初めて入った! あったかくて、きもちいいの!」
「そ、そっか……」
「うん! でね、おねえちゃん、おねえちゃんはなんでここのおうちにきたの? どうして帰ってきてくれなかったの?」
妹が首をかしげながら尋ねる。
少女にとって今最も聞かれたくないことを、最も聞かれたくない相手から。
少女の喉がゴクリとなり、目が泳ぐ。ついでその視線がゆっくりと俺、リン、ファン、アコ、そして興味なさそうにカップ麺を啜るコットンに移る。
「あ、あのね。お姉ちゃんね……わ、わるいこと……をね」
「お姉ちゃんはここでお仕事の勉強をしていたんだ」
ハッとした顔で俺の顔を見上げる少女、そして『おしごと?』と小首をかしげて見上げる妹。姉妹の反応がまるで正反対なのに、顔立ちは確かに血の繋がりを感じさせた。
「ああ、うちは開店したばかりのお店でね。土地のことや街の事に詳しい従業員を探していたんだ。それで君のおねえちゃんに働いてもらおうかと思ってね」
「そ、そうなの!? お姉ちゃんこのお屋敷で働くの!?」
「え、ええっと……そう、なの、かな?」
そうなんですか? と少女が俺の顔をオロオロした顔で見上げる。
俺はとりあえず給金と賄いを出すということと、街にも家がないとのことだったので、仮住まいということになるが、この店舗の2階の空き部屋を提供する事などを説明した。
「条件はこんな感じ。やってもらう仕事は色々あるけど、無理はさせるつもりはない。後は君の意思次第だけど、どうする?」
「あの……わ、わたし、いいんですか?」
あんな迷惑をかけたのに、あんなことをしでかしたのに。と、その怯えた目は如実に彼女の不安な心を伝えてくる。
俺も最初からそこまで考えていたわけじゃないんだが、さっきまで彼女と話した感じと、妹さんと彼女を見ていたら、気がついたらもう口にしていた。
こんな境遇の子たちを全部救えるわけじゃないのはわかってるし、俺のエゴと偽善なんだろうってのもわかってるけど、口にしたからにはもう面倒なことは考えても無駄だ。
「そうだな。君が俺と『おんなじ』で、もう間違えないって約束してくれるなら、かな?」
「こんな凄い所でおねえちゃんと一緒に住めるの!? おねえちゃんすごい! すごいすごいすっごーい!」
妹さんはすっかり鼻息荒く、やっぱりおねえちゃんは凄い! しか言えなくなり飛び跳ねている。その姿を見てリンもファンも苦笑し、アコは呆れている。
そんな妹の姿を見て気が抜けたのか、へなへなと少女はぺたんとその場に崩れるように座り込むと、子供のように声をあげて泣き始めた。……いや、子供なんだよな。色々張り詰めていたものが切れたんだろう。
突然泣き始めた姉に困惑しながら、妹が姉の頭を撫で、泣かないで と自分も泣きそうな顔で慰める。
「……その涙は嬉しいからかな?」
「ちがいっ……ます……。いまっわかりました……あたしっ……あたし……悔しかったんだ……。あんな……情けっ……ないこと……エ、エッダもいるのに……! この子にはあたししかいないのに! おばあさんにだって、助けてもらってたのに……! あたし……馬鹿です……それなのに、それがわからなかった……それがこんなに、悔しい……!」
実際彼女ばかりが悪いわけじゃない。環境や行政、様々な不幸が重なったとか、色んな要員があるだろうし、ここは異世界だ。現代日本の基準で俺が語れることなんて甘っちょろい所謂持つものの理屈なんだろうと思うが、それでも彼女がかつての俺が犯した過ちで学んだ事と、同じことを感じ、理解してくれた事を嬉しく思う。
「それがわかってれば、君はもう間違えない。そうだろ?」
「……はい! ……店長さん、あたし、ここで働きたいです。あたし、なんでもします。ここで働かせてください」
「うちは覚える事が多いからな、覚悟してもらうぞ?」
「はい!」
涙は流れたままの顔で、しっかりと俺を見上げ、そう答える少女。
彼女は絶対に良いスタッフになる。と俺の経験がそう告げている。
何せ彼女は昔の俺と『おんなじ』なのだから。
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◇
「はいはいはい! エッダも! エッダもここではたらく! おねがいおじさん!」
「こ、こらエッダ! あんた何にも出来ないじゃない!」
「できるもん!! おばあちゃんだってエッダのお絵かき、褒めてくれるもん! だからおねがい! おじさん!」
おじさん……ふとその言われ方に郷愁を感じ、思わず妹、エッダの顔をじっとみる。
横で姉が、「お、おじさんはダメだよ!」と注意しているが、むしろダメじゃない。ダメじゃないぞ。いいんだよ、大丈夫だよ。とにこやかに姉を止める。
というか従業員にするというのに未だに名前を知らないというのも無い話だ。
改めて今更だけどと前置きして名前を尋ねると、彼女はヒュミルというらしい。
「それで、エッダ、でいいんだよね?」
「うん! エッダはエッダだよ! 5さい!」
「そっか。エッダはお絵かきが上手なのか?」
「うんっ!」
そうなの? と一応確認のつもりで姉に視線を送ると、困った顔で頷いた。上手いらしい。
なるほど。まぁ言うて5才児の上手さだ。まぁ上手ねこの子は天才だわ。みたいなそういう親ばか的な意味という可能性もなくもない。
「じゃ、折角だからその絵を見せてもらおうかな」
そう言って俺はA4のコピー用紙と鉛筆、消しゴムを手渡すと、エッダはキョトンとした顔でこちらを見上げている。
あれ? ああ、カラーペンとかのほうがいいのかな? そう思って引き出しからカラーペンの12色入を取り出し、更にエッダに手渡すと、彼女の顔が反対側に傾いた。
「おじさん、なーに? これ」
「何って、紙とペンだけど。あ、使い方がわかんないかな?」
「違う、違うぞ店長クン……。その異常なレベルで真っ白な紙もそうだが、ペンは木炭ではないのか? インクをつける必要もなさそうだが……」
「ああ。そういうことか。もしかしたらこの世界、ゴホン。この国は羊皮紙が中心で、植物紙はあんまりない感じだったりする?」
俺の質問に対してファンは「これが植物紙? 臭いも色も別物だ」と感嘆し、自分にも少し分けてほしいと言い出した。
何故かコットンまで欲しがったので、全員にボールペンと大学ノート、ついでに手のひらサイズのメモ帳を配ってあげたらとても喜ばれた。
ヒュメルは字がかけないから……と断ろうとしたので、それならこれから文字と計算を覚えてもらうから、2冊必要だな。と追加でノートをもう一冊渡すと、破顔して大事そうに抱きしめていた。
そうこうしているうちにとっぷりと夜も暮れ、晩飯をまだ食べていない事に気づいたので夕食を作る事を提案すると、満場一致で晩飯タイムとなった。
そういえば我々の食糧事情。主に現代日本からの輸入品に関してだが、以外な所でそちらについては補給の目処がついた。
その解決方法とは、ズバリというかやっぱりというかダンジョンだ。
食料庫の備蓄をコアに見せると「コレが無くなるとマスターがお困りになるんデスね?」と言うやいなや、問題ありませんデス。と、全体をじっくりと観察したのち呟いた。
「まず私。コアである所の私がこのアイテムを『登録』します」
そういっておもむろに手に取ったカップ麺がアコの手のひらに吸い込むアコ。
文字通り手のひらにカップ麺が容器ごと吸い込まれ、ドキッとする。
「そう致しますと、っと。こちらを御覧ください。マスター」
「おお……」
そう言われて手渡されたカタログの中には、確かに吸い込まれたものと同じカップ麺が、10個1ソウル と記載され、新たに登録されていた。頭にはNEWの文字が輝いている。
10個1ソウルというとスライムと同じか。益々スライムの価値がわからなくなったが、これにより俺の食糧事情に何の憂いもなくなった。
その事を説明し、コットンに好きなだけカップ麺食っていいぞと鰻登りのテンションのまま気前の良いことをいったら、カップ麺のストックの3割を持っていかれたのは苦い思い出だ。
それが数日前の事。
今は2部屋にまたがっていた食料庫は1部屋に収まる量となり、その全ては1個づつアコに登録してもらい、いつでもソウルで買える状態となっている。
今回空いた部屋があったので、それを姉妹には融通するつもりだった。
折角なのでと調味料や紙、ペンなどに加え、トイレ用品や生活用品も片っ端から登録した。
すぐに足りなくなりそうなものを補給したため、リンとファンから得た分のソウルは全て使い切ってしまったが、ダンジョンへ訪問する冒険者の数も増えているので問題ない。
リンとファンがギルドに、恐らくダンジョンマスターと思われるとんでもない魔術師がいるが、それ以外はアンデッドばかりのダンジョンで、6人以上のパーティであれば対応可能。
ドロップはそれなりの純度の魔石にアンデッドの装備品がそれなりに。
何よりデスペナルティが非常に緩く、初心者パーティのレベルあげには打ってつけ。
と、あんな目にあった割には実に高評価で報告してくれたことから、ダンジョンにはアンデッドが活発になる夜の時間帯以外は、常に冒険者が複数潜っている状況だった。
お陰様で、徐々にではあるがソウルの貯金も増えてきている。
一杯溜まったら何しようかなぁ。
「とりあえず回鍋肉と餃子、ご飯はチンしてっと、あとは野菜サラダにマヨでいいか」
キャベツと豚肉に混ぜて炒めるだけ! と書かれた雪子が好きで色々な種類を買い置いてある半レトルトのパッケージ開け、中華鍋で炒めている最中のキャベツに似た野菜、キャべットと、食感も味も完全に豚肉なオークの肉に絡める。
適度に混ざり、完全に火が通ったタイミングで大皿に移し、同じものをもう1セット作る。
1パック4人前なので、合計8人前という計算になるが、これでも足りるかどうか。
冒険者組が以外に食うのだ。二人共線が細いのに、一体何処に入るんだというくらい食う。
そしてコットンは普通の量。俺の作った飯なら食うけど、他人が作ったものは全く見向きもしない。
アコもあんまり食わないな。
でも今日はさっきから腹を鳴らしてキラキラした目でキッチンを見つめ、ブンブン尻尾を振っている目が4つ。
これはたくさん食うだろうなと苦笑して、餃子も多めに焼いてやることにする。
それぞれの料理を大皿に盛り付け、準備完了。
雪子みたいに回鍋肉が鮮やかでシャキシャキにならないのが不思議だ。やっぱり俺の姪っ子は凄い。
あいつもちゃんと飯食ってるのかなぁ。
そんなことを思いつつも、一刻も早く飯を食わせてくれと訴える目に苦笑し、俺は手を合わせて頂きますをする。もう慣れた面々も同じようにし、姉妹はそれをみて、そうするものなのかな? という顔で倣った。
そして俺の料理は皆から好評を博し、途中足りなくなりそうだったので急遽カップ麺を追加投入し、新たなカップ麺中毒者の獣人姉妹を生み出してしまうという罪なことをして賑やかなままに一日を終えた。
翌朝。
「……本当に上手いじゃないか」
目が覚めた俺にエッダが自慢げにスケッチブックを広げて見せつけていた。
そのページには昨晩の晩餐の様子が、皆の笑顔が、とても生き生きと写実的に描かれていて、天才ってのはいるもんなんだな……と唸らせられるのであった。
明日も23時に更新致します。




