コットンの憂鬱
前の12話が抜けてしまっておりました。
よろしければ正しい12話「死者たちの王」をお読み頂いた上
13話をお読みください
☆
「……ただいま」
ウチは言われたこと、やるべきことを全て終え、コアルームへと戻ってきた。
アイツが、ダーちゃんがニコニコでウチに「おかえりー」なんて言ってくるのがまたイライラっとする。
カップ麺がさりげなく用意されてるけど、そんなんで許してなんかやるもんか。
大体人間が顎で使っていい存在とかじゃないからねウチは。マヂで。
……どうしてこうなったんだっけ。
途中までは完全にウチのシナリオ通りだったはずなんだけど。
ある日、ほんと突然。ウチの地下工房のすぐ近くがダンジョン化を初めたときは、まさかと思ったし、しめた、とも思った。
かつてウチが失敗し、永遠に失ったはずだったダンジョンマスターの座とあらゆる願いを叶える権利。それがまさか再び、この手に転がり込んでくる奇跡があるだなんて、と震えた。
でも、ウチの希望は割とあっさり目にパチンと弾けた。
工房の扉の向こうにコアが現出したのを感じて、喜び勇んで地層をぶち破って突撃したら、そこにはオッサンが倒れていた。
……ダンジョンマスターはコアが選ぶ。
それがこの業界。
業界っていうのも変な話なんだケド。少なくともそれが絶対の理。
全部のダンジョンはコアがいて、コアが選んだダンマスが治める。
たまーに、たまーに野良のコアがダンマス無しで湧く場合もあるらしいけど、ウチはそんなの見たことなかった。
まぁ、元々そんなにアウトドア派じゃないし?
前のダンジョンでも引きこもるか嫌がらせしにいくかしてなかったし。まぁしゃーなし。
それでも一縷の望みに託してコアに触れてみたら、マスター登録不可ときた。
おまけに適正無しなんて出るもんだから、めっちゃイライラしたよ。
イライラついでにだらしない顔して床に倒れてるオッサンを、そのまま永久に眠らせちゃおっかなって考えたところで、ウチは閃いたんだ。
マスター権の割譲、及び委譲。割譲はマスターがサブマスターを作るとき、そして委譲はマスターが代替わりするときなんかに行われる正式なダンジョンの手続き。
マスターがもし万が一、『ダンジョンの中で』外敵に殺された場合、サブマスターがマスターとして代行する権限を得る。ウチがこっそり殺すなんてのは論外。
委譲に関しては言わずもがな、新しいダンジョンマスターとして正式に引き継ぎができる。
いいじゃんいいじゃん?
見た感じこのオッサンは人間種。
万が一不死種だったりしたらアンデッドの王であるウチの目が誤魔化せるはずがない。
まず間違いなく寿命がある、恐らくはただの人間。
であれば、どうする? 考えろ。脅して委譲させる?
ダメ。コアが認めるにはお互いの嘘偽り無い同意が必要だし。
割譲はもうちょい緩いはずだけど、それでも脅迫は愚策。
マスターは一方的に破棄できてしまうのだし、何より『マスター命令』には逆らえない。……ぽい?
昔ダンマスしてたとき騎士団長だったかをダンジョン内でヴァンパイアにして、散々そのあと使役してたっけ。
毎回血の涙を流しながらウチの命令のままに自分の国の騎士団に切り込んでいってた。
最後は気が狂ってバーサーカーみたいになってたけど、ともかくマスターの強制力はやばい。
ともかく明確に上下が決められてしまうからこそ、慎重に、慎重に考えなくっちゃ。
と、そうやって考えに考えたウチのパーフェクトな計画。
アイツと一緒に生活し、アイツを支え、公私ともに完璧にフォローするサポーター役。
名付けて愛妻大作戦!
みたとこ60年くらい? 付き合ってあげて、ウチがダンジョンを守って、ついでにアイツも守って、ウチ無しじゃいられないようにして、最終的には円満に後継者として委譲される!
完璧! ヤバ、ウチ天才かも……知ってた! そうと決まれば早速ここをウチの住みよい部屋にしなきゃ! ま、一緒に生活するわけだし? 一応それくらいはね~。
と、完璧な計算をもってアイツのおはようからおやすみまで、サポートしていくはずだったのに……。
それが、それがそれがそれが!! ほんっと、どうしてこうなったん……。いい感じに進んでたと思ったのに、いきなりマスター権限フル活用でウチに命令はするし、しかもその内容がイミフだし。逆らえないし。
実体験してわかったけど、マスター命令ヤバイ。絶対逆らえないアレ。
しかもなんかこう、自分からそうしたいみたいな気持ちに強制的にされるとか、ほんとなんなの?
……まぁ、殺すのはいいんだ。ウチはそれしかできないし、元々そのつもりだったし。
でも何? 傷をつけるな? 入口に戻せ? なにそれ。
絶対それ、デスペナいじるの前提みたいな感じじゃん。
いつの間に気付いたんだろう……って、多分登録の時だよね。
ミスったなぁ……。どこでバレたん……。とぼけた感じに完全に騙された。
こんなことならワンチャンに賭けて、《魅了》とか《支配》とかかけてみたらよかったかなぁ。でもなぁ、なんとなく、本当なんとなくそんな気にはなれなかったんだよねぇ。
……ま、ウチが食べたこともない超激ウマなご飯をくれたし?
あのケータイは、あの人と同じこれは、懐かしくって、本当に嬉しかったけど……。
あと、ウチが触っても嫌がらない、抱きついても逃げない。
……一緒にご飯を食べてもくれたのも、こんなの、5000年ぶりだったから、ちょっとだけ、悪くないな、って思った。思ってしまった。
あの人間の女が彼を組み伏せたとき、完全に無意識に、思わず殺してしまうところだった。
ギリギリで思いとどまったけど。
……あの人と同じ異世界人。異世界人っていうのはみんなああいう風なのかなぁ。
でも、やっぱイライラする! ウチの計画が! どうしても成し遂げたい願いがあるのに!
もー!
「おかえりー じゃ、ないし! ちょっとダーちゃん! どういうつもりなん!」
「ちょ、まて、おちつけコットン! 話せばわかる!」
ピンクジャガーの革張りソファにゆったり腰かけて、こちらに手を振るアイツ……ダーちゃんの顔を見たら、怒りが沸々と再燃してきて思わず手に魔力が集中する。
このままこの魔力をただぶつけるだけでも、大体の生き物は死ぬ。ウチの魔力の全ては死の属性を帯びている。
……なぜかこの人には効かないんだけども。
そう思いながらもせめてビビらせてやっかんね。
と思って、右手に魔力を纏わせバチバチ派手な音をさせながら、慌てるダーちゃんににじりよっていく。
すると突然背後から声をかけられた。それだけではなく、強烈な殺気をぶつけられる。
久しく浴びせられたことのない、新鮮な感覚に思わず勢いよく振り向くと、そこには見知らぬ少女……幼女……?
少なくとも10に満たないであろう見た目の、真っ黒な髪を左右に結わえた、黒いピッチリした不思議な服の女の子が、ウチに両手を向けていた。
「マスターへの示威を確認。それ以上は敵対行動と見做しますデス。魔力を拡散し、ゆっくりと手を下してくださいデス。サブマスター・コットン」
「……は?」
自分でも間抜けな声だなぁと後から思うくらい、間抜けな声がウチの口から飛び出す。
まさか、まさかな。
そこまでアレじゃないよね。
やらかしてくれてないよね。大丈夫だよね?
信じてるよダーちゃん。いや、マスター。
そういう気持ちを込めて、ギギギとダーちゃんのほうにゆっくりを振り返ると、口笛を吹いて目をそらした後、あの野郎は照れるようにはにかんだ。
「いや、コアのカスタマイズ項目みてたらさ! コア用インターフェースアーマノイドゴーレムってのがあってさー!」
……ああ、ある。確かにある。
コアはそもそも疑似人格を持っているんだけど、それを専用の義体に写し入れるっていう、誰得機能がある。
ソウルを100も使う割にほっとんど意味なし、無駄無意味無価値の3冠王。
恐らく余程長年ダンジョンを運営し続け、ポイントに余剰が多くあるようなマスターでなければ、そんなものを取る人なんているわけない。
何せ疑似人格を写し取った後にそのゴーレムが壊された場合、コアの破壊と判断されダンジョンは崩壊する。
当然ダンマスも死ぬ。更にゴーレムの強さはソウルの量に依存する。
初期は結構へなちょこで、めっちゃくちゃ強くすることも出来るっぽいけど、その為に必要になるソウルの量は膨大。
はっきり言ってコスパが悪い。
そもそも何が悲しくて、ダンジョンで最も堅牢な場所である最下層のコアルームから、最も重要なコアを露出させて出歩く馬鹿がどこにいるのか。
ここにいたわ。このピヨマスほんとやってくれたわー! もー!!
「なんでぇ!? なんで勝手にそういうことするの!? 初期ソウルってめっちゃ大事なんだよっていったじゃん!?」
初期ソウルとはダンジョンが出来上がった時に、必ず最初から付与されているソウルのこと。ウチの時も100だったから、100がデフォなんだと思う。
ソウルがあれば何でもできる。っていうのは昔ウチがよく言ってた言葉で、実際大体間違いない。モンスターの創造、ダンジョンのオプション施設追加、その他生活に役立つあれやこれ。
そういった諸々を不思議なパワーで叶えてくれるのがコア、そしてその為に必要な対価がソウル。んで、ソウルはダンジョンの中で死んだ人間から奪い取ることができる。
だからこそ! だからこそ最初はその初期ソウルで以下にやりくりするかが超大事なのに! ウチだって色々我慢してまだ手をつけてなかったんですけど!? だから念のために言わなかったのに!!
そんなウチの憤慨を余所に、ダーちゃんは視線をそらして「だ、だって対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースはオタクの夢じゃん?」とかブツブツ言ってる。知らんがな!
「……はぁぁもー……。どうすんのさこれ、初期ソウル全部使っちゃって……。冒険者だって生かして帰すし……もう誰もこないかも……はぁぁ……」
「だ、大丈夫! それについては俺に考えがある!」
「……はぁ? 考え?」
「あ、ああ。アコにも色々聞いたし、恐らく問題無い。いや、絶対。……たぶん大丈夫だと思う」
「アコ? まさかと思うけど、まさかまさか、そのちっこいののことじゃないよね」
「如何にもデース! 勿体なくも私がマスターより頂戴した名デス。サブマスター・コットン」
薄っぺたな胸を反らし、ドヤァッとした顔でウチにそう説明するコア用インターフェース……ああ、めんどい、アコと名乗ったコアだ。
本人が気にしてないみたいだからいいけど、そのネーミングセンスは正直どうかと思う。コアだからアコとかウチなら激オコなんだけど。
「……あっそ、で? その考えってのを説明してもらおっかなー。っていうか、なんでこんなちっぱいアバターなん? ダーちゃんロリコン? おかしくね?」
「な、なんかコットン怖いんだけど? お、オコなの?」
「あったりまえでしょ? 激オコだよ?」
ヒィと情けない声を出す彼にちょい強めに睨みをきかす。面白いくらいに、はわはわとか変な声を出して慌てるダーちゃんがちょっと可愛い。
……いやいや、可愛いとかないし。……ないよね?
「それについては、私がマスターに代わって説明致致しますデス」
そういいながらコホンと一つ咳払いをし、頭の横で二つに結わえたテールをふっさふっさ揺らしながら、妙に芝居がかった動きでアコが私に近づき、マスターとの間にするりと割って入った。
「率直に申しますと、マスターはこのダンジョンを使って事業を立ち上げようとお考えデス」
「……事業? まさか商売でも始めるっていうんじゃないよね? ウケるんだけど」
「その、まさかデス。見た目よりは聡明デスね。評価を改める必要があります」
え、マジでいってんの? と思ってダーちゃんのほうをみると、なんか腕組んでウンウンとかいってたので、軽く睨んどいた。
コホンと一つ咳払いをしたアコに視線を戻すと、一息に説明してしまいましょう。とのたまった。
「我がダンジョンの地上エリアにある建造物については、サブマスター・コットンも知るところで」
「ちょっとまって、そのいちいちサブマスターっていうのやめてくんない? コットン様とかにしてくんない?」
「……マスター以外を様付で呼ぶのは私のプライドが許さないデス」
唇を尖らせぷいっとそっぽを向く素振りをするアコ。言ったらなんだけど、完全に幼女のそれだ。
アバターはかなり自由に容姿を作れる。ベースを選んであれこれコアに要望を伝え、最終的にマスターのイメージを同調して完成。
性格はコア自体の個性にひっぱられるけど、性別や見た目は思いのままと言っていい。
……つまりこれが、好みってことなのかなぁ……。
そう思ったらなんだかイライラが復活してきた。
や、いやいや。ウチはさっきからイライラしっぱなしだったんだっけ。
「ふーん……。その無駄なプライドは必要カナー……ダーちゃん、これ叩き割っていい?」
「それ俺も死んじゃうよね!?」
「クッ、マスターの命を脅かすとは! ……それでは億歩譲って奥様、と……」
「お!? おおぉおおぉ奥様!?」
思わず狼狽するウチにむかって、ニヤリと口角を吊り上げる幼女。
間違ってないけど! 自分で言ったんだけど!
でも他人から言われるとめっちゃ恥ずいんだケド!!
「勿論、よりによって私に対して伴侶の契りまで交わしたお二人デス。手に手をとって、ダンジョン界をのし上がって行かれるパートナー。奥様とお呼びするのが当然デスよね?」
最悪、相手が変わっても奥様ですので、許容範囲と致しましょう。
とか呟いてるし、って、ほんとイラくる。なんなんこのポンコツ。
こんなもんに100ソウル……。初期ソウルを全てつぎ込んだのかと思うと頭が痛くなる。
「さて、話を戻しますが、当然奥様は全幅の御協力を惜しまれないでしょうと私は申し上げたのデスが、愛する旦那様へ異論など……あるはずがございませんよね?」
「だまってりゃさっきから何言ってんのマジで!?」
「おや? おやおやおやおや? お二人がご夫婦であることは事実では? それとも、私とマスターを謀ったのデスか?」
「そんなのきまっ……んん……っ
そんなの決まってるでしょ! って言いかけるのを慌てて止める。
なんか「チッ」とか舌打ちしてるし、コイツ、もしかしてカマかけてきてる……? 本当になんなの……。
「喧嘩はやめ。アコもからかいすぎだ。コットン、相談もなしに勝手に決めてゴメン」
睨みあうウチラ二人の間に柏手を鳴らしながらダーちゃんが割って入り、ウチにそういうと頭を下げたので驚いた。
それをみてアコが目を見張って、いけません! マスター! とか慌ててるのが見える。深く頭を下げる礼は臣下に取るものではない事くらいウチだって知ってる。
「……それはまぁ、もういいよ、なんか理由があったんでしょ」
「ああ、彼女には他冒険者やギルドへの宣伝、いや、広告かな? ともかく、メッセンジャーになってもらうために生きて帰らせる必要があったんだ」
「……アンデッド塗れのダンジョンだってことを……?」
「やっぱりこのアバズレ……、いえ、奥様の知識は偏っているようデス。マスター」
偏っている? そりゃ、ここしばらくは地上に出てないから地上の人間のことはちょっとあやふやだけど、それにしたって元々この世界の人間じゃないダーちゃんよりはマシなはずだ。多分。
「ああ、まぁ、俺もアコから聞いたんだけど。今の人間の世界では魔石の需要が高いらしいんだ。多分技術の発展とか、人口の増加とかのせいなんじゃないかな?
それに伴って、倒せばほぼ確実に魔石を落とす上に、比較的容易に倒せる敵であるアンデッドはそこまで不人気ってわけでもないらしいんだ」
「は!?」
「おやおやおやー?、そんな今のダンジョンの常識も知らずに『ダンジョンのことはウチが代わりにやったげる キリッ』とか言ってたんイタタタ割れる! 割れます! やめ、マスター助けて!」
ニヤニヤ顔が非常にムカついたので、アコの小さな頭を両側から拳骨でギリギリ挟んでやった。
「だから二人ともやめろって……。アコはなんでそんなにコットンに挑発的なんだよ……。まぁそれでもアンデッドのみのこのダンジョンは旨味に欠けるのもまた事実。
だけどあえてそれでも、俺はここを、このダンジョンを! この世界最大のアミューズメントパークにする!」
「……あみゅ?」
「ふん、察しの悪い女デス。いいデスか? マスターはこう仰っているのデス!」
さっきまでマスターの背中に隠れていたアコが、機敏な動作で躍り出ると、クルクル回って変なポーズを決める。
「人間共を遍く呼び込み! 心を捉え! 誰も彼もがマスターを称賛しながら己の命を供する混沌の世界の創造! それがマスターの崇高な計画なのデス!」
なるほど、わからん。
恍惚な表情でポーズを決めている幼女を見ながら、ウチは頭の中の計画書の大幅な書き直しをすることにした。
まぁこのくらいの予想外、想定外は許容しよう。世界が自分の思った通りにいかないなんて、とっくの昔にウチは知っているのだから。
「……なんかコイツ、誰かに性格が似てるんだよなぁ……」
そう呟いたダーちゃんの言葉が少し心にひっかかった。
10日も23時に更新予定です




