死者達の王
なぜか11話と12話の間が抜けてしまっていましたので、
修正しております
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「街道外れの草原にダンジョンと館が現れたなんて、ボケるにはまだはええって、シュリフのとっつぁんよぉ」
「まだボケちゃいねぇし嘘でもねえ!」
まだ時間も早いというのに、ギルドの広間で昼間から赤ら顔で唾を飛ばしながら、酔っ払いの戯言のような言葉を口にした壮年の下級冒険者のオッサンを、アタシ達は笑い飛ばしていた。
シュリフは元々この田舎町の生まれで、地元を離れず冒険者を生業としてきた男だった。その顔には深い皺が刻まれ、小さな体躯もあり子猿に少しにている。
大した腕っぷしでもないが、薬草や動物の生態には詳しかったこともあり、街ではそれなりに重宝がられている古参の冒険者だ。
「ああ、わりぃわりぃ。でもさ、シュリフも悪いぜ。夜駆けで帰ってきたと思ったら第一声がそれじゃ、またホラ話かって思っちまってもしょうがないだろ?ただでさえお前さんこないだも『小娘が墓場からスケルトンを引き連れて歩いていった』なんてかましてたじゃないか」
「それも嘘じゃねえっての! ……チッ! しゃあねえ! おい! マリー!!」
「はっ、はいぃっ!?」
赤ら顔を更に真っ赤にさせたシュリフから突然名前を呼ばれ、ギルドの受付嬢、マリーは左右に結わえた金髪を揺らして素っ頓狂な声を上げた。
まだギルドの受付嬢になって1年。
元々年齢より幼くみられる容姿をしているうえに、気弱な性格も手伝い、いつもギルドの粗野な男どもから冷やかされている印象の彼女は、シュリフに呼ばれ、パタパタとテーブルまで走ってきた。
本来であれば仕事を斡旋するギルドスタッフのほうがシュリフよりは立場としては上なのだが、誰もこの状況に何も言わない。
都会のギルドでこんなことをすれば、シュリフは早々に冒険者を引退することになる。本来ギルドとは冒険者にとって怖い所でもあるのだ。
「依頼だ!! この街のそばの草原に突然現れたダンジョンの調査! 座標は受注した奴に俺が直接伝える!」
「ふぇ!? シュリフさんが依頼を出すんですか!? ご自分で調査に向かわれては……? ほんとにダンジョンがあれば、ギルドから謝礼が出ますよ?」
そうだ。それもアタシらが笑い飛ばしていた理由だ。冒険者は未発見のダンジョンの情報など他人にやらない。
ダンジョンは宝の山だ。希少な素材の魔物がいるかもしれない。レアなアイテムがあるかもしれない。もしアンデッドダンジョンなら魔石がオイシイ。
更に言えばそういった情報をギルドに持ち込めば、それだけでしばらく遊んで暮らせるくらいの報酬が出る。
だから、未発見のダンジョンの調査依頼を冒険者が出すなんていうのはあり得ない話なのだ。他人にやらせるくらいなら自分でやるという話だ。
「おいおい、シュリフのとっつぁん。マジでいってんのか? そんな酔っ払いの妄言、引き受ける奴がいるかよ」
「……おう、マリー。ついでに依頼に制限をかけるぜ。こいつを受けられるのは『上級』以上だ」
シュリフの言ったその言葉にマリーが固まり、周囲も一瞬無言となり、アタシに視線が注がれる。
この町にたまたま来て、たまたま滞在している。
相棒のファンと一緒に、多少の理由があってこの町にいるわけだが、この場で唯一の上級冒険者であるアタシへの指名依頼。つまりコイツはそういう意味だ。
そして自分で言うのも何だが、アタシ達『上級』は高い。
まして指名依頼なんてしてくるのは、やんごとなき方々からってのが殆どだ。
「……シュ、シュリフさん。冗談ですよね? 上級冒険者への制限依頼なんて、いえ、その、これは実質的な指名依頼です……。それに依頼料も……」
「俺ぁここのどいつよりも長く冒険者してんだ。それくらいわかってらぁ。心配しなくても依頼料は出す。おら。このため込んできた魔石で足りるだろ? リンよぉ」
そういって皮袋を懐から取出し、マリーの前に差し出した。受け取ったマリーは中を改めると、軽く息を吐いた。遠目でもわかる。大粒ではないが純度の高い魔石が何粒か入っている。
魔石は生活にとって無くてはならない消耗品。あれだけの純度と数であれば、確かに一財産だ。
「おい、依頼をアタシにうけろってんなら、一つだけ聞かせろ。なんで自分でやらねぇんだ? アンタも歳食って衰えたとはいえ、冒険者だろ? 未発見のダンジョンだぞ?」
「言ってくれるなリン。そうだ。俺だって冒険者だ。出来ることなら俺がいきてぇ。誰にも譲りたくなんかねぇ。けどな、無理なんだよ」
「無理?」
「ああ無理だ。あそこにはとんでもねぇ怪物がいる」
「怪物だぁ? モンスターがいるのは当然だろ。ダンジョンなんだ」
「違う、俺はダンジョンに入ってすらいねぇ、覗き込んだだけだ。覗き込んだとき、向こうからも誰かが覗いていやがった。真っ暗なダンジョンで、更に薄暗い闇みたいな目だけが爛々と輝いていた。
俺はそれをみて、ビビっちまって、大慌てでここに飛び込んで酒を飲んでいたんだ」
震える手をもう片方の手で押さえつけながら、グビリとエールを流し込んだシュリフはそのまま押し黙ってしまう。
この男は自分でも言っていたように、長く冒険者をやっている。冒険者の寿命は平均すると短い。コイツくらいの年まで現役でいられるのは多くはない。
生存力が高いというか、目端が利いて器用なことは間違いないし、何より引き際をわきまえている。
「そ、それなら情報だけギルドに頂ければ、こんな、これはシュリフさんのその、老後の……ですよね?」
「そうしてぇけどな、マリー。そうはいかねぇ。ギルドの調査依頼じゃダメだ。それを受けるのはひよっこか下級だろ? そんなんじゃダメなんだ。間違いなく帰ってこねぇ」
こればっかりは勘だがな。といってエールを飲み干したシュリフは、その片眉を吊り上げてアタシを見る。
「……まぁ、暇だし受けてやるよ。その代り、ドロップはあんたが2、アタシが8だ」
「……3:7にしてくんねぇか?」
そういって二カッと猿が笑ったみたいな顔をされて、思わずアタシは噴出し、しょうがねぇなとその条件で依頼を引き受けた。
そして紆余曲折あり、シュリフの為の依頼だったはずが、アタシの為のダンジョン踏破が目的へと変わり、今に至る。
ちょっとばかしおかしな連中と知り合い、とんでもない歓迎を受けちまったせいで色々と自分の判断が甘くなっていたって事に気付いた。
本当にどうかしていたと今は思う。
――今、アタシは、物凄く後悔していた。
「次から次から次から次へと!! なんなんだよ!!」
思わず弱音と憤りが口から飛び出す。しかし手足は止めない。止められない。
1階層から2階層までは簡単だった。なんせ目の前に降りる階段があったのだ。やっぱり出来立てダンジョンだな。とその時は楽観視した。
しかし2階層から様子が変わった。アンデッド、特にゾンビが群れを成して襲ってきたのだ。それ自体は何の問題もないのだが、その数は凄まじかった。そもそもこの階層の作りが非常にいやらしい。
見渡す限りの大部屋に、大量のゾンビ。遮蔽物も壁もなく、ただただ広い空間で生者はアタシだけ。
一斉にゾンビに群がられ、アタシは全力で剣を振るった。群がるゾンビを薙ぎ倒し、切り倒し、轢き倒したが、全然数が減った気がしない。
既に足元には大量の魔石がちらばっているが、回収している余裕なんて全くあるわけがない。
こういったモンスターハウスと言われるトラップ部屋は、割とポピュラーではある。
しかしここまで大規模かつ悪質なものは見たことがない。
このダンジョンのマスターの性格の悪さが伺い知れる。
というか、このアンデッドの数は異常だ。こんな数、出来立てのダンジョンにいるわけがない。
……まさか、出来立てという情報自体が間違っていたのか?
シュリフの爺がアタシを嵌めた? いや、そんなことをするメリットがなさすぎる。
ええい、それより、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
今はただ腕を動かせ、足を止めるな。止まれば死ぬ!
見ろ、3階層への階段はもう目の前に見えているんだ。
ダンジョンの謎の一つ、『階層跨ぎの階段までは魔物は追ってこられない』だ。
あそこまでいきゃ一息つける!
恐らくこのダンジョンは初見殺しのタイプだ。
もしかしたらアタシを殺すために、今ダンジョンマスターが全勢力を動員している可能性もある。
むしろ、そう思わずにはいられないほどの物量、まるで一人でスタンピードを相手取っているかのような、終わらない死体の群れの中を切り開いゆくしか道はない。
ようやく視界に大きく開けた階層跨ぎの階段が見え始め、あと僅かという所まで切り進んだ。
もう階段は目と鼻の先、ならば渾身の一振りを持ってそこに飛び出す。
……はずだった。大きく剣を振りかぶり、引き絞った弓から放たれる矢のように飛び出したアタシの目の前を、突如地面から大きな石棺のようにも見える禍々しい装飾の施された箱が飛び出して、行く手を遮った。
「チィィッ! 邪魔だ! 吹き飛べぇっ!」
アタシはその勢いのまま大剣グラムを全力で箱へと叩きつける。
インパクトの瞬間に一気に魔力を刀身へ流し込み、破壊力へと変換する。
ガーゴイルだって一撃で粉微塵にする渾身の一撃を見舞ってやった。
しかし、吹き飛ばされたのは箱ではなく、切りつけたアタシ自身。
魔剣の名を冠し、込められた魔力によっては龍の鱗すら断ち切るこのグラムが弾かれた事など初めての経験だ。
動揺のあまり碌に受け身も取れず地面へと強かに背を打ち付け、呼吸が止まる。ゾンビどもの襲撃に備えなければと頭で考えるが、身体が動かない。
するとゆっくりと箱の正面が左右に開き、半面を黒と白に中央から上下に塗り分けた仮面、道化のような極彩色の異装、少女のように小柄な体躯、
しかし仮面から覗く眼だけは深い深い闇の底のような昏さで、正面から直視したアタシは思わず息をするのを忘れ、ひきつけを起こしたようにヒッヒッと声が漏れるばかりで、呼吸が上手くできない。
『更に薄暗い闇みたいな目だけが爛々と輝いていた』
シュリフの言葉がフラッシュバックした。
あの言葉はこれのことだったんだと理解したと同時に、凄まじい悪寒と吐き気がこみ上げ、意思とは無関係にあらゆる体液が体からこぼれ落ちる。
これは、こんなのは、ダメだろう。
リッチでもない、デーモンでもない。まさか魔神の一柱……?
違う。こいつはそんな可愛いもんじゃない。こんなのがいるなんて。
こんなことってない。無いよ。
「お……あさん、たすけ……」
「……おやすみなさい」
呼吸もままならないアタシに、存外に優しい声音で、その化物が頬を撫ぜた。
ただそれだけで膝は頽れ、頭は地面を打ち、アタシの視界は暗転した。
明滅する最後の風景に、アンデッドどもが膝をつき頭を垂れる姿が見え、こいつがダンジョンマスターだと確信したところで、アタシの意識は閉ざされた。
12話 死者たちの王
13話 コットンの憂鬱
となっております。




