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ファーストコミュニケーション


冒険者 少し褐色がかった肌をあまり隠す気がないように見える胸や腰など一部を金属で、それ以外を皮で軽く繋いだ鎧のような服装に、菫色のウェーブがかった髪を腰まで伸ばした女性は、少々日に焼けているものの、10人が10人美女と称えるであろう見た目だった。


ついで最後に告げられた冒険者という単語に、やはりと一人頷いた。

帯刀した冒険者。川口浩探検隊のようなものとは全く別物なのだろうなとくだらないことを思うが、先程まで向けられていた剣の切っ先を思い浮かべ、冷たいものが背中を滑る。


心のどこかで、いくらなんでも流石に簡単に人を殺すようなことはしないだろう。

そう思っての行動だったのだが、そんなことはなかった。

彼女は間違いなくさっきまで俺を殺すのも致し方なしと考えていたし、それは俺にも疑いようもなく、銀色の刃から、彼女の腕から伝わっていた。

……これが異世界。本当に野蛮で最悪な世界だ。

早く帰りたい……。そもそも剣までしゃべるとかどういうこと……。

そういえばさっき俺を助けてくれた声が今は聞こえない。あの剣に集中していたら声が聞こえたような?


「おい、ボサッとしてんなよ。早く案内してくれ、と、ありゃお前の妹か?」


そういってリンと言った女性が指差す先には、コットンがこちらを覗いていた。

さっきまでの大立ち回り(主に俺がやられただけだが)を見て飛び出す寸前だった彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そして何より完全に無表情なのが怖い。その造型もあってマジで人形みたいでものすごく怖い。

もしかしてアレは怒ってるんだろうか……? だとしたらその怒りは俺に向けてでないことを祈る。


「……えーと。妻、ですよ。一応ね。 コットン、安心してくれ。お客様だったよ」

「……はっ。お客様、ね」


そう呟くと、一瞬射殺すような視線を彼女に向けたが、すぐにフッと息を吐いて笑顔となる。


「それでは歓迎せねばなりませんね。いらっしゃいませ。冒険者様。生憎まだお店は開店しておりませんが、精一杯の歓待をさせて頂きますわ」


花開くような笑顔と、お前誰だよといいたくなるような瀟洒な言葉づかいのコットンに呆気にとられる俺であった。


「お、おう、アタシはリン。冒険者だ。へぇ、ここは店だったんだな。何を売るんだ?」

「ふふ、それはまた後ほど、まずはお腰の物をお預かりいたしますわ」

「ああ、悪いがこの剣は特別でね。他人に預けられるものじゃないのさ。不作法は謝る。すまないが勘弁してくれ」


勿論屋内で抜いたりはしないから安心してくれ。と彼女は朗らかに笑いながら


「畏まりました。それではリンさん、でよろしかったでしょうか? 裏口からで申し訳ありませんが、どうぞお上がり下さい」

「おう、お邪魔するよ」


ドシンと、リンさんはそのまま、土足のまま。玄関マットに男らしく踏み乗った。

なるほど、たしかに彼女はどうみても日本の文化圏の人には見えない。

俺の横のコットンからなにか ビキィ という音が聞こえた気がした。

そういえばコットンは最初から靴を脱いでいたし、玄関マットや清潔な玄関に感激もしていた。

何か思う所があるんだろう。


慌てて俺はリンと名乗る女性に、玄関から先は土足厳禁であること、スリッパに履き替えてもらうこと、その理由などなどについてまくし立てるように説明した。

コットンが普通に靴を脱いで上がっていたから、異文化圏でのこういう可能性を考慮してなかったなあ。


俺の説明をポカンと聞いていた彼女だが、そういう仕来りならば従うと、割りとあっさり応じてくれた。

激昂して切り捨てられたらどうしようと内心ヒヤヒヤしていただけに、彼女が割りと話も通じるいい人なのかもしれないという謎の考えが浮かんでしまう。

これも一種のストックホルム症候群のようなものだろうか? 

まぁ変に刺激したくないのは事実だし、あまり考えないようにしよう。


そこからが大変だった。

リンが皮で出来たブーツを脱ぐと、中々、こう、うら若く見目麗しい美女からはしてはいけない、形容し難い、名付し難い臭気というか。

そうか、それもそうだよな。人間こんな通気性とか皆無なゴツいブーツを長時間履いて歩いてたらそりゃそうなるよな。……中は裸足だしな。


要するに、つまりそういったワイルドな臭気が玄関に充満した。

そうして俺とコットンの行動は早かった。


俺はリンさんを片手で制すと、すぐにパイプ椅子を持ってきて座らせ、洗面所からタライ、レンジでチンした蒸しタオルx2、石鹸、乾いたタオル数枚、足指サラサラクリームを用意する。


コットンがタライに魔法であっという間にお湯を満たすと、室内の空気を一旦風の魔法で玄関の外におしやってから、俺に真顔で一言「お願い」というと、すぐさま全室の窓を開放し、二階に駆け上がっていった。


「……えっと……なんか、ごめん?」

「……いや、リンさんは気にしないで。その椅子に腰掛けてね」


足が臭いというのがここまで周りに反応されることがなかったのか、なんとなくしょんぼりした紫色の髪の美女は、素直に従ってくれた。

なるほど、差し出された足は形がキレイで外反母趾の兆候もなく、土踏まずもしっかりとアーチを作り、理想的な形といえた。

水虫のような症状も見受けられない。これならば清潔にしてあげて、しかるべき処置をすれば問題ないだろう。


「じゃ、いきますね」

「お、おう。よろしく?」


俺はまずタオルをお湯で濡らすと、彼女の足全体をつま先から踵まで満遍なく拭き取った。

これはまず下準備だ。次いで蒸しタオルで包み込み、じっくりと蒸らす。

少し熱めにしてある蒸しタオルに、最初は「あっ」と艶めかしい声を出してビクッと身を竦めたリーンさんだが、次第にその温もりにトロンと目の端が垂れ、気持ちよさそうにしている。


蒸らすこと少し、蒸しタオルを外すと少し残念そうな顔をする彼女を他所に、俺は両手にしっかりと石鹸の泡をまとい、彼女の足を直接マッサージした。

洗うだけでなく、マッサージも行う。これを行う事で角質、毛穴、汗腺に残る汚れも全て絞り出す。

……というのはあくまでイメージの話だが、それくらいの気持ちでマッサージを行っていく。満遍なく、丁寧に、だ。


途中、彼女の反応から気持ちよさそうなポイントを探り、そこを責める。

痛い部分を重点的に押すマッサージもあるが、俺はあまり好きではない。これは好みの問題だと思うので、そういうやり方もあるのだという話だが、俺は徹底的に気持ちよくさせたいタイプなのだ。

俺の手で気持ちよくなってくれる相手のリアクションが好きなのだ。


そうして両足をじっくりと、丹念に揉みしだいているうちに、リンさんの顔も、声も、完全にトロトロに惚けているを確認し、内心ほくそ笑む。効果は抜群だ。といったところか。


雪子の冷え症がひどくて、どうにか少しでもマシにならないかと思っていつからか始めたマッサージだが、何だかんだ姪から絶賛されるだけあって、かなり気持ちがいいようだ。


そこから石鹸の残りをお湯で濡らしたタオルで丁寧に拭き取り、乾いたタオルで足の水気をきちんと吸い取ったあとは、最後の仕上げとして、足指サラサラクリームを指の隙間、足の裏、踝まで丁寧にすりこんでいく。このクリームの効能は凄まじいからな……どんな足臭も1日は効果が持続する。


過去に働いていたバイトの子に教えられて以来、店では必ず常備している。

たまにそういう子もいるので、同性からやんわり教えてあげるようにしているのだ。やはり客商売なので、そういう部分にも気を使わなければいけないことがあるんだよなぁ。


さて、ここまでで大まかな部分は完了。欲を言えば爪も切って形を整え、手入れを行いたい所ではあるが、流石にそこまでは許されないだろう。


問題はブーツにもあるわけだが、とりあえず今のところ丸洗いなどは勿論出来ないので、重曹を詰めた俺の古い靴下と、50枚セットの10円玉の棒金を、左右それぞれのブーツの中に仕込んでおく。これだけでも雑菌対策としてはかなり効果が期待出来るはずだ。


「なぁ、アタシの靴に何を……」

「安心してください、おかしなことじゃないので。さ、とりあえずもう大丈夫ですよ。そのスリッパを履いて下さい」


そう言ってもこもこふわふわのファーがついた、素足に気持ちいいあったかスリッパを指差す。

リーンさんは少し顔を緩ませながら、言われたとおりそのスリッパに足を通すと「ふぉぉ」と変な声を漏らしていた。

お気に召して頂けたらしい。よし、それなら次は約束通り飯だ。

……問題は、アレで満足してくれるかどうかだよなぁ。


あの不思議な剣の声? は、珍しい食べ物なら絶対に大丈夫といっていたが、俺の幻聴だったという説が否定できない今の状況では、不安で仕方ない。


ついうっかり状況に流され、趣味の一つであるマッサージに全力で取り組んでしまったが、今俺のダンジョンの生殺与奪は目の前の女性にある。

流石異世界、かなり俺の常識とはかけ離れた状況なのだが、なんとなく俺の頭では不謹慎なことに、少しばかりこの状況を楽しんでもいいのではないか? という気持ちが生まれていた。


年甲斐もなくサブカルチャーが割りと好きな俺的には、今の状況はまさに異世界転生モノのラノベでよく見た状況というやつに他ならない。

冒険者、見たこともない草原、ギルド。その言葉の響きだけでワクワクしてしまうではないか。


更にだ、彼女は俺のことを魔術師かと問うた。この世界に魔法があるのはコットンを見て知っていたが、それは思っていたよりも一般的なものなのかもしれないという期待だ。

つまりは、俺も魔法使えるんじゃね? という期待。

やっぱ異世界にきたら転生者は魔法使えてナンボみたいな所があるよね!

出来ればそのあたりの情報と、街のこと、現在の人類の状況なんかも詳しく彼女から聞き出したい。

接待は久しぶりだがやりきって見せるぜ。


「へぇー、ほぉー、おっ? おぉ……」

「あの、珍しいですか? その、普通の壁とか、鏡とかですが……」

「珍しいなんてもんじゃねえよ。この真っ白い壁。石造りかと思ったら違う……柔らかいような不思議な素材だな……。それにあんなによく映る鏡なんてみたことない」


とても普通とはいえねぇよ。とリーンさんは呆れた顔をしているが、鼻がヒクヒクと動くと自然とその大きな赤茶の瞳がリビングのテーブルへと注がれる。

そこでは一足先にといった風に、カップ麺にお湯を入れたコットンが澄ました顔で俺たちを迎えていた。


ちゃんとカップ麺は3つ用意されているあたり、コットンにも俺の意図がなんとなく伝わっているようで安心するのだが、お前ちゃっかり自分の分も用意してるな。

ふざけんなよ一日に6個目とか食い過ぎってレベルじゃねえぞ。


「……なんだそれ? 滅茶苦茶いい匂いがするな……」

「……カップ麺と言う食べ物です。どうぞ、席についてください。先ずは食事にしましょう」

「とっても美味しいスープに、麺を入れたものですわ。そちらのフォークをお使いください」


相変わらずお前誰だという態度のコットンだが、見た目からは想像できない程に歳を重ねている彼女は、今の状況を俺よりも正確に理解しているのだろう。

今の状況というのはつまり、押しかけ強盗に食事を融通するので見逃してもらおうという事に他ならないのだが、飯という言葉に目ざとく反応して俺への攻撃行動を解いた目の前にいるリーンさんを、コットンも目にしていたわけだしな。カップ麺が有効と判断したのだろう。


そうこうしているうちに3分が立ち、俺がリーンさんのカップ麺の蓋を外してあげると、えも言えぬ醤油ベースの香ばしい匂いがあたりに広がる。

コットンはしっかりチリトマトだ。

香り立つ強烈な匂いに驚愕し、固まっているリンさんが、ギギギと首を俺のほうに向ける。


「……どうやってくうんだ?」

「あっ、えっと。そのフォークで中の麺を掬って、ズルズルっと? 音を立てても大丈夫ですよ」

「お、音を立てるなんてそんな、はしたないだろ……」


そういってやや顔を赤くするリーンさん。思ったより良いところの娘さんなんだろうか?

麺を持ち上げ、クンカクンカと臭いを嗅ぎ、舌先を伸ばしてチロチロと少し麺を舐める。

警戒しているのだろうが、その仕草が見た目と相まって大きな猫のようで少し愛くるしい。

いつまでたっても食べない彼女と、それをじっと見つめる俺に業を似やしたのか、コットンは盛大にズルズルズゾゾーとヌードルを啜り始めた。


失礼だが見た目で言えば冒険者然としたリンさんより、見た目は遥かに貴族めいた上品な少女が盛大に音を立てて啜っているのだ。

ポカンとした顔でコットンを見た彼女だが、自嘲めいた笑いをフッこぼすと、覚悟を決めた顔でその麺を掬い上げた。

そして麺を、流石に啜りはせずクルクルとパスタのように丸めると、結構な量をガッと口に放り込んだ。


勇ましい行動だがハフハフと涙目で水を要求してくるという、美人ながらにあざと可愛い行動に不覚にも可愛いと思ってしまった。

そしてリンさんの目に強い光がボワッと灯ると、今度はスープを一口すすり、さらに麺を一口。


「……!!!!」


そこからがすごかった。

もう火がついたように一気にガツガツと、時々熱くて涙目になりつつも、俺の差し出す冷えたリンゴジュースを飲んでまたしても目を見開き。

あっという間に自分の分を食べ終えると、フォーンを口に含み俺のカップに視線が注がれ……。


「……よかったら、少し食べちゃいましたが」

「いいのかっ!?」


そういって彼女の前にカップを出すと、花開いたようにパァっと笑顔を見せてくれた。

その後はコットンも舌打ちを一つ、ため息を一つついてから、同じように彼女の前にカップを差し出す。

コットンには無理すんな。といったが、自分はあとでまた食べるから大丈夫とのことだった。

大丈夫じゃねえよ。主に在庫的な意味で。


3つものカップ麺を一気に食べ終わったリーンさんは、もう一々注ぐのが面倒くさいので紙パックごと提供したリンゴジュースを最後に飲み干す。

その後まだ物足りなさそうにしていたので、おかわりを提案したらなんだかんだで合計6個が彼女の胃袋に収まった。

コットンもそうだったけど、なんでそんなに入るのこの人達。

こんなに細いのに、異世界人の胃袋はなんとも健啖である。

まぁ彼女の場合冒険者といっていたし、身体が資本なんだろうなぁ。


「……っぷっはー! 食った! 美味かった! もうほんと美味かった! アンタ達なんなんだ!? 神か!?」

「……いや、神ではないかな……。なんて言えば良いんだろう。商人……かな? 一応」


中古品屋、せかんどはんず。

せかはんなんて呼ばれて割りとしたしまれている。それが我が社の屋号だ。

パソコン、スマホ、デジカメなんかがメインの商材だが、それ以外にも家電なんかも時々売り買いしている。

要するに値段をつけられればなんでも買って、なんでも売るお店。

それが俺が店長を務めるショップの商いだ。


「商人!! なるほど……って、ことは、あれ、商品なのか!? 買うぞ! いくらだ!? あ、でもまてよ、そんなに持ち合わせあったかな……」

「あ、いや食べ物を扱っているわけじゃなくて、あれは俺たちの常食っていうか、非常食っていうか、そういうもんだから……」

「あ、そうなのか? まぁでも金は払うよ! ……あれ、まてよ? ……あんな珍しい、見たことも聞いたこともない食い物……もしかしなくても超レアなんじゃ……あ、やばい、6つも食っちまったぞ……」


なんだかリンさんの様子が目まぐるしくて面白い。

喜色満面でカップ麺を追加購買しようとしたかと思うと、今度は急に青くなった。

彼女やコットンの反応を見るに、やはりこういったものは見たことがないのか、珍しいものだと思って良さそうだ。少なくともこの世界では手に入らない可能性が高い。

……今更だけど、ちょっともったいなかったかな?


「……ア、ア、アタシが見たことも聞いたことも無い食べ物……。よく考えたらそんなの……王に献上されるものでも滅多に無いじゃんか……」

「えっ!? そうなの?」

「……す、すまない。さっきの食べ物滅茶苦茶美味かった。それにさっきの、その、アレ……も」


なんだか顔を赤らめながら俯き気味にモゴモゴと礼を言うリンさん。

マッサージのことかな? 喜んでもらえていたようで素直に嬉しい。

それにこの人、剣呑な雰囲気がなくなると、凄まじく魅力的だ。正直緊張する。


「その……すごく気持ち良かったし、飯も珍しいなんてもんじゃなかった。あれは未知の食べ物だ。それに味も……思い出すだけで……キュっとなる……美味かったぁ……」

「……そ、それは光栄です?」

「だが、すまない。今アタシにはアンタに払えるものがない。持ち合わせがあんまりないんだ。代わりに渡せるものも今は手元になくてな、本当にすまない」

「いえ、そんな、気にしないで下さい」

「そうです、気になさらないで下さい。……ごめんなさいあなた。私と二人でここで店を構えて、何か特別な事があった時に食べようねってあなたが用意してくれていた、特別なご飯だったけれど、

今一番いいものを出さなきゃと思って私……責めるなら私を責めて下さい……」


黙っていたと思ったら、突如会話に割り込んで来たコットンはとんでもないことを口走っている。

確かに俺が買ってきたし、基本的には有事の際の非常食だから、特別なときに食べるものっていうのは嘘ではないが、流石に大げさがすぎる。


「……うぉぉぉ……そんな、やっぱり特別な超レアなんだ……、どうしようどうしよう……ファンに借りれば……でもアイツ、ケチだし……うああ、アタシはなんてことを……」


てへっと舌を出しているコットンに気づかず、頭を抱えてしまうリンさん。

なんともシュールな光景ではあるが、騙しているのも気が引ける。


「本当に、気になさらないで下さい。大した貴重なものでも……多分、ないとは思うので……あ、でもこっちだとそうでもないのかな? 少なくとも新しく手に入るものではないか……」

「ダーちゃん、それはトドメっていう奴だと思うな」

「やっぱりアタシはとんでもないことを……ごめん! ごめんなさい! なんでもするから許して!」


ん? 今なんでもするっていったよね? 

とは言わないが、折角なので条件をつけて色々教えてもらうことにした。

折角のコットンのアシストだ。

現状を正しく把握するために、あとできればこの世界での初めての人間という情報源になってくれたらという下心も持ちつつ、リンさんを正面から見つめる。


「妻の言葉は気にしないで下さい。本当に大丈夫ですから。ただ、俺達はこの土地に不慣れでして。良ければ色々と教えて欲しいんです」

「……ぐずっ……、いいのか? アンタ、いいやつだなぁ。いいよ、なんでもきいてくれよ」


俺の右手をキュッと握って涙目ではにかむリーンさんは非常に魅力的だが、コットンが何故か恐ろしい目つきで睨んでいる。


「え、ええっと。僕たちは遠い所からきて、えと、とにかく、このあたりのことに凄く疎いんです。それと、リンさんはここにはどうしていらっしゃったんですか?」

「リンさん、なんてやめてよ。リンでいいよ。それに、アンタの名前も教えてほしいな。っと、この辺りっていうのは、国のこと? そういえば二人共、あんまりこの国じゃ見ない恰好だもんな。いいよ。なんでも聞いてよ」 


それからリンさん、改めリンから聞けた情報は、ここはサウスザードという大陸の中央、フェリアルという王国のとある領地の端っこの方にあるただの草原。

だったはずなのだが、昨日の夜というか今朝なのかな?

この近くを通った夜駆の冒険者が、未発見のダンジョンを見つけたとギルドで騒いでいたんだそうだ。


そこで今日たまたまギルドにいたリンさんがそれを聞き、面白そうだからとギルドからの調査依頼を受けて調査に来てみたら、見たこともない形の館があった上に、建物全体が異常に強固な結界で守られており、これは物見遊山で来たのは失敗だったかと後悔したが色々と調べるのに切ったり蹴ったりしていたら、俺たちが出てきて後は知っての通りということらしい。


「ビックリしたよ。ダンジョンの調査で来たらまさか建物があってさ。そしたら中から変な格好の奴が、あ、ごめん。アンタが飛び出してきたんだから。正直、かなり警戒しちゃった。本当、ごめんな」

「ああ、それは本当に気にしないでください。当然の反応だと思いますし、俺たちも怪我とかはしてないですから」


ちなみにコットンが横でフンフンと妙に神妙に聞いていたので後から問い詰めたが、サウスザード大陸という名前は知っていたが、フェリアル王国は初耳だったらしい。

リンさん曰くフェリアル王国は建国1000年を控えた大国で、この大陸に3つ存在する王国の中では1番大きいらしいのだが。


……約1000年前からある国を知らないっていうのはどうなんだろう?

もしかしたらコットンの知識の古さは割とクリティカルな問題なのでは?

ちょっと彼女から得た情報はどこかでブラッシュアップしたほうが良いかもしれないな……。

そういう意味でもリンさんからできるだけ情報はもらっておきたい。

出来るなら今後の縁を結んでどうにかこの世界の情報源になってもらえないだろうか?

よし、その方向でいこう。幸いこっちに負い目を感じているようだし、このまま有効な関係を築いてしまおう。


「なるほど、色々ありがとう。あと俺の名前は……」

「私の名前はコットンです。こちらは夫のリュータロウ。先程は失礼しました。少し警戒していたものですから」


とりあえず改めて自己紹介から、と思ったらコットンに遮られた。

リンさんに見惚れすぎただろうか。そんなに俺だらしない顔していたのかな?


「あ、うん。コットンに、リュータロ、だな。……ふふ、変な名前。あ、ごめんごめん。警戒して当然だから、気にすんなよ。アタシこそゴメン。改めてよろしくな」


些か俺の名前の発音が妙ではあるが、女性二人はそう言って笑いあい、手を取り合っている。

あのギャルっぽい口調でちょっぴりおバカそうな態度だったコットンが、猫かぶりの営業スマイルとは言えこれほど完璧な擬態をみせるとは……。

そもそも夫婦とか言ってるけど俺はコットンのこともほとんど知らないんだよなぁ。

……出会って1日だし、当たり前だけど。


「と、そうだ。それよりさっきの飯はなんだったんだ? 信じられないくらい美味しかったんだけど。いずれリュータロたちの店ではアレも売ったりするのか!?」


少し食い気味にリンが俺に近寄ってくる。

なんとなくだが大きな菫色のモフモフなロングヘアが尻尾のように左右に振られているように見える。

さながら大型犬のようだ。


「あー、ごめん。うちで売ってるのは食べ物じゃないんだ」

「違うのか……そうか……」


しゅーんと効果音が見えそうなほど落ち込んでしまった。大変申し訳ないところではあるが、俺は一つ気になることがあった。


「リン、さっきのカップ麺を食べてるときにも言ってたけど、君は色々なことに造詣が深いっていうか、知見が広かったりするのかな?」

「ん? まぁ、多分普通のやつよりは色々知ってると思うぞ。昔から色々見て回ってる内に、気づいたら上級冒険者になってたし」


ふふんと腕を組み、ドヤ顔で言ってくるリンを見るにつけ、上級というのは多分かなりハイクラスな存在なんだろう。やっぱりコットンを止めてよかった。

殺して行方不明なんて言ったら、絶対捜索隊とか討伐体とかが遠征されてきたよなこれ……。

……それにしても上級冒険者、やっぱり冒険者にも階級があるんだな。

いいじゃない。実にファンタジーだ。そういうのでいいんだよ。


「それじゃリン、さっきの食事の対価ってわけじゃないけど、よかったら君の意見を聞きたいんだ。ちょっと僕らじゃわからなくて」

「なんだ? まだ珍しいものがあるのか!? いいぞいいぞ! アタシになんでも頼ってくれていいぞ! なんだって相談にのるんだからな!」


なんだろう、初対面とはまるで別人のようだ。

これが彼女の素なんだろうか。そう言えば彼女はよく見れば20歳にもまだ満たないように見える。

最初は険が凄くてわからなかったが、思ったより、俺よりも大分若いようだ。それで上級冒険者って、実は結構凄いのでは?


「とりあえず俺たちは、えーと。そう、実は彼女は古代の文明を研究している考古学者でね。俺はその手伝いをしながら商売もしてるんだ」


何事も先立つものが無いとね。と人差し指と親指で丸を作ってにっこり笑う。

コットンもぺこりと改まった態度で頭を下げる。

とりあえずこの場は俺に任せろといってあるので、彼女は口を開かない。


「ふーん? エピックとかの激レアアイテムを探してるってこと?」

「アイテムよりも、その歴史かな。ダンジョンにはそういった痕跡や歴史的資料が残されていることがあるんだ」

「あー、なんかそういうの聞いたことあるかも。あ、それでこのダンジョンも、その超古代文明? の調査にきたってことか!?」

「まぁ、そんなところだね。ちょっとどこの国から来たとか、そういったことは言えないんだ。ごめん」


言えないっていうか、わかんないんだけどな。俺はその知識は皆無だし。

コットンも何も言わない所を見ると、さっきの王国云々の話から、自分の知識の古さに気がついたんじゃないだろうか。今更すぎるが。


「……なんとなくわかったよ。この家、これもエピック……いや、もしかして……、ユニーク? とにかく、マジックアイテムなんだろ?」

「え、なんでそう思ったんだ?」

「さっきもアタシの一撃で傷一つつかなかったし、中もこれだけ綺麗で見たこともない作りだし、それにつめたーく冷えた飲み物が出てくる銀色の箱。

夏なのにこの中は涼しくて快適な空気に保たれている。こんなのユニーク以外考えらんないよ。そして、こんなものを持っているんだから、当然出自は隠さなきゃいけない。

なんたってこんなの……どこの国の王だって欲しがるよ。いいなぁ、アタシもほしいなぁこの家……」

「えーっと、あ、ああ。よくわかったね。流石上級だ。そこまでわかってくれてるなら話が早いよ」


流石上級というと、彼女はふふんとちょっと得意そうにして、椅子の背もたれによりかかった。


「そして今この建物のすぐそばにはダンジョンの入口がある」

「ああ、できたばかりって感じのむき出しの入口があるのは見たよ」


おや、出来たばかりということもわかるのか?


「それを見つけて、調査をするために俺たちはこの建物を……このユニークアイテムを設置した。昨日のことだ。なんで俺たちはこれから」

「わかった。アタシに任せろ!!」


俺たちはこれからこのダンジョンに潜る。

君は街に戻ってギルドにそのことを伝言してほしい。

そういうつもりだった。


少なくとも時間を稼げるし、ギルドがこのダンジョンをしれば冒険者を寄越すだろう。

それまでにとりあえずダンジョンをどうにか形に、なんならゆるキャラストラップシリーズを宝箱に入れて置きまくるとか、プラスチック製の小物なんてこの世界には存在しないだろうし、冒険者がうまみを感じるダンジョンの体裁を整えるまでの時間稼ぎにはなるだろうという考えだったのだが、リンは俺の想像の斜め上だった。


「……え、いや、とりあえずリンはその」

「いいから任せろ! ダンジョンコアを壊しても1年はダンジョンは形を残すのは知ってるだろう? 古代文明の調査だったっけ? それをするにもモンスターがいないほうが安心だろ?」


リュータロはひょろっこいし力もなさそうだしな。

魔術師でもないんだろ? と続けて言われ、中古屋ですとさっき答えたこともあり、何とも言えない。

実際魔法も使えないのは間違いない。


「そうと決まれば、早速いくか」

「え、こ、これから?」

「早いほうがいいだろ? アタシも早く借りを返したいし。それに出来たてのダンジョンなんて大したことねぇよ。精々5階層までで、モンスターも雑魚ばっかりってのが相場さ。てことで、サクッといってくる。もしアタシが2日たっても戻らなければギルドから調査隊が派遣されてくる手筈だから、アタシの捜索もそいつらに任せればいい。あ、さっきの飯は食わせるなよ?冒険者なんて品も恥もない賊みたいな輩も大勢いるんだ。二人の命の危険だってある。絶対だぞ。あ、でもアタシが帰ってきたら、また食わせてくれるとうれしいな! じゃあ行ってくる!」


捲し立てるようにそういうと、リンは迷うことなく玄関から飛び出していった。

その速さは正しく疾風のごとくで、呆気にとられていたこともあり、全く俺に彼女を止めることなんてできなかった。

そして玄関には俺の使い古した靴下と、10円棒金がちゃんと整えて置いてある。


「……さて、どうしようか……」

「……ま、ダーちゃんは頑張ったよ。でも、どうしようもないんじゃん? さ、コアルームにいこっか。ダーちゃん」


そういってパチンとコットンが指を鳴らすと、玄関の床からエレベーターが轟音と共に姿を現した。


「さぁ、マスター? 死にたくないなら、帰りたいのなら、この手をどうぞ?」


リンさんはダンジョンコアを破壊しても。

と言っていた。それはつまり、俺を殺すということに他ならない。


彼女がそれを知るはずはない、あの態度で俺をダンジョンマスターと見抜いていたとすれば腹芸が上手いなんてもんじゃない、どちらにせよ壊されてしまえば俺は死ぬらしいのだ。

コットンの目が言外に俺に問うている。覚悟を見せろと。

人として死ぬか、ダンジョンマスターとして命を奪うのか。と。


「……ああ、行こう。コットン。『俺の』ダンジョンの最初のお客様を歓迎しなけりゃな」


そういって彼女の手に俺の手を乗せる。無意識に震える指を彼女の指がからめ捕り、しっかりと握りこまれた。



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