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カサブランカ その7

1章終了のお話です。

 翌日。土曜日だったので授業は無く、のんびり9時過ぎに目を覚ましたところ、ドンピシャリのタイミングでチャイムが鳴った。扉を開ければそこに居たのは黄色い帽子を被った配達員、ビデオデッキの到着である。


 早速それをテレビに繋げ、「どれにしようかな」なんて始めの一本を選ぶ。指が止まったのは、ダイ・ハードという映画だった。


 朝食の納豆ご飯をむさぼりつつ映画を見始めたが、これが中々馬鹿に出来ないほど面白い。「畜生畜生」と喚きながらテロリストを撃ちまくる主人公は、見ているこっちまでハイな気分にさせてくれる。「映画を見ながら筋トレだ!」などという高尚な意識は、開始20分の辺りで雲散霧消していた。


 次に見たのがレオン。寂しい男といたいけな少女の悲しい愛の物語で、「このヒロイン、どことなく黒沢先輩に似てるな」などと考えながら観ていると、あっという間に時間が過ぎた。


 もしかして俺、映画の才能ある? 気づいてなかっただけで、映画を楽しむ才能に溢れちゃってたりする?


 今後使いどころがないであろう、新たな才能の芽吹きにすっかりその気になりながら、次に観たのがマイ・フェア・レディ。しかしこれは駄目だった。お国訛りでぎゃあぎゃあ喚くオードリー氏がとても愉快で、見ていて飽きないのだが、出来すぎたラブ&サクセスストーリーは他人の幸せをまざまざ見せつけられている気分になって、「なんでぇなんでぇ」と卑屈になってしまいよろしくない。しかしおかげで、暗い気持ちを吹き飛ばすための筋トレは捗った。


 マイ・フェア・レディの次に手にしたのが、例の薄汚れた無地のパッケージであった。


 どうか、主人公が無責任に銃をぶっ放して、それでもなんやかんやで事態が収束する、観た後には爽快感だけが残る後腐れ無い映画でありますように。


 手のひらを擦り合わせてそう願いながら、デッキの再生ボタンを押す。始まった映画は酷く古めいており、そしてどこか奇妙であった。


 まず、どの映画にもあるべきはずの、制作並びに配給会社のロゴが流れない。再生を始めた途端に現れたのは、短く刈り上げられた黒髪と無骨な筋肉を蓄えた男の立ち姿である。その右手には機関銃が握られている。映画のタイトルもわかりやしない。


 次に、効果音が所々抜けている。マシンガンを敵の一団に向けて撃つシーンがあるのだが、銃声が無いにも関わらず次々敵が倒れていくところが非常にシュールである。


 おまけに、なんだか字幕がチグハグだ。敵の親玉は現役軍人という設定の筋肉漢なのに、字幕だけ見れば「である」を語尾につける馬鹿大将。鬼のような形相で「撃たれたくなかったら出てくるのである」とか言い出した時は、思わず吹き出すのを押さえきれなかった。


 引っかかる点がいくつもある割には、ストーリーは平坦で、目新しいと感じるところがひとつも無かった。良い点といえば、主役のアクションにキレがあったことくらいだろうか。


 まるで作りかけのような名無しの映画を見終えた後、時計を見れば午後の3時を回っていた。今日はもう4本も映画を見ているのに加え、申し訳程度に筋トレをしていたのが相まって、なんだかまぶたがずんと重い。となれば、これはもう寝るしかないというのが、口元まですっかりモラトリアムに浸った大学生らしい結論であった。


 まぶたを擦りながらデッキの巻き戻しボタンを押して、万年床に飛び込む。幸いなことに、起きたときから着替えてないので寝間着のままである。


 眠りに落ちるその直前、ブチンというテープが切れる嫌な音がビデオデッキから響いた。しかしどうせもう観ない映画だ。俺はあえて気にしないことにして、そのまま眠りについた。





 笑顔満点の黒沢先輩が目の前にいる。駅前の喫茶店で一緒にオムライスを食す俺達は、仲睦まじく映画の話に興じている。


 もちろんこれは夢である。夢と現実の境がわからなくなるほど俺は愚かじゃないし、何より現実の黒沢先輩の方がずっと可愛らしい。


 ホンモノは毎分毎秒表情を変えるぞ! 夢如きが俺を騙そうなど100年早い!


 自分の夢に憤っていると、ふいにゴンゴンと何かを叩く音が聞こえてきた。隣人が壁でも叩いているのだろうかと思い、夢の中の黒沢先輩に別れを告げて現実に戻ったが、音の方向からするとどうやらそうではない。しかし依然として音は続き、加えて徐々に荒々しくなっていく。


 もしや、心霊的な何かだろうか。ラップ音とかポルターガイストとか、その手の類の現象だろうか。俺は幽霊とかその手の話が常人より遥かに得意ではなかったから、「どうかこれも夢であってくれ」と布団を被って丸まり、強固な城を造って事が過ぎ去るのを待った。


 しかし、期待と反して一向に音は止まず、ついにはバリンと何かが割れる音まで聞こえた。恐る恐る布団から顔を出すと、テレビの液晶が内側から割れて畳に散らばっていた。


 アレだ、貞子だ。きっと来る。


 そんな不穏な考えが過ぎったその時、割れたテレビ画面から太い腕がにゅっと飛び出してきた。漠然とした不安が確信に化けた瞬間であった。


 脚が竦んで動かない。布団をかぶり直し、「誰でもいいから助けてくれ」と声にならない叫びを喉から絞り出していると、「おい」というしゃがれ声が飛んできた。天に召します我が神よ、南無阿弥陀物南無阿弥陀物。


 さまざまな宗教をちゃんぽんにして必死に祈っていると、被っていた布団が勢いよく剥がれた。「食われるっ」と俺は身体を丸める。



「とって食ったりしない。そう怯えるな」

「う、嘘つくなっ! 映画に住む幽霊なんだろっ!」

「そうじゃない。とにかく、まずは俺を見ろ」

「やっぱりそうだ! 早いとこどっか行けよぉ!」

「……話にならないな」



 次の瞬間、手足を縮めて丸まっていた俺は抵抗虚しくひっくり返された。亀の構えを断固として崩さないままひっくり返されたものだから、結果的に服従した犬のような格好になってしまった。


 そんな情けない格好の俺を見下ろすのは、筋肉の権化の上半身裸男である。脚はしっかり2本あるし、雄々しい顔つきは生気に溢れている。これが本物の幽霊だったら、お化け屋敷はいつ名誉棄損で幽霊協会から訴えられてもおかしくない。



「これでも俺が幽霊に見えるか?」



 確かに幽霊には見えない。だが、マトモな人間がテレビの中から出てくるとも思えない。じゃあなんだっていうんだ、コイツは。


 警戒心を緩めないまま、俺は男に尋ねた。


「……なんだ、お前は? なんでテレビから出てきたってんだ?」

「話すと長くなるが、色々と事情があってな」


 筋肉は俺の手首を掴み、半ば無理矢理引き起こした。


「一番言いたかないことを先に話しておく。俺はどうにも、映画の世界からやってきたらしい」



これにて1章終了です。

最後まで書いているので、日曜までには全部上げられます。

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