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恋と映画とささみガム  作者: シラサキケージロウ
ナポレオン•ダイナマイト
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ナポレオン・ダイナマイト その3

 安アパートに戻り、スライに合宿のことを伝えると飛び上って喜んだ。いつにない反応なので、「そんなに嬉しいか?」と尋ねると、そわそわしながら「もちろん!」と返してきた。



「俺は海が大好きでな。海はいいぞ。海沿いの町は飯が美味い。カップめんや牛丼を否定するわけじゃないが、たまには魚を食ったってバチは当たらんだろ」

「なんだよ、飯目当てか」

「ランだって、クロサワの水着目当てだろう? 同じことだ」



 見事なカウンターパンチに「そうだよ悪いか」と唸る他無かった俺は、その日の夕食、当てつけのように牛丼を出してやった。



 それから瞬きしている間に運命の土曜日はやってきた。午前3時から三池先輩が運転するハイエースに乗って、人生初めてアクアラインを抜けるなどして2時間ほど揺られていると、やがて民家と緑以外は何も見当たらない千葉の田舎風景になってきた。コンビニも無ければ、コンビニより多いという歯医者すら見当たらない。さすがは千葉県、ディズニーランド以外は何も無い場所だなと、俺はこっそり考えた。


 さらに車を走らせるとトンネルがあり、それを抜けると海が見えてきた。窓を開ければ潮の香りが入ってきて、スライが「ウォッ」と感嘆の声を上げた。子どもみたいなヤツだ。


 海を右にした防波堤上の道路を少し直進すると、やがて車は、あずき色に塗られたやや大きめの民家の前で停まった。1階も2階も雨戸は閉め切られており、どうやら人が生活している感じではない。だというのに最近になって改築したのか、玄関だけは真新しい煉瓦で造られているのがしゃらくさい。


「なんだよここは」と思っていると、三池先輩が「着いたぞ、荷物下ろせよ」などと言い始めたので、俺はそこでようやくこの家が宿泊地なのだと気づいた。



「親戚が所有する家でな。もうほとんど使ってないとのことなので、定期的に借りているんだ」



 小津監督はそう説明しつつ家の鍵を回した。男勝りの言動はさておき、案外いいとこのお嬢様なのかもしれない。


 玄関を上がってすぐ右手にあるふすまを開ければ、20畳ほどの和室がある。廊下を突き当たったとこまで進んだところにある水洗トイレは、和式という点を除けば比較的綺麗で使いやすそうだ。1階のキッチンも、油汚れはあるものの不快というまではいかない。2階に上がるとこれまた和室があるが、これが下の階よりもずっと広く、合宿所のようになっている。部屋の数が少ないぶん、広めの造りになっているらしい。


 荷物を運び込んだ後は、1階で今日の撮影についてミーティングが開かれた。そこで監督が「銭湯に行くぞ」と言い出したので、「朝風呂ですか」などと浮かれたが、「撮影に決まっているだろう」と一蹴されてしまった。園先輩が演じる主人公の友人、ハラとの会話のシーンを撮るとのことである。


 宿から車で10分ほどのところにある〝江の湯〟という銭湯に向かうと、店の前にシワだらけのおばあさんがいた。助手席の窓から顔を出した小津監督が、「お世話になります」と声をかけると、おばあさんは「いらっしゃい」と微笑んだ。笑った時、前歯が抜けているのが見えた。


 早朝の銭湯は、まだ開店前なので当然といえば当然なのだが、客がいない。がらんどうの脱衣所で裸一貫になった園先輩と俺を浴室で待ち受けていたのは、カメラを構えた三池先輩と、マイクを手にしたスライであった。


「なにやってんだ、スライ」という言葉が口をついて出る。



「撮影の協力だ。キタノもクロサワも、さすがにここまで入れるわけにもいかんだろう」

「それよりラン坊、園。前、隠しとけよ。そろそろ小津も来るからな」


「監督も来るんですか?」とうろたえた俺に、三池先輩は「当たり前だろ、監督だぞ」と答えながらカメラを向けた。俺と先輩が右手に持っていたタオルで前を隠したところで、計ったようなタイミングで小津監督がやってきた。


「園、檜山、今日ばかりは私を女だと思わなくていいぞ。お前たちのソレが見えても、私は気にしないからな」


 俺は「コッチが気にするんだよな」という視線をスライに向けたが、ヤツは何を勘違いしたのか親指の先をグッと天井に向けた。


 それからすぐに撮影は始まった。俺はシャワーを頭から浴びながら、園先輩は風呂に浸かりながら、〝あざらし〟の新入部員、タカクラについて会話をするシーンなのだが、驚いたことにシャワーからは水しか出ない。「なんじゃこりゃっ」と声を上げると、小津監督は「すまないな」と笑った。


「江の湯の店主に無駄な金を使わせるわけにもいかないからな。ガスは止めてある。ちなみに風呂も水風呂だ」


「そんな」と嘆きつつ既に風呂に浸かりスタンバイを終えた園先輩を見れば、すっかり役に入り込んでいるのか、涼しい顔して誰もいない湯船を平泳ぎで泳いでいる。なんだ、風呂はぬるま湯かなんかじゃんと思いつつ腕を突っ込んでみれば、驚くことに体感温度は10度以下の水である。これならシャワーの方がずっとマシだ。役に入り込めば水もお湯になるのかと、園先輩の演技力に改めて舌を巻いた。


 寒さのせいで舌が回らず、何度かNGを出したものの、短いシーンだったので撮影自体は10分ほどで終了した。江の湯のおばあさんに、「夜、また来ます」と別れを告げ、宿に戻ったがまだ8時前である。



「さて、次は浜辺で撮影だ。檜山、水着に着替えろ。三池はドリーの準備だ」



 監督曰く「ロッキー3のリスペクト」らしい、眩しい朝日を反射する海をバックに、トランクス型の水着一丁で砂浜を全力疾走するシーンを撮り終えた後は、宿に戻って1階の和室で輪になって座った。またミーティングかと思っていると、北野が「どぞー」と鞄から取り出した包みを広げた。何かと思えば、おにぎり、唐揚げ、だし巻き卵をはじめとする、彩りの良い弁当である。



「アタシとあきらサンとで作ったんス。割と気合い入れたんで、ちゃんと味わって食べてください」



 北野の言葉に「ガンバりました!」と黒沢先輩が続き、鼻をぷくぷく膨らませる。これはいい、最高だ。空腹が最高のスパイスなんて言うが、たとえ空腹でなくとも、思い人が作った料理ならいくらだって食べられる。


 さて、どれが黒沢先輩の握ったおにぎりかな、なんて真剣に吟味し、5分の長考の末、一番手のかかっていそうな、シソで包んだ焼き味噌おにぎりを選ぶと、「あ、それアタシの自信作っス」と北野が嬉しそうに言った。


 一度掴んだ手前、手放すわけにもいかず、急いで食し、今度は適当にアルミホイルで包まれたものを掴むと、焼いた豚肉が巻かれたおにぎりであった。するとまたもや「それも結構時間かかったんスよ」と北野が言うので、「じゃあ何が黒沢先輩が作ったやつなんだよ!」と内心憤っていると、察したのか北野が「あきらサンはおにぎり以外を全部作ってくれたんスよね」と呟いたので、俺はすかさず箸を構えて唐揚げを頬張った。にんにくとしょうが、それに何より黒沢先輩の込めた愛情が利いていて、いくらでも食べられそうな気がした。


「美味しいですか?」と、黒沢先輩がお茶の入ったコップを手渡しながら尋ねてくる。気分はさながら新婚である。俺はすかさず「美味しいです!」と答え、だし巻き卵やピーマンの肉詰めを次から次に口へと放り込んだ。この世の酒池肉林がここにあった。



「朝食を終えたら撮影に入るぞ。午後からは自由時間の予定だから、気合いを入れろ。私だって、たまには羽を伸ばしたい」



 自由時間、となれば海、海は水着、水着は黒沢先輩。俺は箸を握りしめ、これからの撮影に向けて一層の気合いを入れた。


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