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一直線に飛んでいけ

作者:只野はむこ
紅葉のような手でつかんだ本を振り上げた。
「ふざけんなあああああああああああ!!!」
たった5年の人生でこれほどまでの怒号を響かせたことがなかった。怒りのままに本を叩きつける、とみせかけてコンマ数秒で我に返った。本は大切に扱わないといけない!勢いを空中で殺してそっと机の上においた。
「でも、でも、こんなのってありえない。」
はあはあと荒い息をあげた。興奮しているせいで顔は真っ赤になっている。手が汗でぬるぬるしてしまっていて油断をすると、絵本が抜けていってしまいそうになる。だから余計に力をこめた。
何事かと、子供部屋までかけつけた母親にとびついて拙い言葉で説明をした。
――人魚姫の魔女はありえない。なんで人魚姫の恋を応援してあげないの。
感情の高まりのあまりえぐえぐと泣きだした私の背をそっと撫でながら母は言った。
「恋はね、その当事者にしかわからないものがあるのよ。」
「とうじしゃ?」
「そうね、ここでいえば、おうじさまとにんぎょひめ、それにまじょかな。大きくなったら、花ちゃんもわかるよ。」
母にまたぴとりと抱きついた。大きくなったらこの理不尽を覆せるのか、それとも、呑みこまれてしまうのか。それはわからない。
ただ、いまは母のぬくもりに包まれて安心していたかった。
これが、幼いころの幸せな記憶のうちの一つだ。
怒号を発したくなるほどに大好きな本と、私を心配してくれる母。仕事人間で家庭を顧みなかった父との思い出はあまりない。

一番好きだったのは人魚姫の話。
私が魔女だったら、人魚姫から声を奪ったりしない。そもそも、いくら人魚姫が美声とはいえど、他人の声を奪って何になるのだ。使い道だって思いつかない。小さな両手を握りしめて憤ったことを覚えている。
「私が魔女なら、声を奪ったりしない。人魚姫を応援する!!人魚姫は、王子様と結婚して幸せになるの。幸せな2人をみればきっと魔女だって幸せになれるよ。」
拙い言葉で息をはずませて語る私の頭を母はやさしくなでてくれた。




自分が暗い状況にいればいるほど周りの人には幸せになってほしいとおもう。物語ならばなおさらだ。
とくに私の場合は家庭が最悪だった。恋愛結婚をしたはずなのにいがみあう両親。お互いを嫌いあっているならば別れればいいのに、「花子がいるから別れられないんだ。」とすべての責任を押し付けてくる。両親がそろっているからってこのご時世、何も影響しやしないってのに。生活費や学費を払ってくれればだけれど。両親の不仲を日々見せつけられているほうがよっぽど精神衛生に悪い。それも、2人とも口をそろえて「花子のため。」と。「何が私のためだ。世間体のせいじゃないか。」そう啖呵をきれればよかったのだけれど、足の小指のさきほどの希望にすがっていた。いつか、両親が仲良くなることを。笑顔で食卓を囲めることを夢見ていた。結局、それは叶わない夢でおわり両親は私の高校卒業と同時に離婚してしまうのだけれど。
そのせいか、私は昔から現実から目を背けたくて本に集中する子だった。私は読書(とはいっても幼いころは絵本、小学生くらいまでは児童書)に明け暮れていた。



――だからだろうか、気付いたら絵本の中の世界にいた。
「ここがどこだ?」と周りを見回してみればみるほど気付く。ここは絵本の中の世界だ、と。
どうせ、絵本の中にいるのならば20歳の今ではなく人魚姫にドはまりしていた5歳のころがよかった。なんて思うのは贅沢だろうか?とにかく、このありえない状況をすんなりと受け入れてしまうくらいには疲れていた。仕事が忙しかったから、高校の同級生は大学に進学している子がほとんどでうらやましかった。彼女たちは充実してみえた。はた目からみても毎日がキラキラ輝いていた。それに比べて私は仕事だ。たいした資格ももっていないのに、正社員として働いていることが恵まれているとわかっていた。けれど、慣れない仕事に、近所にすむ元同級生たちとの格差を目にするにつれて、HPはどんどん削られていった。もう少し、気力と体力があれば、唐突に訪れたこの世界を不思議に思っただろうし、すんなりと受け入れはしなかっただろう。幸か不幸か、私にはそれだけの余力すらなかった。

太陽の光の差さないくらいに暗い海の中。周りは、緑黒い海藻らしきものが、うねうねと流れに身を任せている。
視界が悪いはずなのに、こうして周囲の様子を見渡せるくらいには私の目がよくなっているのか、物語としての補正なのかわからない。
なんの情報もないまま放りこまれ、説明も何もうけていないのに1つの予感があった。
――もうすぐ人魚姫がくる。
ここが夢かもしれないとか、妄想の中だとか、実は本当に異世界にトリップしたとか、そんなことはどうでもいい。
長年の夢を、叶えてやる。
幼いころの思い出とともに硬く決意した。私は両手をぎゅ、握りしめた。

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