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カミングアウトは必要ない  作者: 冬通 すばる
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困惑

  せっかく明音が居なくなったのに、今度は知らない人間が目の前に座っている。これじゃ落ち着いて飯も食えない。

  俺は仕方なく目の前の新人に声をかけた。


「お前も大変だな。明音に振り回されて」

「そうですよ。こっちの身にもなってほしいです」


  新人はそう言って口を尖らせながら、フロアをマイペースに行き来する明音を目で追っている。そして、すぐにその視線をこちらに移した。


「どういう関係なんですか?   明音先輩とその、お客様は……」


  さすがに雑談しながらお客様と呼ばれるもの気持ち悪い。それは相手も同様で、言葉を探しているようだった。


「高校の同級生だ。あと俺は十条時みかど。みかどでいい」


  俺につられるように新人も自己紹介をする。


「星野 夏南です。夏南って呼んでください」


  簡単な自己紹介を終えると、夏南はまるで珍しい物でも見るかのようにこちらを見つめてくる。


「いやぁ、十弧出身の人なんて初めて会ったなぁ」


  その反応から察するに、十弧に対する嫌悪感とかは特に無さそうだった。十条時の名前を聞いてネガティブな反応をしなかった人間はこれで二人目だ。もちろん一人目は明音である。

  あまりじろじろ見られるのも居心地が悪い。俺がそう思っていると、ちょうどいいタイミングで明音が現れた。


「はい、これ私からの差し入れね~」


  明音はジュースの入った大きなグラスをテーブルに置く。俺と夏南の顔を順番に見た後、明音は誰に聞かせるでもないような声で「順調、順調」と呟いた。

  今回はそれ以上絡むこともなくそのまま厨房へと戻っていった。さすがの明音も忙しいようだ。

  そんな状況でもわざわざ差し入れを持ってきたのは、俺と夏南の様子をうかがいたかったのだろう。目的はどうあれ、それが好意に違いないと思うと俺にとっては有りがたかった。


  しかし、テーブルに置かれた差し入れを見ると肝心のグラスは一つしか無かった。あたかもその代わりとでも言うようにストローが二本ささっている。

  それぞれのストローは計算された曲線を描きながら交錯しており、二本のストローの間にできた空間は見事なハート型を描いていた。言うまでもなくこれはカップルストローとかいうやつだ。

  純粋に差し入れだと思って喜んだ自分が甘かった。


「これ二人で飲むのかな」


  夏南もカップルストローが気になるようだった。


「飲みたいか?」


  俺はもちろん飲みたくない。


「そういう物なら二人で飲むのも仕方ないのかな、と」


  夏南は至って真面目な顔で言った。こいつ天然か?   普通は多少の抵抗感を示すものだと思うのだが。

  それに相手が異性ならまだしも俺たちは同性だ。ややこしい見た目のせいでこっちからすれば同性とも思えないけど。


「一人で全部飲んでいいぞ」


  当然、俺は二人で飲む気なんてさらさら無いので、グラスを夏南の方へ押し出した。

  するとコースターの下から一枚の小さな紙が顔を出した。その紙には何か書かれているようだった。


「ん?   なんだこれ」


  俺が手に取ったその紙には「サービスして欲しければ、二人で仲良く飲んでね!   見てるぞ」と殴り書きがしてあった。文末にはご丁寧に目のような絵まで書かれてある。

  ホラーかよ、と突っ込みたくなる。

  明音も忙しいのによくやるよ本当。ここまでくると呆れを通り越して感心してしまう。

  俺が顔をあげると、明音は遠くからしっかりとこちらを見ていた。

  明音は笑ったが、俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「いただきまーす」


  夏南がストローに口をつけようとしたところで俺が呼び止める。


「夏南、やっぱり一緒に飲もう!」


  思わず名前を呼ぶ声に力が入ってしまう。


「あ、うん」


  夏南が一瞬びくっとしたが、すぐに平静を取り戻す。お互いが飲みやすい位置にグラスを移動させる。


「じゃあ、飲むぞ?   いいか?」


「いいよ」


  お互いタイミングを合わせるように声を出した。


「『せーの』」


  合図に合わせて軽く身を乗り出す。

  夏南の顔が近づいてくる。

  思ってた以上に近い。

  近すぎてぶつかりそうな気がする。

  間近で見ると、余計に女みたいに見える。

  夏南の柔らかい髪が、俺のおでこを焦らすように撫でる。

  くすぐったい。

  なんだかそわそわする。

  やっとの思いで俺はストローに口をつける。


  夏南は視線を下に向けて平然とジュースを飲み始めているが俺はそういうわけにもいかなかった。


  よくそんな落ち着いていられるな。

  相手は男だぞ?


  いや、そうか。

  男同士だから夏南は落ち着いているのか。


  じゃあどうして俺はそわそわしてるんだ?

  過去に男なんていくらでも見てきたのに、こんな感覚は一度もなかった。


  夏南が女に見えるせいか?

  それとも夏南が男だからか?


  しまいには夏南の事を男として見ているのか女として見ているのか、自分でもよくわからなくなっていた。

  俺が正体不明の感情と戦っていると、いつの間にかグラスは空になっていた。


「はーおいしかった。ごちそうさまでした」


  夏南が手を合わせて簡単にお辞儀をする。

  俺はほとんど味を覚えていない。正確には覚えていないというより、気が気じゃなくてほとんど飲めなかったわけだが。

  しかし、俺はそのこと以上に気になるものを見た気がした。


「今のやつ、もう一回やってもらっていいか?」


  夏南は不思議そうな顔をしたが、言われるがままにもう一度お辞儀をする。


「こう?」


  やっぱりそうだ。

  運動部特有の大雑把なお辞儀ともいえるそれを、俺は見たことがあった。あの時の野球部の少年だ。明音も野球部がどうとか言っていたし、おそらく間違いない。

  どうして今まで気づかなかったのだろう、と不思議に思ったがそれもそうなのかもしれない。印象があまりに違いすぎるのだから。

  そして、俺は大事な事を思い出した。

  鞄の中におもむろに手をいれてボールを取り出すと、それを夏南に渡す。


「お前のだろ?」

「あ!   これ!」


  夏南はそれを受けとるや否や、すぐに質問してきた。


「これどこにあったの?」

「前、不良に絡まれてただろ?   あの時落としてたぞ」

「うそぉ、知らなかった!   助かったよ、ありがとー」


  感謝もほどほどに夏南は一旦考え込むようにうつむくと、再び顔をあげて俺の顔をじっと見つめる。

  それはさっきの珍しい物を見るような好奇心を含んだ目ではなく、眉をひそめて何かを確認するような目だった。

  そして、夏南は俺を指差した。


「あ!   あの時の!」


 「気づくの遅すぎ」と言いたかったが、俺も人の事を言える立場じゃないと思い直した。その代わりに、俺はずっと気になっていた事を聞くことにした。


「その刺繍は何って書いてあるんだ?」

「エーデルワイス。外国の花だよ」


  夏南がボールを大事そうに見つめながら答えた。


「なんだそれ」


「お父さんが好きだったんだ」と夏南が小さな声で答えた。

  どうして花の名前なんか入れたのか聞こうと思ったが、俺の第六感がそれを止めさせた。さっきまでの活気に溢れた様子とは一転して夏南の表情はどこか悲しげな物に変わっていた。


「どう?   仲良くやってる?」


  フロアもそこそこ落ち着いたのか、遠くで様子を見ていた明音が再び近づいてきた。

  その気配を察した夏南は急いでボールをポケットへ押し込むと「はい!」と元気よく答えた。

  さっき夏南が一瞬見せた表情はなんだったのか。

  かける言葉を見失って困っていた俺には、タイミング良く現れた明音が天使のように見えた。

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