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カミングアウトは必要ない  作者: 冬通 すばる
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思惑

 夏休みも始まったばかりで今日も相変わらず陽射しが強い。

 そんな天候下でも子供達はあっちへ行ったりそっちへ行ったり。休む間も無くずっと動きまわっている。


 窓越しにそれを眺めながら「何がそんなに楽しいんだ」と呟く俺は、冷気に満たされた部屋で寒気を感じて目覚めた所だった。どうやら冷房を効かせすぎたらしい。

 それでも外のうだるような暑さを想像すると、寒気を感じるこの室内の方がいくらかマシに思えた。喉が渇いていたので冷蔵庫からコーラを取り出して飲むと喉がやたらチクチクした。


 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。授業がないとはいえ、夏休みのお約束である大量の課題を終わらせなければならないのだ。

 家でできればそれが一番だが、残念ながら俺はそんなに器用じゃない。

 適当に身支度を済ませると、馴染みの喫茶店に向かった。


 喫茶店の扉を開けるとひんやりとした冷気が俺を歓迎した。

 この店は料理が旨くて客も少ない、いわゆる穴場だ。何かしながら時間を潰すには持ってこいの場所……のはずなのだが、一つだけ難点があった。


「みかどくんじゃん! よっす~」


 スカートのフリルを大袈裟に揺らしながら注文を取りに来る店員。そう、まさにこの人物こそが悩みの種だった。


 名前は彩野あやの 明音あかね。高校の同級生だ。俺が心を許せる数少ない相手でもある。

 なぜ心を許す相手が悩みの種かというと、それは明音の性格にある。

 基本的にはいい奴なのだが、少々癖が強い。特に俺と接する時その癖の強さが際立つ。なんでも初めは俺の事が好きだったらしい。見た目的にもプロフィール的にも満点だとか。この時点で結構どうかしているのだがそれだけに収まらない。

 自分が恋愛対象にならないとわかると、今度はなぜか俺の恋人探しに躍起になりだしたのだ。

 明音曰く「普通じゃない恋愛を見たい」とか。だから明音は必要以上に俺に絡んでくるのだ。


「こんな時間から珍しいじゃん、どうしたの?」

「ああ、ちょっとな」


 早速絡まれたが適当に流す。


「相変わらずつれないねー。それで今日は何にする? いつものやつでいい?」


 「いつものやつ」というのは、俺が好んで注文するハンバーグ定食のことだ。俺と明音の共通言語になっている。


「それで頼む」

「了解~。ふんふふーん」


  注文を取り終えた明音は、なにやら鼻唄混じりで厨房の方へと消えていった。

  俺は早速、課題に取りかかった。


  課題が順調に進み筆も乗ってきたきたところで、明音が料理を持ってきた。

  明音はそれをテーブルに置くと、おもむろに俺の向かい側に座った。


「おいおい、仕事しろよ」

「だって暇なんだもーん。ちょっとくらい相手してよ。どうせ食べてる時それできないでしょ?」

「まぁ、それもそうか」


  明音から珍しく正論を言われて納得した俺は素直に参考書を閉じる。そして、料理を手元まで引き寄せた。

  いつ見てもここのハンバーグはまずそうだ。形もいびつだし、なぜか所々青みがかっている。

  しかし、その味は見た目に似合わず、意外にも硬派というべきか、絶妙なバランスで塩胡椒が効いており後味も全く嫌味がない。

  味はもちろんだが、この内面と外面のアンバランスさに俺は病みつきになっていた。


  濃厚な肉の香りに刺激され 、唾液がじわじわ染みだしてくる。食べやすい大きさに切った肉を箸で掴み口に運ぶ。

  いよいよ、肉と舌が触れ合おうとした瞬間、視界の片隅に明音が映りこんだ。


ーーまたか。


  正面にはとろんとした目付きでじっとこちらを見つめる明音の姿があった。


「だから、それやめろって」


  一旦食べかけた肉片を、皿に戻しながら訴える。これで何度目かわからない。やめるように逐一頼んではいるものの、未だに直る気配がない。

  もっとも、本人にやめる気がないだけか、本当にやめれないのかは、俺の知るところではないが、明音の性格からするとおそらく後者だろう。


「ごめんごめん。あまりにもかっこいいからつい……」

「飯食ってるだけなのにかっこいいも糞もあるか」


  明音は出会った時からこの調子だった。

  俺の一挙手一投足に注目し、俺が授業で一言でも声を発しようものなら、次の休み時間は無いも同然。

  終わりのチャイムが鳴るや否や、明音がすぐさま駆けつけ、頭いいだの、声かっこいいだのとにかく喋り倒される。

  はっきり言って迷惑だったし俺も初めは相手にしていなかったが、いくら突き放しても明音はしつこく絡んできた。

  結局俺が折れる形となって話をするようになったのだが、話してみると案外話のわかる相手で、そうこうしてるうちに今の関係に落ち着いた。


  少し間をあけると明音がようやく視線を逸らしたので、俺は気を取り直して食べ始める。


「そうそう。 実はみかどくんに伝えとかなきゃいけない事があるんだった」

「なんだ?  大事な事か?」

「すっごく大事だから心して聞くように」


  明音は人差し指を立て、わざとらしく真剣な表情を作る。

  だいたいこういう時、俺にとってはどうでもいい場合が多い。


「うちに新しくバイトの子が入ったんだよね」

「へぇ、それで?」


料理を頬張りながら、適当に相槌をうつ。

 

「その子男の子なんだけど、顔とかすっごいかわいいの!  もしかしたらみかどくんも気に入っちゃうかもって思って」


やはり俺にとってはどうでもいい話だったようだ。


「悪いけど興味ないな」


  かわいいとかかわいくないとか、男だとか女だとかは、もはや俺にとっては関係なかった。恋とか性なんて概念は十弧で受けた性事情によってとっくの昔に喪失した。

  相手は誰でもいいし、もっと別の言い方をするなら誰であっても(・・・・・・)よくないのだ。


「もちろん顔だけじゃなくて性格も可愛いんだよ?」


  明音がすかさずフォローを入れてくる。


「それでも無理なもんは無理だ」


  ハンバーグが着々と皿の上から消えていく。


「みかどくんもお堅いねぇ……」


  明音は自分の唇に指を当てると、斜め上を見つめた。

  俺という牙城を打ち崩そうと思考を巡らせているのだろう。

  ほどなくして、明音が口を開いた。


「じゃあ、こういうのはどうかな……その子野球やってるらしいんだけど、脱いだら実はすっごいマッチョとか!  どう?」


  自信ありげに聞いてくる。その作戦で俺を攻略できると思った根拠を教えてほしい。


「どう?   じゃねーよ。かわいい顔したマッチョとかどこに需要があるんだ」

「確かにそうか。ふふふ」


  明音は今頃その組み合わせの奇妙さに気づいたのか、一人でクスクスと笑う。

  どうにかして俺とその新人をくっつけたいらしいが、俺も明音の趣味に付き合うつもりはない。


「叶わない夢を見るのは止めとけ」

「まぁ、それもそうなんだけど。でも本当にかわいいんだって!  一回でいいからみかどくんにも見てほしいの」


  もちろん明音も諦める気は無いらしかった。こうなったらどちらかが折れるしかないのだ。

  いつまでも平行線を描いても仕方がないので俺の方から歩み寄る。もちろん釘は刺しておくが。


「別に見るだけなら構わない。でも、お前が期待してるような事は何も起きないからな?」

「大丈夫大丈夫!   なーんにも期待してないから」


  明音がうんうんと頷く。しかし、その表情はどっからどう見ても何かを期待しているものにしか見えなかった。


「それで、その新人今日は来てるのか?」

「まだ来てないよ。なんか部活で忙しいから夜しか出れないって」

「夜しか居ないんじゃ会う事もないかもな」


  俺が夜にこの店を利用することはめったにない。それは夜によく用事が入るからだ。


「くればいいじゃん。というか来てよ」

「なんで客が店員の都合に合わせないとといけないんだよ。普通逆だろ」

「サービスするからさ、ね!」


  サービスと言われると俺の心は揺らいでしまう。養ってくれる親も親戚も居ない俺にとってその単語は十分魅力的だった。都合があえば来てみてもいいかもしれない。


「気が向いたらな」


  俺がどっち付かずの返答をすると明音は満足気な顔を見せた。

  明音は俺の性格をよく知っていた。


  その後も明音のくだらない話に付き合っていると、玄関にぶら下げられたベルが鳴った。


「いらっしゃいませー……っと。そろそろ戻らないと。みかどくんまたねー」


  明音がこちらに手を振りながら席を立つと、また何かの鼻唄を歌いながら消えていった。

  これでやっと集中できる。俺は再び教材を開いた。

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