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カミングアウトは必要ない  作者: 冬通 すばる
15/16

疑惑

 俺たちはバッティングセンターを離れて今日の最終目的地である映画館に向かっていた。

 夏南はチケットの両端を両手で持ち、弾むように歩いている。


「今日の映画、そんなに面白い作品なのか?」

「わかんない」夏南が笑顔を見せる。「でも楽しみ」

「なんだそれ」

「だってこんな時間に映画見るのなんて初めてなんだもん」


 夏南はアーケードの天井を見上げた。相変わらず天井のガラスには雨が降り続けいるが、その薄い水の膜の向こう側はすでに暗くなっていた。


「お前ってちょくちょくそういうところあるよな」


 ロマンチストというか、子供じみてるというか。夜に見る映画に特別感を覚えるのなんて小学生くらいだと思っていた。

 夏南はよくわからないといった顔をこちらに向けていた。


「どういうこと?」

「例えばこれとかもそうだ」


 なぜか俺が持たされている巨大なぬいぐるみを見せるようにして言った。


「高校生にもなってぬいぐるみなんてよく貰えるよな。他にもっといい景品無かったのか」

「だってそれが一番可愛かったんだもん」

「ほら、そういうところだよ」

「な、なるほど……」


 口ではそう言いながらも何か言い返す言葉を探しているのか、夏南は少し不服そうな顔をしている。

 不服なのはぬいぐるみを持たされている俺の方だっていうのに。


 俺と夏南がそうやって他愛もない話をしていると、突然夏南の携帯が鳴った。


「もしもし? はい。今ですか? 大丈夫ですよ」


 誰と話をしているのだろうか。詮索するような事でもないのだが、真横で電話されると嫌でもその内容は耳に入ってくる。敬語で話している所を見ると、相手は明音か部活の先輩ってところか。

 その後も何気なく会話を聞いていると、一瞬だったが確かに俺の名前が出たのがわかった。ということは相手は明音だろうか。


「はい。今隣に居ますよ。え? そんなわけないじゃないですか。やだなぁもう」


 何の話をしているのかは知らないが言葉の端々から嬉しそうなのが伝わってくる。明音相手にしては随分と盛り上がっているように思えたが、案外二人の気が合うらしい事も知っていたので特には気にしていなかった。

 それからしばらくして夏南が電話を終えた。


「相手は明音か? 何の話してたんだ?」


 明音の事だからどうせ仲良くデートがどうのとか言って、からかってきたのだろう。俺はそんな事を考えていたが、夏南の口から出たのは全く予想外の名前だった。


「今のはユーキだよ。明音先輩じゃない」

「ユーキって九条ユーキか?」

「他に誰がいるの」


 夏南は笑って答えたが俺には笑えなかった。

 夏南と九条ユーキが俺の知らない所でいつのまにか繋がっていた事に不信感を覚えずにはいられない。


「なんでお前が九条ユーキの番号を知ってるんだ?」


 当然、俺から番号を教えた覚えなんて一度も無い。


「この前みかどが控え室を出た後、ユーキの方から番号教えてくれたんだよ。すごくない?」


 夏南は嬉しそうに話したが、その浮うわついた態度が気にくわなかった。もちろんただ電話をしているだけだし、夏南に非がないこともわかっている。


 それだけに何に対して怒りをぶつければいいのかわからず、それが余計に腹立たしかった。腹の奥底からふつふつと黒い感情が湧き出してくるのがわかる。


 しかし夏南がそんな俺の胸中を知るわけもなく、さらに目を輝かせて話を続ける。


「ユーキって本当物知りっていうか、考え方がすごい大人なんだよね。あ、そうそう、なんで苗字が十条時じゃないのかってことも教えてくれて、それが本当びっくりでさぁ、実はーー」


 夏南は嬉しそうに話した。夏南と九条ユーキの間に何か特別な物があるとしか思えないくらい夏南は嬉しそうだった。俺の顔を見ながら話しているが、まるで俺の事なんか目にも入っていないようだった。


「もちろん最初は緊張してこっちから連絡なんてできなかったけど、それでもすぐにユーキの方から連絡くれてさ。思ってたよりずっと親しみやすいというか、同じ十弧でもみかどとは全然違うんだなって」


 俺はこの話をこれ以上聞きたくなかった。九条ユーキに敵わない事くらい自分が一番わかっている。だからこそ、夏南にだけはそこに触れないで欲しかった。


 内容どうこうより、九条ユーキと比較された事。ただその事実だけで、俺を卑屈にさせるには十分だった。


「……れ」

「それでね、ユーキのもっと凄いのがーー」


夏南はこちらに見向きもしない。


「黙れよ!」


 夏南はやっと身振り手振りを停止して、きょとんとした表情を見せた。


「……え?」

「だいたい、さっきから黙って聞いてりゃなんだよユーキ、ユーキって。ユーキ "さん" だろ。その馴れ馴れしい呼び方やめろっての。失礼だろ」


 自分でも何を言っているのかよくわかってなかったが、とにかく九条ユーキの名前をこれ以上聞きたくなかった。この際突っ掛かれるなら何でも良かった。今更、九条ユーキをさん付けで呼ぶかどうかなんてどうでも良い。


 夏南も一瞬戸惑ったようだが、一歩も引く様子はない。それが余計に俺の癪にさわった。


「なんで? いいじゃん別に。ユーキ本人が呼び捨てでいいって言ってくれたんだし」

「だからその名前出すのやめろっつってんだろ!」


 俺が怒りをぶつけるように足を踏み鳴らすと、夏南もそれに合わせて足を止めた。


「何がだめなの?  っていうか、なんでキレてんの? 僕が何か怒らせるようなことした?」

「怒ってんのはお前だろ」

「は? 全然意味わかんないんだけど。だいたい先に電話の事聞いてきたのそっちじゃん。今日のみかど変すぎ」


 確かに変かもしれない。変にならずになんて居られるか。

 夏南は、立ち止まったままの俺を一瞥するとくるりと向きを変えて歩き出した。


「一緒に行きたかったけどもういい。一人で行くから」

「俺も行くってーー」

「来なくていい!」


 それは周囲の雑音を掻き消すほど大きな声だった。周りの人達も足を止めて一斉にこちらを見る。

 夏南がここまで怒る姿は初めて見た。今まで多少腹を立てる事はあっても怒鳴るような事は一度もなかった。


 夏南が一人ですたすたと歩いていく。徐々に距離が離れていく。夏南を追いかけて呼び止めたかったが、その場から動く事が出来なかった。俺は夏南の後ろ姿をただただ黙って見ていることしか出来なかった。

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