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カミングアウトは必要ない  作者: 冬通 すばる
12/16

均衡

 会場を離れた俺たちはバス停まで並んで歩いていた。夕日を受ける地面がオレンジ色に染まり、道の脇に生える街路樹は風に揺れている。


「ライブ最高だったね! どれもこれもみかど様のおかげです」


 俺に向かって夏南が合掌する。


「俺は連絡を取っただけだ。何もしてない」

「そんなことないよ。みかどが居なければそもそもライブ自体来れなかったんだし」


 夏南が微笑みながら言った。

 その言葉は俺よりずっと先を歩く九条ユーキだけでなく、俺の事もちゃんと見てくれているようで、少し嬉しかった。


「はい、これ。今日のお返し」


 夏南がどこからともなく小さな箱を取り出すと、それを片手で持って俺に押し付けるように渡してきた。顔はそっぽを向いている。


「なんだこれ」


 夏南の返事はない。

 受け取った箱をよく観察すると、その表面は短い毛のような物で覆われており、なめらかな手触りが高級感を演出していた。


「気に入らなかったら、捨てていいから」


 夏南はまだこちらを見ていない。珍しくツンとしている。その理由はわからないが、せっかく貰った物をそんな簡単に捨てるわけがないだろう。

 俺がそんな事を考えながら蓋を開けると、そこには白銀色の光沢を放つ金属の輪っかが一つ入っていた。


「ピアスか……」


 デザインは至ってシンプル。特別な装飾は施されておらず、色は白銀、直径は一円玉と同じくらいで幅は1cmほどある。

 それは、俺の右耳についてるそれと見間違うほどそっくりだった。しいて違う点をあげるなら、それぞれの持つ輝きに差があるということくらい。左右で違和感が出ないよう、似たデザインの物を探してくれたのだろう。

 夏南は相変わらずこちらに顔を向けようとはしなかったが、それでも俺の様子を盗み見るように横目でちらちらと視線を送ってきているのはわかった。


「……どうかな? 左耳につければバランスも取れるかなって思ったんだけど」


 夏南が自信無さそうに語りかけてきた。その気持ちが伝染したかのように、俺も人知れぬ不安を感じていた。特にある言葉が俺の中に引っ掛かっていた。


ーーバランスを取る。


 ピアスの数が左右対象になれば確かに外面的にはバランスは取れる。しかし、俺は今まで右耳のピアスと共に生きてきた。それは俺の名前や生き様にふさわしい、まさしく低俗な俺の一部分として違和感なく俺と一体化している。このバランス(・・・・)は、嫌でも俺の身体に染み付いているのだ。

 それなのに夏南からもらったピアスは純粋無垢で穢れ一つ無い。まぶしいくらいに光を跳ね返していた。

 一見同じ物でも、夏南から貰ったピアスの方が俺には何倍も重く感じられた。


「俺に似合うんだろうか」


 思わず柄にも無いような事を言ってしまう。


「絶対似合うよ。少なくとも片方だけでいるよりかは」


 さっきまで横目でしかこちらを見ていなかった夏南が、今ではしっかりと俺の方を向いている。その目は俺を説得しているようにも、励ましているようにも見えた。あるいは、ピアス一つつけるくらいなんでもないじゃん、そう言いたかったのかもしれない。

 夏南が俺の気持ちをどこまで察知していたのかはわからないが、その表情には弱気になった俺の心を鼓舞するだけの力があった。


「夏南がそう言うならそうなんだろうな」


 ピアスをつける事くらいなんでもない。そう、実際なんでもないのだ。たったのピアス一つでそんな簡単に人生を変えられるのなら、今頃俺は全身ピアスだらけになっていてもおかしくない。

 なのに今の俺がそうなっていないのは、ピアスなんかに深い意味がないという事を知っているからだ。

 誰よりもその事をわかっていたつもりだったのに、今更その事に気づいた自分が馬鹿みたいに思えた。


 自然に笑みがこぼれた。


「帰ったら早速つけてみるわ。ありがとな」


 そんな俺を見て、夏南も優しく微笑んだ。


「どういたしまして」


 笑顔のまま目を見つめあった。

 それは初めての経験だった。

 お互い笑顔は見たことがあるし、目が合った事もある。しかし、笑顔で見つめ合った事は無かった。



 何と言っていいかわからないが、その時俺はすごく満たされている気がした。



 良いムードというものがあるとするなら、まさに今この瞬間の事を言うんだろうな、と俺は思った。

 そして、それは得てして邪魔されるものだということも何となく知っていた。


 その予感は見事に的中する。



「ブゥーン」


 小学校の高学年くらいの子供が両手を広げながら俺と夏南の間を通り抜けていく。

 そのあとを追うようにして中年の女性が後ろから走ってきた。その女性は俺達の横に来た辺りで軽く頭を下げた。


「うちの子がごめんなさいね。どこかぶつけたりしませんでしたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。お気になさらず」


 夏南が優しい笑顔のまま相手を気遣うと、女性は再び軽く会釈をして先を走る子供を追いかけていった。


 さっきの子供のスピードならもう遠くまでいってしまっているだろうと思いながら視線を前にやると、意外にもその子供は、すぐそこで止まってこちらを見ていた。おそらくその母親らしき人物を待っていたのだろう。


 その女性が子供を捕まえるや否や「こらカオル! あんた女の子なんだからもっと大人しくしないとだめじゃないの」と言って叱る。

 しかし、当の本人は怒られたとも思ってないようで「はぁーい」なんて気の抜けた返事をしていた。

 

 まったく興をそがれてしまった、と思い俺が夏南の方を見ると、さっきまでの夏南の笑顔もいつの間にか失われていた。

 代わりに俺の目に映ったのは「はぁ……」と深いため息をつく夏南の姿だった。



 一度乱されたペースを取り戻すのは難しく、その後も歩きながら言葉を探したが、それが歩くテンポと同調する事はなかった。

 バス停に着いた所でようやく夏南が口を開く。


「実はさっきのと別にもう一つ渡したい物があって……。はい、これ」


 今度は何が出てくるのかと一瞬身構えたが、夏南がポケットから出したのは二枚の紙切れだった。そのうち一枚を俺に渡してくる。

 今回は夏南もそっぽを向いてはいなかった。


「映画のチケットか」

「これはお返しというか、ただ僕が見たいだけなたんだけど……」と言って夏南がはにかむ。「一緒に行ってくれる?」

「いいぞ。二人で見に行こう」

「本当!? やったね」


 夏南はよほど嬉しかったのか俺の腕に抱きついてきた。普段なら振りほどく所だが、この時だけはそのままにした。


「でもお前部活は? そんな暇あるのか?」


 俺がそう言うと、夏南は腕から離れてチケットの日付を指差した。


「ちょうどこの日は監督の出張とか、他にも色々重なって部活が休みなんだ。だから明音さんにお願いしてバイトも休みにしてもらったし、こんな機会滅多に無いと思って先にチケットだけでも取っておいたのさ!」


 夏南が片方だけ口角をあげて笑ってみせた。


「野球部の仲間からは誘われなかったのか? 仲いいんだろ?」


 しかし、俺がそう聞くと夏南は急に苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「あー、誘われたっちゃ誘われたけど部の人達とは遊びたくないっていうか……なんか断っちゃったんだよね。みかどと違って気抜けないし」

「どういう意味だ?」

「そ、そりゃそのままの意味だよ。ほら、部活って毎日顔合わせるじゃん? だからそういうことでしょ」


 まるで他人事のようにそれだけ言うと、夏南はまた手でぱたぱたと顔を扇ぎだした。ライブ前にも見たあの仕草だ。

 あの時は触れられたくない部分がなんとなくわかった気がしたが、今回はどこにそれがあったのか全くわからなかった。


 バスが俺たちの目の前に現れた頃には、夕日はすでに地平線の奥に消え、夜闇が俺たちを包み込もうとしていた。

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