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カミングアウトは必要ない  作者: 冬通 すばる
11/16

事後

 ライブ終了後、俺と夏南はチケットのお礼をするため二人で九条ユーキの控え室まで来ていた。


「失礼します」

「やあ、久しぶり!」


俺が扉を開けると九条ユーキがタオルで顔を拭いながら俺たちを出迎えた。

 何年か振りに会った九条ユーキの見た目は思ったより変わっていなかった。俺が馴れ馴れしく「結城」と呼んでいたあの頃のおもかげが、今でも残っている。

 しかし、あの時と同じように接する事はできない気がした。しばらく会わない間に俺たちの距離感は大きく変わっていた。それについて九条ユーキがどう思ったかはわからないが、少なくとも俺にはそう感じられた。


「ずいぶんデカくなったねぇ! 自分が施設出る頃はまだこんくらいしかなかったのに。今となっては自分よりもデカいんだもんなぁ、時間の流れが恐ろしいよ」


 そう言いながら九条ユーキが身振り手振りで身長の変化を説明する。その後、すぐに夏南の存在に気づいた。


「そんで横に連れてるかわいこちゃんは彼女かな? しばらく見ない間に趣味でも変わっちゃったかい?」

「いえ、ただのツレです。こいつ男ですし」


 俺がそう答えると九条ユーキは目を丸くした。


「へぇ~珍しいね! もうどっからどう見ても女の子じゃん。こんな男の子も世の中には居るんだねぇ……。男の子ってことはやっぱり二人はそういう関係?」

「だからそれはないですって。そういうつもりもないですし」


 勘違いされないようキッパリと断りを入れたつもりが、自分の中では何かが引っ掛かった気がした。

 横に居る夏南はというと、緊張しているのか視線を下にやったままモジモジしている。


「そっか。自分ならこういう子、どストライクなんだけどねぇ」


 そう呟いた九条ユーキは目を細めて夏南の事を見た。その目はまるで夏南を品定めでもしているようで、獲物を狙っているかのようにも見えた。

 俺はなんだか胸騒ぎがした。

 九条ユーキもそれを敏感に察知したわけではないだろうが、穏やかな目つきに戻るとゆっくり夏南に話しかけた。


「君の名前、聞いてもいいかな?」


 九条ユーキに声をかけられた夏南はすぐさま顔をあげて答えた。


「は、はい! みかどの後輩の星野 夏南です! ユーキの……じゃなくて、ユーキさんのライブ最高でした!」

「あははは。ユーキでいいよ。ファンの子は皆そう呼んでるし」


 所々噛みながらもはきはきと答える夏南を見て九条ユーキが笑った。その仕草から何か思うところがあったのか九条ユーキは質問を続ける。


「何か運動でもやってるの?」

「高校では一応野球部に入ってます。まだ全然ですけど……」

「そうなんだ! なら僕達一緒だね」


 九条ユーキがそう言うと「どういうことですか?」と夏南は聞き返した。


「あれ? みかどから聞いてなかった?」


 九条ユーキはそう言って俺の方に視線をやったが俺は無言でそっと視線を反らした。あの後、俺が達也にしたことを九条ユーキは知らない。俺はあまりこの話をしたくなかった。

 九条ユーキも何かを感じとったようで「まあいっか」と言ってそれ以上その話はしなかった。


「夏南君ってなんだか僕と同じ目をしている気がする」


 話を変えるように九条ユーキが突然そう言うと、夏南はよくわからないと言った表情で俺に視線を送ってきた。

 しかし、これは俺にもよくわからず、その視線をそのまま九条ユーキにパスすると、「みかどは相変わらずあの時と同じ目をしてるけどね」なんて言われて余計にわからなくなった。


「まぁそのうちわかるよ」


 九条ユーキは笑顔でそう答えた。


「それにしても、みかどが『チケット下さい』なんて言うとは思ってなかったなぁ。音楽とかそういうの興味なさそうだったし」

「元々は夏南が九条ユーキのライブに行きたいって言い出したんですよ」


 九条ユーキは笑っていたが、俺の返事を聞いた時少しだけ視線が遠くなったように見えた。ーーもしかすると、俺の思い過ごしかもしれないが。

 もちろん初対面であがっている夏南はそんな些細な変化に気づくわけもなく、横から突っ込みを入れてきた。


「ちょ、ちょっと! 要らない事言わないでいいから!」


 夏南が俺の肩をグーで殴ってきた。その拳には全然力がこもってない。顔は赤くなっている。


「要らないも何も、本当の事なんだから隠す必要ないだろ」

「だからそういうのは、わざわざ言わなくていいって!」


 今度は俺の足を勢いよく踏みつけてきた。これはさすがに痛い。


「いっ……」俺は思わず声を出しそうになったがなんとかこらえる。

 俺達のやりとりをそばで見ていた九条ユーキは、さっきの微妙な表情を感じさせないほど楽しそうに笑った。


「あははは。二人とも息ぴったりじゃん。本当に付き合ってないの?」

「俺たち本当にそういうのじゃ……」


 夏南に踏まれた足がまだ痛い。


「そうですよ! 僕もそういう趣味ないですし」

「俺だって別にねーから」

「まぁまぁ。二人は十分お似合いだと思うよ」

「『いや、だから……』」


 俺と夏南の声が揃う。思わず夏南と顔を見合わせた。夏南は口を半開きにして間の抜けた表情をしていたが、俺も人の事を言えるような立場ではないな、と思った。

 同時に否定しようとする俺たちを見て「ほらね?」と九条ユーキは笑った。俺と夏南が観念すると、九条ユーキは自分の用件を続けた。


「それで、夏南くんだっけ? このあとちょっといいかな。せっかくだからグッズとか色々あげるよ」

「本当ですか? やった!」


 夏南がその場で小さく跳ねた。


「そんなに喜んでくれるとこちらも嬉しいよ。じゃあ、その間みかどは外で待ってて」


 全く予想外の事を言われて、思わず俺は聞き返した。


「え、外でですか?」

「そう、外で」


 短くそう答えた九条ユーキの表情に俺は鬼気迫るものを感じた。さっきまでのにこやかなものとは明らかに違っていた。


「わかりました」


 俺はその気迫に押されるように部屋を出た。しかし、なぜ俺だけ外に出されたのかわからない。俺があの場に居ては何かまずいのか。

 夏南の事を品定めするように見つめた九条ユーキの目が忘れられない。俺は胸の辺りがざわざわするのを感じた。


 数分後ーーそれも俺の想像していたのより大分短い時間でーー夏南は何事も無かったかのように部屋から出てきた。手には専用にデザインされた大きな紙袋を抱えている。


「ふふふ。こんなにいっぱい貰っちゃったよぉ~」


 俺の心配とは裏腹に、夏南は袋に頬擦りしながら嬉しそうに話した。その姿を見ていると俺は何を心配していたのか自分でもよくわからなくなった。

 だいたい考えてもみれば、九条ユーキが夏南に何かをして俺が困る事なんてあるか? 暴力はさすがに困るがそれ以外なら大した事ではない。結城だけが知ってる、昔の俺の恥ずかしい話でも聞かせてやったのだろう、と俺は思った。


「どんな話したんだ?」と俺が聞いても、夏南は「内緒~」とにやけて話すだけだった。

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