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1◆プロローグ

 そこはあたかも巨大な砂漠だった――。


 遠く近くに小高い丘陵を為す街中のゴミ。莫大な量の塵芥。


 ここは海に近いはずなのに、水平線も押しやられてしまったのか見えない。あるのはただゴミの地平線……。


 「まーくん」


 それでも涼子は、極めて足場の悪いゴミの丘の1つに登ってみる。


 ゴミ運搬車の運転手が


 「昨日の分は、あのへんじゃないかな」


 と教えてくれたからだ。


 潰れたペットボトル。舞い上がるビニール袋。ぐにゃぐにゃに曲がった針金。


 ゴミの山は踏みしめようとするそばから崩れ、涼子は何度となく転んだ。


 そうやってようやくゴミの頂に立った涼子が見たのが、ゴミの地平線だった。


 塵かゴミから発生するガスか。白っぽく霞んだ薄青い冬空の下、果てしなくゴミの丘陵は続いていた。


 振り返るとこれまた遥か遠くに……蜃気楼のように涼子が住む街の高層ビルの林立が見えた。


 その手前に、今日のゴミを運んできたトラックの行列がいくぶんはっきりと見える。


 なんとなく蟻の行列を思わせるトラックの群れ。


 しかし彼らは甘いものを巣へと運びこむのではなく、いらなくなったものをここに吐き出しに来たのだ。


 かつて甘かったもの。楽しかったもの。愛したもの。


 人々が暮らす街からそんな夢の抜けがらを運んできてはここに置いていくのだ。


 夢の島、じゃなくて、夢の抜けがら島。


 そんなことを思いついた涼子は、


 「まーくん、どこ!」


 と大声で呼びかけてみた。声はゴミの丘陵に吸い込まれるようにこだますらせずにフェイドアウトしていった。


 まだ、彼は抜けがらじゃない。まだ涼子にとって必要な『モノ』だから、一刻も早く助け出さなくては。


 涼子は、しゃがみこむと、足元のゴミをあさった。


 ……彼を探して。


 この山の中に、きっと彼はいる。きっと彼は埋まっている。


 マスクごしにさえ、毒ガスのようにツンと来る悪臭も、どうでもよかった。というより、もう麻痺している。


 彼の名前を呼び掛けながら、しゃにむにゴミを掘る涼子の背中を、冬の陽はゆっくりと移動していく。





 翌日も、その翌日も、涼子はゴミの山に通って、彼を探した。


 会社なんかどうでもいい。こんなときのための有給休暇だ。


 涼子はひたすらにゴミの山の中に彼の姿を探した。


 一週間目。冷たい雨が降った。


 それでも涼子は雨合羽を着こんで、ゴミをあさり続ける。




 いない。


 いない。


 どこにもいない。


 まーくん。どこ。


 暗い雨といっしょに、絶望が冷たく体に沁み渡る。涼子はついに涙をこぼした。


 涙と雨がまじって涼子の頬についた煤を流していく。


 と、そのとき。


 足元がずるりと滑った。


 あわてて踏ん張ろうとした涼子だったが、力をこめた足元のゴミごと涼子はゴミの斜面を滑り落ちた。


 その衝撃でゴミの雪崩が起きたらしい。倒れた涼子の上に、容赦なく上から落ちてきたゴミが覆いかぶさって彼女を埋めていく。


 ゴミはひとしきりすべりおえると、山々は静寂にかえった。


 ゴミの山に響くのは雨音だけ。……本来そうあるべきであるように。


 だが、暫くして、ゴミの山は再び動いた。


 「……まーくん」


 涼子は、まだ生きていた。ゴミの中からはい出てきた涼子を、ひとしきり冷たい雨が打つ。


 このまま、埋まって、死んでしまうのもよかったかもしれない。


 だって、一番大事な彼を……同じ目にあわせたのだから。


 彼はこの広大なゴミの荒野のどこかで、同じように埋まっているのだから。


 一瞬よぎる自虐を顔についた水滴ごと、ぐいとぬぐった。


 ぬぐった軍手に赤い汚点がついている。


 ゴミの雪崩に破片でも入っていたのだろうか、顔に切り傷でもできたらしい。


 彼にも。これとそっくりな赤い液体が流れていた。


 皮膚を生きた色にするための、偽物の血。


 しかし彼は、痛みは感じない、たいしたことはない、といった。


 涼子の頬の傷も、痛くはない。涼子はそう思いこむ。きっと、たいしたことないだろう。


 涼子は、なおもゴミを掘り続けた。


 なおも生きている自分を肯定するために。


 彼をきっと見つけ出すために――。





 空はいよいよ暗くなった。


 雨は小雨になったものの、今度は強く冷え込んできた。


 濡れそぼった涼子の体を、冷えは容赦なくしばりあげてくる。


 寒さで手がしびれている。


 いや、もはや、体中の感覚がない。


 今日も見つからないのだろうか。


 ついに涼子は立ち上がった。


 雨は止んでいた。


 だが、空は依然厚い雲に覆われている。不透明な重たい雲。


 「まーくん。……雪が降るかな」


 思えば。去年の今日、彼はうちに来たのだ。


 『メリークリスマス。リョーコ』


 そういって彼は涼子のうちにやってきた。


 涼子が自分自身に与えたクリスマスプレゼントとして。


 あれから、そうだ。今日でちょうど1年――。


 去年の今日を思って自らの心を温める自分は……まるで、マッチ売りの少女のようだ。


 思わず小さく自嘲しかけた、そのとき。



 (リョーコ)


 

 涼子は、聴いた。


 雪が降りだす前の、シンと冷たい静寂の中に、彼の声を。


 幻聴だろうか。思わずうたがう涼子の耳に再び聴こえる。



 (リョーコ)



 これは幻聴ではない。やや割れて、小さいけれど、彼の声だ。


 涼子は耳を澄ますと、声がするほうへと歩きながら、ゴミの山に目をこらす。


 (リョーコ)


 足もとから聞こえるところまでやってきたのに、彼の姿はどこにもない。


 それなのに、声はなおも繰り返し涼子を呼んでいる。


 涼子はかがみこむと、食らいつくようにあたりのものを手に取った。


 やがて、涼子が見つけたのは焼け焦げた小さな機械だった。


 拾い上げた円筒形の機械には、”モリミチ ver10.2-P”と刻印されていた。



しばらくは不定期連載になると思います。

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