51 説得
インラムの股間から血の滲んだ液体が垂れ落ち、顔の穴という穴からも液体がとめどなくでてきている。
「ほう、殺すつもりで蹴り上げたつもりだったんだがな。」
防具のおかげか何かスキルを使用したのかインラムは生きている。
ダルトの身体能力と脚鎧を装備した脚で股間を蹴り上げれ常人ならば即死だろうが、そこは王国内でも有名な暗殺者ということだけはある。
インラムは瀕死の状態にも関わらず何か言いたげな目でこちらをにらみつけてくる。
「何だ? まさか暗殺者が卑怯なんて言わないよな? それに殺し合いに反則なんてないのもわかるよな。」
インラムは苦痛の表情の中に怒りがあるのがわかる。
それを見て一神斎が嘲笑する。
「あんな挑発に乗るようじゃ暗殺者はもちろんだが傭兵しても三流だな。」
一神斎は股間を押さえてうずくまるインラムに向かってコロからもらったネットボールを投げる。
ネットボールがインラムに当った瞬間ボールは無数の細い糸になりインラムに絡み付き簀巻き状態になる。
簀巻きなっても痛みがあるようでインラムはまだ苦痛で顔を歪めている。
「とりあえず一件落着だな、もう落ち着いたかハビク。」
一神斎はハビクのいる後ろを振り返る。
「・・・・っぐ。」
「おい、どうした!?」
そこにはうずくまり苦しんでいるハビクがいた。
一神斎はハビクの元へ駆け寄る。
顔から汗が噴き出し、苦しそうに顔を歪めていた。
「まさか、さっきの戦闘で毒でもくらったのか?」
一神斎はハビクの体を見るが体には傷がついていない。
「まさかエアロゾル化されたものか・・・・なんだこれは?」
ハビクの腕に装着されているブレスレットが紫色の怪しいオーラを発している。
一神斎も篭手を取って自分のブレスレットを確認すると同じようなオーラが出ていた。
しかし、一神斎には何の影響もない。
(ホムンクルスだからか? 鎧には魔法等の耐性を付与しているからそれが影響しているのかもしれないな。)
一神斎はハビクのブレスレットを外そうとするが全く外れない、力づくで壊そうとしてもビクともしない。
すると簀巻き状態のインラムが擦れた声で笑う。
「かかか、それには呪いが掛っているんだよ・・・・そいつが死ぬまで外れないし街へ行ってる時間もないぞ? くくく。」
色々と考えなければならないことはあるが今はハビクを助けることが先決だ。
一神斎は”道具箱の腕輪”の中から巻物を2枚取り出す。
それを見たインラムは苦痛の表情の中に笑みを浮かべる。
「む、無駄だ。巻物に込められる程度の魔法じゃ助けることはでき・・・・ぐむぅぅぅ!!!」
うるさいので股間の辺りを強く蹴る。
「悪いな、俺のはそこらへんの巻物とは違うんだ。 <上位呪い解除> <上位解毒>」
一神斎が2枚の巻物を開いて込められた魔法を唱えると熱のない炎を発して一瞬で燃え上がる。
ハビクの体が緑色の光に包まれると目を開いて立ち上がる。
「苦しくない・・・・?」
自分の両手を見つめながら驚いたように呟いている。
そんなハビクを後目に一神斎は自分にも同じ巻物を使用する。
別になんともないが念のためだ。
2人が着けていたブレスレットは効果を失ったためか割れて地面に落ちていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。」
ハビクはもう大丈夫のようで顔色も戻っている。
さきほどの疲労もこれが原因だったようだ。
「さてと、あとはこいつを・・・・あらら。」
一神斎がインラムを見てみると白目を向いて失神していた。
さっきの一撃が効いたみたいだな。
だがこれで解決した訳ではない。
こいつもそうだがブレスレットも初めから俺やハビクを葬るための物で違いない。
そもそもこのクエスト自体がそのために用意されたものだろう。
正直俺とダドリアンには接点がないので俺はついでというやつだな。
目的は十中八九ハビクだ。
ダドリアンはハビクを保護していると言っていたが実際は地下牢に幽閉していたところを見ると話しの中でのハビクに対する嫉妬や妬みはダドリアンのものだったということだろう。
悪い噂を広めたのもダドリアンが部下に命じたもので間違いはないのだろうが何か引っかかる。
(こんな回りくどいことせずに処刑しなかったのはなぜだ? まぁ、それも本人に直接聞けばいいだろう。)
そう、今からダドリアンのところへ行くつもりだ。
もちろん話し合いではなく殴り込みだ。
たまたま選んだだけかもしれないが、俺の命をホムンクルスの体とはいえ奪おうとしたのだから生かしておくわけにはいかない。
正直目の前のインラムを気晴らしになぶり殺してやろうかと思うほど怒りがこみあげてくる。
もう何発か殴っておこうかなと考えているとハビクのことを思い出す。
さすがに放っておくわけにもいかないので今後どうするか聞こうとハビクに声をかけようとした時ー
そこには剣を一神斎に向けるハビクがいた。
「なんの真似だ?」
ハビクを見るとまた肩で息をしていた。
「お前、まだ呪いが残っているのか? 待ってろすぐに解除を。」
一神斎が”道具箱の腕輪”から巻物を取り出そうとした時だった。
「もう騙されねぇぞ!」
ハビクが興奮しながら叫び声をあげる。
「何だ、どうしたんだ?」
「お前もここで俺を殺すために一緒に来たんだろう!?」
「おいおい、何をいってー」
「いつもそうだ! 信じた瞬間裏切られる! ダドリアンも! お前も!」
一神斎は黙ってハビクを見つめる。
「お前だけは今まで出会った奴らとは違うと思っていたけど・・・・お前も今までのやつらと同じなんだろ、どうせ俺が雌雄族だからって差別して気持ち悪いから殺そうとするんだろ!?」
(やだ、この子やっぱり少し変だわ。)
「殺すならすぐに殺せばいいのに! 優しくしてから裏切ってそんなに俺を陥れて楽しいのかよ!」
(飯奢っただけで何言ってんだこいつ。)
「もういい! お前を殺して俺ももう死んでやる!」
(俺が死ななくてはいけない理由が全然わからないんだけど。)
ハビクの目にはうっすら涙が滲む。
「もう疲れたよ・・・・母さん。」
(俺も疲れたよ・・・・母ちゃん。)
とはいえこのまま殺されるわけにもいかないし、かといってハビクを殺すのも少し違う気がする。
(仕方がない、ここは漫画やアニメのやり方をやってみよう。)
どうせやられたところでホムンクルスの体だし、もう一度作ればいいだけだ。
ハビクの前に一神斎が先に行動を起こす。
一神斎は装備している鎧を脱ぎ、肌着はもちろん下着も脱ぐ。
そして”道具箱の腕輪”をハビクの足元に投げる。
「その中には巻物など旅に役立つ魔具と金貨300枚が入っている。」
「な、なんのつもりだ。」
「それをお前にやるよ、だからもう行け。」
「え?」
「俺は別にお前を殺す気はないし、何かする気もない。見ろ俺は裸だ何もできない。」
「う、うそだ! そうやってまた俺を騙すんだ!」
ハビクの顔には恐怖に似た不安があった。
まるで世界に自分1人しかいないかのように怯えているように見えた。
「安心しろ、世界にはお前のことを大切に思ってくれる奴は必ずいる。だから落ち着け。」
ハビクがまるで幽霊でも見たかのように驚愕の表情をしている。
「それに俺はお前がここから逃げても追いかけないし、誰にも言わねぇよ。俺も消されそうになったんだ俺にとってもリスクが増えるだけだしー」
一神斎が言い終わる前にハビクの手から剣が落ちる。
「おい、大丈夫か?」
一神斎の問いかけにハビクは震えた声でつぶやく。
「母・・・・さん?」
ハビクの目から涙を一滴零れた。
「え、俺はお前の母さんじゃないけど?」
「・・・・。」
場の空気がどうなったのかは言うまでもない。