3 杖と現実逃避
清々しい朝だ。
現在朝の5時。
日の出が神々しく部屋の窓から入ってくる。土曜日なので仕事は休みである。こんな時間に起きたのは久しぶりだ。
24歳で家賃なしの一人暮らしができるとは贅沢な話だと思う。家族は海外で暮らしているので一人暮らしだ。時折寂しくもあるがそこは自由にできるというメリットの方が大きい。
それに今は一人暮らしであることに心から良かったと思える状況にある。
台所へ行きよく冷えた緑茶を飲み一息つく。そのまま台所で顔を洗い、自分の部屋に戻る、そして布団の上にある・・・浮いている物に目を向ける。
自分が今まで寝ていた布団の上には杖が浮いている。
持ち手の部分は銀色、下の部分金色。先端には半分は白、半分は黒の輪なっており輪の中には赤・青・緑・茶・黄・黒・白の小さな宝玉が輪に沿って均等に並んでいる。
そしてその中央には大きな透明な宝玉が周囲に触れないように浮いている。
「超怖いんですけど・・・」
昨日の記憶はある。ショッピングモールのトイレで起こった奇妙な出来事。
「夢じゃなかったのか・・・」
寝る前にこの杖を出したのも覚えている、それも夢であった欲しかった。
目が覚めた時にまたあの場所に飛ばされているのではと周囲を見渡した。もちろん自宅の寝室だったので安心したが手には杖が握られていた。
自分はこの杖がどういう物なのか知っている。
なぜ知っているのかと言えば昨日この杖を手にした時にこの杖の使い方等が頭に入ってきた。
それに昨日の場所も今はどういう場所なのかもわかる。
だがなぜ自分の前にこの杖・・・・を含めた47つものが自分が手にしたのかはわからない。
ちなみにこの杖は魔法の杖のようだ。
通常魔術師の杖はどんなものでも魔術師、または魔法の素質がある者にはしか使えない。
もちろん自分は魔法なんて使えないし素質もない。
しかし、自分はこの杖を使える。
正確にはこの杖を介して魔法を行使できる。
通常ならばこれは喜ぶべきことだ。能力はもちろん特性、魔法も生まれ持った才能がいる。
大なり小なり魔力を持って生まれなければ魔法は使えないものだ。世界には魔術師養成所なるものもあるが適正がなければ入学すらできない。
ギルドでも魔法使いというものは重宝される。外界では魔法の素質を持つものは多くいるがこちらの世界にはあまりいない。その変わり特殊能力や特性を持つ者は多く生まれる・・・・・・らしい。
あくまでネット情報なのでわからない。
だからこそ魔法が使えるということは能力を持たない一般人からすれば夢のような話なのである。
とある場所に違法な手術や秘薬を用いて魔法使いなどを人工的に作ろうとしている研究所があるという都市伝説も多数あるほどだ。
それほどまでに魔法や能力に対する憧れは強く、今の時代もし能力等に目覚めることがあれば100人中100人が即座にギルド等に入るだろう。
しかし一神斎は悩んでいる。
理由としては3つ。
まず1つ目は自分はギルドや組合に属していない一般人であること。
外界の事情は知らないが今生活している世界では無断の魔法使用は禁止されているのだ。
無論低度な回復魔法などは黙認されているがそのほかの魔法に関しては防衛システムが作動しすぐに防衛隊が飛んでくるのだ。
これは一般人を守るためであり当然のルールである。このため魔法を使えるからと言っても所構わず使うのはリスクがある。
2つ目。
一神斎はギルド等に入る気はない。
もちろん男に生まれたのだ漫画のキャラクター等に憧れている部分もある、自分も最強の戦士なりたいとも強い男になりたいいう気持ちもある。
しかし、一神斎は死にたくないのだ。
ギルド等に入るということはモンスター等と闘わなければならない。
そうなれば命を落とす可能性がある。それはどんなに格下の相手でもその可能性はある。
3つ目。
正直戸惑っている。
いきなり魔法が使えるようになったからではなく、目の前にあるあまりにも大きな力に戸惑っているのだ。
一神斎には魔法の素質はない、だから世の中の魔法使いがどんな力をもっているのか魔法の効果などあまりよくわかっていなかった。
しかし、目の前に杖の力は途方もない力を有していたのだ。
もはや途方もないという言葉では言い表せないほどの力。
そう目の前の杖は”全ての魔法”を使うことができる。
そしてそれに対する”対価”はない。ほぼ無限に魔法を発動できる。
通常魔法使いは魔法を使用するさい魔力・・・MPを消費することで魔法を行使できる。
もちろんMPは有限であり個人個人で有しているMPは異なる。
前記にも記したが一神斎に魔法素質はないのだからMPなんてものはない。
しかしこの杖はそんな一神斎でも魔法を使用できる。
というか一神斎にしか使用できない。
”全ての魔法”が使用できるというのも困った話である。
もちろん全て使用できるのだから最下級魔法から最上級はもちろん、禁術、秘術、失われた魔法、代償が必要な魔法・・・・・・etc
すなわちこの杖を持っている時点で一神斎は世界最強の魔法使いになったのである。
これが一神斎は悩んでいる理由である。
普通ならこれほどまでの力を得たのだから欣喜雀躍してもおかしくはない。
だが考えてみてほしい、もし朝目が覚めた時に目の前に世界最強の軍隊や兵器が自分の物だと言われたときあなたはどう思うだろう。
冗談で世界を征服するなど言うことはあるだろう。だが実際はそれほどの、いやそれ以上の力が目の前にあるのだ。
”転移”や”治癒”等の日常生活でも使用できる魔法もあるがそれ以上に恐ろしい魔法があるのでどうしてもそっちに目がいく。
正直扱いに困っている。
それにこれまでのは説明は目の前にあるのみの説明であり、これに勝るとも劣らないものがまだ多数あるのだ。
中にはこれ以上のものが4つ。
だから色々悩んでいる。
何度もいうが一神斎は一般人だ。
今朝まで・・・正確には昨日まではごく普通の人間だったものが神にも等しい力を得てしまったのだから考えが追い付かない、理解するのに時間がかかる。
だからこそ一神斎は一つの結論を出す。
「考えるのをやめる!」
これぞ一神斎のスキル(自称)”思考停止”。
一神斎は自分の身に不幸なこと、または仕事などで失敗し家に帰宅後にそのことを思い出した時に発動することでネガティブ思考になることを回避できるのだ。
社会人には必須のスキルである。
またの名を現実逃避である。
「とりあえずお腹が減ったので朝ごはんにするか。」
今回も少し長めです。
話の切り方がとても難しい。