29 例外の7体その1
会議室には1人の男性が座っている。
「”人食い”の情報はなしか。」
手元の資料は何度も読み返した。
しかし、”人食い”の情報は何もない。
まるでそんなものなど初めから存在していなかったように鳴りを潜めている。
それに今は”人食い”だけに捜査を集中させるわけにはいかない。
全国で怪人や怪物の出現が増加傾向にある。
最近ではアイドルのライブ会場に巨大な怪物が出現したらしい。
アンデット等の認識されているモンスターではなく、今までの記録にはなく見たこともない怪物による被害がおおい。
やっかいなのは防衛システムに怪人は引っかからないし怪物の時にはなぜか防衛システムが作動しない。
そのおかげで防衛隊はもちろん討伐隊も今まで以上に大忙しだ。
「まだ会議室に残っていたの? レクス。」
「シャルネか、お前もまだ残っていたのか?」
「あら、せっかくこんな美女が食事にでも誘ってあげようと思っていたのに酷い言いぐさね。」
「それどころじゃないだろ、お前の隊も大変そうじゃないか。」
「そう思うなら手伝ってほしいわね。」
「悪いが俺の隊にはアンデット系に強いやつはいなくてね。聖魔法を使えるやつもいない。」
「別に私の隊はアンデット専門という訳ではないのよ? たまたまアンデット系に出くわすだけよ。」
「それに大変なのはお互い様でしょ? 人食い・・・・まだ見つかってないんでしょ?」
「あぁ、人食いばかりに時間は割いていられないからな。」
「そう、私達の方でも何か情報が入ったらすぐに連絡するわ。」
「すまないな。」
少しの間沈黙が続くとシャルネが場の空気を変えるべく手を一度たたく。
「はい、暗いのは終わり! で、どう? これからご飯でも。」
シャルネの言葉に疲れているレクスの顔が少し微笑む。
「悪いな、これからまた持ち場へ戻らないといけないんだ。この埋め合わせは今度するからよ。」
「そう、なら期待せずに待っておくわ。」
「おいおい、本当だって。」
2人は会議室を後にする。
部屋にはミキサーの音が響く。
ミキサーを止め、蓋を開けると柑橘系の匂いが辺りに広がる。
「う~ん、いいねぇ~果汁100%ミックスジュース。」
そして手を伸ばした先の空間から冷えた大きめのグラスを取り出す。
グラスにジュースを注ぐ良い音が響き、我慢ができなくなる。
「いただきま~す。」
キンキンに冷えたジュースは喉を鳴らしながらあっという間に胃に流れ込んでいく。
「ぷっはぁ~! うめぇ~。」
グラスを机に叩きつける。
「実験は成功だな、それにしても・・・・。」
ミキサーにはコンセントに繋ぐプラグがない。
元からプラグのないタイプではないので一見壊れたのかと思ったがどうやらここに来た時点でこの世界仕様になったのだろう。
ここは”孤黒の宮殿”。
アイドルのライブ事件以降、一神斎はここに入り浸っている。
仕事には行っているが休日や仕事終わりはここで寝泊まりしている。
ベッドなど家にあるものより寝心地がよく広い。
部屋掃除などしなくても綺麗なままなのでこっちの方が生活をしていてかなり楽だ。
それに先ほど果実もこの宮殿の一室で栽培したもので、よく1人焼肉をする草原が広がる部屋で種をまいたり苗木を植えるだけで勝手に育って上質な果実が実る。
今はまだ少ししか栽培していないがそのうち全種類の野菜や果実を植えようと考えている。
食費も浮くし、それにそこで収穫した物のほうがおいしいので一石二鳥だ。
そしてその部屋には動物まで生息しているのだ。
牛や羊などの草食動物はもちろん、魚や鳥までいる。
しかし、どれも今まで見たこともない種類なので最初は戸惑ったが食べてみるとこれが美味しいのだから驚きだ。
しかしさすがにその部屋では電化製品は動かない。
むしろ他の部屋でもプラグが消えて作動すること自体がおかしいのだ。
電気代がかからないので助かるが。
魔法が使える時点で全ての家事は一瞬で終わるので別に電化製品をこちらに持ち込む必要はないのだがそこは一般人である自分の気持ちの問題だろう。
そんなこんなで仕事もそろそろ本気辞めようかと思っている。
そもそも一生遊んで暮らせる金はあるので働く必要はない。
周囲の人間にはベイトレーダーとでも言っておけば家から出てこなくても怪しまれないしな。
最近は1人で外に出かけるとろくなことがない。
それに家に誰か来てもわかるように魔法をかけてあるのでここにいても怪しまれない。
最近は魔具の実験もここで行っている。
よく考えればここで行えば誰にも気づかれず、迷惑もかけることもない。
なぜ今まで気づかなかったのか。
「さてと、闘技場に行くか。」
一神斎は<転移>を発動させ闘技場に姿を現す。
闘技場には誰もいない。
今日は訓練のために闘技場にきたわけではなく、禁断の扉を開けるためにきたのだ。
一神斎の手に一冊の本が現れる。
”至高の47”の1つ、”幻の禁書の一つ”。
記載されているものをほぼ全てを無条件で召喚して使役できるものだが、一部例外がいる。
膨大なページの最後の7ページ。
下位・中位・上位・幻位に分類されていない例外の7体がこの本の最後に記載されている。
他の者は種族や外見、能力など細かく記載されているのにこの7体だけは何の情報も記載されていない。
姿もシルエットしかなく、それもとてもわかりずらい、というかほとんどわからない。
今日はそのうちの1体を召喚してみようと思う。
さすがに7体全部は厳しいだろう。
幻位でさえもはや化け物とかいうレベルを超越しているのにそれ以上のものが7体なんてどうなるかわからない。
もちろん念のために”至高の47”の”金剛神豪”、”霓裳婉美”、”杖”は装備した状態だ。
「そろそろ”杖”にも何か名前をつけないといけないな、何でこれだけ名前がないのだろう?」
そう、”杖”にだけ名前がないのだ。
他の46には名前があるのにこの”杖”のみ名前がない。
「まぁ、今は考えなくていいだろう。とりあえず召喚してみるか。」
”幻の禁書の一つ”の例外の1ページを開き召喚するように念じる。
その瞬間眩い光が闘技場全体を覆い、まるで台風のような暴風が一神斎を襲う。
「おぉ~! 何かすごいのが出てきそうだ!」
光が一点に集中し、爆発したかのように辺りに衝撃波が走る。
「んっ、おぉ!!」
目を開いた一神斎の前に一体のドラゴンがいた。
(え・・・・? ドラゴン? 何か想像と違うなぁ。)
目の前に現れたのがドラゴンだということは一神斎にはわからなかったが頭に情報が入ってきたのだ、まるで”至高の47”を手にした時のように。
とても大きい、この前の怪物と同じくらいの大きさだ。
だがそんなことはどうでもいい。
一神斎はドラゴンを見つめる。
目の前のドラゴンは一神斎の知っているドラゴンではなかった。
一神斎でいうドラゴンとは全身が鱗に覆われ、大きな翼があって全てを切り裂く爪、万物をかみ砕く牙があるものだ。
実際に”幻の禁書の一つ”にもそういうドラゴンがいくつもいる。
だが目の前のドラゴンは一神斎の中のドラゴンとは全然違う。
全身は光沢のある白い毛で覆われ、爪はあるものの牙も出ていなければ翼もない。
エメラルド色の角も前ではなく後ろに曲線を描いて伸びている。
毛に覆われた尖った耳もあり付け根からは長い髪のような毛も垂れ下がっている。
見た目はドラゴンというより犬っぽい。
ヘタをすれば外界で闘った「ファイアーアイアンリザード」のほうがドラゴンっぽいかもしれない。
油断をするわけでもないが、このドラゴンの雰囲気もドラゴンぽくない。
ドラゴンのイメージは威圧的なイメージだが目の前のドラゴンからは威圧的なものはなく、逆に暖かく優しい雰囲気すらある。
そしてとても良い匂いがする。
そんなことを考えている一神斎に目の前のドラゴンが話かけてくる。
「どうかしました?」
一神斎は我に返る。
「こ、こんにちは。」
思わずあいさつをしてしまう。
「ふふふ、こんにちは。」
とても優しい声だ。
一神斎は想像していたものとは真逆なものが出てきたので戸惑っていた。