19 現実は甘くない(4)
あけみは自身がまだ動けることを確認する。
気づかれないように一神斎の方を見る。
(いっちゃんは死体に気を取られている、魔法を使えるなんて驚いたよ・・・でも魔法使いは接近戦が苦手なはず私が圧倒的に有利。)
一神斎が何か考えるような素振りを見せた瞬間、あけみは持てる力を解放し飛びかかる。
(いっちゃん! 余裕こいてるのはどっちかな!?)
あけみの背中からムカデのような腕が2本飛び出してくる。
「しねぇぇぇ!」
あけみの攻撃は地面をたたき割る。
「はぁはぁはぁ、初恋の人は五体満足で食べたかったけど・・・しょうがないよね。」
砂煙が周囲に広がるとあけみは自身の背中から出た手が一神斎を捕らえていないことに気が付く。
「なっ! いったいど・・・・」
あけみの背中に何かが刺さったような感覚が走る。
それは先ほどの衝撃はなく、ゆっくりと、だが簡単にそれはあけみの身体を貫く。
あけみは貫いたそれを見る、白銀で両刃の剣だった。
「現実はそんなに甘くねぇよ。それにお前がデカい音出すから通報されちまうだろうが。もう帰らせてもらうぞ?」
一神斎の言葉に合わせるようにあけみの身体は崩れ、完全な塵になっていく。
「すごいな、まるで水に刃物を刺すように貫通したぞ。」
一神斎の手には神々しく輝く白銀の剣”神でさえ触れられない剣・エルエデンス”が握られていた。
「苦痛はなかっただろう? 残念ながら化け物に告白されてもうれしくねぇよ。」
一神斎はエルエデンスの代わりに杖を出して<転移>の魔法を発動させる。
自宅の玄関に転移すると一神斎はため息をつく。
「はぁ~、疲れた。とりあえず飯にするか。」
~本日の夕食~
豚の生姜焼き(キャベツサラダ付き)
白ご飯(冷凍)
シジミ汁 (インスタント)
デザート(焼きプリン)
ホットコーヒーブラック(食後)
「ふぅ~、うまかった~」
テレビをつけ、コーヒーを飲みながら先ほどのことを考える。
まずはあけみのことだ。
あけみのあの姿、もはや人間ではなかった。
まるでモンスター、内の世界でいえば怪人か。
それにあけみは最近力に目覚めたと言っていた、一般的に成人した者が能力に目覚めるものはいない。
だが自分の例があるので断言できない。
普通なら詳しく調べる必要があるかもしれないが、自分には関係ないことだ。
今回のことも偶然襲われ、偶然襲ってきた相手が知り合いだっただけだ。
同級生というだけで別に仲が良かったわけでもない。
それに相手は俺を殺そうとしたんだ、今後の生活ことを考えれば排除して当然だ。全く持って後悔や良心の呵責はない。
自分に害を及ぼすものには容赦しない。
しかし今回のことは実りも多かった。
まずは”魔法の指輪”だ。
外界の宿屋で出会った”魔具師”が嵌めていた。
”短杖/ワンド”とほぼ同じ効果をもちながら持ち運びには関して遥かに楽だ。
指に嵌めていればいいのだから。
だが”魔法の指輪”は”短杖”と比べると大変効果で貴重なのである。
まず作るのに費用と時間が掛り、大変な労力が必要とされる。
魔法を込めるというのは高等な技術が必要であり、それが指輪ほどの小さな物となればなおさらである
出会った魔具師の指輪も自分で作った物ではなく”錬金術の国・ウィズダム”で購入した物だった。
”魔法の指輪を作るには魔術だけではなく、錬金術や魔具作成の能力も必要なのでそもそも作れる人間が少ないらしい。
だが一神斎には”真理の錬金釜”があるので簡単に作ることができるのだ。
だがクリスタルの二の舞にはならないように指輪には第1~2魔法までの物を込めている。
実験は成功。
”杖”なしでも魔法を使用することができた。
だが威力はやはり落ちる。
「それでも十分な威力だ、護身用にはなるな。」
それに外界での冒険にも役にたつ、自分自身は魔法の杖があるからいいがダルトは魔法が使えないし魔法の杖も使えない。
”巻物”や”短杖”を持たしているが嵩張ってしょうがない。
だが喜んでばかりもいられない。
先ほどのことを思い出す。
あけみの攻撃は地面をたたき割るほどの攻撃だ、音もすごいものだったので近所の人間が通報しているだろう。
しばらくは外に出ない方がいいだろう。
痕跡は残していないが家の近所だ。
それに討伐隊の者がやられたんだ、政府がだまっていないだろう。
自分はむしろ化け物を倒したのだから感謝されてもいいぐらいだろうし報奨金だって貰えるだろうが、逆に変な疑いを掛けられる可能性だってある。
「塵にしたのはまずかったかな。」」
頭に氷柱が刺さっても死なないようなやつだ、指輪に込めた程度の魔法では倒せなかっただろう。
それに防衛システムを切ってあったとはいえ強力な魔法を使用すれば誰かに感知される可能性もある。
だが咄嗟に”至高の47”の内の1つを使用したが早計だったのかもしれない。
”神でさえ触れられない剣・エルエデンス”
不浄なものは見ることさえ敵わない剣らしい、説明が難しいというか神秘的な説明なので俺には理解しがたい。
何をもって不浄なのかはわからないが使えるのであればそんなことは気にしない。
それよりももう一つ、”至高の47”の一つ”金剛神豪”という指輪だ。
”金剛神豪”
~身体能力を向上させる指輪。向上というより限界突破の限界突破。これを装備するだけで他の道具はいらないほどの物。超サ○ヤ人とも簡単に渡り合える。~
これはすごかった。
指輪をはめた時は何も感じなかったが、いざ戦闘になるとまるで自分の身体ではないような感覚だった。
あけみの気配を感じることができたし、飛びかかってきた時もまるでスローモーションに見え避ける時もまるでマネキンの後ろに回るくらい簡単だった。
これは護身用に最適だ。
どんなに強い武器を持っていても相手に当たらなければ意味がない。
どんなに堅い防具を着ていてもいずれは破壊されるかもしれない。
どんなに強力な魔法が使えても接近されれば負けるだろう。
凡人である自分には恐らく世の中の豪傑達の動きに反応することはできない。
それどころか見ることさえできないだろう。
だがこの”金剛神豪”があれば超人の仲間入りだ。
もちろん反射神経や速度だけではなく力や頑丈さも人間の限界をはるかに超えている。
あけみの攻撃を受けてもビクともしなかっただろうし、徒手で倒せただろう。
「でも手を汚したくはないしな。」
それに”霓裳愕衣”を下着に変えて毎日着用しているのダメージを受けることはないだろう。
だが油断は禁物だ。
それに戦闘なんて面倒なことばかりだ。
事後処理なんてできないし、ヘタをすれば逮捕される。
「とりあえずしばらくは”孤黒の宮殿”に引きこもることにするか。」
「レクス隊長、よろしいでしょうか?」
「・・・・・・」
こんな凄惨な現場は久しぶりだ。
それに目の前にあるのは部下の死体。
優秀な奴だった、正義感がありいずれは俺を超える武の才能があった。
最近彼女ができたと喜んでいた姿を思い出す。
出動要請を受けた時はまたギルド同士のいざこざだろうと思っていた。
先発隊として現場に到着した防衛隊から連絡を受けた時は信じられなかった。
「レクス隊長・・・・?」
「ん・・・・あぁ、悪い。何かわかったのか?」
部下が話しかけてきたことに気付かなかった。
「レクス隊長心中お察しします。」
「あぁ、大丈夫だ。すまないな。報告を聞こうか。」
部下を不安にさせてしまったか、これは失敗だ。
「はい、まず現場にはミナト隊員以外の血痕があり調査班が調べた結果。ミナト隊員の顔に付着していた唾液とDNAが一致しました。」
「そうか。」
酷いことしやがる。
この手の死体は見たことある。
ミナトは殺されたのではなく食われたのだ。
「ミナトと犯人は戦闘になったのか?」
答えがわかりきった質問をする。
戦闘になったのは一目瞭然だ。
ミナトの近くには地面を叩き割った後がある。たしか通報者もこの地面を叩き割った音を聞いて通報してきたのだろう。
それにミナト以外の血痕が残っているとなると確実だろう。
「恐らくですが。」
「そうか。ミナトを倒し捕食するということは「人食い」の仕業か。」
「断定できませんが、この近所では似たような事件が多発しておりますので可能性は高いかと。」
「人食い」は最近現れた怪人の名だ。
範囲は狭く、出現して間もないが人を捕食し短期間で被害者が続出していることから数日の内に懸賞金が掛けられる予定だ。
目撃証言によれば人間の姿をしているが背中から悍ましい2本の手が生えているらしい。
たしかに恐ろしい怪人であることに間違いはないがミナトならば勝てなくとも通報はできたはずだ。
それほどにミナトという男は優秀な者だったのだ。
「まさか・・・・・・。」
「どうされました、レクス隊長」
「家族の者への連絡は?」
「ご両親にはまだできておりません。妹であるアリナ隊員にはもう・・・・・・」
「そうか、アリナは今どうしているんだ?」
「現在は遠方にて任務中なのですが、急遽帰還させています。」
「そうか、アリナへの説明は俺がするからご両親への連絡はまかせる。」
「わかりました。」
「それとこれは内密に調べてほしいことなのだが。」
真剣な面持ちで部下を見つめる。
「はい。なんでしょうか。」
空気を察してくれたのか部下が周りに聞こえないように返事をする。
「最近ミナトは彼女ができたと言っていた。念のためにそのことも調べておいてくれ。」
「まさか・・・・・・。」
部下は目を見開き驚いた表情をする。
「可能性はなくもない、万が一だ。」
「わかりました。」
思い過ごしであってくれ、そう願わざるをえない。
こんな残酷な話があるだろうか、好きになった女性が自分が倒す怪人でありそれと禁断の恋に落ちるのならまだしも殺され、捕食されてしまうなんてことあってたまるか。
「まってろよ、お前の敵は俺がとってやる。」