綺麗なお姉さん達と一緒にダンジョン探索
冒頭、女性の衣装について描写の食い違いがあるので修正しました@2015年10月24日
そのダンジョンは複数の階層からなり、地底深くまで達していた。歴戦の勇者を飲み込み、帰らぬ人とした深奥には、魔王が住んでいるという。
道には規則性がなく、カフェインによって狂った蜘蛛が張った糸のように縦横無尽に通路が伸びている。しかし便利な事に、階層と階層を繋ぐポイントには必ず階段が存在していた。おそらくは魔王か、それとも洞窟に住む有力な者が、造形魔術を使って作っているのだろう。
道は、魔力を微量に帯びた鉱石で出来ている。
ダンジョンの名を、魔水晶の庵と呼ぶ。
「セーブポイント」
女騎士――マントの下にレース字の下着と見まごうようなきわどい衣装をつけている――が呪文を唱えた。
「く」
途端に身体が熱くなり、晶は歯を食いしばりながらも声が漏れた。
洞窟の一部、先ほど女騎士がマーキングした場所に、六芒星の文様が青く淡い光となって浮かび上がる。
どくん、どくん、と心臓が大きな鼓動をたてて、火照っていた身体から今度は逆にすぅぅ、と、熱が引いていった。
「う、ぐ」
寒気に身体を震わせて、晶はかたひざをついた。
探索用の赤い魔力灯に照らされた顔が、ひと目でそれとわかるほどに血の気を失っている。
「大丈夫、大丈夫です。力を抜いて、呼吸を楽にして」
呪文を唱えたのとは別の女騎士が言い、晶の身体を抱きしめた。
前髪をきり揃えた黒髪の、胸が大きな人だ。名前は確かジェシカと言ったか。人なつっこそうな大きな瞳で、自分とほぼ同年代のためわりと気さくに話す事ができた。頼れるお姉さん、という感じがする。
「すみません」
かすれた声。視界が揺れ、思考もぐわんと揺らいでいる。
我ながら情けない、と晶は思った。
何が情けないかというと、大きくて柔らかいジェシカの胸の感触に役得を感じているところが情けない。本当はそれどころではないはずなのに。
そう、これは仕事だ。
サフィーリア率いる騎士団の団員と共に、晶はダンジョン探索をしていた。休憩を挟んで朝から八時間ほどダンジョンの構造を調べて回り、今、帰還しようとしている最中であった。
異世界から来た住人、過客は様々な異能力を授かるという。
それは事実らしく、晶の妹、沙夜香は料理の才と毒を一瞬で見分ける能力を身に着けた。
一方、晶はというと。
彼そのものが、とある特殊魔法の発動条件となるらしい。その能力は魔術師ギルドが二週間ほど精密検査をして発覚した。
その特殊魔法を、セーブポイントという。
ダンジョンの好きな場所に魔法陣をマーキングし、晶を三メートル以内に置いて呪文を唱える。するとその場所はセーブポイントとなる。
セーブポイントは二箇所まで設置することができ、新しく設置すると最も古い箇所が上書きされる。そしてこれが最も重要な事だが、セーブポイントとセーブポイントの間を人もモノも一瞬で移動することができる。
ダンジョン探索において、この能力は革命的な効果をもたらした。
セーブポイントの一つをダンジョン外に、もう一つをダンジョン内の好きな場所に設置すれば、ノーリスクかつ一瞬で帰還できるのだ。
とはいえ、利点ばかりではない。
一つは晶の健康の問題であった。空間移動を可能にするほどの力を賄うため、この魔法は晶からかなりの魔力を搾り取る。その反動が今の晶の悪寒であり、朦朧とした思考であった。
魔力は生命エネルギーである。
すなわち小周天によって体内をめぐり、末梢神経、筋肉、内臓、さらには十二の経路、十五の系脈を司る。魔力が尽きれば、人は死ぬ。
もう一つは魔力の充填の問題であった。空間移動を可能にするほどの魔力を用意するためには、相応の休息が必要となる。過酷なダンジョン探索から毎日、晶が自宅に帰れるように取り計らわれているのはこのためであった。
騎士団長のサフィーリアが彼に色目を使った結果ではない。必要だからそうされているのだ。
「苦しさがなくなるまで楽にしていてください。晶さんの身は我々が守りますから」
優しく、気遣いの言葉がかけられて。
チェイングローブに包まれたジェシカの指先が、晶が装備した皮鎧ごしに背中を撫でた。
甘い、柑橘系の香りがする。香水をつけているせいだろう。それに年頃の女の汗のいい匂いが混じって、晶は別の意味でくらくらしそうになった。
鼻の頭が、彼女の柔らかな胸の間にうずまっている。
疲労と相まって、このまま気絶してしまいたくなる。しかしそれでは迷惑だろう。
(俺はつくづくアホだ……)
そう考え、寒気を感じながらも苦笑。
危険な生き物が徘徊している場所。すぐそこには死が転がっている。
この時、晶を含めてパーティメンバーは五名。
騎士団長、万能のサフィーリア。
第一隊隊長、絶技のローズマリー。
魔術部隊隊長、求道のオリヴィア。
支援部隊隊長、癒しのジェシカ。
騎士団の最精鋭であり、なまなかな妖魔などものともしない面子だ。
何故、五人という少人数であるのか、それに何故ダンジョンを探索しているのかはおいおい述べていく。
セーブポイントの呪文を唱える役は魔術部隊隊長のオリヴィアであった。ウェーブのかかった長い黒髪。柳眉のくっきりとしたエキゾチックな顔立ちで、色気が服を着ているかのように妖艶な、熟れた身体をしている。魔道鎧ではなくひらひらとしたマントを羽織り、露出度の高いビキニのような布地を身につけ、頭には先の尖がった長い帽子をかぶっていた。男とは違い、女は肌の露出が高い方が効率的に魔法を使うことができる。
「気にしなくていいのよ坊や。私達は坊やに大感謝しているんだから」
くすりと笑い、オリヴィア。
「ジェシカ。晶殿の状態はどうだ?」
サフィーリアが凛とした声で尋ねた。その身体は晶達に背を向け、視線はダンジョンの通路を油断なく監視している。
彼女は知っている。今、ジェシカに抱きしめられた晶を見てしまったら……羨望を顔に浮かべてしまうことを。ここは危険なダンジョンだ。隊を預かる身として、部下に、何より晶の安全は彼女が保障する義務がある。一瞬たりとも隙を見せるわけにはいかない。というよりこれ以上団員にからかわれるネタを増やしたくない。
「魔力の流れは安定しています。ただもう少し、あと数分は私の魔力を補充した方が自然治癒も早くなるかと」
「わかった。オリヴィア。セーブポイントが使えるようになるまで後どれくらいだ?」
「五分と少々」
オリヴィアが答える。
「マリー。妖魔の気配は?」
「周囲三百メートルには感じられないわ」
銀髪の女が答えた。
絶技のローズマリー。剣技だけならば団長のサフィーリアを凌ぐ歴戦の戦士である。
他の騎士と同じく胸元が開いた魔道鎧をつけているが、彼女の場合は魔法を使うためというよりも持って産まれた瞬発力を生かすためであろう。胸は薄く、体つきもスレンダーで引き締まっている。
肩まで伸ばした銀色の髪。獣の耳のようなものが、頭の上についていた。副耳というもので、ローズマリーは獣人のクオーターであった。
ちなみに余談であるが、獣人には発情期なるものが存在する。これは特定の時期ではなく、好きになってしまった相手と接した際にもよおす――つまり交尾したくてしたくてまらなくなる――ものらしい。
ただし、どこでもというわけではない。
絶対条件として安全な場所。敵がおらず、命の危険がない場所でそういう状態になる。逆に言えば、ダンジョンのような危険な場所では生存本能がオンになり、代わりに生殖本能は眠る為にさしたる問題はない。今この時のように、好きになってしまった相手が近くにいる場合でも。
「よし。警戒態勢のまま待機。転移可能になったらすぐに撤収する。晶殿、もう少しの辛抱ゆえ体調の回復に専念してくれ」
「りょーかい。辛抱どころかジェシカさんの胸が柔らかくて役得なんですが」
軽口を叩ける程度には回復してきたらしい。とはいえまだ顔色が悪い。
柔らかくて適度な弾力を備えたジェシカの胸を頬で感じながら――もちろん下着のような布地ごしではあるが――晶は身体から寒気が退いて来ている事を感じた。
あと、もう少しで立ち上がれるようになる。回復するまでの間、パーティの荷物になっているこの状況は、いつも焦燥感を覚えてしまう。仕方がない、とサフィーリア他の団員達はいうのだが。
「あっ。ダメですよ動いたら。変なところがこすれて少し感じてしまいます」
わずかに頬を赤らめ、ジェシカは晶の耳元で囁いた。
その言葉を、耳にしたのか。
「ぬぅ……」
羨望と嫉妬に、サフィーリアのうめき声があがった。
ジェシカがしている行為は、マジックヒーリングという魔法であった。身体の接触を通して相手に魔力を受け渡す術である。元は房中術からの派生であり、そのためか、術を使うには魔力を渡したい相手に一定以上の好意を持っていなければ上手くいかない。
「あらあら坊や。柔らかい胸が好みならおねーさんのはどう?」
「こらこら。仕事に専念しろ」
オリヴィアが魔法陣に手をかざしながら流し目を送り、サフィーリアがたしなめた。
「はーい」
そんなこんなで――
無事にセーブポイントが設置された。
「転移」
術者のオリヴィアを中心にして円陣を組み、オリヴィアが呪文を唱える。
天空に投げ出されるような浮揚感。ごんっ、と何かがぶつかるような音がした。
視界が開ける。足から無事に着地し、周囲を見渡した。
夜が近い。
夕焼けが徐々に影を落としてゆき、闇が抱きすくめるように地上を覆っていった。
「晶殿は?」
パーティを見回し、サフィーリアが言った。
気づきが困惑に、困惑が焦りにめまぐるしく変わる。
「オリヴィア」
「座標補足。王宮の離れに飛んだみたい」
はぐれ対策はダンジョン探索の基本である。晶の鎧には位置座標を常時発信する魔法の札が縫い付けられていた。オリヴィアはそれを魔法で探知したのだ。
「どういう事だ?」
「空間が歪んだ様子があるわ。転移魔法を使ったのとほぼ同時に異世界と繋がったみたい。推測するにその余波で坊やだけ転移先がズレたようね」
「偶然の事故か。ともあれ王宮ならば妖魔に襲われることもあるまいが……」
「あ。これって……王女様の湯浴みの場所に飛んだかも」
「まずいな」
サフィーリアが言い。
「まずい」
「まずいですね」
「わー、大変」
ローズマリー、ジェシカ、オリヴィアがそろって引きつった顔になった。
この国の王族、それも成人前の女性には古いしきたりがあった。
『男に裸を見られた場合、結婚しなければならない』
という。
そもそもが政略結婚の正当化のためであり、形骸化して久しい風習だが、しかしこのしきたりを現王女のレイチェルはこれを守っていた。まだ十二歳の少女である。
何より、まずいのは……。
レイチェル王女は、わがままで世間を知らない。
この事であった。