異世界でハーレムを築いたお話
秋が来て、冬も過ぎた。
晶がこのクアドフォリオという世界に来てから、もうすぐ一年がたとうとしている。
「チェック」
「ぐぬぬ、詰みかぁ」
「……。危ないところだった」
王宮の深部で、歳の離れた姉妹がチェスを指していた。
「もう少しで勝てそうだったのに……」
未練たらたらといったていで、レイチェルが王の駒を睨みつける。
グローリアは父親違いの妹を見下ろし、憮然として肩をすくめた。
「やめてくれ。ボクのプライドが粉々になるところだったわ」
「正直、簡単にひねられると思っていたわ。なかなかお強いのね姉様は」
「真面目にやるのは何年かぶりだがな。しかし信じられん。ここまで指せるのに、アヤカ相手には駒落ちされた上で連戦連敗するのか」
「そうよ。おかしいでしょう。わたし、悔しくて悔しくて」
「レイチェルはボクに似て負けず嫌いだからなあ……」
行儀悪く背もたれにもたれかかり、グローリアは腕を組む。視線の先には耐火処理が施された木材を壁紙で化粧された、白い天井があった。
「何を見てるの?」
レイチェルが、姉の視線の先を追う。
「別に意味はないよ。なんとなくさ」
「ふうん」
くっく、とグローリアは笑った。
こんな風に妹と遊ぶようになることなど、少し前ならば考えられもしなかった。
「もう一番するか?」
「……姉様、綺麗になったわね」
「うん?」
視線を下げ、グローリアは妹の方を見る。
青い色の瞳が、物おじせずにこちらに向けられていた。
「何かな、唐突に」
「それに話しやすくなったし、理不尽に怒らなくもなったわ。アキラのせい?」
「……」
感情を読まれないよう、表情を取り繕おうとして。
「く」
数か月前、自分が部下へ同じようにカマをかけた時のことが脳裏に浮かぶ。
「くっく。ボクもどうやら、年ごろの女ということらしい」
気づいたら、含み笑いをしていた。
「みいんなズルいのね。私だけ置いてけぼり」
「それは違うなレイチェル。まさか自分だけ仲間外れだと思っているのか?」
「そうよ。そうでしょう。そりゃあ、私が子供だからそういう風に見られないのは分かるけども、あと三年も過ぎたら立派なレディになるわよ」
「姉として忠告するが、二重三重に勘違いしているよ。この勘違いが分からん限り、あいつはレイチェルには手を出さんだろう」
「何よそれ」
「まず第一に、身体がつながっても心までつながるわけじゃない。
第二に、ボクではあいつの一番にはなり得ない。それを分かった上でボクらは互いの傷を舐めあってる。
第三に、レイチェルもあいつにとって大切な相手になってる。何かあったら命がけで助けに来るくらいはするだろうさ」
「ふーん」
グローリアの言葉を、右から左に聞き流したのだろう。レイチェルは唇をとがらせ、並べられたチェスの駒をぐしゃりと倒した。
「ふーん、ふーん。そうなのね。知らないうちに、アキラとずいぶんと仲良くなったのね」
「そうだな。そうらしい。ボクも知らなかった」
「何それふざけてるの」
「自覚してなかったんだ、本当さ」
「姉様なんか嫌い。何よ、妹から意中の人を横取りするなんてひどいじゃないの」
「ひどいとは、ひどい言われようだな」
肩をすくめ、グローリアは苦笑した。
「あいつは初めから今に至るまで、ボクよりも好きな相手がいるよ。それはこの先もずっと変わらない」
「そういう付き合いって事なの? 不潔じゃない?」
「言うほど軽くはないんだよ。確かに一番になれないのは残念なことだが、こればかりは仕方がない。不実だ、などと責めるのもどうかと思うしな」
レイチェルは眉を吊り上げた。
だが、哀しげな顔で遠い目をした姉の顔に、その異様な雰囲気に、浴びせかけようとした罵声は口の中に引っ込んでいた。
「……何があったの?」
「いろいろさ」
言葉を切ると、グローリアは右手を自分の額につけて、妹から顔を隠した。
「本当に、いろいろさ……」
***
乾いた空気の匂いに、青々とした草の匂いが混じり始めている。
春の到来はもうすぐだろう。
その日。
晶は、他の団員と一緒に飲み会に誘われた。場所は貴族が出入りする少し高級な酒場で、主催したのはサフィーリアだった。
重厚な木のテーブルを前に、団長のサフィーリア、副団長兼魔術師のオリヴィア、部隊長のローズマリー、それにシスターのジェシカが肩を並べている。
「今日は無礼講だ。費用は私が持つので遠慮なく注文しろ」
団長の掛け声の下、ワイングラスを何杯か開けるうち、全員が出来上がっていった。
普段はお堅い面々が酒量の羽目を外したのは、団の資産の棚卸しが終わり、国に納付する税の見積もりにカタがついたためだ。
今年度は晶の加入によりダンジョンの探索効率が十倍近くに跳ね上がったために、サフィーリアはげっそりとした顔で経理処理に追われていた。減税措置やら在庫管理やらの関係で、数年前にさかのぼって帳簿を洗う必要があったらしい。
ともあれ。
酒が入ると、女は容赦がなくなる。
年ごろの女がする話と言えば恋愛に絡むことが定番で、特に晶の恋愛事情は婦人方にとって格好の肴であった。
「なんだ、アキラ殿はまだ妹たちには手を出してないのか」
「ええ、まあ……。団長、酔い過ぎですよ」
曖昧な返事と共に、笑ってごまかそうとするが、晶もしこたま飲まされている。数日前まで、四則演算のできる彼も経理の検算に駆り出されていた。打ち上げの場で、労苦からの解放感に舞い上がるのも必然ろう。
「あまり女を待たせるのは感心しないわねえ」
ワイングラスを片手に、オリヴィアが流し目をくれる。胸元が開いた扇情的なローブ姿が色っぽい。彼女も、瓶を五つは開けているだろうか。
「僕らには僕らのペースがありますから」
「そうだぞ、二人とも。性にうといお子ちゃまが大人の女になるのは色々と段階がいるんだぞ」
しどろもどろに上司たちのセクハラ発言をかわす晶にもたれかかり、頭にある獣耳をぴこぴこさせながら、ローズマリーが彼を擁護した。
「乙女が女になると世界が変わるんだからな……!」
ぎゅむ、と晶の身体を抱きしめつつ、マリーがサフィーリアたちを威嚇する。晶の鼻にかかった彼女の息から、甘ったるい蜂蜜酒の匂いがただよっている。
サフィーリアが苦笑した。
「なるほど。アキラ殿の言い分ももっともだ」
「そうだぞ。分かったか」
ローズマリーが畳みかける。
細身で力強い彼女に抱きしめられつつ、晶は自分がやった痛い行為の数々を思い出しているのだろう。顔を引きつらせながら真っ赤にしていた。
「そうね。恋に恋して周りが見えなくなるのも困るわね」
くすくすと、オリヴィアが笑う。
(ジェシカさん、助けてください)
晶が視線でそう訴えると、シスターの彼女はにっこりと微笑んでお祈りをした。
「この罪深き男に幸福があらんことを」
酒場に、女たちの爆笑が響いた。
***
この一年で、晶は背が伸びていた。
筋肉がつき、体重が増え、中性的な顔立ちだった少年は男へと変貌を遂げていた。
騎士としての経験値も増えた。魔力上限は全く成長せず、セーブポイントの特殊能力を使うたびに瀕死になる欠点は克服できないままだったが。己の実力の少なさに、あまり焦ることはなくなっていた。
「お帰りなさい。にいさま」
「兄様、おかえりー」
柔らかな、そして嬉しそうな声音。
疲弊した身体をおして家に帰ると、妹たちが待っている。
「ただいま。いやあ、今日は疲れたよ」
サフィーリアから手配された借家の玄関先で、晶は服についた埃を払い落とす。沙夜香は彼の外套を受け取り、獣毛のブラシを丁寧に当てていった。
「よしよし。がんばったご褒美に頭を撫でてあげましょう」
綾香は姉など意に介さず、晶の頭を撫でくりまわす。
「手が汚れるよ」
「構わないし、最近スキンシップが足りないわ兄様」
「スキンシップか……」
小さく息をつくと、晶は妹の唇にキスをした。
「ん♪」
すぐに離すが、綾香はそれで満足したらしい。顔じゅうに笑みを浮かべている。
沙夜香が無言で、双子の妹の頭をはたいた。
「いったーい!」
「にいさまもお疲れですし、少しは手伝いなさい」
言いつつ沙夜香は、晶から受け取った上着を丹念に手入れしていた。
「なあに、嫉妬してるサヤちゃん」
「お馬鹿。それで、にいさま。ご飯にしますか、お風呂にしますか?」
尋ねつつ、沙夜香は外套をポール式のラックにかける。
「ご飯が食べたいかな」
「かしこまりました。……ん」
沙夜香が変な声を出したのは、晶の手が頬に添えられたからだ。少女は目を閉じて、晶の唇が自分のそれに触れるのに身を任せた。
「にいさまの女たらし。そのうち誰かに刺されますよう」
憎まれ口を言う少女の顔は、まんざらでもなかった。
スローペースな更新の中、完結までお付き合いいただきありがとうございました。
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