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仕切り直しのお茶会


 異世界クアドフォリオ。

 そのうちの一国、レブナントは女王エトワージュにより統治されている。


 エトワージュには二人の娘がおり、娘たちは異父姉妹であった。

 長女にして第一王女のグローリアは二十二歳。父親は異世界から来た過客であり、彼女が物心つく前に元の世界へ帰っていった。あまりよくない帰り方だったらしい。

 ハーレムを作ろうとして失敗し、諸王の娘を幾人か妊娠させたところで責任を放棄して逃げた――という情けないありさまだったとか。


 一方、次女にして第二王女のレイチェルは十三歳。こちらの父親はクアドフォリオの住人で、他国の王族を政略結婚で迎え入れた。

 レイチェルの父はいわゆる傀儡であり、王都から少し離れた小都市で暮らしている。五年ほど前に後ろ盾である祖国が半ば滅ぼされ、親族が粛清されたため、謀殺を恐れて僧になった。娘と会おうとすらもしない。


 と。このくらいの情報は、王宮に出入りしていればすぐに耳に入ってくる。



「ぐぬぬぬぬ」


 奥歯を噛みしめて、レイチェルがうなった。

 ティアラに装飾された前髪と、シワとは無縁なまあるいおでこが可愛らしい。

 少女の目の前には、チェスの盤面があった。半ば涙目になりつつ怒っているために、表情が鬼気迫っている。


「おやおや、どうされましたかお姫様。敗北をお認めに?」


 くすくすと、綾香が笑う。

 どちらも大駒がほとんどないが、綾香の操る白駒がはっきりと優勢なことが分かる形勢であった。

 ここクオドフォリオは定期的に異世界から人が迷い込む。過客と呼ばれる異世界人がチェスの概念とルールを広めたのは、百年以上も昔の話だそうな。

 綾香に勝負を持ちかけたのはレイチェルの方で、当初は自信満々に腕を誇っていた。ところが十回やって十回負け、十回負けるごとにハンデをつけてもらいまた負けて……と繰り返すうち、少女のプライドは粉みじんになっている。


「待って。私の大逆転はここから始まるのよ」


(諦めた方がいいと思うけどなあ)


 晶は思ったが、口は出さない。Q、R、R、Nを落とした状態からのハンデ戦でこてんぱんにやられているのだ。形成互角になった時点で勝ち目があるわけがない。

 そもそも綾香は十歳の時点でプロ並みの腕を誇っており、Q、R、Rを落としてもらった状態から晶が本気でやっても勝てなかったのだ。沙夜香はその三倍は強いが。


「あの二人、ずいぶんと仲が良くなったね」


 二人に聞こえぬように小声で言い、晶が用意されたお茶菓子をつまむ。


「元から相性は良かったんですよ。誰かさんを巡る恋の鞘当てで険悪になっていただけで」


 沙夜香はティーカップからただよう茶葉の匂いを堪能している。


「ああ……そうだね。綾香はよく言葉で僕を刺すようになったね」

「ふふふ。本物のナイフだったら血まみれですね」


 優雅な仕草で紅茶をすする少女の、目も顔も笑っていた。


 毎週開催されるレイチェル主催のお茶会も、そろそろ十回を超えるだろう。沙夜香も綾香も、それに晶も、無垢なまま育てられた年下の少女と接するのは新鮮な体験であった。

 彼女と会うたび、お話をするたびに、晶は言うに及ばず、沙夜香も綾香も作り笑いをする機会が減っていった。代わりに、本音を口にする機会が増えた。

 だからたぶん、今、浮かべている笑いも本心からのものなのだろう。

 壊れてから治り始めたばかりの彼らの心は、未だに何が正常なのかよくわからない。


 変わったといえば、レイチェルも変わった。

 接するうち、傲慢さや嫌われることへの怯えが消えていった。負けず嫌いなのは相変わらずだが、金を出して友情を買おうなどといった発想は、今の彼女には見られない。


「だめ。負け。無理。無理だわ。どうしろっていうのよこんなの」

「はい、お疲れ様でした」

「どうしたら勝てるのよ。教えなさい。じゃなかった、教えてください、お願いします……で、いいんだったっけ」

「しょうがないなあ」


 プライドをかなぐり捨て、教えを乞う。これもちょっと前のレイチェルでは考えつかない行動だった。


「卿らはいつも楽しそうだな」


(おんや……?)


 聞き覚えのある声に、晶は振り向いた。

 綾香が露骨に嫌な顔をし、沙夜香は表情を消して能面になっている。彼らの視線の先には、この国の第一王女であらせられるグローリアがいた。


「姉様、何かご用なの?」


 前のお茶会の二の舞を警戒しているのだろう。レイチェルが尋ねた。

 グローリアは軽く肩をすくめる。


「別に。用がないと妹に会ってはいけないのかな?」

「今、お友達の応対をしているの。重苦しい雰囲気にされては困るわ」

「ボクだって喧嘩をしたいわけではない。どうしても嫌ならこのまま帰るが」

「じゃあ……」

「私たちなら構いませんよ。ね?」


 拒絶の言葉をレイチェルが発する前に、晶が割って入った。敬語を使ったのは、面倒なほどに誇大したグローリアの地位と面子を慮ってのことだ。

 沙夜香と綾香にアイコンタクトをする。沙夜香が軽く肩をすくめ、綾香は顔に自分の指をあてて嫌悪に引きつった表情筋をほぐした。晶が望むなら仕方がない……という合図だ。


「決まりだな。なに、お茶を頂いたら退散するさ。喉が渇いているのでね」


 グローリアが空いている椅子を引き、離れた位置に座った。

 チェス卓を囲う綾香とレイチェル。茶菓子が置かれた長テーブルを前に並んで座る晶と沙夜香。そして長テーブルの端、晶から七メートルほど離れた位置にグローリア。


「ボクのことは気にしなくていい」

「だそうよ」


 レイチェルだけがいつも通りだ。

 傍で控えていたメイドが、気を利かせて新しいカップに紅茶を注ぐ。

 グローリアはちらりと晶を見たが、晶が視線を返すとすぐに顔をそむけた。


(ああ、そういうことか……)


 たったそれだけで、グローリアの目的を晶は察した。察した上で、知らないふりをした。


 あの事件――彼女が晶に自白剤を盛り、晶は意趣返しに洗いざらい地獄とも呼べる自分の過去を語った――から、もう一か月が経っている。


「アヤカ、気にせずに続けて欲しいんだけれども」

「はいはい。まず、悪手の検討からだけど――」


 レイチェルと綾香がマイペースに戻る。

 グローリアが出された紅茶に口をつけた。あさっての方向を見ているが、こちらの様子を伺っていることを晶にはすぐにわかった。


(どうしましょう?)


 沙夜香が困惑している。晶が苦笑した。


「いつも通りにすればいいよ。僕らは何もやましいことをしてないんだし、ユリウス様も悪意があって来てるわけじゃないから」

「そうですか」


 ほどなくして宣言通り、紅茶を一杯飲むとグローリアはどこかへ去っていった。



 その翌週のお茶会も、グローリアが参加した。

 翌々週も。さらに次の週も。



 参加の回数が増えるにつれて、彼女が陣取る距離が少しずつ近くなっていった。

 レイチェルはもとより、沙夜香や綾香も一言か二言、話をするようになった。晶に対しても、少しずつ慣れていった。



 そうして、さらに二か月が経った頃。



「すまなかった」


 晶に向かい、グローリアが頭を下げた。



グローリア、レイチェル共に作品登場時から1つ歳をとっています。


今週末までに次を投下します。

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