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お茶会(結)

 

 グローリアが退出した後。


「団長。レイチェル。ずいぶんと話が違う気がするんだけど」


 晶が苦笑してみせる。


「私も驚いている」

「ええ、意外だったわ」

「何て聞いてたかな。能力主義の合理主義者、他人を信用せず、自分が上に立たないと気が済まない。そういう噂話ばっかりだったけど、なかなかどうして。根っこのところはすごくいい人だよ」

「兄さま。このお菓子美味しいですよ」


 ずっと黙っていた綾香がマイペースなまま言う。

 空気が重くなりかけていただけに、彼女のこういうところがありがたかった。


「いただきます」

「あの。サフィーリアさん。私たちは戻る気はありませんけれども、異世界から来た人ってその後はどうなるのでしょうか?」


 沙夜香が尋ねた。


「さほど長居はしない。居心地が悪いからだろう。平均して二年ほどでこの世界に見切りをつけて帰っていく。もちろん、居座り続けて偉業を成し遂げる者もいる。いずれにせよ、戻るかとどまるかは過客の意志による」

「こちらに来るときみたいに、気づいたら戻っていたということはあるのですか?」

「寡聞にして知らぬな。この世界ですべきことを為した後、戻りたいと強く念じれば戻れるらしい。らしい、というのは元の世界へ戻ったかどうか確認する方法がないのでな。もしかしたらさらに別の異世界へ飛ばされているのかもしれん」

「つまり、戻りたいと思わなければ戻ることはないと?」

「おそらくな。そのあたりは私よりも姫様が一番詳しい」

「ふむ……」


 晶が思索をめぐらした。無糖のままの紅茶をすする。


「僕らはこの国で穏やかに暮らして骨をうずめたいと思っています。ユリウス様は帰って欲しいようですけれども」

「困ったものだ」


 サフィーリアが息をついた。彼女が一番難しい立場だ。上司であるグローリアの意向と、部下の命との板挟みにある。


「すみません。それとありがとうございます。おかげで肩の荷が下りました。寝て起きたら元の世界へ戻っていた、というのが一番いやなパターンでしたから。ようはユリウス様に認められればいいってことでしょう? そのくらいは何とかしますから」


 ――最悪の場合、自分一人が毒を仰げばいい。それでグローリアは安心する。妹たちに危害が及ぶことはない。


 晶の脳裏に浮かんだ考えを、サフィーリア、沙夜香、綾香は言葉にせずとも見透かした。


「アキラ殿。念のために言っておくが団員である以上、貴殿の命は私の預かりだ。勝手に粗末にすることは団長として許さんからな」


 鋭い眼光で、サフィーリアが釘を刺す。


「イエッサ」


 晶が敬礼を返した。この世界に来て、サフィーリアの指導を元に心身を鍛えた。筋肉がつき体格が変わると同時に、騎士団の上下関係も染みついていた。


「ごめんなさい」


 唐突に、謝罪の言葉がかけられる。

 全員の視線が言葉を発したレイチェルへと向いた。


「姉様が怒ってるのは私のせいみたいだから」


 言葉の内容とは裏腹に。

 レイチェルの顔が分かり易いほどに怒りを帯びていた。晶やサフィーリアに向けられた視線がちょっと怖い。それはそうだろう。たった今彼女は、プロポーズまでした相手のただれた女性遍歴を聞かされたのだ。


「レイチェルは謝る筋合いがないよ。僕も君に謝ることは何もない」

「私が子供だから?」

「そういう関係じゃないから」

「ショット」


 低威力の魔法の弾が放たれて、べちん、と晶の鼻っ柱を強打した。出会ったばかりならともかく、騎士としての鍛錬を積んだ今の晶ならば避けようと思えば避けられただろう。けれど彼は、微動だにせず顔で受け止めた。

 鼻血がでた。


「痛いよ」


 抗議する晶。

 綾香と沙夜香は涼しい顔で紅茶をすすっている。

 この程度の痴情のもつれを見るのは日常茶飯事だからだ。


「何よ。他の女の人ばっかり。私だってあと五年したらサフィーリアやお姉様みたく綺麗になるわよ!」

「あのねレイチェル。今も君は十分に綺麗だよ」


 ナプキンで鼻をぬぐい、歯が浮くような台詞をなんのてらいもなく言う。場慣れしているのだろう。晶はみじんも動揺や困惑をしてなかった。


「~~っ!!」

「けど、僕の交際関係について君に謝る筋合いはない」

「じゃあ何で姉様には平謝りだったのよ」

「あの人のは嫉妬じゃないからさ」

「悪いの? 嫉妬したら?」

「うん、悪いよ」

「何が悪いのよ」

「一緒にいて居心地が悪い」

「仕方ないじゃないアキラが悪いんだから」

「うん。少しはそう思ったからさっきの攻撃は受けた。でも次は殴られてやらない」

「ぶれいもの!」

「おっしゃる通りだよ」

「ぐぬぬぬぬ。帰って。帰りなさい。もういいわ」

「了解。お茶もお菓子も美味しかったよ、ご馳走様」


 晶は丁寧に礼を述べて立ち上がった。鼻血はもう止まったらしい。


「それでは、私たちもお暇しますね。ご馳走様でした」

「ご馳走様。今度、お菓子の作り方教えてね」


 沙夜香と綾香が立ち上がった。


「ぐぬぬぬ」


 苦虫をかみつぶすレイチェル。


「また来るから」


 晶がとどめを刺すと、妹たちと手を繋いで帰っていった。

 そのあと、残ったサフィーリアがレイチェルの八つ当たりの相手をさせられる羽目になったらしい。



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