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お茶会(序)

 

 異世界の国、レブナント。


 九条 晶とその戸籍上の妹、沙夜香が転移してから半年近くが経っていた。この世界では二、三年に一度の頻度で転移者がどこかから現れ、過客と呼ばれている。

 多くの場合、過客は手厚くもてなされる。異世界の科学体系は、魔導が中心の彼らの科学の先を行っているからだ。例えば医療。病の原因の多くに細菌やウィルスという微小な生物群が絡むことは、過客によって知らしめられた。


『こんなに幸せでいいんだろうか……』


 などと、晶は折につけ思ってしまう。

 今の仕事、騎士団に所属しての迷宮探索は油断すれば死ぬが、かつて本で読んだ炭鉱労働の過酷さとさほど変わらない程度だ。


 団長の指示は明確で、適切で、公平だった。


 かつていた世界では、ふとした粗相や飼い主の気まぐれで臓器売買の材料にされる兄弟を見てきた。晶もいずれはそうなっていた。その日常に比べれば、環境には天国と地獄ほどの開きがある。

 自分だけではない。妹たちもあの環境から解き放たれたことが嬉しく、ありがたく、このままの暮らしがずっと続けばよいと思う。そのために彼は、何でもするつもりであった。


 騎士団長サフィーリアの部下となり、命がけで働いてそれなりの信頼を得た。第二王女のレイチェルと知り合い、友達となった。

 同僚の騎士たちから、仲間と認められた。オリヴィア、ローズマリー、ジェシカ。各隊の隊長と、隊員との間で何度も命を預けあった。


 裏切れない人が増えた。


 そんな生活の中、彼は目立ち過ぎたらしい。

 この国の第一王女にして次期王女、グローリア姫の命令で自白剤を盛られる事件があった。それもどうにか乗り切ったのだが、今になり王宮からお呼び出しがかかった。


 名目はレイチェルとのお茶会だったが、グローリアが同席するという。危険を察知したサフィーリアの配慮で、沙夜香と綾香も同席することになった。

 晶自身よりも、妹の能力値の方が高い。

 沙夜香はあらゆる毒を見抜き、綾香は魔王に並ぶ魔力を秘めている。


 王城には空中庭園があり、戦時を見越してじゃがいもや豆類、にんじんなどの根菜類が植えられていた。作物が雑多なのは連作障害を回避するためだとか。

 この庭園は見晴らしがよく、花や香草も植えられているためにいい匂いがする。


 今回のお茶会の会場は、空中庭園の最上階にあった。いつもの、レイチェルに招かれる場所とは違っている。


 見晴らしのいいお茶会場に着くと、ドレスを着たグローリアにレイチェル、サフィーリアがいた。数人の侍女もおり、グローリアとレイチェルの後ろに控えていた。


「このたびは――」


 晶が、グローリアにお辞儀をする。

 さっと、グローリアが肩口の高さまで腕をあげた。


「まずは座ろうか。ここまで登るのも疲れたろう」

「はい」


 ナチュラルに主導権を握ろうとするその作法に、晶はむしろ感心した。メイドが椅子を引くのに合わせ、座る。座る瞬間、指で、テーブルをトン、と一回叩いた。

 妹たちへの合図だ。自分に任せて欲しいとの意図をこめる。この二人にはそれだけで伝わる。何を言うこともなく、沙夜香と綾香は晶に続いて椅子に座った。


 この時代、この国の食糧水準からすれば高級なお茶とケーキが、丸テーブルに載せられている。晶が元いた世界のカフェテリアでも通用するレベルのクオリティだろう。少なくとも見た目はそうだ。

 カップの数が六つ。

 テーブルを並ぶようにぐるりと、五人の女と一人の男が座る。


「部下と妹が世話になっている。礼を言いたかったが多忙でね。今回ようやく招くことができて嬉しく思うよ」


 部下とはサフィーリアのことだ。王女グローリアは騎士団長サフィーリアの後見人であり、晶の態度次第で彼女の騎士団に迷惑をかけることを暗に示唆していた。


(実に……)


 晶は、表面上は人懐こい笑みを浮かべつつ。


(あからさまな人だ……)


 チェス盤を相手にするように、応答の先を考えていた。

 元の世界で身体を切り売りしていた頃、高慢ちきな女と当たることはままあった。肥大化したプライドを刺激しつつ、心の中の柔らかい所をほぐし、寂しさにつけこむ。表情や話術を巧みに操り、興味が途切れないように相手の思考を誘導すれば、あとは少しの時間と根気さえ確保できればどうにかなった。


 できなければ、死んでいた。


「ご丁寧なあいさつ痛み入ります。私のファミリーネームは九条、ギブンネームは晶と申します。右に座ったのが上の妹の沙夜香で、左に座ったのが下の妹の綾香です」

「覚えた。ボクの名前はグローリアだ。グローリア・ド・レブナント」


 にこやかに、グローリアが微笑む。秀麗な顔と相まって、花がほころぶように美しい。美しくも気味の悪い、作り笑いだった。


(ここで適当な呼び方をすれば――)


 難癖をつけられるだろう。

 サフィーリア、それに城内の噂から聞き及んだ話だ。初対面の目下を相手にしたとき、グローリアは些細な事をとっかかりに圧をかける。


「承りました」


 相手の応答を真似る形でうなずき、一つ、間を置く。


「今後は何とお呼びすれば?」

「ふ」


 グローリアの、顔に張り付いた笑みが薄らいだ。


「そうさな。妹のことは何と呼んでいる?」

「レイチェルと、名前の方で。友達ですから。しかし貴方は私の上司の上司にあたる方です」


 私は自分の身の程を弁えています――そのメッセージを、言外にこめる。


「そうか。そうだな。姫殿下……では妹と被るな。かといってさして親しくない相手から名前で呼ばれるのも不愉快ではある。さて……ああ、そうだ。ユリウス様と呼べ。今は亡き父の姓だ」

「かしこまりました。ユリウス様」

「うん。礼儀正しい奴は好きだ。茶も菓子も好きに飲み食いしてくれて構わない」


 挨拶を交わす間に、周囲に控えるメイド達がティーセットに茶を注いでいく。香りからして、紅茶に近い代物だろう。この世界では魔物も食材の一部なので、何が入っているかは口にするまではわからないが。


 沙夜香に視線を送る。

 晶の視線を受け、彼女は小さくうなずいた。毒は入ってないらしい。


「なにこれ」


 レイチェルが、唐突に口を挟んだ。全員の視線がこの第二王女の方へ向く。

 堂々とその視線を受け流して、レイチェルはティーカップに口をつけ、すすった。ほとんど音を立てぬあたり、作法が行き届いている。


「あのね。お茶は楽しむものなのよ」


 ティーカップを置いて、グローリアと晶にぷりぷりと怒った顔を向けた。


「二人の会話を聞いていると息が詰まりそう。お顔が怖いわ。どちらも顔で笑っているのに目が笑っていないんですもの」


 完全な図星だった。だからこそグローリアも晶も、どう応答すべきか咄嗟に考えあぐね、間が空いた。


「……」

「……」


 沈黙した二人の視線が、図らずも絡み合って、晶とグローリアは同時に苦笑をした。



グローリアさん攻略開始

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