女騎士団長の告白
酒場で出されたワインは上品で口当たりが良くて、渋みがほとんどなかった。
サフィーリアがキープしていたとっておきらしい。料理に舌鼓をうちつつ、二人でかなりの量を開けて、晶はしたたかに酔っていた。
「あははは」
ふと可笑しくなり、軽快な笑いが晶の口から漏れた。
「どうした?」
「団長から薬を盛られたことを思い出して」
「む……すまなかった。反省している」
「はい、許します。あーでも今度は団長に同じ薬を盛って、好きな人が誰か教えてもらおうかな」
「その必要はないな。私はアキラ殿の事が好きだから」
晶だけではなく、サフィーリアも相当酔っぱらっているらしい。うっすらと頬が赤くなっている。
「おお、今日はとっても素直ですね」
「アキラ殿はどうなのだ? 私は女として見られないか?」
「えー、それ前に言ったじゃないですか。大好きですよ、はははは」
「そうか……。そうか」
二度、うなずくサフィーリア。言いつつ、晶の隣に座る彼女は気づかれないようににじりより、晶との距離を詰めていく。一方の晶は、けらけらと笑っていた。酒が入ると笑い上戸になるらしい。
「それで、相談って何ですか?」
「う、うむ。知っての通り私の率いる白翼騎士団は前線部隊が二百四十名、補給などの後方支援役が三百名ほどで構成されている。そして前線は晶殿を除いて全てが女だ」
浮ついた話かと思いきや、それなりに真面目な話らしい。晶は酔い覚ましの水をあおった。ひょっとしたらベッドに誘われるのかと半分期待、半分当惑していたのだが。
「僕が前線部隊に配属されること自体どうかしてますよね」
「ああ。稀有な例だ。いや、勘違いしないでくれ。男で戦闘に使えるほど魔力が高い人間はそうそういないというだけの話であって、能力が水準を上回り、かつ迷宮探索向きであれば私は区別することなく登用する」
「わかってます」
そう、晶は身に染みて分かっている。ダンジョンでのサフィーリアの采配を。
好意などというくだらないモノで公私混同をするような女ならば、彼が命がけで惚れることもなかった。
「アキラ殿の能力は非常に役に立っている。アキラ殿のおかげでダンジョン探索にかかるコストが三分の一になり、収集できた魔鉱石の量は倍になった。……まあ、おかげで租税の納付に関わる計算が非常に面倒なことになっているが」
「……書類仕事に時間をとられているのは感じていましたが」
「ああ、すまない。本題はそこではない。知っていると思うが、アキラ殿は私の団の団員から比較的好意的な目で見られている。よく噂にもなっている。オリヴィエやマリーとの浮名を含めてな」
「ああ……マリーはまだ健全な関係ですが」
やっぱり怒られるのかしら、とのほほんと晶は考えた。彼は騎士団の一団員で、サフィーリアは騎士団長だ。監督責任がある。
「どちらでも構わん。恋愛は個人の自由だし、避妊をきちんとしているのならば団長として何も言うようなことはない」
「さっぱりしてますね」
「本音を言えば私にも手を出して欲しいがそこは置いておこう」
やはり、サフィーリアもかなり酔っているらしい。
「はい。置いておきましょう。で、本題は何でしょうか」
「噂を聞いた女王様がアキラ殿会いたがっている。お眼鏡に適えば娘のどちらかを嫁にしてもいいなどと言いだした。王宮は大混乱だ。二人の王女を擁立している二つの派閥が、必死になってアキラ殿の素性を探っている」
「はあ……ははは。何ですかそりゃ」
晶は笑った。笑うしかない。
「アキラ殿、念の為に聞くが貴殿は女をたらしこむような特殊能力は持っていないよな?」
「あったらもう少し好き勝手やってますよ。例えばとっくに団長を抱いています」
「……うむ、したたかに酔っているな」
「うふふふふ、本心ですけどね、そういうことにしましょうか、ふふふふふ」
「ちなみにだがアキラ殿、私も酔っているらしい」
「へえ、どういう風にです?」
「目の前のへらへら笑っている男とキスしたくてたまらない」
「奇遇ですね、実は僕もなんです」
「そ、そうか。本当に奇遇だな」
サフィーリアの声が、上ずる。テーブルのカウンターに置いた彼女の手に、アキラの手が気づいた時には重ねられていた。
「息、ワインの匂いがしますね」
サフィーリアの頬を撫でながら、晶が囁く。あと少しで唇が触れ合うほどの距離だった。
「嫌いか……?」
「好きです」
ちゅっ……と。
二人の唇が触れ合った。
「アキラ殿。いつぞやの宿題の答えを言っていいか?」
晶の腕に抱きすくめられながら、サフィーリアは囁くように言った。
宿題――それは、晶が彼女のファーストキスを奪った際の問いかけだった。
『自分は、サフィーリアのことを一番好きにはなれない。それでもなお、自分への好意を抱き続けるのか。最愛になれないことを受け入れられるのか』と。
「ええ。どうぞ」
そう言った晶の唇が、サフィーリアの唇でふさがれた。おずおずと、舌が差し込まれる。その舌を、迷うことなく晶は受け入れた。
くちゅりと、音がする。舌を絡ませ合う大人のキスの音が。
「ぷはっ……」
息を止めてキスをしていたのだろうか、サフィーリアが耐えられないといったていで唇を離した。その初々しさに、晶は思わずくすりと微笑む。
「私は、アキラ殿が誰を好きであろうと、アキラ殿の事が好きだ。だが――」
「だが……?」
「それは騎士団長としての職責を超えるものではない。私は女である以上に五百名以上の命を預けられた責任がある。私にとっての第一は騎士団で、二番目はアキラ殿だ。だから逆に聞かせてもらおう。アキラ殿は決して私の一番にはなれない。それで納得できるか?
できぬのなら、貴殿の事は頑張って諦めるしかない」
クソ真面目な顔で、サフィーリアは言った。
「ぷっ……、く」
晶は、口元を抑えて。
「あははは、あははははははははは!」
もう片方の手で、テーブルをバンバンと叩きながら大笑いした。
「さいこー、団長さいこー。もうね、大好き。愛してる。今この瞬間だけなら綾香や沙夜香と並ぶくらいって……いや、すごいわ。すごい。そう来たかって感じ。あのね、僕の好きな女性のタイプって、芯のブレない人なんですよ。団長は本当にどストライクです。会う順番が逆だったら結婚を申し込んでたかもしれない」
「それは、褒めているのか?」
一世一代の告白を笑い飛ばされて、サフィーリアは不機嫌そうな顔で問い返した。
「そも、すとらいくとはどういう意味だ?」
「ええと、好みの範囲があるとすると、そのど真ん中にいるって意味です」
「……」
顔を赤くして、サフィーリアは俯いた。ようやく恥ずかしくなってきたらしい。今までの自分の行動と、今しがたの告白が。
「団長、顔を上げて。ちゃんと答えますから」
「うむ。返答によってはぶん殴るぞ」
「はい。茶化しません。僕も二人の妹が一番で、団長は三番目です。それでいいなら、付き合って下さい。恋人として」
「い、いいのか?」
「頼んでいるのは僕ですよ」
「私は必要に迫られればアキラ殿に死ねというような女だぞ」
「僕は浮気者ですけど、団長の為なら死んでもいいと思ってる男ですよ」
「構わない。たまにキスをして、その、マリーみたいにデートしてくれたり、オリヴィエにするようないかがわしいこともしてくれれば私は嬉しい。アキラ殿が他の女と仲良くしようとも気にしないし受け入れる」
「名前、団長って呼ばせてもらいますよ。僕が一番でないうちは」
「わかった。うむ。確かに今さら名前で呼ばれるよりも、その方がしっくりくる」
「じゃ、これから僕らは恋人ということで」
「う、うむ、よろしく頼む……それで、アキラ殿」
「はい」
「また、キスをしていいか?」
「何度でも」
二人の唇が、また触れ合った。




