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主人公、女騎士団長の指導を受ける

九条 晶:本編主人公。16歳。男。黒目黒髪。

サフィーリア:女騎士団長。24歳。金髪碧眼。


 


「ぜぇ、ぜぇ……」


 遠い天井を仰ぎ、晶は声も立てることができずにただ荒い呼吸を繰り返していた。


 漆を使い、滑り止めを施された皮のグローブから、刃引きを施した練習用のサーベルが零れ落ちている。

 握力が抜けた手には、代わりに不快なしびれがあった。


「ここまでか?」


 彼の足元に立ち、問いかけるサフィーリア。


「ぜぇ、ぜぇ……う、うぷ……」


 見下ろす彼女を見上げる晶は、答えることすらままならぬ。


 騎士団の修練場で、彼は団長自ら稽古をつけてもらっていた。

 七百回にわたる素振りの後、剣を使った型を実演され、教え込まれた通りに打ち込みを行った。恐ろしい事に寸止めではない。実際に当てる稽古である。


 胸元が露出している、女騎士用の魔道鎧。それは魔法を上手く使うようにするためのデザインであった。

 魔道鎧は、魔道障壁を展開する。


 無色透明なこの壁は、小口径の銃弾ならば簡単に跳ね返す。

 刃引きしている刀への防御も同様であり、戦闘態勢に入った彼女を傷つけるには同じく魔力付与で貫通力を増した銀の弾丸か、鉄を斬れるレベルまで研ぎ澄まされた魔法刀が必要になる。

 ゆえに晶の攻撃が当たったところで、サフィーリアには毛ほどの傷もつけられない。


 型稽古を始めた。


 技量に劣る晶は攻め主体となり、技量に優れるサフィーリアは受けが主体になる。


 上段からの打ち太刀。

 一合目は上手く入った。頸部を狙った切り落とし。

 予定通り、サフィーリアの刀に防がれる。


 しかし防がれたと同時に刀を巻き込まれ、体勢がよろけた。倒れかけた足を踏ん張らせる。下段からの二合目。無理な体勢から放ったため、難なくあしらわれる。弾かれた瞬間に腕がしびれた。


 剣を握りなおす。隙。


 サフィーリアが踏み込んだ。


 魔道鎧を着てのぶちかまし。体重の全てが綺麗に乗った一撃だった。晶の身体が吹っ飛ぶ。こちらも男性用の魔導鎧を着てはいるが、あいにくと魔法の使い方はまだ慣れていない。サフィーリアのように魔道障壁を展開することもあまりうまくいかず、とっさに後ろに飛んで衝撃を緩和するくらいがせいぜいだった。


「ごほっ」


 盛大にすっ転んだ。


 おかしい。いや、おかしくないのか。現実は非常だ。教えられた型の通りなら、彼女の反撃をひらりと避けてとどめの一撃を返すはずだったのに。


 石畳の修練場を何回転か転がって、身体の節々の悲鳴と疲労と酸素不足に襲われて、晶は倒れたきり、立つこともままならくなった。身体が痛い。骨は折れてないが呼吸が辛い。


「ふむ」


 晶を見下ろすサフィーリアは、とん、と、自分の持っている剣の切っ先を石畳の上に乗せた。


「基礎体力はついてきている。真面目に私が言った訓練をこなしているのだろうな。しかしな、アキラ殿。下半身の肉が弱い。それが重心の不安定さにつながっている。まずは焦らずに“静止しながら素振りする”ところから始めた方がいい。構えの最中も、身体がガタガタと揺れすぎだ。まだまだ実戦で剣を振れるレベルではない」

「う、ういっす……」


 大分に、呼吸が整ってきた。なるほど三か月前に同じ訓練をつけてもらったときよりも、回復は早くなっている実感がある。


 しかしこの実力差。


 わずか数か月程度の訓練ではあるが、強くなればなるほどに、サフィーリアのいる場所を遠く感じる。それはきっと、相手の強さを知る力も少しずつ鍛えられているせいなのだろう。


「団長……」

「何か?」

「教えるの上手ですね」


 普通に喋れる程度には回復したらしい。晶は起き上がる。


「……。反応に困る」


 サフィーリアは、困ったように笑った。

 世辞も追従も好まぬ彼女だが、こと、数百人からの騎士を統率する苛烈な指揮官という印象のために、部下から褒められた事はほとんどない。慣れていないのだ。


「脚の筋肉をつけるにはどうしたらいいですかね。わりと筋肉トレーニングはしているつもりですけど」

「食事に気を遣え。肉をつけるには肉を食うに限る。それに卵や大豆も多めにとることが望ましい」


 すらすらと答えながら、サフィーリアは晶の絶妙な話題の転換に感心した。

 些細な反応から自分が戸惑ったのを見透かし、事務的な話題を出すことで彼女にとって心地よい距離感を保った。十代半ば程度の男で、同じことをできる者がどれほどいるだろう。

 狙ってやっているのか、それともそれが彼にとっての自然体なのか。

 どちらかは分からぬが、男嫌いな彼女でも、晶と一緒にいるのは居心地がいい。


「なるほど。……あれ? 団長もですけど、うちの騎士団の人ってそんなに筋肉隆々って人がいないような」


 晶は疑問を口にする。

 一番筋肉がついているのは獣人とのクォーターのローズマリーだろうが、彼女は筋肉女というよりはスレンダーというのが晶の印象だった。何より、抱きつかれた時の柔らかさは十分に年頃の女のものだった。サフィーリアもジェシカもローズマリーも、筋肉というよりはその大きくて形のいい胸の方がまず目につく。


「男と女の違いだろう。女は筋肉がつきにくいが、その分魔力は男より高い。筋力の不足は魔力付与による肉体強化で補える。どちらも実戦で使えるレベルになるには数年にわたる訓練が要るのは変わらんがな」

「手っ取り早く強くなる方法ってないですかね」

「ない。そんなものがあれば出し惜しみせずに教えている。愚直に基礎をなぞるのが一番だ。邪道に落ちた輩は吐いて捨てるほど見て来たが、どれもこれも二流、三流のところで行き詰まった。腐った土台に大きな建物は建てられん。とにかくは基礎だ。歩みは歯がゆいほど遅く感じるだろうが、数年の期間で見れば最も早く確実に強くなれる」

「わかりました」


 もう一本、と促すように晶は構えた。愚直で可愛い部下の素直な態度に微笑し、サフィーリアも受けの構えをとる。


 切り落とし、受け太刀、巻き込み、体当たり、回避からの半回転。

 晶のサーベルが、サフィーリアの胴を薙いだ。切っ先が、魔道鎧の一センチ手前の空間で弾かれる。魔道障壁。しかし少なからず衝撃は通ったはずだった。けれども彼女の身体はよろめきもしない。


「すごい……」

「残心を忘れるな。敵は一人とは限らん」

 感嘆し、隙をさらした晶の喉元に、サフィーリアは剣の切っ先をつきつけていた。


「すみません」


 謝る晶。

 サフィーリアは剣を引いて、何故かため息をもらす。


「いや、すまぬ。アキラ殿は努力しているし、覚えも早い。ついつい、先へ先へと要求水準を引き上げてしまう。私の悪い癖だ」

「変な手心を加えられるよりかはよっぽどありがたいです。強くなりたいので」

「強くなりたい、か」


 漠然とした強さへの憧れとか、そういうモノではないのだろう。


 ほぼ毎日、何十キロもの重りを持ってランニングをさせ、重い樫の棒を使って何百回も素振りをするよう指示し、合間にジェシカやオリヴィエに魔力の使い方を習い。そして命がけの迷宮探索にも駆り出されて。

 この数か月で、晶の体格は目に見えて変わった。ともすれば男か女か分からないような中性的な肉質だったそれは、れっきとした戦士の体格へと変貌しはじめている。それに傷も増えた。


 だが。


 時に弱音を吐きながらも、晶は怠けようとはしなかった。

 そのモチベーションは、どこから来るのか……?


「何故強くなりたいのか、よければ理由を聞かせてくれるか?」

「うーん……」

「言いたくないのなら言わなくてもいい」

「元居た世界に帰った時のためですよ。ちょっと……なんというか、理不尽な暴力を振るう人たちが身近にいるので、せめて自分と妹達の身を守れる力が欲しいなー、なんて」


 軽い口調。

 だが、その背後にあるグロテスクなほどに陰惨なモノを、底知れぬ人間の悪意を、サフィーリアは彼の様子から感じ取った。理由を言う間ずっと、晶は顔を俯かせ、表情をから感情の色を消し、目線を合わせようとせぬ。彼にしてみればそれは珍しい動作だった。


「……どうやら」


 直属の主君であるグローリア姫の事を思い浮かべ、サフィーリアは小さく苦笑。彼女は理不尽な上司ではあるが、部下を不当に迫害したりはしない。晶が恐怖しているそれとはまったく異なるものだろう。


「アキラ殿は、私には及びもつかぬ大変な敵と戦っているらしい」

「戦いになればいいんですがね」

「あまり焦らぬことだ。今日の訓練はここまでにしよう。汗で冷える前に適当に走って身体をほぐしておけ。オーバーワークも冷えも身体に悪い」

「はい」

「この後、時間はあるか?」

「あっ、はい。特に予定はありませんけど」

「うむ。その、相談したい事があってだな。私では手に余る問題ゆえ、是非ともアキラ殿の意見を拝聴したい」

「? 構いませんけど」

「よし。それでは酒場に行こう。しらふではとても話せるようなことではないのでな」

「はぁ……」

「三十分後だ。クールダウンと着替えを済ませてここに集合。いいな?」

「わかりました」


 釈然としないながらも、彼は頷いた。


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