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武闘派でボクっ娘のお姫様、グローリア登場

 

 異世界クアドフォリオ。

 その星にはレブナントという国があり、国は女王エトワージュを元首とする立憲君主制により成り立っている。それ以前は国王が強権を振るう絶対王政であったが、五十年ほど前に異世界から来た過客を主翼とする革命が起こり、政体は大きく変化した。

 女王には二人の娘がいた。

 娘は産まれた順番に第一王女、第二王女と呼ばれている。

 第一王女の名はグローリアといい、次期女王として政務に携わっている。歳は二十一になるが、まだ未婚である。

 第二王女の名はレイチェルといい、グローリアとは父親が違う。歳は十二歳の子供であるため、彼女を傀儡として王座に据えようという勢力が存在する。

 つまり、姉妹仲は複雑である。

 グローリアとレイチェルは王位継承権をめぐって対立する立場にあり、この物語の主人公、晶の存在は図らずも彼女たちの立場に大きな影響を与えようとしていた。


 その日――。

 白翼騎士団の団長サフィーリアは、パトロンである王女グローリアの前にいた。

 場所は王都の中心部。城壁に囲まれた王宮である。

 王宮は王族が住み暮らす居住区と、来賓をもてなす迎賓館、それに政務が行われる執務室群で構成されている。

 サフィーリアが通されたのは客間であった。城下を見渡せる窓の、ガラスには防弾処理が施されている。

 目の前に、相対する姫君は――。


 武闘派として有名であった。


 得意武器は銃剣。

 近接戦闘の模擬戦ではサフィーリアが三本に一本とられるほどの腕前であり、スナイパーとしての狙撃精度は一キロ先の人間の頭部を正確に打ち抜くレベルである。

「結局のところ……」

 彼女の髪は短い。戦場に備え、手入れの手間を省くためだ。

 少年めいた中性的な顔立ち。アイスブルーの色の瞳には、冷たい光が宿されていた。

 彼女は、サフィーリアとは従妹にあたる。どことなく容姿が似ているのはそのためであろう。しかし二人の表情には明らかな違いがあった。

 グローリアは猜疑(さいぎ)を。

 サフィーリアは困った上司に対する部下の困惑と緊張を。

 それぞれ浮かべていた。

「こちらの思い違いだと」

 グローリアは行儀悪く頬づえをつき、尊大な態度で目の前の相手を見下ろしていた。

「はい」

 彼女の眼光をきちんと見返して、サフィーリアははっきりとうなずいた。

「検査も尋問もしましたが何も出てきませんでした」

「その際の検査者はオリヴィエ、尋問は卿の担当……」

「ええ、そうです」

「検査者と尋問者が共に取り込まれた可能性はどのくらいあるのかな?」

 どうやらこの姫様は、騎士団の団員にまで疑いを向けているらしい。

 ため息をつきたくなる衝動をこらえ、サフィーリアは小さく首を振った。

「報告にご不満ならば姫様直属の近衛衆に調べさせてください」

「それも信憑性に欠ける」

「どうしてです?」

「近衛も全員女だから」

「……」

 グローリアの返しに、サフィーリアは思わず力が抜けた。

 何を考えているのだこの人は。

 いや、わかっている。

 この人は誰も信用していないのだ。

「だってそうだろう? 女を無条件でたらしこませる能力者ならば、接触したことのある女はすべて疑う必要がある。もちろん、ボクもいつ取り込まれるかわからない」

 彼女は直属の部下も、自分自身すらも、全てを疑っている。

「左様でございますね」

 時代がかった口調でサフィーリア。呆れている。それはそうだ。調べろと言われて調べた結果、お前の事が信用できないと言われているのだ。ならば何もできないではないか。

「本気で言っているんだけれども」

「彼に邪心はありません」

「卿の部下に首輪をつけてペット扱いしているとの噂は?」

「それは事実です」

「……」

 にこやかな作り笑いを浮かべ、王女は女騎士を見つめ。

「……」

 女騎士団長は真顔で、その視線を受け止めた。

僭越(せんえつ)ながら姫様のお言葉を推察すると、今回の調査命令の目的は過客本人ではなく、私や私の騎士団が過客に取り込まれていないかを調べるためということでしょうか?」

「まあね。くだんの過客の件については、状況証拠だけで十分に黒と判断できる」

「乱暴ではないでしょうか」

「彼を初めて見たとき、卿はどう思った?」

 問われ、サフィーリアは目を閉じた。

「……」

 しばらく、彼女はしゃべらず。

「どう誤魔化そうか考えているだろ?」

 王女が沈黙を破った。

 目を開けて、サフィーリアは首を振った。

「彼との出会いは今でも思い出せます。ときおり、夢にも出てきます」

「どんな夢?」

「綺麗な目をしていました。今もそうですが。見ず知らずの世界に来たはずなのに動揺している様子はなく、堂々としていて、歳に見合わぬ落ち着きと自信が見受けられました。目が合った瞬間に感じました。私はこの男と出会う為に生まれてきたのだと。しばらく鼓動が激しくなったのを覚えています。呼吸も少し乱れていたでしょう。心が浮ついた感覚。それは彼と会うたびに続き、彼と接するにつれて次第に慣れていきました。その変わりに彼に会うにつれ、彼への信頼と思慕の念が深くなるのを感じています」

「それ、おかしいと思わないか?」

「思います。ですから彼を尋問しました。姫のご命令の通りに、自白剤を使って」

「その結果が、何もないというわけか?」

「はい。彼はただのお人よしの女ったらしでした」

「……」

「彼は女性をたらしこんで権力を持とうとか、金銭を得ようとか、性欲を満たそうなどという浅ましい欲で動いてはいません」

「性欲については疑問符がつくと思うが?」

「確かに、それは」

 否定しようとしてできず、サフィーリアはうなずきながら苦笑した。



 ***



 一方、その頃――。


『彼はただのお人よしの女ったらしでした』


 遠く離れた場所から聞こえてくる声を、そこにいる者達は確かに聞いた。


「あはははは、ひどいな団長!」

 膝を叩いて、晶が爆笑する。

「ははは、はあ、はあ、苦しい。お腹痛い」

 ひとしきり笑った後、晶はこちらを見る女たちをぐるりと見返した。

 騎士団のNo2、魔術師オリヴィエがいる。沙夜香、綾香の双子の妹たちがいる。

「なあ、沙夜香、綾香。団長はいい人だったろう?」

「いい人……。うーん」

 沙夜香が首をかしげ。

「まあ、ちょっとは見方は変わったけど」

 綾香がしぶしぶという形でうなずいた。

「紅茶のおかわりいかがかしら?」

 艶っぽい笑みを浮かべて、オリヴィエは言った。



 オリヴィエの研究室での出来事だった。

 白翼騎士団は王都の一角に事務所を構えており、団の幹部には個室が与えられている。

『晶に薬を盛ったことについて真意を問いたい』と、双子の少女たちは当事者である晶を伴って騎士団を訪問し。

「団長は所用で不在にしてるわ。私が代わりに答えてあげる」

 と、オリヴィエが軽い口調で答えた。

 研究室に通された彼らは、そこで魔法石を使った装置を渡された。

 それは、盗聴器の受信機であった。

「もうすぐ団長が姫様と面会なされるわ。で、私たちは坊やを調べるよう姫様に命令されていたの」

「いま盗聴していることを、団長や姫様は知っているんですか?」

 晶は緊張の面持ちで尋ねた。

「まさか。両方とも知らないわよ。団長は腹芸ができる人じゃないし。全部わたしの一存」

「なんで盗聴を?」

「あとでこの会話を録音して坊ややお嬢ちゃんたちに聞かせようと思ってね。だって一方的に疑われるだけなんて不公平でしょう? 私も疑ったしね。罪ほろぼしってわけ」

「なるほど。でももしばれたら」

「うふふ。その時は私の首が飛べば済むだけの話よ」


 と、いうわけで――。

 晶、沙夜香、綾香の兄妹はサフィーリアとグローリアの会話を聞き。

 サフィーリアの想いを知った。


「いただきます」

 晶は空になったティーカップをオリヴィエに渡す。

「はい」

 なみなみと、オリヴィエは紅茶を注いだ。匂いのきつい茶葉だ。慣れるとクセになる。

「しかし面倒くさい姫ですね」

 いやーな顔をして、沙夜香。

「国の上に立つ方だから苦労がたえないのよ。まだお若いしね」

「できれば直接会って話をしてみたいんですが」

 紅茶をすすり、晶がオリヴィエに尋ねた。

「しばらくは無理ね」

「ですよね」

 小さく、晶は息を吐く。

 しばらくは姫から、めんどうくさい嫌疑をかけられたままということだ。めんどうくさい。

「ま、ともあれ。沙夜香、綾香。二人とも場合によっては騎士団で僕が働き続けるのは反対だと言ったけれども、僕は引き続きこの団長の下で今の仕事を続けたい。二人はどう思う?」

「条件付きで賛成ですね。またお薬を使われるようなら即刻辞めてほしいです」

「私もさやちゃんと一緒」

 真面目な顔で、双子姉妹は言った。ただ少女たちは、晶のことを心配している。

「決まりだ。そういうわけでオリヴィエさん。今後は、こういうことはしないでくれるようお願いします。団長にもそう伝えておいてください」

「ええ、わかったわ」

 珍しく真剣な顔になり、妖艶な魔術師の女はそううなずいた。



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