お人よしの女ったらしと、やきもきする妹達
夜も遅くなって――。
酒に酔いつぶれた晶を乗せて、馬車が進む。
サフィーリア所有の古城から王都へと至る街道は石畳が敷き詰められており、馬車はがたごとと揺れながらもそれなりのスピードで進んでいく。
馬車の中には、三人の人物がいた。
一人は晶の所属する白翼騎士団の団長サフィーリア、一人は晶、そして最後の一人は騎士団の魔術師オリヴィエだった。
「可愛い寝顔」
オリヴィエの手が、晶の頭を優しく撫でつけた。
「ぐぅ……」
晶は、心地よさそうに寝息を立てている。
女――魔術師オリヴィエはいつものひらひらとしたマントと、下着のようなきわどい魔法衣をつけている。
彼女のむっちりとしたむき出しの太ももの上に、晶の頭が乗っていた。
ひざ枕だ。
「オリヴィエの検査の結果もシロだったのだな」
サフィーリアが、いつものお堅い口調で確認した。
「ええ。血液、唾液、アレまで調べたけど何もなし。魔術を使って女性をたぶらかしていた、なんて仮説はまず否定されたわ。私見だけど、不特定多数の女性がこの子に惹かれているのは単なる人間的な魅力でしょう」
「結局のところ、私たちの杞憂というわけか」
「あらら団長、その私たちって私も入っているのかしら?」
サフィーリアは小さく首を振った。
「つっかかるとは珍しいな」
「そうね。だって後ろめたいんですもの。私も坊やを騙しての調査に加担したのは変わりないんだし」
「安心しろ」
言葉を切って、サフィーリアは指を鉤型に曲げ、自分の唇の下にあてた。
「私は二度は疑わん」
「パトロンが疑ったら?」
「説き伏せる」
上司の台詞にオリヴィエは微笑んで、そして小さく息を吐いた。
「あの疑り深い姫様が聞く耳を持ってくれるかしら」
「納得してもらうしかあるまい。調べた結果何もなかったのだ」
「そうね」
馬車が止まった。
「着きました」
御者の女騎士が告げた。
馬車は、晶達が住んでいる家の前に止まっていた。
***
翌日の朝――。
「ぬぅ……」
晶は目をしばたたかせた。
顔が、柔らかいものに包まれている。
左を向くと、おっぱいがあり。
右を向くと、おっぱいがあった。
あたたかくて柔らかくて、そしてほのかに弾力があるものがふにゅふにゅと頬を圧迫している。少し息苦しい。
まだ十四歳のくせに胸の発育がよい双子の少女たちが晶の頭を抱きすくめる形で眠っている。そういう状況。
「ん……」
「にゅぅ……くすぐったあい」
甘い声。
さすさす。
少女たちがみじろぎし、ふにゅりとした胸が晶の頬をやさしく圧迫する。
パジャマ越しだが、ノーブラだ。先っちょのあたりの感触がわかる。頬に当たっている。
寝ぼけているのだろう。この妹たち、起きているのならもう少し慎み深い。
晶の顔を撫でまわしているのは女の本能か。
「まったく」
内心でもったいないと思いつつ。晶は起き上がる。
年頃の女が年頃の男の隣で眠るのはそろそろどうかと思う晶であった。思いつつも拒否しないあたりが彼の微妙な心境を示している。
とどのつまり――
「僕はご都合主義者です」
つぶやく晶。
自分が魅力的だと思った女性になびいてしまう。
「ふあ……」
あくび。
衣擦れの音がして、晶の右腕側に寝ていた少女が起き上がった。
「にいさま、おはようございます」
むにゅむにゅと目をこする沙夜香。
「おはよう」
「はいぼくしゅぎしゃがどうかしたんですか」
「うん、なんでもないから」
頭を撫でてやる。
「うにゅう」
猫のように呟いて、沙夜香は肩甲骨まで伸びた自分の黒髪をぐじぐじといじった。もっとしてほしいという合図だ。
ちなみに沙夜香は、朝に弱い。まだ目を閉じている。
「うう、抱き枕が動いたー」
下から、うらめしげな声。
視線を落とすと、綾香と目があった。
この妹は、今、晶の脚のあたりに抱き着いている。というかしがみついている。
「おはよう」
「兄様、おはようのキスを。はやく。私が死ぬ前に。はやく」
こちらは完全に起きているらしい。台詞の一つ一つがしゃんとしている。
「はいはい」
頬にキスをしてやる晶。その顔はまんざらでもない。
「にゃーん」
鳴く綾香。あざとい。そして可愛い。元の世界ではまだ中学生ほどのお年頃である。
「お返し」
綾香が晶の頬に手をそえ。顔を近づけ、口端にキスをした。
少女が顔を離す。
「おはようございます」
間髪を入れずに、少女の姉が晶にキスをした。
いつもの朝である。
少女たちはパンを焼き、ナイフでサラダを刻み。
晶は共用の井戸まで移動し、水を汲む。
汲んだ水でソーセージを茹で、残りは煮沸して飲み水にした。
三人で朝食を用意する。
「にいさま、昨夜のことですけど」
もそもそとパンを半分ほど食べた頃。沙夜香が切り出した。
「うん?」
「サフィーリアさんは……」
「僕に薬を盛ったんだろう?」
「何それ!?」
晶の切り返しに、綾香が大きな声をあげた。
「うん。団長から食事に誘われて食前酒をいただいた。その中に何かの薬、たぶん自白剤が混じってたと思う。あれからの自分の体たらくを振り返るとそう思う」
「気づいているのならなんで怒らないんですか?」
沙夜香が聞いた。彼女は怒っているらしい。晶に問う言葉に棘があった。
「信じてるから」
晶の返答は、単純明快なものだった。
「サフィーリアさんはいい人だよ。だからそれなりの理由があるんだと思う」
「にいさま……、あのですね」
何か言いかけて、沙夜香はため息をついた。
「どうして信じられるんですか?」
「そりゃ、何か月も命を預けてきたからさ。騎士団に配属されて、訓練を受けて、ダンジョンに入って実践を積んで、修羅場も何度かくぐった。それで分かった。サフィーリアさんは任務や部下の身の安全の為に最大限の努力をしてくれる人だ」
「それで納得しろと?」
「毒殺されたらどうするんですか?」
沙夜香の質問に、綾香がかぶせて問いかける。
「そうだな。お兄ちゃんはそれで納得しているし毒殺もないと思っている。サフィーリアさんを信じている。でも、二人が信じられないのも仕方ないと思う」
「……」
双子の姉妹はそろって目を閉じ、そろって息を吐いた。
「にいさま」
「うん」
「好きなんですね、サフィーリアさんのこと」
「ああ。前にも言った通りだ」
即答する晶。
彼の態度は変わっていない。
何週間か前、晶はサフィーリアに告白されたことを告げ、彼も彼女へ好意を持っていることを妹たちに告げた。
その時の妹たちの返答は、『別に構わない』だった。
『妾を持つのは当然のことだ』とも、『付き合うのならば本気で愛せ』とも、彼女たちは言っていた。
そのことについて、晶は一切ブレていない。
そして、もしもブレるような男ならば、少女たちは好きになってはいなかっただろう。
「あー、もー、お兄様のお人よし。女ったらし。馬鹿。えっち」
綾香がうめいた。
「このままじゃ、兄様がよくても私もさやちゃんも納得できません」
沙夜香がうなずいた。
「じゃあ、どうすればいい?」
「お話の機会が欲しいです。サフィーリアさんと、腹を割って、どういう意図なのか確認する機会が。場合によっては私、兄様が騎士団で働き続けるのに反対します」
「わかった。沙夜香もそれでいいか?」
「はい」
沙夜香がうなずいた。




