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団長サフィーリア、晶を食事に連行する

 

 その日……。

 その日というのは晶がオリヴィエ、それにローズマリーと“わりない仲”になってから数日後のことで。

 晶は、騎士団長のサフィーリアから出頭命令を受けた。

 命令である。要請でもお願いでもない。

 とすると、呼び出されるような何かをやらかしたのだろうか。

 心当たりはあった。

 つい昨日、彼はローズマリーが欲しがっていた首輪をプレゼントした。

 首輪を受け取ったローズマリーはそれをすぐに身に着け、夢見心地といったていで晶とのデートを楽しんだ。周囲をはばかることなく。

 はた目からみれば、仲のいい恋人同士に見えただろう。彼女が首輪さえつけていなければ。しかもその首輪には、短い鎖がついていて、ローズマリーの薄い胸の間にまで垂れていた。

 衆人環視の中である。

 街では知らぬ者のいないほど有名な、白翼騎士団のNo.3が首輪をつけて過客の男と歩いている。

 目立たぬ方がおかしい。

 噂にならぬわけがない。

 というわけで……。

 その日。

 晶は騎士隊員の来襲を受け、サフィーリアの下へ連行された。

 連れてこられた場所は、サフィーリア所有の古城の一角。わめこうが叫ぼうが誰も助けには来なさそうである。

「突然呼びだてしてすまなかった。ついてきてくれ」

 サフィーリアは、いつも通りの凛とした表情をしていた。怒っている様子はない。

 それがかえって、異様ではある。

 人払いがされた。

 サフィーリアが先に立ち、晶はその左隣り半歩後ろに並ぶ形で歩いた。

 歩くたび、石畳が硬質な低い音を立てる。城砦である。石を積み上げた格子を隔てて、眼下には海に連なる崖が見えていた。

「アキラ」

 歩を緩めぬまま、顔を前に向けたまま、サフィーリアが言う。

 アイスブルーの瞳が静かに動き、晶の横顔を覗いていた。

「何でしょう」

 いつもの調子で晶は応える。

「食前酒のワインは赤と白、どちらが好みだ?」

「特にこだわりはないです。そもそもあまり飲んだことがないですし」

「下戸なのか?」

「僕のいた国では二十歳以上にならないとおおっぴらには飲めないんですよ。法律で罰せられます」

 サフィーリアは少しだけ肩をすくませた。

「お堅いことだ」

「ええ。まあ、たまにこっそりと妹と飲んでましたけど」

 晶が笑う。

「ふむ」

 つられてなのか、サフィーリアのうなずきには微笑が含まれていた。

「飲めないわけではないか」

「たしなむくらいは」

「わかった。適当に見つくろっておこう」

「今日、呼びだされた理由は何ですか?」

「共に食事をしようと思ってな」

「うーん……」

 ぐしぐしと、晶は自分の髪の毛に手をやっていじった。

「誘い方が強引すぎませんかね」

 配下の騎士を使い、有無を言わさず晶を家から連行したのだ。まともなやり方ではない。普通に誘っても晶は二つ返事で来ただろう。

「そうだな。すまなかった」

 堅い言い回しで、サフィーリアは謝る。

「?」

 違和感。

 普段の彼女ならば、謝るのならば理由も言うはずだ。


(ローズマリーのことだろうけど……)


 晶は思った。あるいはオリヴィエとのことか。その両方か。サフィーリアは騎士団長であり、晶も晶が手を出した女達も彼女の部下なのだ。彼女には監督責任がある。

 扉の前に来た。サフィーリアが開ける。

 テーブルと、白いテーブルクロス。その上には花瓶があり、赤と黄色の花が飾られていた。二人分のナプキンとスプーン、フォークが向かい合わせる形で並べられている。

「ワインを選んでくる。少し待っていてくれ」

「はい」

 座って待つ。

 石造りの壁に、絵が飾られていた。風景画だ。夕焼けに染められた空と小麦畑。刈り取りをする農夫と、小さな女の子。女の子の顔は、晶の知っている誰かに似ていた。

「待たせたな」

 サフィーリアが戻ってきた。手には、グラスが二つ。

 赤いワインが注がれた状態でトレイに乗せられていた。


(うん?)


 やや、違和感。

 何故、瓶ごと持ってきて目の前で注がないのだろう。

 良いワインは飲む数時間前にあらかじめ開けて酸化させておくというが、そのためだろうか。

「早いですね」

「厨房とワインセラーはこのすぐ近くにあるのだ」

「なるほど」

「料理ももうすぐ来る。とりあえず乾杯しよう」

 このとき、晶は気づかなかった。

 グラスを差し出した瞬間、サフィーリアの瞳が彼の瞳を避けるように外されたことに。

「ええ。乾杯」

 チン、とグラスが重なり合う。

 ワインは、おいしかった。赤である。舌触りがなめらかで、尖ったクセがなくするりと喉に響いてくる。液体を喉から胃へと落とした後にも、ネコを抱きしめた後のぬくもりのような甘くて暖かな余韻が続く。

 ただし、ほんの少し違和感がある。

 何か、異物が混じったようなちぐはぐな要素があった。

「失礼します」

 給仕が、スープを持って来た。


 数十分後――。


「ふぃぃ……いいきぶんらぁ……」

 晶は、したたかに酔っぱらっていた。

「あちゅい……」

 木綿製の服の、首回りに指を突っ込んでひっぱる。

 頭がゆらゆらとと揺れている。

「アキラ殿、大丈夫か? 私が誰かわかるか?」

「ういー、へいきれすよだんちょー。へっへっへ。貴方はぼくの上司で、凛々しくてものすごく頼れる人で、でも中身は可愛い女の子れす……ぷふぅ。ぼく、サフィーリアさんのことだいすきれすよぅ、うふふふふ」

 ろれつの回らない声で、晶は笑いながら言った。

 かなり、頭が足りていない。

 しかし男特有のいやらしい視線はなく、心底愉快そうな目をしていた。

 その目の焦点は、会ってはいない。虚空をただよっている。

「う、うむ。私のことをそういう風に思っていたのか」

「あい。さいあいの妹がいなかったらぞっこんれしたぁ、けけけ。あ、でも今もかなり本気で好きになってるかも。ふひひ。ぼく、さふぃーりあさんのためならしんでもいいれす」

「……」

 サフィーリアはうつむいた。

 頬が赤くなっているのは、彼女も酒を飲んだからであろうか。

「そのわりにはいろんな女性とねんごろになっているようだが、何か目的があるのか?」

「んとえと、もくてきとかとくにありません。あのあの、女の人って、一度嫌いモードになると集団で陰湿ないじめをしてくるんで、そうはならないように適当に仲が良ければいいかなって思ってて、それで、迷宮を探索するいつものおねーさんがたは、命を預けている以上こっちも命を張って守らなきゃって、微力で申し訳ないですけれども。それでいつもひっしにがんばってますぅ」

 かくん、と晶の首が落ちて、テーブルのフチに当たった。

「いたた」

「大丈夫か?」

 首が上がる。晶の額が赤くなっていた。

「あい」

「マリー……ローズマリーにああいう手の出し方をしたのはどうしてだ?」

「彼女の気とみりょくにやられましたぁ」

「気?」

「あい。ときどき分かるんですぅ。この女の人はこうされることを望んでるんだなーって。それで、迷宮で押し倒されたとき、彼女がすごく可愛く思えてきて、彼女のされたいことがわかって、だからいきおいに任せてしてしまいましたー」

「マリーの地位や立場を利用してどうこうするつもりはなかったのか?」

「はひ? 毛頭ありませんよぅ」

「レイチェル姫と定期的に会っている理由は?」

「友達だからですぅ。寂しそうで、昔の妹たちを見るみたいでほっておけなくてー。彼女は年相応にいろんな友達を見つけて、遊んだ方がいいと思ったんですぅ」

「本当に、それだけなのか?」

「はひ。女の子が寂しそうにしてると何かしてやりたくなるんですぅ」

「アキラ殿は、天然の女ったらしだな……」

「そーれすかー、けけけけけ」

「大丈夫か?」

「あい。ぼくもあぶないとおもいましゅ……ぐぅ」

 かくんと、晶の頭が落ちた。

 テーブルに突っ伏す形。

 すぐに、寝息が聞こえてくる。

「アキラ殿」

 その声は、彼を起こすには小さいものだった。

「疑ってすまなかった」

 眠りこける晶に向かい、サフィーリアはつぶやいた。

 食前酒として持って来たワインに――。

 彼女は、自白剤を混入させていた。

 この世界に来て有力な女をたらしこみつつある、晶の真意を知るために。

 晶の友人としてではなく、一地方を預かる騎士団長として、女王の配下としての立場で彼女は動き、しかし出てきた答えはまったくのシロだった。

「貴殿は、いい男だ」

 自責と、安堵の念がないまぜになり、サフィーリアは言った。

 自白剤を使って引き出した、晶の台詞。


『ぼく、さふぃーりあさんのためならしんでもいいれす』


 その台詞を頭の中で反すうし、サフィーリアは深く熱い息を吐いた。


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