妹たちと、女性関係について話し合った
「ただいま」
夕刻。いつもより早く晶が帰宅すると、妹達が彼を出迎えた。
「にいさま、おかえりなさい」
「兄様、おかえりなさいまし」
沙夜香と綾香。顔のつくりも背丈も同じ双子だが、微妙に晶を呼ぶときのイントネーションが微妙に違う。あとは、髪の長さ。共に肩を越えたところまで髪を伸ばしているのだが、沙夜香の方が少しだけ長い位置で切りそろえている。
ちゅっ、と。
彼の唇の端にキスをされる。沙夜香がキスをして、次に綾香がキスをした。
晶もキスを返す。唇にしないのは、それ以上先に進んでしまうことを恐れているからだろうか。
この異世界に来て誰の目をはばかることもなくなった今。彼らにとって、キスは日常的な挨拶だった。
今のそれも、ごくごくありふれた、ただいまのキスである。
しかしいつも、唇にはしない。
「綾香、どうだった?」
晶が聞いた。
どうだった、というのは異世界から来た者が受ける適性検査のことだ。何か月か前に晶も受けたし、沙夜香も受けた。そして今日は、この世界に来たばかりの綾香が受ける日であった。
「魔法使いの適性があるそうです」
「へえ、そいつはすごい」
言いつつ、ぽんぽん、と晶は綾香の頭を撫でるように軽く叩いて遊ぶ。
「にいさま、私にもお願いします」
「はいはい、甘えん坊さん」
沙夜香にも同じようにしてやる。ぽんぽん。少女は嬉しげに目を細めた。
「パンケーキを作ってありますよ。あと、粉ですけどコーヒーも」
「いただこう」
よっこらせ、と上着を脱ぐ晶。インナーシャツのみになる。まだ外は暑い季節だ。
当然のように、沙夜香がその上着を受け取った。うっとりと眺め、すぅぅと、晶の汗のにおいをかぐ。
視線。
綾香の羨望の視線を受けて、沙夜香は手を下した。いや、綾香だけではない。晶にもみられている。
「さやちゃん、私にも貸して」
「早い者勝ち」
妹を諭すように、沙夜香。
「ブラコンだな二人とも」
晶が言うと、少女は否定するどころか彼の瞳を見返し。
「にいさまのせいですよ」
「そうそう。シスコンの兄様が甘やかすせいです」
「ぬぅ……」
憮然とする晶。接し方を間違えたか。わずかに悩む。そんな彼に向って。
「兄様。帰宅時の兄様の匂いが好きなので抱きついていいでしょうか」
綾香は、自分の欲求を正直に吐露した。
「お好きにどうぞ」
やや呆れつつ晶は言った。
「うぇーい」、奇声を上げて抱き着く綾香。晶の胸板に少女の胸が当たる。柔らかい。
「はしたないわよ。変な声を出さないの」妹をたしなめつつ、同じように抱き着く沙夜香。晶の二の腕に少女の胸が当たる。やはり柔らかい。ちなみにこの双子、どちらもバストサイズはFカップであった。実に柔らかい。
「いい匂いー。兄様の匂い好きー」
晶に抱きつく、綾香のテンションが異様なほどに高い。
「にいさま、大好き……」
沙夜香もまたうっとりとして、すりすりと顔を彼の身体にこすりつけてくる。
「はいはい、甘えん坊さん」
呆れ交じりのしかしまんざらでもない顔で、晶は妹たちの頭を撫でた。
「それはそうといい匂いがするな」
「そうでした。パンケーキ。それにコーヒーも。温めなおしますね」
沙夜香が名残惜し気に晶から離れ、台所へ向かって踵を返した。
妹と兄は、その後ろ姿を見送る。
「やっぱり私もさやちゃんみたいなのがよかったなあ」
「まあ、ないものねだりをしても仕方ないから自分の長所を伸ばせばいいんじゃないかな」
「そうですね」
「料理は沙夜香に習えばそこそこ身につくだろうし」
「そうですね。ちょっと抵抗感がありますけど」
「ははは」
晶は苦笑した。カップラーメンを作ろうとして小火を起こした少女の“伝説”の数々は、それほど過去の話ではない。
***
沙夜香のパンケーキは絶品だった。
ほどよく甘い。そして噛めば噛むほどにじゅわりと卵の味が口の中に広がっていく。
コーヒーの苦みを堪能する。こちらも美味い。
この、クアドフォリオという世界では――。
冒険者カサノヴァ・ヴェロがパトロンを募り新大陸を発見したのが、ちょうど百年ほど昔の話だそうだ。それから人々が移住し、貿易の航路ができ、さまざまなスパイスの他にじゃがいもとコーヒー豆が発見され、新大陸は世界の食に貢献している。
航路や植民地の利権をめぐって国家同士が争ったり、現地の魔物が生態を変えつつ新大陸から浸透・移住し、国家に害をなすことも過去には多かったらしい。しかしそれも、開拓王ゼオンと征服王ハッシュバルトとが和平調停に合意、魔物に対して一丸となって駆逐するようになってからは平和になっていった。
それはさておき。
「にいさま、今日はサフィーリアさんとお勉強でしたよね」
いつものようににこやかな笑みをたたえ、沙夜香が切り出した。
「ああ。勉強ついでに団長から告白された」
“帰り道に商店に寄り、卵を買ってきた”くらいの気軽さで、晶は言った。
「実は兄様、さっきまで沙夜香と一緒ににいさまの交友関係のたなおろしを……、告白?」
「うん。告白」
「誰から、誰にですか?」
沙夜香が聞いた。
「サフィーリアさんから僕に」
「まあ」と、沙夜香。
「ほう」と、綾香。
双子の姉妹は互いの顔を見つめ、兄の顔を見つめた。
「それで、受けましたか?」
「それとも断りました?」
沙夜香が尋ね、綾香が次いで尋ねた。
「保留した」
その、晶の言葉に、双子は同じ表情で返した。
すなわち、不満。
「受ければよかったのに」
「ねー」
パンケーキをもそもそ食べつつ。晶は少女たちの顔を見る。
「沙夜香、綾香。僕らの関係は?」
「妹で恋人です」
沙夜香が即答する。綾香がうなずく。
「そうだね」
晶もうなずいた。
「そのうえで、サフィーリアさんのことを好きになってもいいのか?」
「私たちよりも、にいさまの意志はどうなのですか?」
「彼女の事は好きだ。かなり本気で好きになってる」
「なら、それでいいと思います」
「うん。私も沙夜香と一緒」
「嫉妬は?」
「まったく。にいさまが妾を何人作ろうが構いませんよ」
当然のように沙夜香が言った。
正妻でも恋人でもなく、妾というという言葉が出るあたりに、この少女の今までの人生がどのようなものかが現れていた。同時に、自分が晶にとって何番目であるかという自負の強さについても。
「そうですよう。むしろ、その、男の人の生理現象をこらえるのは大変だよねってこの世界でのにいさまの交友関係を棚卸ししながら話をしてましたもの、さっきまで」
同じく当然のように綾香も言った。
この双子。
女として、あるいは人としてのどこかが狂ってしまっている。
そしてそれは、晶も同様であるのかもしれない。
「ジェシカさんにオリヴィエさん、ローズマリーさん、レイチェルさん、フローラさん、いい関係の人は他にもいろいろいらっしゃるみたいですけど、好きになってしまったら仕方ないじゃないですか」
「それに王になる人は妾をたくさん持つのは当然です」
沙夜香が言い、綾香がその言葉を引き継いで言った。
「僕は王様になるつもりはないけど」
「なればよろしいのに」と、沙夜香。
「でもこの世界なら王様の座も狙えるかもしれませんね。王女様あたりをたらしこんで」
綾香が底意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「お兄ちゃんがそんな女ったらしに見えるかね?」
「ふふん」
綾香は、人の悪い笑いをする。
「ともあれ、にいさま。どこの誰と付き合おうが自由ですが、付き合うなら本気で愛してください。その女性が、にいさまと出会えたことを後悔するようなことがないように。それが私たちの条件です」
まっすぐに晶を見つめ、沙夜香が言った。
「うん。そこは当然だと思ってる。中途半端はしない」
「それと兄様、他の女性にしたエッチなことは私たちにもしてください」
茶化すように綾香が言う。
「綾香」
これ以上ないくらい真剣な顔で、姉は双子の妹に声をかけた。
「はい」
「非常にいい提案です」
「でしょう?」
「にいさま、サフィーリアさんから告白された際に何かしましたか?」
「唇にキスしました」
晶は正直に言った。ちなみにだが彼のファーストキスは、沙夜香と綾香とで済ませている。小学校に上がる前の話だ。あの頃の彼らには、兄妹の正常な関係というものを教えてくれる人はいなかった。そして周囲の手により正常な関係というものを教わった時には、もう手遅れになっていた。
「はい。にいさま」
「私たちにもしてください」
「しょうがないな」
晶は苦笑して。
双子の妹たちにキスをした。
ちゅっと、唇が触れ、離す。名残惜しそうに、沙夜香と綾香は晶を見つめた。
「はい、おしまい」
唇へのキスは、いったい何年ぶりだろう……。しっとりとしたぬくもりと共に、何も知らなかった幼い頃を少しだけ思い出す。あの頃は希望が見えず、ただお互いのぬくもりだけがすべてだった。
「言っておくけど二人とはまだ最後までするつもりはないよ」
「えー」
綾香の顔に、不満と落胆の色があからさまに浮かんだ。
「他の女性とはしても?」
「ほかの女性としても。子供が子供を作るようなことになったら責任がとれない」
「むぅ」
むくれる。可愛いな、と晶は思う。
「仕方ありませんね。でも大人になったら貰ってくださいね」
沙夜香が言う。こちらは上流階級のお嬢様めいた余裕がある。これもこれで可愛い。
「ああ。大人になったら」
晶は、愛しげに姉妹の頭を撫でた。
その夜。
この世界での人間関係を肴に、晶は双子から盛大にいじられた。
次回の更新は王女レイチェルとメイドさんのフローラの話です。




