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妹視点のとりとめもないお話

 少女のほっそりとした肩が、あらわになっていた。

 半裸の姿。上半身は可愛らしいレースのブラジャーしかつけていない。かすかに浮かんだ肋骨と、すらりとしながらもわずかにぷっくりとしたお腹。中央にある、小さなおへそのしわ……。

「お疲れ様。もう服を着ていいわよ」

 ひらひらとしたマントを羽織った、妙齢の女性が軽い口調で言った。

 異様ないでたちの女だった。マントの下にはビキニのような布地のみ。形のよい胸も、むっちりとした太もももはっきりとわかる。そして頭には先の尖った長い帽子をかぶっていた。

 ウェーブののかかった長い黒髪。柳眉のくっきりとしたエキゾチックな顔立ち。大人の色気が、熟れた体中からただよっている。

 魔導師ジェシカ。彼女は、サフィーリアの率いる騎士団で魔術部隊の隊長をしている。

「はい」

 うなずいて、綾香は脱いでいた服を着た。といっても大したものではない。異世界に来て支給された白い長袖の服だ。たぶん、材質は綿でできているのだろう。

 綾香の胸は十四歳にしては大きいので、ゆったりとした服ではないとプロポーションの良さが際立つ。街を歩く際にやたらと人に見られたのは、彼女が異世界から来た過客だからというだけではないだろう。

 特に、男の人が胸に注ぐ視線が露骨だった。

(うーん……?)

 不可解だ。

 この世界の女性の一部はかなり大胆な格好をしている。胸や太ももやお尻など、肌を露出させた方が効率的に魔法が使えるからだそうな。一方で自分の姿を考えてみる。露出はないようにした自分の胸などを見て楽しいのだろうか。というか、大好きな晶以外には肌を見せる気など微塵もないのだが。

 魅力的と言えば。

 目の前にいるオリヴィエ、それにジェシカさん。美人度は相当のものだ。そんな彼女たちがほとんど下着のような姿をしているのだから、小娘に過ぎない自分の魅力など大したことはないと思うのだが。

(兄様はこんな人たちと過ごしているのか……)

 嫉妬はない。それよりも兄の身が心配になってくる。基本的に真面目な人だから、さぞや目のやり場に困っていることだろう。可哀想に。一緒に入ったお風呂場でもあれがあんなになっていたし、やはりフラストレーションが溜まっているのだろうか。どこか手ごろな女の人で発散しているのならいいのだけれど……。

 もどかしい。

 大好きな兄への、性的な奉仕を止められている現状がもどかしく、狂おしい。

 兄様はあんなにも苦しそうなのに……しかもその苦しみをもたらしているのが自分たちなのだ。ならばせめて、我慢せずにどこか手ごろな人で発散すればいいと思う。

 綾香。

 実は腹黒い。

「どうしたの?」

 オリヴィエが尋ねる。

「いえ。わかりましたか?」

 ごまかすように、綾香は尋ね返した。

 先ほどまで、彼女はオリヴィエから胸の上のあたりを触診されていた。

 場所は、サフィーリア騎士団の詰め所にある医務室の一角。

 魔術の検査室を兼ねたその設備は、ベッドや椅子やデスクだけではなく様々な魔法器具が備わっていた。ちなみに隣には、緊急時の手術ができる部屋がある。

「魔法使いタイプね」

 オリヴィエは言う。この部屋で、綾香は適性検査を受けていた。

 いくつかの計器を身体に当てて、オリヴィエともう一人の女が専門的な話をしているのを綾香は流し聞いていた。

『過客は魔道、超能力、知識のいずれかに長け、世界の危急を救うべく現れる』

 そんな言い伝えがある。世界を行き来する際に、何らかの力を授かるらしい。

 晶の場合は彼自身がセーブポイントという特殊魔法発動の鍵となる能力であり、沙夜香の場合は調理の才と、あらゆる毒を一瞬で見分ける能力であった。

 そして、綾香は――。

「魔法使いですか」

 聞き返す。

「ええ。過客が授かる能力としては珍しい方だわ。お嬢さんの魔力容量(キャパシティ)だと、攻撃系、盾系統、治癒系統のレベル三まで使うことができるわ。ちなみにレベル一が魔術師を名乗れるくらい、レベル二が国家有数。レベル三を見るのは私も一度か二度しかないわ。やる気があれば、ほとんどオールマイティに体得できるわよ」

「では兄様……兄が怪我をした時も治せますか?」

「きちんと勉強すれば、ですね。魔術を使うにはそれなりの知識がいります。特に治癒系統は、医者としての知識がないうちは骨を誤って逆方向につないだりと、治癒をしない方がましな状況になることも多いです」

 横から、黒い前髪を切りそろえた女が言った。騎士団の治癒担当のジェシカだ。

 人懐こそうな大きな瞳。胸元の開いた水着のようなローブを着ている。

 綺麗な人だなあ、と綾香は素直に感心した。同性から見ても彼女はきれいだ。むろん、妖艶さではオリヴィエにはかなわないが、その分、オリヴィエにない清純さがある。

 綺麗と言えば。

 騎士団長のサフィーリアは、息をのむほどに美しかった。怜悧な顔立ち。アイスブルーの瞳に、ストレートに伸びた金色の髪。すらりと整ったプロポーション。彼女はまるで、神話の戦乙女のようだった。

「治癒魔法を覚えたいですか?」

「はい、是非。兄に何かあった時のために覚えたいです」

「わかりました。後日、私と部下とで手ほどきをします」

 二つ返事でジェシカが言う。また、人懐こい笑顔を浮かべて。

 その笑顔を見て、綾香はまた思った。

(いい人だなー)

 笑顔に裏がない。ごく自然に他人の好意を信じている人の顔だ。まるで沙夜香みたいに。

 自分がこういう顔をできるのは、沙夜香と、それに兄の晶に向けてだけだろう。

「よろしくお願いします」

 頭を下げる。これは本心から。

「私たちはこれからデータの解析をするから、今日のところはもうお帰りなさいな」

 オリヴィエが流し目をくれながら言った。

「わかりました。ありがとうございました」

 もう一度頭を下げて、綾香はその場を立ち去った。


 少女がいなくなって――。

「……ジェシカ」

 オリヴィエの顔からは笑みが消え、顔中に汗が玉になって浮かんでいた。

 息が、早い。

「どうしました?」

「ちょっと待って。平静を保つのに苦労したから。深呼吸させて」

「はい」

 数十秒後。

「……大丈夫」

 言いつつも、顔色はまだ悪い。

「化け物よ、あの子……」

「化け物?」

「初対面のころから魔術師として感じていたの。それが今回で明らかになった。彼女の才能に。そうね。分かり易く説明しましょう。騎士団の選考基準の足切りラインを一、私の魔力容量(キャパシティ)を十とすると、ジェシカは七、団長は九。そして過客であるアキラくんは三から四くらい。一方、サヤカさんは十五くらい。これでも驚異的な数値だと思っていたの」

「そうですね。それで、アヤカさんは?」

「二千」

「……」

「ちょっとした魔王クラスね。迷宮洞窟(ダンジョン)に籠れば魔物を従えてそれなりの勢力を作れると思う。正直、敵に回したくない。魔法の扱いを少し間違えれば国を滅ぼしかねないわ」

「彼女の意志はどうなのですか?」

「悪意はないわ。ただ、心の奥底にぞっとするような闇を抱えている。でも一方で闇を超えるほどにまぶしい光も抱えているの。光と闇が共にせめぎあって膨大な魔力を作っている。うまく表現できないけどそんな状態。触診で魔力を探ってる際、危うく光と闇の奔流につぶされそうになったわ。もう二度と彼女の検査はしたくないわね」

「団長に相談した方がいいですね」

「ええ。私たちの手に余るわ。場合によっては王立院を巻き込んで管理した方がいいかもしれない。ただ、魔法の扱い自体は早めに教えた方がいい。初心者の暴走ほど怖いものはないから」

「そうですね。慎重にいきましょう」

 にっこりと、ジェシカは笑った。

 彼女は人の善意を信じていた。何より、あの晶の妹が悪い人間であるはずがない。

「ええ、慎重にね」

 ふぅ、と、オリヴィエは息を吐いた。



 ***



「ただいま、あやちゃん」

「おかえり、さやちゃん」

 家に帰宅して、双子の少女たちはハイタッチした。

「おやつ作ったわよ。卵をたっぷりと使ったカステラ風パンケーキ、砂糖控えめ」

 黄色い、ボリュームのあるスポンジ状のパンケーキが、おいしそうな湯気を立てていた。

「一口サイズに切り分けてあるから手を洗ってから食べて」

「はーい」

 家の奥に引っ込み、貯めてある飲料用の水で綾香は手を洗う。

 パンケーキを食べた。

 小さな口でもそもそと咀嚼すると、綾香は瞠目した。おいしい。適度に水気があり、あまりパサついていない。濃厚な卵の味わい。ほどよい甘さ。

「さやちゃん、いいなあ。本当に料理がうまくなったのね」

「ふっふっふ。きっとにいさまへの愛が神様に通じてこのギフトをくれたのよ。もう、メシマズとは言わせないわ」

 ぎゅっと握りこぶしを作り、少女は言った。

「むぅ」

「不服そうね。綾香の能力は何だったの?」

「魔法使いらしいです。攻撃とか防御とかはどうでもいいけど治癒魔法が使えるって」

「すごいいいじゃない!」

「私もそう思うけどね」

「にいさま、よくすり傷とか作って帰ってくるもの。治癒魔法が使えるならにいさまの怪我を治せるでしょう」

「まあね。でも攻撃とか防御はいらなかったわ。その分さやちゃんみたいに料理が得意になればいいのに」

「ふふん。態度次第では教えてあげないこともないわよ」

「仕方ないわね。女子力のためです。教えてください、沙夜香先生」

「よろしい。あ、全部食べちゃダメよ。にいさまの分も残さないといけないから」

「わかった。太るしここまでにしておくかな」

 もそもそ。小さな口を動かして、ケーキを食べる。王族としてしつけられたその所作は自然な上品さが二次目出ている。

 つけあわせの牛乳をこく、こく、と飲む。

 ちなみにだがこの世界には簡易的な冷蔵庫があった。凍結呪文のかけられた魔法石、つまり溶けない氷のようなものを密閉された箱に入れたもので、食べ物の貯蔵にはそれなりに重宝する。このおかげで足が速い魚や牛乳もそれなりに持たせることができた。つまり、一般家庭でもある程度の食材の買いだめができるということだ。これは非常に大きい。

 皿を片付ける。姉妹で一緒に洗った。

「さて、あやちゃん。料理もいいけど兄様が帰ってくる前に一緒にやることがあるわ」

「何でしょうか、お姉様?」

「この世界での兄様をめぐる相関関係作り」

「ほう」

 きらりと、綾香の瞳が光った。

「女騎士団長のサフィーリアさんは兄様にべたぼれです。さやちゃんが今日会ったオリヴィエさんやジェシカさんも兄様に気があります。その他もろもろ、何人くらいの女性が兄様に気があって、誰がどういう関係で兄様がどのくらい好意を抱いてそうだとか、知りたくない?」

 にこやかに言う沙夜香。

「ほう。それは絶対に必要な情報ですね」

 綾香の瞳に……。

 剣呑な光が宿っていた。

「まとめましょう」

「まとめましょう」

 双子は、うなずき合った。


続きは次週投下します。

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