事件発生1
他プレイヤー視点です。
5月3日午前7時。
VRMMOゲーム「ロストスピーシーオンライン」正式版サービス開始。
そして、初期プレイヤー全員がログアウト不能になるという事件が発生する。
オープニング(普通の村の場合)
広場に30人ほどの人間がいる。
広場には風もなく、それどころか、物音ひとつすらない。
30人の人間も、凍り付いたかのように、動きを止めている。
少し離れた場所には木造の小さな家がいくつか。
そして石造りのやや大きな家がいくつかある。
気が付くと、広場中央に、白ローブに白い翼、黒ローブに黒い翼の2人組が立っている、いや、浮かんでいる。
外見から想像できるのは『天使と悪魔』である。
『悪魔』が口を開いた。
「『ゲーム』へようこそ。」
「このゲームが販売されていた時のタイトルはいまさら意味もないので忘れてもらって構わない。」
「現在この広場に限りフィールドの時間を止める設定を行っている。
最低限の説明が終わるまでは安全であると言っておこう。」
「ああ、君たちの動きも今は止めさせてもらっているが、途中で解放しよう。
そして、早く広場を出た場合でも、同じだけの情報は保証しよう。
早く広場から出れば、有利になるかもしれないな。不利になるかもしれないが。」
「さて。
・・・君たちは最近の『ゲーム』には緊張感というものがない、と思わないか?」
「怪物たちが蠢く迷宮の中、中断記録して次回その続きから。」
「魔物に命を奪われ、何事もなかったかのように復活。」
「それがいなくなっては話が進まない『主人公』ならばご都合主義な復活があってもいいのかもしれんが、皆がそんな状態ならば『危機』という状態になること自体がない。
つまり、皆が主人公ならば、冒険の物語は始まらないのだ。」
「君たちにこのゲームで演じてもらうのは冒険物語の主人公ではない。
『君たち自身』だ。」
「世界を救うために冒険してもいいし、自分の欲望のため世界を滅ぼしてもいい。
世界を股に掛ける大商人になってもいいし、小料理屋の店主におさまってもいい。」
「『リアル』から解き放たれて、本当の『ゲーム』の世界で新たな人生を送ってくれたまえ。」
「では、よい冒険を。」
>停止状態が解除された。
「はいはーい。」
「堅苦しい話はここまで~。」
「ここからはワタシ、「つばい」が業務連絡するので、かるーく聞き流してくださいね~。」
「だいたいの人はさっきの説明で気づいてると思いますが、みなさんのシステム画面からのログアウトボタンは無効になっています~。」
「でも、脱出不能っていうわけではないのでご心配なく~。
世界のどこかにある、中央都市。
中央にあるわけではないんですけど?
そこには迷宮がありまして~。」
「その迷宮の一番奥にいるボスを倒すとですね、ログアウトが可能になるようになってます~。」
「リアルの予定がある人もご心配なく。」
「ゲーム開始後は、この世界はリアル世界の100倍の速度で進むように精神加速処置がなされていますので~。」
「この世界で100日過ごしてもリアルの世界では1日しか過ぎていないのですね~。
驚きの技術でしょ~。褒めてもいいんですよ~。」
「あ、言い忘れるところでした。
この世界で死んだ場合、向こうの世界でも秘密の技術で死亡することになりますのでお気をつけて。」
「そして、クリアしてない状態でヘルメットを強引に外すと、やっぱり死んじゃいます~。
そんな方法で戻れるなら『ゲーム』の緊張感がなくなっちゃいますからね~♪」
「今ログインしてるプレイヤー人数は、ヒントになっちゃいますから正確なところは言えないんですけど、だいたいでいうと10万人です~。
そして、そーいった外部からの干渉が原因で死亡したのは、今のところ350人ほどです~。」
「テレビとかに割り込んで注意は呼びかけてるので、これから少しづつペースは落ちていくと思います~。」
「聞くのが面倒だった人のために、3行でまとめちゃいますね~。
攻略のヒントになるかもしれません~。」
『このヒントは、全員共通のものです~。』
『誰かが中央都市の迷宮をクリアするまでゲームからは出られません~。』
『この世界の100日が、リアル世界の1日に相当します~。』
『この世界で死亡すると、リアルで死亡します~。』
『リアルでヘルメットを強引に外されると、やっぱりリアルで死んじゃいます~。』
『システム画面から呼び出せる掲示板は便利です~。』
『あなたが演じるのはあなた自身です~。』
『あなたが今いるのはかなりの田舎です~。』
『ベータテストから引継ぎしたプレイヤーさんは、能力値は1レベルの状態に戻っています~。
持ち物やクエスト進行度などもほぼ初期化されています~。
ただし消えた物の価値に応じて初期所持金が少しだけ増えてます~。』
『武器や防具は装備しないとなんにもなりません~。』
『天使と悪魔は種族として存在はしますが、私たちとは特に関係ないのでいじめないであげてくださいね~。』
『中央都市の人口はだいたい10万人から50万人の間です~。』
「ではでは~。ぐっどらっく~。」
天使と悪魔は姿を消した。
そして、時は動き出す。
だが、プレイヤーの半数ほどは、しばらくの間、凍り付いたかのように、動きを止めたままである。
なにかを呟いたり、その場に崩れ落ちる者もいる・・・。