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こうしょうと、ひみつのほん。

 司祭のローブに似た服装の女性が立っていた。


 だが、司祭ならば必ず目につくところに着けているはずの聖印はどこにも見当たらない。


 『聖職者に近い服装だが、自分の宗教、宗派を示すものは身に着けていない』……。


 女性が微笑み、話し出した。


 「はじめてお目にかかります。今日出会えたことを最も尊き神に感謝いたします。

 あの日、同胞の一人が譲っていただいた神聖なる小麦のおかげで、かつてないほどすばらしい供犠の儀式をおこなうことができたと伝え聞いております。

 あなたの積み上げた功績は、必ずや遠きところの主へと伝わっていますわ。

 これからも弛むことなく功績を積めば、きっと神の声を聴くこともできるほどになることでしょう。

 ああ、本当に素晴らしいことです。

 あなたも今日の出会いが素晴らしいものだとは思いませんか?」


 「み?はじめまして。

 わたしにとって現時点では珍しいものではあるかもしれないけど、すばらしいものではないね。

 儀式には使いやすいかもしれないけど、神聖というわけじゃないし、普通の小麦粉。」


 「珍しいことが起きるべきところで起きる、それを奇跡と呼ぶのですよ。

 神聖な儀式に使うことができる小麦粉なら、それは神聖な小麦粉と呼ぶべきで、それも特別なものなのです。

 だから、今日この日、私とあなたが出会えたことも珍しいことであり、小さな奇跡なのです。

 ですからこの幸運を喜び、ともに祝うための準備をしましょう。」


 「み?

 奇跡の起きる確率の計算式、みたいな考え方かな。

 でも、その考え方は、起きるべきことか、珍しいことかの考え方によって結果が違ってくる。

 個人差があるものだから、その結果をどういう意味かとか決めることにあまり意味はないんじゃないかな。

 前提条件をいじればいろんなけつろん言えるから、都合のいいように設定できて便利な言葉だけど。

 ふつーのカギがかかった扉を一枚開けるだけで奇跡とは呼ばないんじゃないかな、ってわたしは思う。

 特別な目的に普通のものを使えばそれは特別なものである、という考えは少し納得した。証拠品おーしゅー、とかそういう感じのこともあるし、使った目的によっては特別なものになるのかも。」


 「あら、鍵がかかっていたのですね。

 鍵がかかった扉が、もしわたくしがノックした時にだれも開けていないのに開いたのならば、それは今会うべきものたちを導く神の手が差しのべられたということに違いありません。

 同じ神を信じる盟友同士に鍵など不要なものなのですから。」


 「むー。

 鍵が開くことに意味があるなら、鍵をかけることにも意味がある。

 利害が一致している盟友だけしか開けようとしない扉なら鍵をかける必要はないのかもしれないけど、確実に見分ける方法があるのかも知らないし、眠りながら見分けるのはもっと無理。

 ねむいときにある程度安全に寝るために扉を閉めたのに、それを勝手に開けるのが神の手だったら、神の手も届かないように鍵を閉める必要があるかもしれないね。不可能だけど。

 正しい鍵で開くという機能を維持するためには、正しい鍵で開くという欠点を持たなくてはならない。

 だから、鍵で開ける扉は、部外者に開けられることもある。それはしかたがないこと、だけど鍵をかけない理由にはならない。」


 「神の手も届かないように、と言うのですか。

 神のすることを否定するのですか?

 今まさに奇跡を体感したところではありませんか?

 我々には同じ神を信じる同胞を手にかけるものなど一人たりともいませんよ。」


 「寝てるときに近寄られたら、目が覚めてしまうこともある。敵か味方かとか関係なく。

 巣作りと睡眠と食事をじゃまされたら、どんなに弱いいきものでも、ふつーは怒る。

 相手が強いものだから怖くて黙るってことはあるかもしれないし、仲間だからがまんするかって思うこともあるかもしれないけどね。

 例外がないことを信じる理由もないし、もし例外がいた場合の対策を他人に任せるつもりもない。

 ここまでの会話で違和感あるから聞くね。

 『神とはどんな存在であるかとあえて問う』と聞いたらなんと答える?」


 「『神とは光であり闇でもある、見えるものであり見えないものであり、言葉でかたりきれないものでありかたらなければならないものでもありかたってはいけないものでもある』と答えます。」


 「にゃー。わたしも同じ質問に答えてみるね。

 『神とは光が当たらぬものであり、ゆえに見えないものであるが、祈り試すことができるものである。』と答える。

 ねむいからそろそろ本題に移るか帰るかしてほしい。」


 ・・・・・・


 「らー。そんなかんじでいいんじゃないかな。

 小麦粉と本、交換ね。闇と礎の神の教典は入手が難しいだろうなー、って思ってたからうれしい。」


 「こんなにたくさん神聖な小麦粉を寄進いただけるとは、ありがたいことです。

 この功績は儀式とともに神のもとに必ずや伝わることでしょう。」


 「み?

 べつに伝えなくていい、かな。

 必要ならじぶんで儀式とか考えて準備する。ひとりではたぶん儀式はできないと思うけど。

 あと、さっきも言ったことだけど、その小麦粉は近い品種ではあるけど完全に同じものではないから、ある程度は性質に差があるかもしれない、っていうことはもう一度確認しておくよ。」


 「それでしたら、もし儀式をおこなうのに手が足りないことがありましたらひと声かけていただければ同胞たちに号令をかけて集めることができます。

 性質が違うかもしれないという点は儀式の責任者に必ず伝えます。」


 「にゃー。足りないときには、たのむかも。

 それじゃ、そろそろ寝るから、今日はさよなら、だね。」


 「はい、いつでもお待ちしております。

 今日は突然失礼いたしました。それではまた機会があることを祈っております。」


 「らー。」


 深く頭を下げ、小麦粉の大袋を抱えて帰っていった…。


 「にゃー。やっとおわった。

 やっぱり普通の鍵だと『小精霊のノック(トリックノック)』が相手では間に合わない。相性悪い。」


 「終わったってことは、もうしゃべって良いってことだよね。

 いろいろよくわかんなかったんだけど、あれが危ない人だったってこと?」


 「仲良く話をしているようには見えたけど、商人同士の交渉みたいな真剣さも感じるような気がしたわね。

 『闇と礎の神』というのもはじめて聞いたわ。以前白ちゃんが言っていた七柱の神にも入ってはいなかったわね。」


 「むー。ふつうの宗教関係者よりすこし危ない、けど『狂信と束縛の神』または『正義と契約の神』の宗派よりは少し安全、っていうくらいかな。

 ほかの神の信仰と勘違いさせるような会話のしかたをする、ある程度利益を得るまでは名乗らない、などが特徴。嘘はついてないけどほんとのことを言ってるわけでもないって感じ?

 『小精霊のノック(トリックノック)』は中からなら鍵なしで開けられるタイプの鍵を、『中からあけてもらう』ための叩き方。

 住人が開けなければ精霊とか迷霊とかが開ける。叩いた人からすれば『開けてもらった』ことになるから犯罪にはならないことになってる。

 そういう技だということは言われずに宗派の特徴的なノックのしかた、って感じに教えられてたんだろうね。

 ここは図書館の施設の一部という見かたもできるけど迷宮の一部という見かたもできるから、外からあけても犯罪ではないんだけどね。

 あと、『闇と礎の神』の信仰を説明する教典がえっちな本になってるから迫害されてるらしい。だから地下信仰になってる。」


 「エッチな本の教典?…なんで?」


 「たぶん、隠しやすいから?

 開けてみるとこんなかんじ。」


 「うわぁ、これは…はじめて見たけど、こんな感じなんだ、なんかすごいねー。

 読んでみたかったの?」


 「らー。わたしは本ならとりあえずなんでも読むから、めずらしい本ならちょっと読んでみたい、っていうくらいかな。

 図書館にこういう本は置いてないし、手持ちにもなかったからちょーどよかった。」


 「ああ、そっか。どの本が好きとか嫌いとかじゃなくても普通に読むから、エロ本でも平気なのか。

 でも、なんかこう、白ちゃんに読ませるのは間違ってるような気もするんだけど。」


 「私たちより年上かもしれない、とは言っても見た目がこの通りだから、そう思っちゃうわね。」


 「わたしが格闘技の本とか読んでも意味ないのと同じで、たぶん意味ない。

 でも、役に立つかどうかで読むか決めてるわけではないから、たぶん問題はない、と思う。」


 「うーん、まあ問題はないのかもしれないから読むなとは言わないけど、読み終わったら誰かに見られない場所に片付けるようにね。

 あんまりよく思われることもないだろうから。」


 「らー。わかったー。

 さっきのひとも、たいへんなんだね。」


 「うん、まあ教科書とか参考書とかみたいに『読まなくちゃいけないもの』がエロ本だったら大変だな、って思うし。

 教典だったらほかの人に勧めなくちゃいけなかったりもするわけだから……」


 「大変でしょうね。」


 (ぱらぱら)

 「にゃー。意外に、面白いかも。

 教義を隠して伝えようとする、っていう考え方は難しいけど面白い。」


 「なんか、やっぱりものすごい違和感、っていうかダメな感じがするなー。」


 「信者の子供への教育は難しいでしょうね…。

 誰かに見られたら通報されること間違いなしでしょうから。

 迫害を受けているというなら、自業自得よね、間違いなく。」

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