魔法学校4
召喚魔法陣から一歩踏み出すと、遠くから見ていた学生たちが歓声を上げた。
召喚対象が無傷で召喚魔法陣から出るということは、召喚後の契約に成功したか、召喚対象が魔法陣に仕掛けられた無数の罠をすべて解除した、もしくは罠などものともしないほど強い存在か、である。
「すげえ!契約成功してる!」
「さすが青薔薇さんね」
「雰囲気は成功してなさそうだったのに、どうやったんだろうね」
「優れた術者は感情を顔に出さないって言われてるのよ。私は詳しいんだから」
・・・・
「にゃー。まほーじんのなかもいいけど、やっぱりそとのほーが広くていいね」
「本当に魔法陣から無傷で出ることができるんですのね…」
「知能が低くて体力もないモンスターを倒す、あと、それ以外の存在に対してははったりでごまかす感じのまほーじんだった。
だから、出ると決めてしまえばわりとなんとかなるかんじ。そんなに複雑な攻撃が仕込まれてたわけじゃないから、簡単に解除できた」
「召喚対象に解析されてしまうとは思ってもみませんでした・・。
あ、ごあいさつが遅れましたね・・。
私は、ネクロマンサー志望の学生で、術者名を『腐った右腕』、仮名を『ジェーン』と言います・・
まだ半人前なので本名は名乗れませんのでその点はご容赦願います・・」
「さきほどの召喚の呪文でも名乗ったとは思いますが、わたくしはロッサ・ブラオローゼですわ。
ちなみに、名前を偽る趣味はありませんので本名ですわ」
「み?やっぱりあなたが『ロッサ・ブラオローゼ』だったんだ?
ロッサさんってよばれていたからそうかなとは思っていたけど。
ヌアザの直系、しかも長子直系かな。
だとしたら、この時代まで習慣が受け継がれていたんだね。少しびっくり。」
「あ、ええ。わたくしが『ロッサ・ブラオローゼ』で間違いありませんわ。
呪文で名乗っていたと思うのですけど。やっぱり間違っていたのでしょうか?」
「名乗っていたのかもしれないけど、わかりにくいかんじだったね。
あの時言ってたことをこっちの言葉に直すと
『寒い中私は彼を呼ぶ、すごくすごくすごく遠いところから彼はやってきた。
私は名前を呼ぶ』っていうかんじになる、かな。そのあとに名前を言ってたね。
だから、『彼』の名前がロッサブラオローゼだと思ってた。だから私の答えは『誰だそれ?』っていう答えになった。
わたしがロッサブラオローゼじゃないことは間違いないから、『ロッサブラオローゼ』をよぼうとしてしっぱいしたのかな、って思った。」
「逆だったんですのね…。」
「らー。逆だったね。」
「それに、いまは寒くはないですね・・。明日から夏ですし・・。」
「それはたぶん深魔族を呼んだ時の呪文を転用したからじゃないかな?
瘴気、つまり闇とか狂気とかの力が強いところに住んでいる存在からすると、にんげんがふつーに生活できるような環境は極寒の環境と同じ。
だから、そーいうのを呼ぶときには『寒いよね、私と契約するなら体の一部を貸してあげる、そーすれば寒さに耐えやすくなるよ』っていう感じの契約を結ぶわけだね。
その場合、体の一部を失ったりするから、身体的な能力がものすごく下がることが多いけど、そのぶん強力な存在に力を借りれるようになるかも。
そーいうのはこっちの環境に慣れてない存在だから、ここぞという場面でしか呼べないとは思うけどね。」
「なるほど、この環境が寒いという存在のための呪文だったんですのね。
ところで、ヌアザの直系という言葉の意味は、もしかして『銀腕のブラオローゼ』に関係するんですの?」
「むー。関係する。ヌアザが『銀腕のブラオローゼ』ともよばれてるひと。」
「できれば詳しくお話を聞きたい、のですけれど。
まずは来訪者さまの目的、行動予定を聞いてそれに協力したく思いますわ。
無礼な内容で召喚してしまったようですし、お詫びをさせていただきたいと思います。」
「み?
とりあえず、椅子かなんかさがしてきゅーけい?
もしくは、自分の巣に帰ってきゅーけい。」
「……!
失礼いたしました、立ちっぱなしにさせてしまっていますね。
学生食堂に召喚対象と一緒に食事ができる区域があるので、そこで休憩いたしましょう。」
「らー。そうしよう。」
「私もご一緒させてもらってもいいですか・・?」
・・・
「にゃー。このお茶とクッキー、おいしいね。」
「お口に合って良かった。
ほかにも注文いたしましょうか?」
「そんなにはたべれないとおもうから、これでじゅーぶん。
それで、ヌアザについて聞きたいんだったよね。」
「はい、お願いしたいです。
わたくしは『銀腕のブラオローゼ』の雲孫、つまり孫の孫の孫の孫に当たると言われています。
でも、偉大な英雄だったといわれるのですが、具体的な情報はあまり持っていません。
これからの目標にもなるかたのことですし、できれば詳しく知りたく思います。」
「むー。
わたしもあんまり詳しくはないけど、最低限は知ってる、かも。
ヌアザ・『アガートラーム』・ブラオローゼ。
冒険者としての通り名は隻腕のヌアザ。その名の通り、学生の頃事故で片腕を失っている。その後冒険者を志す。
吸血鬼系モンスターの上位種であるエルダーバンパイアが出現したとき、その眷属のレッサーバンパイアの群れをエルダー討伐までの二日二晩1人だけで足止めしたといわれている。
レッサーバンパイアとはいっても、エルダーバンパイアの能力で生み出されたものは通常のバンパイアが生み出したものと戦闘能力が全く異なり、知力以外の肉体的能力は通常のバンパイアを上回るともいわれる。それが数限りない群れで襲ってくるのである。
戦いの後「レッサーだったから楽なもんだった」と言ったという記録が残っているが、それは戦闘能力のことを言っているのではなく単に「相手が隠れないし逃げないから楽だった」という意味であると考えられる、が、時にはこの言葉により侮られることもあったという。レッサーバンパイア通常種の1匹とでも戦ったことがある者なら決してそんなことは言わないであろうが。
戦いの功績により、S級冒険者の資格を与えられるがその翌日腰痛を理由に引退。
その後、帝国より一代爵位を与えられるが3日で返上。
さらに『ブラオローゼ』の家名と騎士爵の称号を与えられるが、46日後、当時8歳になった娘の誕生日プレゼントとして爵位と領地を譲り引退。
最終的に、『アガートラーム』、つまり銀の腕という意味の儀礼称号を押し付けられるが、本人は決して『アガートラーム』を名乗ることはなかったという。
だがそれでも、『アガートラーム』はすなわちヌアザであり銀腕である。ゆえに、『他の者がアガートラームを名乗っても嘲笑されるだけであろう』と言われている。
ヌアザ・ブラオローゼの曽孫の代から、ブラオローゼの家名を名乗るのは長子の血統のみとなり、その後継者である長子には隻腕の意味を持つ名前を付ける慣習を始めたといわれている。
っていう話だね。本に載ってたのは。
ロッサは下位古代語で言うと片腕を失った、になるから、普通は両腕ある人に付けるのはおかしいけど、ヌアザの直系なら慣習で付けそう。最近は古代語の意味とかきにしないで名前つける人も多いみたいだから、これだけで確定するわけじゃないけど。
英雄の家系なら『ブラオローゼ』の青薔薇は『不可能を可能にする者たち』という意味になるけど、普通の家系なら『無謀なバカの集団』にしかならない。だから、家名がブラオローゼなら英雄の家系じゃないかな、って推定できる。
ということで、『ロッサ・ブラオローゼ』という名前なら、ヌアザの長子直系だとの推定が成り立つ。
ロッサかブラオローゼかどっちかなら偶然つける可能性もなくはないけど、両方偶然に付ける可能性は充分に低いと思う。
そんなわけで、名前を聞いてヌアザの直系かな、って思った。」
「さ、最低限知ってるかもしれない、って言ってましたわよね…?」
「この程度なら、普通に本を調べればわかる範囲の知識。
たまたま読んだことあったから、知ってた。それだけ。」