愛は地球を呪う
薄汚いアパートの一室に親のない兄妹は住んでいた。
兄は神埼彰。
今彼は正座して項垂れてまんじりともせず床に伏した妹の苦しげな顔に目をやっている。
妹は神埼一夏。
齢十四にして不治の病に冒された不運な娘はただひたすらに苦しげな呼吸を繰り返している。見る者のことごとくが『もう長くあるまい』と思ってしまうほどには衰弱しておりまるで生気が感じられずもう3日間も朦朧とした意識で過ごしている痩せた妹を見るたびに彰は悔しさと悲しさで歯ぎしりした。
彰は精一杯努力をした。寝ずに看病しあちこちの病院を回って医者を呼び薬を集めあらゆる情報を手に入れ病魔を駆逐せんとありったけの時間と金と命を燃やして戦った。しかしその結果といえばこのままでは遠からず妹は死んでしまうという事がわかっただけだった。どんな医者もその病気を治すことができず、どんな薬もその痛みすら和らげる事ができず、どんな情報も彼女の死を予告する事しかできなかった。
やるっきゃない。
だからやるっきゃないと思う。
一夏の病気を治す方法は地球上に存在しない。
であるならば地球外に行くしかない。
常識外で規格外で想定外で論外の奇跡を頼る。
彰は一夏の力ない手をぎゅっと握って、
「お前を絶対に助けるから待ってるんだぞ!」
「おにいちゃん……」
彰は涙を流した。先のない妹を一人残して行くのは我が身を引き裂かれるより辛い。一夏の目からもまた大粒の涙がこぼれた。その時ばかりは兄の静かなる決意の慟哭が彼女の意識を健康だったあの頃に呼び戻したのだ。今生の別れになるかもしれないという切ない思いが、そして今まで自分のために尽くしてくれた兄への純粋な想いが涙となって一夏の頬を濡らした。
二人の間に言葉はいらなかった。
ただ手を握っているだけで全て伝わった。
彰はすっくと立ち上がり、かねてより準備してあった秘境探検装備を身につけた。
アパートの玄関に立った彰は一度だけ振り返る。
締め切られたカーテンの薄暗い部屋の中央に置かれた布団から、ゆっくりと弱々しく手が伸びて――
グッ
音が出そうなほど見事に親指が立った。
死にかけの一夏が最後に示したのは病身の悲しみでも己が不幸への憎しみでもなく、兄の背中を押すサムズアップ。
彰は心に灯った炎に導かれるままに新幹線に飛び乗った。
目指すは本州最北端。
古の昔から脈々と受け継がれてきた巫女の血脈が秘術・口寄せで妹を救おうと考えたのである。
*
彰は山にいた。辺りは厳しい岩場で木の一本も生えておらず卵が腐ったような激烈な臭気――硫黄の臭いが漂い岩と岩の間から白い煙がもくもくと吹き上がる――まるで地獄のような光景だった。
この山のどこかに巫女の一族がいるはずなのだが、どこを歩いてもみつからない。彰は途方に暮れながらもとにかくその存在を信じて歩きまわる。そして遂に白い鉢巻に二本のロウソクを差した白装束の眉目秀麗な麗人をみつけた。あの姿は正しく追い求めていた巫女に違いない。
「そこの巫女さん! ちょっと力を貸してください!」
彰は駆け寄りながら叫びながら頭を下げた。
「うう……うう……」
下げた頭を上げて見ると、どうにも巫女の様子がおかしい。呻きながら白目を向いて上半身をゆらゆら揺らして時折激しく痙攣している。見てはいけない物を見たような気になった。
「おまえは……彰だな……」
巫女の口からは女性とは思われぬ野太い声が発せられた。何かのきっかけで巫女は憑依モードに突入してしまったらしい。
しかし彰はそんな事には頓着しない。妹を助けるためには悪魔に魂を売ってもいいとすら思って家を出たのだ。
「はい! 俺は彰です! 病気の妹を助ける方法を教えて下さい! お願いします! 何でもします! 俺の命が欲しければあげます!」
彰はとにかく必死だった。とにかく妹を助けない事には、自分は生きている価値がないとすら思っている。
「その心意気、気に入ったぞ……教えてやろう……お前の妹を苦しませているのは……病気ではない……呪いだ」
「な、なんですって! 呪い!? 一体どんな呪いなのですか!」
「それを知りたくば……京にゆけ……」
「京に……はっ、あなたは一体誰の霊なんですか! 何故妹の事を知ってるんですか!」
「京にゆくのだ……そなたの妹は……世界の運命を握っている……」
それだけ言い終えると、巫女は静かに目を閉じ、その瞬間に力が抜けたのか重力のままに岩肌に倒れそうになったところを彰が抱きとめた。
「はっ……わたしは、一体なにを……」
目を開けた巫女は驚いてように周りを見渡す。
「今、貴方は口寄せをして俺を助けてくれたんです! ありがとうございます! 本当に本当に、心から助かりました!」
「そうだったんですね……わたしとしたことが……何か強い気配を感じた途端、意識を失ってしまって……突然霊に憑依されてしまうなんてまだまだ修行が足りぬようです……でも、あなたの力になれてよかった」
巫女と彰はがっちり握手した。
「2万円になります」
「えっ」
「口寄せ、2万円です」
「は、はい……」
彰は財布から2万円だして巫女に渡した。巫女は白装束の懐にお金を大事そうにしまった。彰は巫女を抱き起こして、しゅんとなった。手がかりは掴んだけれど、京に行くお金がなくなってしまったのだ。もう一文無しだった。
「……どうしたのですか?」
巫女が心配そうに聞いていくる。彰は今までの経緯を包み隠さず話した。
「お金がもうありません! でも、俺は妹を助けるんです! 何があっても! 何を失っても妹だけは助けるんだ!」
巫女の眼が潤んでいる。
世にも悲しい話と、兄妹の愛に心打たれたのだ。
「あなたは、強いのね……妹さんの為に、全てを投げうって……わたし、あなたに協力できないかしら……?」
「はいっ!! お願いします!!」
彰はどこまでも素直に率直に遠慮会釈無く言葉を放った。巫女の心に爽やかな風が吹いたようであった。
「彰、わたしとあなたが出会ったのは、きっと何かの縁。わたしも共に京に行きます。路銀は口寄せで稼ぎましょう。これは未熟なわたしに与えられた試練なのです」
「助かります! さあ、行こう!」
彰と巫女はそれぞれの心の中で激しく燃え上がる炎を糧に新幹線に飛び乗った。
目指すは古の昔から悪鬼羅刹人外魔境を相手に一歩も譲らぬ死闘を演じてきた陰陽道の都・京都だ。
*
八つ橋を食べながら街を歩いていた彰は、しかし京のどこに行けってんだ、と思った。京に行けと言われてガキの使いのように来てはみたが、あの霊は特に詳細を教えてくれなかった。巫女は彰の隣でやっぱりおたべを食べてあちこち見渡している。京都が珍しいのだろう。どこへ行けばいいのか手がかりが欲しくて、口寄せを使ってくれるように頼んだが、この街には不思議な力が満ちていて霊が近寄らないらしい。
仕方なく碁盤の目に整備された道を歩いている時に、どこからともなく声が聞こえた。
「ふっふっふ! 待っていたぞ、彰!」
茶屋の椅子で団子を食っていた幼女が立ち上がった。どうやら彼女が言ったらしい。歳に似合わぬ口調が不思議と様になっている。頭に黒くて長い帽子を被っていて童水干を着たほっぺの赤い幼女は団子の串をそっと皿の上において腰に手をあてて偉そうにした。
「あら、可愛らしい女の子ね」
巫女が楽しそうにした。
「君が誰だかわからないけど、俺の妹を助けてくれるならなんでもする! おねがい! 俺の妹を助けて!」
「そう慌てるでない。わしについてくるがいい」
上機嫌な幼女が向かったのは町外れのあばら屋だった。
「ここがわしの家じゃ。まあ座れ」
彰と巫女は座布団の上に座った。テーブルを挟むようにして座った幼女がやっぱり偉そうな感じでふんぞり返っている。
「彰、そなたをここに呼んだのはわしじゃ!」
「そうだったんですか!」
「使い魔を飛ばし、そこの巫女に話をさせたのじゃ!」
「凄いですね!」
「使い魔……あなたは一体……何者なの……?」
巫女が不審そうに聞いた。
「わしは見ての通り名高い陰陽師の家系の末席を汚すものでな。わしの見立てじゃと、そなたの妹が死ぬと世界が滅ぶ」
「それ、前にも聞きました。一体、どういう事なんですか!」
「人の心には質量がある。人の想う心にはわずかながら世界を動かす力がある。ところがそなたの妹の思う心の強さは正に核爆弾レベルでな。今はそなたという希望があるから大丈夫じゃが、その全てが世界への憎悪へ変わった瞬間、あの世とこの世の接点が消え門が開き悪鬼羅刹がこの世界を蹂躙するという仕組じゃ」
「全然わかりません!」
「わからずともよい。巫女よ、そなたには感じられるであろう?」
「随分前から霊達が騒がしかった……彰の妹さんの病状に比例して、あの世がこの世に近づいていたのね……」
「わからない……わからないよ! 全然俺にはわからない! けど、絶対に、妹は殺させない! 必ず助けてみせる!」
「ふっふっふ! よくぞ申した! 彰、わしも共に行くぞ。世界の危機とあらば座しているわけにもゆくまい」
「でも、あなた子供じゃないの。お父さんとお母さんにちゃんと言ったの?」
「ば、馬鹿を申せ! これでもわしは御年152歳じゃ! 陰陽道を極めし人間は世の行く末を長く見守る義務があるんじゃ」
「ありがとう陰陽師! 俺は本当に、心から、君に出会えてよかった! 妹の事を知っていてくれてありがとう! 俺を助けてくれてありがとう! 世界を見捨てないでいてくれてありがとう!」
彰は幼女を力いっぱい抱きしめた。幼女の赤い頬がさらに赤みをまして、腕の中でもじもじした。
「さあ、教えてくれ! 妹の呪いをとくために、今度はどこへ行けばいいの?」
「ヨーロッパじゃ」
「えっ」
「ヨーロッパの魔女を訪ねるぞ。呪いと言えば魔女」
「……わかった! 陰陽師が言うなら間違いない! ヨーロッパに行こう!」
彰と巫女と陰陽師は世界の危機を救うために飛行機に飛び乗った。
目指すは悪魔と交わりその力を私利私欲のために行使する伝統的呪術師・魔女が跳梁跋扈する西洋の地だ。
*
三人は深い森の中を歩いている。巫女が抱えたバスケットの中にはパンとチーズとワインが入っていて、みんなで食べたり飲んだりしている。にしてもヨーロッパってちょっと範囲が広すぎるんじゃないかと彰は思った。飛行機でとにかく西洋の方に来たけれど、一体ここはどこなのかもわからない。街はとうの昔に過ぎ去ってしまったし、森はますます深く、暗くなっていく。巫女はパンを食べながら時々憑依されたりしている。陰陽師は呑気にりんごをかじって使い魔を飛ばして遊んでいた。
と、その時目の前に彰と同い年くらいの女子高生が現れた。セーラー服でショートカットでニーソックスだった。ただし瞳は透き通るブルーで、肌は雪よりも白い。
「おい、お前らなにもんだ? 日本人がこの魔法の森で何してる?」
「お願いします! 貴方が何者かはしりませんが、妹を助けたいんです! どうか力を貸してください! お願いします! そのためならば、なんでもします! 命だって惜しくはありません!」
「ふん、それならこっちに来い。取引なら歓迎だ」
「彰さん……すんなり魔女がみつかって……よかった……」
「しかし油断するなよ。あやつ目つきが異様じゃもん」
魔女が招いたのは森の中にひっそりと佇む小さな小屋。ドアを開けると部屋の真ん中で大釜が煮えたぎっている。
「それで、妹を助けたいとか言ってたな?」
魔女は揺り椅子に座って興味無さそうに聞いた。
彰は一生懸命今までの経緯を説明した。
「あはははあはは!! それは面白い。お前の妹が死ぬと世界が滅びるのか。そうなったら随分愉快だな。わたしはそれでもいいけれど。お前は妹を助けたいんだな?」
「そうです! 何でもします! お願いします! 妹を助けてください!」
「わかったよ。それなら取引をしよう。妹の呪いをきっと解いてあげるから、その時にはお前の命をもらう」
「……はい! 構いません! それで結構です!」
「……彰さん……!」
「彰、そなた、本当にそれでいいのか!」
「みんな、俺は何度もそう言ったよ。俺は妹の命が助かるならなんでもする。その言葉は嘘じゃない! 俺の命がなくなったって構うものか。絶対に、絶対に、絶対に妹を助けるんだ!」
「交渉は成立だ。お前の命はわたしのものだ」
彰は魔女を抱きしめた。
「ありがとうございます! 妹を助けてくれて、世界を救ってくれて、俺に力を貸してくれて! 本当に、心から、俺はあなたに感謝します! あなたがこの世にいてくれて、本当によかった! ありがとう! ありがとう!」
魔女は雪のような白い頬をりんごのように赤くして、そっと彰の体に腕を回した。
「それじゃあ、日本に戻りましょう! 一夏の元へ!」
「いや、まだだな。わたし一人の力では呪いを解く事ができないかもしれない。わたし魔法のプロだけど、呪いのプロも居たほうがいい」
「呪いのプロ? そんな人がいるんですか!」
「いるよ」
「どこに!」
「アフリカ」
もはや一刻の猶予もならぬと彰は駆け出し、三人の異能者はその後を追って飛行機に飛び乗った。
目指すは広大な大地に精霊と共に住まう呪い師が普通に生活を送っている呪いの国、アフリカだ。
*
四人でウガリを食べた。そしてアフリカって本当に呪術師とかヒーラーとか呪術医とかいるのかって半信半疑だったけど、
「お兄さん、ちょっと呪われてんじゃない?!」
居たみたいだ。
肌の黒い元気な女の子は小鳥の頭蓋骨のネックレスをしていて健康的で、彰の腕を引っ張ってある家へ押し込んだ。
「ほら、すっごい呪力を感じるよ? ねえ、結構呪われやすい方でしょ。わかるわかる、あなたの周りにも呪われてる人いそうだなー、連れてきたらあたしが治してあげるよーこれでも腕はいいほうなんだよーほら髑髏とかあるよ? 撫でる?」
「……彰さん……たじたじ……」
「なんだ、彰はああいう女が好きなのか?」
「あんな野蛮なののどこがいいんだって」
窓の外から三つの顔が覗いていた。
そこで彰ははっと気づいた。こうしてる場合じゃない。
「あなたに折り入ってお願いがあります! 俺の妹を助けてください! そのためには何でもします! 絶対に! 絶対に! なんとしても助けたいんです! お願いします!」
彰は今までの経緯を懇切丁寧に話した。
「なるほど。彰くんの妹がねーふむふむねーわかった行くよ! 困ってる人は助けてあげないとね! でも、人の命を脅かすほどの呪いなら、それなりの対価が必要になるんだ。例えばそう……君の魂とか」
「構いません! 俺の命は魔女に渡す予定ですから、魂はあなたが貰ってください!」
「うん。わかった。それなら彰くんの妹を助けられるはず! 絶対に助けるよ!」
「ありがとう! ありがとう! ありがとうございます! 俺を助けてくれて、妹を助けてくれて、世界を救ってくれて、そして俺に、俺たちに希望をくれて、本当にありがとう!」
彰は呪術医を抱きしめた。
呪術医は優しげに微笑んで彰を撫でた。
「みんな、入ってきてくれ!」
彰が言うと、巫女と陰陽師と魔女が入ってくる。
「これから向かう先を言うよ!」
一同はごくりと喉を鳴らした。
「これから向かうのは、一夏の待つ日本だ!!」
帰れるのだ、一夏の元へ。
そう思うと居てもたってもいられなくなった彰は飛ぶようにして飛行機に乗って飛んだ。
我が家へ。
*
彰と巫女と陰陽師と魔女と呪術医は彰の家に向かいながらおにぎりを食べている。アパートが見えてくると、彰は走りだした。玄関まで着くと鍵をがちゃがちゃ乱暴に開けて急いでドアを開く。
「一夏……! 帰ったよ……!」
カーテンが締め切られた薄暗い部屋の真ん中に置かれた布団に走り寄る。
一夏は静かに眠っていた。
眠るように眠っていた。
家を出た時の、あの荒々しい呼吸も、苦痛にゆがむ顔も無く、我慢しきれずに漏れてしまううめき声すらも奪われて、力なく、横たわっていた。
「一夏……? 一夏、帰ったんだよ……お兄ちゃんが……帰ってきたんだ……一夏……」
彰は布団を剥ぎとって脈を診た。
信じなかった。
彰はパジャマのボタンを引きちぎって心音を聞いた。
信じなかった。
彰は一夏の口元に頬をあてて呼吸を診た。
信じなかった。
何もかも信じなかった。
信じられるはずがなかった。
そこにあるのは一夏ではなく冷たくなった死体だった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「一夏のいない世界なんか、こんな世界なんか、俺はいらない!!!!!!!!!!!!」
その時アパートの床が抜けるような大地震が起きた。
カーテンの締め切られたアパートは夜のように暗くなった。あちこちから叫び声が聞こえた。
「な、なんということじゃ、わしの見立ては間違っておった……。世界を滅ぼすほどの『想いの力』を持っていたのは、彰だったのじゃ……!! このままではあの世の扉が開く!」
「呪いをかけたのは、彰くん自身だったんだね! 妹さんはただの病気だったけど、それをどうすることもできない彰くんは、自分で自分を呪ったんだ!」
「でもどうすんの? このまま世界が滅んでもあたしはいーけどさ」
「うう……ううう……」
巫女が白目を向いて呻きだした。
「おにい、ちゃん……」
「……っ、一夏!!!」
巫女は一夏の声で話しだす。
「きて、くれたんだね……わたしのために」
「ああ! 一夏、お兄ちゃんは帰ってきた! お前を治すために! お前はもう良くなるはずだったのに……!」
「ありがとう、おにいちゃん……ごめん、わたし死んじゃった。けど、待ってたんだよ、ずっと」
「ああ! ああ!」
「おにいちゃんは、もう……がんばらなくて、いいんだよ」
「一夏……」
「わたしのために、なにかしなくていいんだよ」
「…………」
「ずっと、ごめんって、おもってた。おにいちゃんは、わたしのために、全部、むだにしたから」
「そんなことない! 無駄なんかじゃない! お前がいたから俺はなんでもできた! お前がいたから俺は生きていられた!」
「おにいちゃん、ありがとう……おにいちゃんの妹で、……本当に、よかった……」
「一夏……いかないでくれ……お願いだ、ずっと、ずっと俺のそばにいてくれ……俺の妹でいてくれ……」
「おにいちゃん……さよなら……げんきでね……」
巫女はその途端体中の力が抜けたのか重力のままに床に倒れた。彰は頭を抱えてうずくまったまま世界の崩壊を望んだ。
「いかん! 亡者どもが押し寄せてくる。わしの結界でも防ぎきれん!」
「あーあ、しょうがないな。彰、取引したからな。お前の妹を蘇らせてやるよ」
魔女は呪文を唱えて、妹の死体にきらきら光る魔法の粉を振りかけた。
みるみる内に死体は生気を取り戻していく。
青白かった肌には赤みが差し、生命の鼓動が蘇り、息吹が戻った。
「さあ、お前の命はわたしのだからね」
「じゃあ、こんどはあたしが彰くんの呪いを解かなくっちゃ」
呪術医は蹲って泣きじゃくる彰を立たせ、思いっきりビンタした。
「 彰 く ん 、 し っ か り し ろ ! 」
彰はやっと自分を取り戻した。
しかし、その目にはやはり光がない。
呪術医は彰の顔をしっかり両手で掴んで、真正面から目をみつめる。
「いい? 彰くん。君の想いが世界を壊すなら、君の想いで世界を治す事だって出来るんだよ。だから、しっかりしろ、彰くん。これからもっと辛い事があるかもしれない。けどね、しっかりしろ、彰くん。君ができることをやるんだ。君ならなんだって出来る!」
呪術医は彰にキスをした。
地震が止まった。
部屋の中が、にわかに明るくなった。
「俺は……出来るのか? 一夏を救うことが……」
「お兄ちゃん、帰ってきたの?」
「一夏、お前……!」
布団の中から体を起こした一夏は、周りの状況に驚いて、それでもその目は兄から離れず、まだ体力の戻らない体の調子を確かめるように伸ばした手を、
グッ
音が鳴るように親指だけ立てて、彰に見せた。
彰は一夏を抱きしめた。
この世で最も大切な物を抱きしめた気がした。
一夏は彰を抱きしめた。
この世で最も大切な物を抱きしめた気がした。
「お兄ちゃん、わたしずっと、夢を見ていたみたい。怖い夢」
「ああ、でも、もう悪夢は終わったんだ」
「うん」
「これからは、ずっと一緒だ」
「うん」
「……よかった……」
「ああ、一時はどうなる事かと思ったが、万事解決じゃな」
「ていうか呪術医さあ、何キスしてんの? ばかじゃないの」
「てへへ……勢いでしちゃったんだよね。まあ彰くんの魂はあたしのだし、別にいいよね!」
「体はわたしのものなんだよ。勝手に触るな」
「魔女は命を貰ったんだよね? いつ命を奪うの? まさか今じゃないよね?」
「ああーそんな空気読めないことはしないって。まあ彰が死にそうになったら取りに来るかもな」
「あんた、意外といいやつだね」
「うるせえ。お前が言ってた魂って奴はどうするんだよ」
「いやあれもさあ、なんかかっこつけて言ってみただけなんだよねーあはは。魂ってもらってどうするの?」
「知るか」
「そなたら、無駄口を叩いている暇はなさそうじゃ……!」
「……どうしたんですか……?」
「『想いの力』が強いのは、何も彰だけではない、という事じゃ」
「はあ……? またどっかで呪い炸裂してるっての?」
「その通りじゃ! 今すぐ行こう! 世界が滅ぶ前に!」
「やったぁ! 楽しくなってきたねー! 彰くんは、どうする?」
彰は一夏の手を取って立った。
「一夏、みんなと行こう」
「うん。わたしになにが出来るかわからないけど、行くよ。お兄ちゃんと」
「俺は一夏と一緒なら、なんでも出来るんだ」
「うん!」
「話はついたな? それでは行くぞ!」
「……今度は、どこへ……?」
「世界中じゃ!」
目指すは世界のどこか。
自分の無力を呪う報われない連鎖を断ち切るために。
そして自分自身を救い続けるために。
頭が悪くてすみません……。