表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/50

出逢い

 朝から天気も良かった。仕事も順調にこなせた。昨日毛虫に刺されたところも完治した。


 それなのに……。

 不運っていうのは突然訪れるものなんだよな。いつも通り機嫌良く、飯でも食ってあの何にも無い部屋に戻ろうと思っていたら、遭遇しちゃったんだよな。


 大体、どうして嫌がっている女を無理に飲みに誘うんだ? 一緒に行ったところで絶対に楽しくないだろうし、その先の発展も見込めない。


 逆にそう言う店に行けば熱烈歓迎で対応してもらえるんだから、どうしてそっちを選ばないのかが不思議でならない。


 しかも、それをなるべく分かりやすく説明したというのに、今度はその店に行くための資金として俺の有り金全部よこせって、そりゃ理不尽な話だよ。金は自分でがんばって働いて作りなよ。


 ってか、何コンコンこついているんだよ……、ああ、段々腹が立ってきた……。お腹も空いているのに……。


「分かってんのかぁ!? テメェ!」

 男の一人が喚いた。

 ああ、うるさいなぁ……。年は二十代前半だろうな……。あまりにもアホ面で、年齢がわかんないけど。


「まあまあ、そんな熱くならないで、どっか行きなよ」

 俺は行ってみたが予想通り火に油を注いだみたいだった。


「いい加減にしろよ! ぶっ殺してやる!」


 まあ、物騒なこと。折角救ったはずの女の子もガタブルで今にも泣きそう……。どうしようかな……。


 そんなことを考えていると、三人組の一人が襟首を掴んできた。


 殴ってきたらちょっと反撃しようかな……。

あれ? 殴ってこない……ってか倒れた!?


 男はその場に垂直に崩れ落ちた。意味が分からん。自分でも知らないうちに、「呪い殺し」の術でも習得したのだろうか。崩れた男の背後には、消火器を持ったさっきのガクブル女。


「おいっ! 大丈夫か!?」

 三人のうちの一人が倒れた男の元に駆け寄った。もう一人の男は、駆け寄った男が倒れた男を介抱しているのをチラリと横目で見た後、ポケットからナイフを取り出した。


「何しやがんだ! テメェ! 許さねぇ!」

 イヤイヤイヤイヤ! それはおかしいでしょ? そもそもあんた等が嫌がっている女性に強引に迫って、それを咎められたら逆キレして今度は俺に金をせびる。それを拒否したら襟首掴んで凄んでたんじゃないの? 暴力での結論を提案してきたのはそもそもそっちでしょ?って話もきっと理解できないのだろうなぁ……。


 何とかならんもんか? この吸引力の落ちないバカだけはどうしようもないな……。


 ま、でもさ、刃物は危ないわな……。ってか、さっきのガタブル女は……。うわ、倒れている男の横で、もう一回消火器振り上げている……。介抱している男がしゃがんだまま必死で止めているけど……。


 ……ガンッ!!

 うわ、ひでえ……。今度は介抱男に直撃だ! 二人ともノビてる……。


 俺がチラリと見ると、ナイフ男は慌てて倒れた二人に駆け寄った。

 ……今だ!

 俺は通勤鞄を振り回し、ナイフ男の後頭部へアタック!その衝撃で、ナイフ男は前につんのめって二人倒れているところへ……。

 マンガでよく見る、やっつけられた奴が適当に積み上げられた布団みたいに折り重なっている感じね。


 倒れた衝撃で持っていたナイフは最初の襟首掴んだ男の足にプスッっと……。痛そう! 


……ヒギィ!!

 今までノビていたに、聞いたことがないような叫び声。まあ、そりゃそうだろうな……。


……キャァァァッ!

 ガタブル女は、悲鳴を上げてその場から退いた。その拍子に介抱男の上に乗っていた消火器が落ちて……、それが運の悪いことにナイフの上に……。


……イデェェッ!

 うん、わかるよ! 完全に今、『ザクッ』って感じだったもん。その後転がった消火器のせいで、ナイフ半回転して地面に落ちたし……。


 その叫び声で三人とも慌てて立ち上がり、逃げていった。

「覚えてろよ!」すら忘れて……。


 ガタブル女はその場に座り込んだ。大きなため息をつきながら。


「大丈夫?」

 一応声をかけた。ま、放っておくわけにも行かないし。

「……なくちゃ……」

「え?」

 蚊の鳴くような声で何か言ったがよく聞こえない。

「返しに……行かなくっちゃ……」

「何を?」

「……消火器……」

 ガタブル女は消火器を持ち上げて、フラフラと歩きだした。俺は、その場に落ちていたナイフを拾い上げ、ガタブル女の後を付いていった。


 女が消火器を戻したのは、さっきの現場から七~八メートル程度離れた小さな店の前だった。店の看板には「天満堂」との看板が。店の電気はまだ点いていた。営業中らしい……。

 ガタブル女が「ヨイショ」と消火器を店の玄関口に戻す。どうもこの店用のものらしい。

 中ではいろんな骨董品らしきものが並んでいる。どうやら質屋のようだ。中のカウンターから、さっきまでなにやら木彫りの人形を手に持って見ていた老人が、こちらに気付いたようで老眼鏡を少しズラしてこちらを見ている。


 俺の片手には例のナイフが。うまい具合に奴らの洋服で擦り取られたのか血は付いていない。今更に見てみると結構大きめのバタフライナイフだ。


 店主と思われる老人が、店の玄関までやってきた。

ガタブル女は消火器のお礼でも言うつもりだろうか。店の入り口ドアを開けた。


「なんじゃね? 何か売って下さるのかな?」

 老人は言った。

 俺は思わず持っていたナイフを差し出した。



「結構良い値段がつきましたね。でも、良かったのかしら、勝手に質に入れたりして」

 ガタブル女は言った。ま、この手の交渉は苦手ではない。少々時間はかかったが、結局二人で焼き肉行ってからショットバーに行って、シメにラーメン食って帰るのを二回程度できる金額になった。


「まさか、取りに来ることはないと思うから良いんじゃない? 迷惑料ってことで。あ、そうそう、下心無しでの話だけど、この金で何か旨いもの食べに行かない? 俺、晩飯まだなんだよな。めちゃくちゃ腹減っていてさぁ。何ならこの金、ここで折半しても良いけど……」

 俺は言った。


「そうですね。さっきの人たちがまだうろついていたら怖いですし……」


 いや、それは大丈夫だと思うぞ! 消火器で頭殴られて、足にナイフ刺された奴が、まだナンパしているとは考えにくいが……。


「あ、私、二件目に良い店知っているので、一件目はお任せします。小坂こさか 椎名しいなって言います。食べ物の好き嫌いはありません! さっきまでお腹ペコペコだけど、さっきのことからの動揺で、今はよくわからないです。あ、じゃ、ちょっと……」

 そう言って少し離れて携帯電話でどこかに連絡していた。

 

 じゃ、二件目に備えてあんまりお腹いっぱいにならない程度に軽くにしておくか。


「了解! じゃ、とりあえず居酒屋でも行くか」

 そう言って、目の前にあった居酒屋に二人で入った。


 椎名は大学生、生物学を勉強しているとか。詳しいことはわからないが、元々獣医志望だったのが、第一志望の大学に落ちて、今の大学に行ったとか。初めは渋々だったが、大学で勉強していく内にこっちが本来の自分の道だと気付いて今後大学院に進もうと思っているって話を熱く語ってくれた。


 自分の話をほとんどしない俺に対して、特に無理に質問もせずに、明るく話を盛り上げてくれる。しかも、声がとても落ち着いていることと、爽やかな透明感があるせいで、どんな話も吸い込むように耳に入ってくる。こういう子が飲み屋とかにいると、行くのが楽しくなるだろうなって思った。


 居酒屋で一時間半ほど過ごした後、店を出た。

次の店に着いたのは九時ちょっと前。

繁華街から少し離れた路地にある、立ち飲みの店だった。

若い女の子が行きつけにするような見た目ではなく、店の中は清潔には保たれているが、どう見ても近所のおっちゃん連中の集まり所と言った感じ。


 店にBGMが流れているわけでもなく、流れているのは店の奥上部に設置されたブラウン管の小さなテレビから流れるニュースの声。


 店を見渡してふと椎名を見ると、そこには椎名の姿は無かった。「トイレにでも行ったかな?」とカウンターのメニューを見ると、さっきまで聞いていた爽やかな声がした。


「いらっしゃい。ゆっくりしていって下さいね」

 そこにはエプロンをした椎名の姿があった。


 これがこの店と椎名と出会った日の話。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ