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サンマと紅葉おろし

「いらっしゃい!」

 椎名の明るい声に迎えられて入ってきたのは和久井さんだ。いつものようにベレー帽をちょいと上げて挨拶。

 椎名は、早速和久井さんの焼酎お湯割りを作り始めた。


「お久しぶりですね」

 大将は声をかけた。和久井さんはニッコリ笑ってから、テレビを見始めた。

「どうぞ」

 椎名が和久井さんの前に焼酎を置くともう一度ニッコリ笑った。


「海外に行かれていたそうですね」

 俺は聞いてみた。

「ああ、思ったより時間がかかりそうじゃ」

 和久井さんは焼酎を一口飲んだ。

「と言うことは、また?」

「ま、しばらくはちょくちょくじゃな。年を取ると飛行機は疲れるわい……」


「お疲れさまでした」

 そう言って大将はガラスの皿を和久井さんの前に出した。

「ほほう……。サンマの刺身か。好物じゃわい……」

 和久井さんは嬉しそうに言って、早速食べ始めた。


「良いサンマじゃな。最近のサンマは小振りで、こんなに身がとれんじゃろ?」

「あはは、和久井さんが来られるのを月野さんから聞いていたんでね。ちょっと奮発」

 大将は笑った。本当に一人一人の客を大切にする人だと感心。

「確かに最近、サンマとイカは小振りになった感じがしますね」

 椎名は思い出したように言った。


「あれ? 椎名は自炊で魚とか使うの?」

 俺は聞いた。

「えへへ。尾田さんに教えていただいたものを再現する練習です。たまにですけど」

「椎名にイカの下処理させたら俺より上手いよ……。あ、そうだ……」

 大将はそう言って、冷蔵庫からガラスの瓶を出してきた。


「そろそろいけると思うんだけど……」

 大将は瓶の蓋を開けて、中のものを小皿に移した。

「イカの塩辛をつくってみたんだけど……」

 そう言って、大将は俺と和久井さんの前に小皿を出した。早速一口。うん、美味い!

「美味いですね。ちょっとフルーティーな感じがするような……」

「ああ、ワインを少し入れてあるからね。椎名が裁いたイカのワタがあんまりきれいだったから、塩辛にしてみたんだ。ほら、椎名も食べてみな」

 そう言って、大将は椎名にも小皿を渡した。早速椎名も一口。

「あ、本当にフルーティーな香りがしますね。これは美味しいです……」


「椎名、お湯割りを作ってくれ。お前さんの分と二つじゃよ」

 和久井さんもかなり気に入った様子だ。

「やったぁ。頂きます!」

 椎名は大喜びだ。


「こんばんは~。 チャオ! 椎名。あ、和久井さん久しぶりです」

 入ってきたのは月野さん。和久井さんはベレー帽をちょいと上げて挨拶。

「久しぶりじゃな。光ちゃん」

「さっき、エディと電話で話していたんだけど、これからもちょくちょく向こうへいくことになったって……」

「そうみたいじゃな……」

 和久井さんは呟いた。

「『そうみたい』って他人事みたいに……。『技術顧問』になったんですよね?」

「年寄りは、することが無いからのう……」

 和久井さんはそう言って笑った。いや、することがないからって……。


「私にも、会社を手伝って欲しいって話をされたんだけど、今勤めている会社が嫌なわけでもないし、とりあえず今は無理って断ったのよ。でも、和久井さんがいるのならアメリカに行っちゃおうかな……」

「ほう、光ちゃんと同僚か。面白いのう……」


「月野さんも造船関係のお仕事なんですか?」

 俺は聞いた。

「いえ、全然違うわよ。言ってなかったっけ? 私コンピューターのプログラマーなんだけど……」

「私も初めて知りました。どんなプログラムを作るんですか?」

 椎名は水割りを月野さんの前に置きながら聞いた。興味津々だ。

「う~ん、乗り物のエンジン制御システムとかが殆どかな。勿論私一人で作るわけではないけど」

「それで車に詳しいんですね?」

 俺は聞いた。

「あ、それは逆かな。車好きは元々。お爺ちゃんの影響かな?」

 月野さんはそう言うと、和久井さんがニッコリ笑って頷いた。

「その技術を造船に応用するってこと?」

 大将が聞いた。

「まあ、そこのプログラム開発チームの一員としてってことみたい」

「ヘッドハンティングされたんですね?」

 椎名が嬉しそうに言った。

「そんな大したもんではないけどね……」

 そう言いながらも月野さんはまんざらでもないようだ……。

「で、どうするの?」

 大将が聞いた。月野さんは水割りを一口。

「さっきも言ったけど、今開発中のプログラムがあるから、それが済んでからね。その時まだエディの気が変わらなかったら、もう一度考えようかなって」

「なるほどね……」


「少なくても後数年はかかりそうだけど……」

 月野さんはグラスを見つめて言った。


「まあ、まだ数年くらいはくたばらんわい」

 和久井さんはニッコリ笑った。


「あら、和久井さん、美味しそうね、それ」

「サンマの刺身ですよ」

 椎名が言った。

「まだありますか?」

「ああ、ちゃんと……」

 大将は盛り付けた皿を月野さんの前に出した。


「大将、紅葉おろしあるかしら?」

 月野さんは言った。

「ああ、用意するよ。ポン酢を合わせるのかい?」

「ええ、お願いします」


「紅葉おろしですか? 確かに美味しそうですね」

 椎名が言った。

「うん、サンマと紅葉で思い切り『秋』を楽しもうかなって……」

 月野さんと椎名がこんなやり取りをしている間に、大将は紅葉おろしを作り、月野さんの前に置いた。早速月野さんが一口……。

「あ、美味しい!」

 月野さんは満面の笑みを浮かべている。見ているだけで美味しそうだ。


「今年の夏はいろいろあったなぁ……」

「どうしたんだい? 一体」

「この店と出会ったことが一番大きかったかも……」

「雨のひどい日でしたね。確か……」

 椎名が言った。

「うん、椎名がタオルを貸してくれて、和久井さんと再会して、その後原田さんたちと仲良くして頂いて……、エディと出会って……」

「どうしたんですか? 急に?」

 椎名は聞いた。隣の大将も少し心配そうだ。

「ううん、何でもないのよ。ただ、この店に来てからいきなりたくさんの出会いがあって、楽しかったなぁって思ったのよ。それまで、毎日仕事場と家の往復が多かったし……。寧ろ会社での人間関係が面倒で、必要以上に関わりを作ろうとしていなかったのよね。ところが、ここで出会う人は間違いなく良い人ばかりで、本当に楽しかったなぁって……」

 月野さんがそう言うと、店の雰囲気がちょっとしんみりした感じになった。


「毎度!」

 元気いっぱいで入ってきたのは原田さん。

「お! べっぴんさんじゃねぇか!」

 原田さんはそう言うと、一瞬店内を見回した。

「どうしたんだい? 何だかムードがしんみりしてねぇかい? 何か不幸でもあったのかい?」

 原田さんは言った。

「いえ、私がしんみりさせるようなことを言ったみたいで……」

「何だ? べっぴんさんに何か嫌なことでもあったのかい?」

「いえいえ、寧ろ逆で、このお店と出会えて良かったって話をしたんですよ……」


「そうかい! そりゃあ良かった。俺もべっぴんさんと出会えて良かったよ。間違いなくここにいる全員と横ちゃんもそう思っているはずさ。みんな正直者ばっかりだからな」

 あっけらかんとした表情で、一気に事態を収拾した。その瞬間、一気に店はいつもの雰囲気に戻った。さすがだな……。原田さん。


「椎名! ビールくれ!」

 慌ててビールを取りに行く椎名。

「で、べっぴんさん、何食ってんだ? 美味そうだな……」

 月野さんのサンマをのぞき込む原田さん。

「サンマの刺身ですよ。『秋』を感じるのに、紅葉おろしとポン酢で頂いているの」

「ほう! いいな! それ。大将! 俺にもくれ」

「はいよ」

 返事をした大将は冷蔵庫からサンマを取り出した。

「あ、俺も……」

 さっきから言うタイミングを逃しっぱなしで、ようやく言えた。

「はいよ! 二人分ね?」

 大将はニッコリ笑って頷く。


「そうかぁ。もう秋なんだな……。今日もエアコンの修理に行っていたから、まだまだ夏の気分だよ……」

 原田さんはそう言って、ビールグラスを傾けた。

「仕事によって、季節の感じ方は違うのかもね。俺なんて、仕入先行ったら秋物ばっかりだよ。栗とか松茸とか……」

「いいねぇ! 松茸! 大将の土瓶蒸しは絶品だもんな……」

「そうなんだ!? 私まだ食べたことがないな……」

「まあそう急がなくても、この店にはその季節毎に必ず美味いもんがあるから、その内出てくるよ」

 原田さんは笑った。


「そうね。これから順番に楽しみ尽くすことにするわ」

 月野さんは笑った。


「こんばんは~」

 入ってきたのは横田さんだ。

「たーくん、何食べているの? お! サンマかぁ……。でも俺飯を食ってきたんだよな……。たーくん、一切れだけくれよ」

 原田さんが返事をするまでもなく、原田さんの箸を取って、サンマを一切れパクリ。まあ、幼なじみっていうのは、こういう感じなんだなぁ……。


「あ、美味い! この味には……。椎名。日本酒をくれ。ひやで」

「は~い」

「横ちゃん、サンマに合う酒を選んだって、もう食わないんだから意味がないんじゃないのか?」

 原田さんは人差し指を立てて言った。

「あ、本当だな。でもいいや。また食べたくなったら、たーくんの貰うから」

「何だい? そりゃ。大将にちょっとだけ作って貰えばいいじゃないか」

「なるほど、その手があったな。でも、もういいんだ。本当にお腹一杯だから」

 横田さんはお腹をさすって原田さんに見せた。

「そんなに何食ってきたんだ?」

「何って……。いろいろだよ。ここんところ、ヤスヤスに行くと、湖仲君が『試作品を試してくれ』って、いろいろ持たされるんだよ。で、次に言ったときに絶対に感想を聞かれるから頑張って食べないと……。今日は丼物が二つだったから、もう……」

 湖仲も頑張っているみたいだな。

「目指すは『大将が頷く一品』を作って、ここに持ってくるって言ってたよ」

「ほう、それは楽しみだな……」

 大将は笑った。


 こうして今日も楽しい時間は過ぎていく……。

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