湖仲の悩み
「あ~あ、しばらく野球見に行けないな……」
ため息を付く原田さん。
「そろそろ始まりますよね?」
椎名が言った。
「今年は地元の高校もあんまり期待できないってさ」
横田さんが言った。
「仕方ねぇから車でもイジりたいところなんだが、俺のツーシーターは既にイジり尽くしているしな……」
原田さんが言った。
「最近、ボーリングは?」
俺は聞いた。
「ああ、日曜のモーニングボールには行っているよ。お陰さんで横ちゃんも俺もBランクまで上がったぜ。そう言えば、川向こうの体育大学の教授の爺ちゃんも毎週来ているな……。いい歳して無理矢理力任せに投げるもんだから、未だにEランク止まりだけどな」
原田さんは笑った。
「最近はたーくんも俺もモーニングにしか行かなくなっちゃったんだよ。ここでの記録以外はランクに関係なくってさぁ。別の練習の時に良いスコアが出たらなんだか二人とも口惜しくなっちゃって……」
横田さんが笑う。ボーリング場のイベント、集客の逆になっちゃっているよ……。
「結構平日も足繁く通っている人が多いけどな……。こっちはそれなりの年だし、ペース配分考えねぇと体壊しちゃうからな」
原田さんは言った。
「その割には一時スゴい練習量でしたよね? 私はいつになったら誘っていただけるのかしら……」
椎名が笑いながらぷう、と膨れた。
「あ、そうだ! ある程度格好が付くようになったら、一緒に行こうって言っていたな。モーニングで良ければいつでも一緒に行こうぜ」
原田さんは言った。
「たーくん、ダメだよ。モーニングって結構ガチの人多いし、楽しく遊ぶ雰囲気じゃないよ」
横田さんが言った。
「確かにそうだな……。じゃ、町内会のボーリング大会があるから、その時椎名を誘うことにするか……」
原田さんが言った。
「良いんですか? 私、町内会の人間じゃないのに」
椎名が聞いた。
「え? 全然問題ないよ。前だって町内会の抽選会の時手伝ってもらっているし、結構評判良いんだぜ。ジジババ軍団に『器量の良い椎名ちゃん』ってな。ま、ボーリング大会でも何らかの手伝いはさせられることは覚悟して置いてくれ」
原田さんは言った。
「トロフィー授与とかが椎名だったら、俺死ぬ程がんばるかもしれない……」
横田さんが言った。原田さんが横田さんに『ハイハイ』と適当に返事をして、横田さんの肩を叩いた。横田さんの椎名好きも全く吸引力が衰えないな……。
「こんばんは~」
入ってきたのは湖仲だ。真っ黒に日焼けして、また一段とたくましくなったように見える。
「おっ! 給料日かい?」
原田さんは言った。
「ええ、ここに来るのが月一の楽しみなんで……。ちょっと待ちきれなくって小走りで来てしまいました。あ、小坂、ジンリッキーもらえるかな? のど乾いちゃって……」
湖仲は笑顔で答えた。
「相変わらず頑張っているかい?」
大将は聞いた。
「ええ、この日焼け、勲章です。最近は取引先の営業に同行させてもらえるようになりました」
湖仲は嬉しそうに答えた。
「今度は人相手だから、気疲れすることも多いだろ? ご苦労さん」
横田さんはそう言って、グラスをちょいと持ち上げた。
「まあ……、そうですね。いろんな人がいるので、勉強にはなるのですが……」
湖仲の言葉が急に歯切れ悪くなった。
「なんかあったの?」
椎名がジンリッキーを湖仲の前に置きながら言った。
「いや、この仕事する前の自分が本当に恥ずかしくなることが多くって……」
湖仲は頭を掻きながら言った。
「何があったんだい?」
大将が俺に小皿を出しながら言った。中にはヒジキとミンチが混ざったものが山盛り入っている。それを湖仲が興味深そうに見ている。その視線に大将も気が付いたようだ。
「良かったら、食べるかい? ヒジキと鳥ミンチの炒め物だけど……」
大将が聞いた。
「ええ、頂きます。めちゃくちゃ美味そうな匂いがしています」
湖仲は言った。
「ヒジキは鉄分たっぷりだから、炎天下の外回りしているんだったら、丁度良いな! 『ヒジキ! 感激!』ってか?」
原田さんは言った。店は一瞬静まりかえったが、何事もなかったかのように大将が小皿に取り分け始めた。
「たーくん、今のは無理だ。多分大将でギリギリの年代だと思うよ」
横田さんが言った。
「何かの冗談だったのですか?」
椎名が真顔で聞いた。
「いや、もういい。これが『カルチャーショック』と言うものだな……」
原田さんは言った。
「たーくん、それを言うなら『ジェネレーションギャップ』だよ。いっつも間違えているよ!」
横田さんは言った。
「まあ、何でもわかりゃいいじゃねぇか! 横ちゃんはいちいち細かいんだよ!」
原田さんが反撃。
「細かいって何だよ! ちゃんと教えてやっただけじゃないか! たーくん自分の冗談が通じなかったからって、俺に八つ当たりするなんて酷いじゃないか!」
横田さんは訴える。まあ、いつものことなので周りは適当にスルー。湖仲だけが焦っている。
「わかったよ! 大将! 焼酎ロックだ。良い方のやつで二つ」
原田さんは言った。これが二人の仲直りの合図だ。悪かったと思った方が、ちょっと高い焼酎を奢って乾杯。大体原田さんが悪い場合が多いんだけど……。
「はいよ! 椎名!」
大将が椎名に合図を送る。椎名は頷いて原田さんと横田さんの前にロックグラスを二つ置いた。
「随分速いじゃないか?」
原田さんは驚いた様子だ。椎名は笑っている。
「だって、この店で何回目だと思っているんですか? さすがに私も学習しますよ……」
椎名が言った。
「まあな。横ちゃんとケンカしたって意味ないからな。どうせ仲直りするんだし」
原田さんは言った。
「そうだな。通算何千試合したことか……。じゃ、かんぱーい」
横田さんはそう言って、原田さんのグラスに自分のグラスをコツンと合わせた。
「ところで、何の話だっけ? あ、そうだ! そっちの兄ちゃんの悩みだったか? すまん! 話が迷子になってたな。で、どうした? 昔の自分がどうのこうのって……」
原田さんは言った。湖仲は急に自分に話が戻ってきて、慌ててヒジキの小皿をカウンターに置き、ジンリッキーを一口飲んだ。
「言葉使いとか口癖って恐いなあって思ったんですよ。その人の器とか性格とか話し相手に対する姿勢とか……、全部ばれちゃうんだなって」
湖仲は言った。
「どういうこと?」
俺は聞いた。
「こちらの提案とかに対して、必ず否定から入る人がいるんですね。結構沢山……」
湖仲は続けた。
「まあ、こちらは営業ですから、向こうは向こうで何でもかんでも受け入れる訳にも行かないだろうし、多少慎重に話を聞くのはわかるのですが……。何でもかんでも『いや、それは……』で会話をする人って、もう口癖になっているみたいで……、こちらとしては取り付く島がなくなるんですよね……」
湖仲は小さくため息をついた。
「いるなぁ……、そう言う人」
俺は言った。普通に何人かの顔が浮かんだ。俺も苦手なタイプだ。
「今日、そのタイプの人のところへ営業に行ったのですが、ことごとく否定され続けましてね……。ちょっと前までの自分もそういうタイプだったので、腹が立つやら恥ずかしいやらで……」
湖仲は頭を掻きながら言った。
「まあな、俺も営業って程ではないが、取引先と話することがあるけど、そう言う人は一回否定しないと気が済まないだけなんだと思うぜ。一度飲みに行くかなんかして、懐へ飛び込んじまうってのはどうだい?」
原田さんは言った。
「ええ、上司にもそう言われて、今日そのお誘いもしたんですよ。『いろいろ人生の先輩としてご意見を頂きたいので、食事でもご一緒しませんか?』って」
湖仲は言った。
「だめだったの?」
俺は聞いた。
「ええ、まず否定されました。『いや、私はそんな立派な人間ではないから、参考になることは話せないよ』って……」
湖仲はがっかりした様子で言った。
「あんまり言いたくないんだけどさぁ……。俺も取引先に似たような人がいるんだよな……」
話し始めたのは大将だった。大将は続けた。
「ネタばらしみたいになるんだけど、そういう人だとわかっているなら、言い方をこっちの求める結果に向けた話し方にするといいんだよ」
大将は言った。
「どうするんですか?」
少し考えて、椎名が言った。
「例えばだな。『人生の先輩としてご意見を頂きたいので食事をご一緒したいとは思っていますが、お忙しそうですし、時間なんてとれませんよね?』ってな具合に……」
大将は言った。
「なるほど、そしたら相手は否定から入るから、『そんなことはないよ……』って続いちゃうんだ……。大将、やるなぁ。これも今度試してみよう! 今日は良いこと聞いたな」
原田さんが笑った。一同なるほどと頷いている。さすが客商売のプロだと感心した。
「なるほど! 本当に勉強になります。でも、ちょっと罠にはめたみたいな気分になりますよね?」
湖仲は笑った。
「その分一生懸命相手の話すことを聞けば問題無いと思うよ。誰でも自分の意見や思いを真剣に聞いてもらえるってことは嬉しいことだから」
大将は言った。
「そうだな。だから俺もこの店に通うってところがあるものな……」
原田さんは言った。
「ここのバイトを募集したときに、結構沢山の応募があったんだよ。二・三十人はいたかな……」
大将は言った。
「スゴい倍率に勝ち残ったんだな。椎名」
俺は言った。椎名は少し照れている。
「俺はその中から、一番真剣に人の話を聞く子を採用しようと決めていたんだ。それから、次に物事を肯定的に捉え、肯定的で明るい発想をすることを重視したんだ。まあ、結果から言うと、椎名は図抜けていたけどね」
大将は椎名の頭をポンと撫ででそう言った。椎名は照れて赤くなっている。
「で、初出勤の時、『こんなに見た目が整った子だったんだ!』って驚いたんだよ。正直見た目は全然気にしていなかったから……。何だか更に得した気分になったよ」
大将は笑った。椎名は恐縮している。
「俺を叱ってくれたときも真剣だったよな……。あれは本当に心に響いたもんな。その後和久井さんに諭されて、考え方があの日を境に完全に変わったもんな……」
湖仲が言った。確かに最初に来たときとは別人だ。
「でも、私もここでお手伝いできてとてもラッキーだったと思っています。お客さんはみんな良い人だし、お料理も教えて頂いたり。後一年位かと思うと、ちょっと寂しいです」
椎名が言った。
「ああ、そうか。来年で大学院も卒業だな」
俺は言った。
「別に俺はずっといてもらってもいいんだけどね」
大将は笑った。
「まあ、そう言うわけにはいかないだろうよ。何のために大学院出たんだかわかんなくなっちまうわな……」
原田さんは言った。
「将来は、博物館での勤務を考えています。教授からもすすめられて、研究もお手伝いすることになりそうです」
椎名は言った。
「横ちゃん、今度は博物館に通うのかな? 差し入れ持って」
原田さんが言った。一同爆笑。
今日も和やかな時間は過ぎていく……。




