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諭しの芋焼酎

「こんにちは~」

 明るい声で入ってきたのは……、ゲゲ、湖仲? あの椎名の同級生の食えない奴だ。

「小坂、『俺の』ジンライム下さい」

 笑いながらそう言った。驚いたもので、前回会ったときとは別人のように明るい表情だ。

「あら、湖仲君じゃない」

 隣にいた月野さんが言った。

「あ、どうもっす。先日は失礼しました」

 そう言いながら、俺にもお辞儀した。おやおや、どうした変身だ? この前合ったときと別人だぞ。って言うか、大将は湖仲のことは知らないはず……。


「高校の時の同級生なんです」

 椎名が大将に言った。

湖仲こなか 健介けんすけです」

湖仲は大将にもう軽くお辞儀する。どう見ても行儀の良い青年だ。

「この前、大将がいないときに一度来たのよね? その後、どうなの?」

 この間のことは全く気にする様子もなく、明るく話しかける月野さん。この辺、大人だなって思う。

「へへ……、実は今日、初給料を貰ったんですよ」

 照れくさそうに言う湖仲。内ポケットから茶封筒をチラリと見せた。

「湖仲君、就職決まったの? よかったね! あ、それとこれ、特製ジンライム。正式名称ジンリッキーライム入りらしいよ」

 椎名が聞いた。

「あ、これはこれでちゃんとそう言う飲み物があったんだ……。何だって? ジン……?」

 湖仲は椎名に聞いた。

「『ジンリッキーライム入り』だよ。そんなことより就職!」

 椎名は笑いながら言った。

「うん、この間、芋焼酎をご馳走してくれた年輩の人に頂いたアドバイスが結構きっかけになってさ……。とにかく一刻も早く社会に出ようって思って……、もう、手当たり次第……」

 湖仲は頭を掻きながら言った。そして、ジンリッキーを一口。

「ああ、美味い! この日をどれだけ楽しみにしていたか……」

 湖仲は言った。

「何の仕事?」

 月野さんは聞いた。

「スーパーです。毎日裏でラッピングしているか、売場で陳列していますよ。新入りなので、基本肉体労働専門です」

 湖仲はひょいひょいと商品を陳列する仕草をしながらそう言った。

「どこのスーパー?」

 椎名は聞いた。

「駅からちょっと離れたところにある、『スーパーヤスヤス』です」

 湖仲は答えた。

「ああ~っ! 知ってる! やたら惣菜の種類が多いところでしょ? しかも激安の!」

 椎名が言った横で大将も月野さんも頷いているところを見ると、みんな知っているんだろう。何だ? そんなに安いなら今度俺も行こうかな……。

「あはは、確かに……。惣菜のレシピだけなら千以上あるって言ってましたよ」

「湖仲君、頑張っているんだね~。エラいね」

 月野さんは言った。

「いえいえ、普通ですよ。みんなそうやって働いていますから……。俺なんて今までがいい加減すぎたから、その分を取り戻さないと」

 すっかり一皮むけた感じだな。良かったな。和久井さんに感謝しろよ……若人。


「ところで、この間の年輩のお客さんは今日は……」

 湖仲は言った。

 『年輩のお客さん』はこの店には沢山いる。寧ろその殆どが『年輩』だ。特定できない大将が椎名の顔を見る。

「和久井さんですよ」

 椎名は大将に言った。

「ああ、あの人は神出鬼没だから、いつくるのかわからないよ」

 大将は言った。

「そう……。会えればいいな」

 湖仲はそう呟いた。


「そうそう、湖仲君って、椎名と高校の同級生だったよね? 椎名の高校生の時ってどんな感じだったの?」

 月野さんが聞いた。椎名は慌てて、湖仲の前で両手でバッテン出している。

「あはは、彼女は学校で一番の有名人でしたよ」

 湖仲は椎名のバッテンをもろともせず言った。


「もういいって! 湖仲君、ストップ!」

 椎名は真っ赤になって、湖仲を阻止しようとする。

「いいじゃない、悪い意味で有名人だったんじゃないんでしょ?」

 月野さんがそう言った。

「それは……、そうですけど……。恥ずかしいですよ。何年も前のこと」

 椎名は言った。


「椎名は美人で有名だったんだろ?」

 大将が言った。

「ええ、『ミスN高校』を三連覇していましたから」

 湖仲はそう言って笑った。

「あ~~~! ダメダメ! 恥ずかしいよぉ」

 椎名は必死。


「ごめん、小坂。でも俺、職場の上司に『板挟みになったときは、年長者の言うことをきけ』って言われているから……」

 湖仲は言った。

「じゃあ、私、ここでは誰にも適わないじゃない!」

 椎名はそう言って、怒っていたが、全く迫力がないので、みんなスルー。


「やっぱりなぁ……。椎名めちゃくちゃ可愛いもの……。女の私が嫉妬するくらい。 最初ここ来たときは、お人形さんがタオルを持ってきたかと思ったもの」

 月野さんが言った。いや、月野さんもかなりの美人だと思いますが……。


「月野さんも常連さんの間では評価高いけどな……」

 大将が言った。

「あら、嬉しい。見る目あるわね。若しくはお世辞の達人が揃っているのかしら」

 子どものような愛らしい笑顔で笑う月野さん。


「原田さんたちの呼び方がまず、『べっぴんさん』ですからね」

 俺は言った。

「そう言えば、エドワードもあれ以来、しょっちゅう『ヒカリハゲンキ?』って月野さんの話をしますね……」

 椎名が言った。

「あら、私モテモテ? それはそれは……」

 そう言って、あの愛くるしい笑顔を見せた。この笑顔、かなりの破壊力がある。


「いやいや、私の話はどうでもいいでしょ? 椎名の高校時代の話を聞きたいのに……」

 月野さんは手をヒラヒラさせながら言った。

「いえ、もうその話はさっき終わりましたから……」

 椎名は必死で話を終わらせようとしている。


「ねえねえ、湖仲君、椎名って彼氏とかいたの?」

 本当に嬉しそうに聞くな、この人。本人嫌がっているのに……。俺もちょっと興味あるけど。

「あ、無理だったと思います……」

 湖仲は言った。

「無理? こんなに可愛いのに?」

 月野さんが聞いた。俺もそう思った。

「もういいって!」

 まだ頑張る椎名。何だか気の毒になってきた……。

「いつも、でっかいのが三人くらい取り巻いていたし、物理的に近付けないって言うか……」

 湖仲は椎名に遠慮しながらも、答えた。

「取り巻き? SPみたいな感じ?」

 月野さんは聞いた。

「ええ、交代制で、主に格闘系の部活から主将クラス三人が毎日……。普通に親衛隊がありましたから……三百人以上の」

 湖仲は言った。椎名は顔を両手で隠している。横から見える耳は、真っ赤になっている。


「すっごいねぇ! そんなのマンガの世界だけだと思っていたけど、実在するんだ!」

 月野さんが叫んだ。その時、玄関のドアが開いた。


「おっす!」

 入ってきたのは原田さんと横田さん。

「椎名、ビールくれ。あ、それとこれ」

 横田さんはそう言って、何か入った紙袋を椎名に渡した。ここにもいるんだよな。親衛隊が。いや、横田さんは親衛隊長かな。

「あ、いつもありがとうございます。今日は何ですか?」

 椎名はビールの栓を抜きながらそう言った。


「開けてみな、大将良いだろ?」

 横田さんが言った。大将は笑って頷く。

 椎名が紙袋を開けると、中から、ひょいと何かを取り出した。

「これって……」

 椎名がしげしげと見ている。

「『トンボ玉』って言うんだ。髪飾りだよ。浴衣の日には、これで更にドレスアップな」

 そう言って、横田さんは嬉しそうに笑った。横から原田さんが横田さんのグラスにビールを注いだ。空になった瓶を振って、『もう一本』ってアピール。

「良いんですか? 高価なものじゃ……」

 椎名は恐縮している。確かに、綺麗なガラス細工が付いていて、安いものには見えない。薄いブルーのガラス細工が椎名のイメージにぴったりだ。


「それが、そうでもないんだよ。今日、散歩していたら後ろからガンガン音楽流している軽トラックから、『ヒャン!』って甲高いクラクションの音がしてさ」

 横田さんはちょっと呆れた感じで言った。椎名はビールの栓を抜いて、原田さんのグラスに注ぎながら聞いている。

「ちなみにホーンは『ラリーストラーダ』に交換してあるんだよ。普通の『プー』なんてホーン、俺の趣味じゃねぇからな」

 原田さんは得意げに言ってビールのグラスを傾けた。仕事の軽トラなのに、めちゃくちゃ改造しているな。さすが電機屋というべきか……。


「で、たーくんは配達途中だったんだけど、行き先聞いたら呉服屋だって言うから、便乗してさ。そこでそいつが目に付いたから」

 ちょっと横田さんは恥ずかしそうに言った。

「ありがとうございます! 必ず付けますね」

 椎名は満面の笑みで、そう言った。


 横田さんが椎名と話している間に、原田さんは月野さんに気が付いたようだ。

「あ、ぺっぴんさんも来てたのか。だったら俺も何か買ってくれば良かったな……」

 原田さんが悔しそうに言った。

「あ、ご心配なく。お会いする度に『べっぴんさん』と呼んで頂けるだけで十分です」

 月野さんはそう言って笑った。


「それより、高校時代の椎名ってすごいんですよ! 三百人の親衛隊があって、常に数人のSP役が側に付いていたらしいですよ!」

 思い出したように月野さんは言った。


「ああ、そうだろうな……」

 と横田さん。

「何事かと……」

 と原田さん。


「ええ~っ! 普通、もうちょっと驚きませんか!?」

 月野さんが憤慨している。椎名は真っ赤。


「だって、椎名だもんなぁ……横ちゃん」

「うん、当たり前と言うか……、ねぇ、たーくん」

 全くこの二人は動揺しない。


「ところで、そっちの兄ちゃんは、椎名の友達か?」

 原田さんは湖仲に言った。初対面でも全く遠慮のない原田さんに、湖仲は一瞬怯んだ。


「高校の時の同級生なんです」

 代わりに椎名が答えた。

「おお、そうか。? 良い面構えをしているな。毎日が楽しいんだろうな」

 原田さんは言った。

「ええ、お陰様で……。前にここに来たときに、勉強させていただいてからです。あ、小坂、この間の芋焼酎入れてくれる?」

 湖仲は言った。

 椎名は前回和久井さんが湖仲にご馳走した芋焼酎の瓶を棚から下ろして、お湯割りを作り始めた。それを見て、原田さんは言った。

「和久井の爺さんに何か言われたのか?」

 すごいな、一発で当てちゃったよ、この人。

「ええ、でもなぜ解ったのですか?」

 不思議そうな顔で湖仲は聞いた。お湯割りを渡す椎名も同じ表情。恐らく俺も同じだろう。何故解ったんだろう……。

「いや、大したことじゃないんだ。和久井さんは、人の相談に乗ったりはしないが、人の抱えている悩みに気付くのに長けた人でな。そういう人をほっとけない性分らしい。で、いつも諭すときには、その芋焼酎を振る舞うんだ」

 原田さんは言った。横田さんも頷いている。そうだったのか……。

「何でも、自分が若いとき、同じことをしてもらったことがあるらしくてさ。『水は上から下へ流れるもんだ』ってことらしい」

 大将は言った。

「じゃあ、僕もしっかり修行して、和久井さんを目指します!」

 湖仲は言った。

「良い心がけだな、兄ちゃん。でも、和久井さんの域までは結構遠いぞ!」

 原田さんが言った。原田さんも和久井さんには一目置いているんだな。

「ええ、目標は高い方が良いですから!」

 湖仲は元気良く答えた。

「何だか、その焼酎がやたら美味そうに見えてきたな。椎名、俺も一杯作ってくれ」

 原田さんは言った。

「あ、俺も」

 横田さんが言った。

「いいねぇ、私も!」

 月野さんが言った。

「どうする?」

 大将が俺に聞いた。俺は笑って言った。

「もちろん!」


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