フラワーアレンジメント
いつも立ち飲み処☆創を読んで頂きありがとうございます。
活動報告にも描かせていただきましたが、第15部分の「気位と誇りの違い」が、第14部分の「椎名の同級生」と同内容をアップしておりました。スミマセン。昨夜、再アップ完了しております。第14部分と第15部分で一話となっておりますので、併せてお楽しみ下さい。
「いらっしゃい!」
椎名の透き通った声。店には、いつもと違ってきれいな花が活けてある。
「綺麗ですね」
俺は大将に言った。
「椎名が持ってきてくれたんだよ。何でも大学で作ったとかで」
大将は言った。
「大学?」
俺は聞いた。
「実は、大学に『フラワーアレンジメント同好会』というのができて、その体験会に参加してきたんですよ」
椎名が続けた。
「結構面白いんですよ。元々植物は好きなこともあって」
確かに椎名と花の相性は良さそうだ。綺麗なもの同士ってことで。
「活け方を勉強するの? あ、ビールね」
注文がてら、俺は聞いた。
「ええ、今日初めてだったのですが、結構奥が深いですよ」
椎名はビールとグラスを持ってきた。グラスも冷蔵庫に入っていたので、キンキンに冷えている。
「確かに花束を作ってもらう時、花屋のセンスが出るって言うよな……」
俺は言った。
「今日は基本事項だけ教えてもらいました。話しましょうか?」
椎名は言いたくてムズムズしている感じだ。俺だって、椎名がそこまで話したいことであれば興味はある。
「是非ご教授頂きたいね」
俺は言った。椎名はコホンと咳払いして話し始めた。どうでも良いことだけど、咳払いって面白いよな。人に対する牽制にも使うし、話の区切りにも使う。単純に喉がいがらっぽい時が基本だけど……。話をしていて声が出にくい時はわかるけど、黙っていても咳払いする人って何きっかけ? って思っちゃうよな。俺も時々するけど……。あ、後、映画館で映画が始まる直前ってみんな『これで出し納め』みたいな感じでするよな……。
「花のタイプが四つあるんです。『ライン』、『マス』、『フォーム』、『フィラ』って」
椎名は言った。全部暗記しているのか? 凄いな……。
「それで、それぞれ役割が違うんですよ。例えばラインは名前通りアウトラインを決める為の花。グラジオラスとかりんどうとか。後、質感を出す花、メインになる花、隙間を埋めて全体を調和させる花って具合です」
「なるほど、それをどうやって組み合わせるかってこと?」
俺は聞いた。
「そうなんです。それぞれの花は、色とか形とかが違うので、組み合わせ方によって仕上がりの雰囲気が大きく変わってくるんですよ。それが楽しくって……」
椎名は嬉しそうだ。
「今日のやつは?」
店のカウンターに飾ってある花束を指さして言った。
「これは、一応私が作りましたけど、所々同好会の会長さんに手伝って頂きました……」
椎名は言った。
「まあ、最初から一人では無理だろうからな……。でもよくできていると思うよ。店に入った瞬間、一気に気持ちが明るくなったな」
俺は言った。
「ありがとうございます。褒められちゃった……」
椎名は素直に喜ぶ。こういうところが本当にいい子なんだと思う。
「でも、今回のフラワーアレンジメントで少し思ったことがあるんですよ」
「……?」
「そもそも、一つ一つの花は、独立して咲いているときにはそれぞれ主役ですよね。ところがフラワーアレンジメントってその主役を集めて役割を決めて、新しい価値を生み出すあたり、何だか企業みたいだなぁって」
「なるほどね……。言われてみたらそうかも。例えばこの店での椎名の存在って、主役じゃないけど、居場所が無いわけではなくって、その与えられたポジションでは、十分主役だったりするよな……」
俺は言った。
「あはは、この店に貢献出来ているのであれば、嬉しいです」
椎名の謙虚な返事。
「何言ってんだい! 椎名がいなきゃ、今じゃこの店成り立たないんだけど……」
大将が笑う。
「あはは、大将の料理なら大丈夫だと思うけど、椎名の貢献は確かに無視できないよ」
俺は言った。
「よかった。でも、そんなに褒めていただいても、何も出ませんよ」
椎名はそう言って笑った。
「生け花とは違うのかい?」
大将は椎名に聞いた。俺もちょっと気になっていたことだ。
「ええ、私も気になったので、最初に聞きました。すると、『床の間にあるのが生け花、結婚式でのブーケはフラワーアレンジメントって思っていてくれたら大丈夫』って言われました」
椎名は続けた。
「まあ、その後もうちょっと詳しく教えていただいたのですが、生け花は剣山をベースに季節の花の他に枝を使うのがポイントみたいです。その他いろいろ作法みたいなのがあって、日本古来の伝統の活け方らしいです。それに対して、フラワーアレンジメントはヨーロッパ発祥で、さっき私が話したようなものみたいです」
椎名は言った。
俺と大将は二人で『ふ~~ん』を連発。知らなかったなぁ……。
「それにしても、椎名が着物着て、お花を活けている姿は様になるだろうな……」
俺は呟いた。
「うん、俺も今それを想像していた。椎名、浴衣くらいは用意してやるから、それを着て店に立ってみないか? 常連さんは喜ぶと思うけどなぁ……」
大将は言った。
「見たい……ですか?」
椎名は俺を見てそう言った。
「そりゃあ、ね……」
俺は答えた。
「じゃあ、その日は私、『メイン』になっちゃおうかしら……」
椎名は笑いながら両手で髪をアップにした。おお! 色っぽい……。
「そうと決まったら、浴衣を買いに行かなくっちゃな。後、夏限定メニューも今から考えないといけないな……」
大将は楽しそうだ。
「あ、私、浴衣は一着持っていますよ。わざわざ買って頂かなくても……」
椎名は言った。
「うん、でもここでの作業で汚れたりしちゃいけないし、まあ、夏のボーナスってことで……。予算は一応決めさせてもらうから、その範囲なら椎名の好きなデザインのものをフルセットで選んでもらって良いよ」
大将は笑った。
「やったぁ! 実は今年の新作でちょっと気になっていたものがあるんですよ!」
椎名は大喜びだ。
「予算は幾らなんですか?」
椎名には聞きにくいだろうから、俺が聞いた。
「そうだな……。実は俺も相場を知らないから、五万円位かなと思ったりしていたけど……、足りないかな?」
大将は申し訳なさそうに言った。
「ええっ! とんでもない! そんなに頂けませんよ。浴衣なんてピンからキリまであって、フルセットでも五千円もかからないのもありますよ。ネットなんかだと試着は出来ませんけど、もっと安いのも……」
椎名は言った。実は俺も相場を知らなかったので、正直そんな値段で買えるんだと驚いた。
「そんな値段で本当に良いのか? じゃあ、いろんなデザインをいくつか買えるな……」
大将はニヤリと笑った。
「いえ、そんなに沢山いいですよ。申し訳ないですよ……」
椎名は恐縮している。
「椎名、それは違うぞ。常連に先に何着買ったかを宣伝しておけば、みんな全部のデザインを見たいだろうから連日……。夏限定メニューも手伝って……、グフフ……」
大将が悪い顔で笑っている。
「椎名、遠慮は要らないみたいだぞ」
俺は言った。
「そうみたいですね……」
椎名は一人でニヤニヤしている大将を見ながらそう言った。まあ、椎名に浴衣着せたら確実に店は繁盛するだろうしな……。多分、俺も来ちゃうかも……。
「でも……、困ったな……」
椎名が言った。
「どうした?」
大将が聞いた。
「私の好みだけで選んで良いのかしら……」
椎名らしい心配事だ。『好きなのを買って良い』って言われているんだから良いと思うけどな……。
「確かに、お客さんから見てって意見も重要だな……」
大将は俺を見て言った。気が付くと、椎名も俺を見ている……。
「わかったよ! 買い物行く日が決まったら、連絡してくれ」
俺は言った。すると、大将が奥からセカンドバッグを持ってきて、中から万札を数枚取り出して椎名に渡した。
「領収書もらっておいてね。『上様』で良いから」
大将は言った。椎名も素直に受け取って、棚の引き出しから茶封筒を取り出して中に入れた。
「二、三着でしたね?」
椎名は言った。そして、おもむろにスマホを取り出し、メールを打ち始めた。
間もなく俺の携帯が振動した。椎名からのメールだ。
『明日買い物に行く予定ですが、ご都合如何ですか?』
こうして、明日、椎名とのデートが急遽決定した。