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烏丸さん その2

 俺がビールを一口飲んでいる間に、烏丸さんはまた椎名に人差し指を立てた。椎名はカウンターに出してある焼酎の蓋を開け、ロックを作り始めた。

「はい、これ」

 大将が俺の前に小鉢を出した。漬物の盛り合わせだ。一緒に七味の筒も出してくれた。

「そう、これも中学の時に憧れたアイテムの一つなんです」

 烏丸さんが話し始めた。

「この竹筒に入った七味とか、ひょうたんの形をした容器とか個人的にグッとくるんです。あと、小さなフタ付きの樽みたいなのに入っていて、耳かきみたいな匙が付いているやつとか……。ちなみに三種類とも家で使っています。一味、七味、山椒……」

 段々烏丸さんの趣向が見えてきた。

「何となくわかってきたな……」

 先に言葉を発したのは俺ではなく大将だった。

「日頃は提供する側だから、あまり意識をしたことはなかったけど、『定番』と言われる廃れない形状の容器や食器はあるからなぁ……。一般家庭ではあまり見かけないけど……」

 大将は一人でウンウンと頷いている。

「例えば?」

 椎名が聞いた。

「そうだな、カレーのルウを入れる銀色のアラビアのランプみたいなやつとかかなぁ」

 大将は言った。

「そうそう、それも中学の時の憧れでした」

 烏丸さんは言った。

「でした?」

 俺は聞いた。

「ええ、実は私の通っていた中学校は年に一度地域の人たちから不要品を集めてのバザーが開催されるんですよ。まあ、こんな趣味の私にとっては宝の山に思えるんですけどね。その時に、五十円でゲットしました」

「安ッ!」

 大将が言った。

「まあ、バザーですから……」

 椎名がフォロー。

「で?」

 俺は聞いた。

「ああ、勿論急いで家に帰って、レトルトカレーを入れて……。そりゃもう、準備段階ではテンションはマックスでしたよ……。ところが……」

 少し表情に陰りを見せた烏丸さん、何だ? めちゃくちゃ興味が湧いてきたぞ……。

「その容器の箱には、ルウをご飯にかけるためのスプーンも付属していたんですね……」

「おお……、至れり尽くせりだな」

「で、そのスプーンでご飯に一回、二回とかけてカレーを食する。それから……、もう面倒で容器から直接ザァーって……。まどろっこしくってやってられませんよ。あれ」

 容器を垂直に傾けて一気にご飯にルウをかける仕草をしながら烏丸さんは吐き捨てるように言った。

「その日、初めて使ったの?」

 大将が聞いた。

「ええ、実際近所のレストランでも、あの容器使っているのは見たことありませんでしたから……」

 烏丸さんは答えた。

「俺も、あの容器でカレーが出てきたことは無いな……」


「あの容器って国産なんだよな? 確か」

 大将が言った。それは初耳、てっきりインドの特有の食器なんだと思っていたな……。

「ええ、あれは、『ソースポット』とか他にも呼び方はあるようですが、日本で一番最初にカレーを出したホテルが作らせた特注品ですよ。何でも、当時カレーは高価だったスパイスや牛肉を使っているので非常にコストの掛かる料理だったんですが、ご飯にかけちゃうと豪華に見えないからって理由で」

 さすが烏丸さん、ご存じの様です。

「と言うことは、ちょっと烏丸さんの好みからは外れだったんですね?」

 椎名が聞いた。

「いえ、全然外れじゃないですよ。業務用食器ってそう言うところが良いんです。例えば、コーヒーのフレッシュが入っている小さな鉄のカップとか……」

 烏丸さんが言い終わらない内に大将が叫んだ。

「あ~~~! あったあった! あれ、喫茶店で勝手に持って帰ってキーホルダーに付けている友達がいた! なるほど、その路線もありだな」

 思いの外、大将が食いつきだした。勿論俺もかなり食いついているが……。

「あれだって、自分の家でコーヒー飲むときにいちいちあの容器に移し変えたりしないでしょ?」

 烏丸さんは笑う。確かにそうだ。ただ、無性にほしくなる気持ちも分かる。

「それなら、俺はレモンスライスを絞る半円の……」

 言い終わらない内に……

「ありです! それは上級者ですよ! 一本取られました」

 烏丸さんから一本頂きました……。

「じゃあ、あれはどうだ? 小さいわさびおろし」

 大将が負けじと頑張る。

「大将も一本です!」

 どういうルールかわからないが、何だか店中が燃えてきた……。

「石焼きビビンバの器はダメですか?」

 椎名が参戦!

「良いですね! 一本!」

「ついでに、ステーキの時に使う木の台の上に鉄板がセットされているやつは?」

 椎名の連続攻撃……。

「続けて一本!」

 どうも椎名がリードしているようだ。かなりどうでも良いことだが、何となく負けるのはイヤだ……。

「エッグスタンドは?」

 と大将。

「有効!」

 烏丸さんの辛い判定。

「バナナツリー」

 俺のターン。

「効果!」

「じゃ、バナナケース!」

 俺の連続攻撃!

「これは業務食器ではないので、却下ですね……」

 あ、ダメですか……。

「カレーについている、ミニトング付きのらっきょうと福神漬けを入れるやつ!」

 三度目の正直! と俺の会心の一撃……のはず!

「文句なし! 一本!」

 よし! 少し読めてきた……。

「氷水を入れても全然露がつかない二重構造のピッチャーはどうだ?」

 大将の一撃!

「惜しい! 技あり!」

 烏丸さんの厳しい判定。大将には辛いのか?

 その時、ポンと手を打って椎名が言った。

「すっごく小さいすり鉢は? 小さいすりこぎ付きで!」

 椎名、見事な攻撃だな……。

「良いでしょう! 一本!」

「ざるそばの汁を入れる容器、蓋に薬味を乗せる機能付きは? カットしたうずら卵付きで!」

 俺の全力だ!

「技あり! 尚、うずら卵は審査対象にはなりません」

 そうきたか……。

「お好み焼き屋にある、かつお粉と青ノリが入っている鉄の容器は?」

 椎名の攻撃!

「ん~~~、有効!」

 珍しく椎名の失敗。その時、大将がニヤリと笑った。

「ルールがわかった! 次は一本とれるそ! 醤油を仕込める陶器の箸置きはどうだ?」

「お見事! 一本です!」

 お手上げの仕草を見せる烏丸さん。ここで一旦みんな落ち着いた……。

「ルールなんてあったんですか? 私、連想するものを順番に言っただけだったんですが……」

 椎名が言った。俺も何となくしかわからない。

「俺も技ありと有効の違いなんてさっぱり……」

 俺がそう言うと、椎名が話し始めた。

「高校のとき、授業で柔道やりましたから、技ありと有効の違いはわかりますよ」

「え? 知っているの? 教えて」

 俺は聞いた。

「まず、一本が四つの要素を満たしていないとダメなんですよ。『相手を制して』と『背中を床につけて』と『強さ』と『速さ』だったと思います」

 なるほど、一本取るのは大変そうだ……。

「それでこの要素の内、一つ足りなければ『技あり』で、2つ足りなければ『有効』だと思います」

 店の男三人は全員知らなかったようで、みんな感心していた。

「え? 烏丸さんもご存知無かったのですか?」

 椎名が聞いた。

「ええ、この体なのでよく間違われますが、一切……。さっきの判定も限りなく雰囲気だけで……」

「因みに『効果』ってのは?」

 俺は聞いた。

「『効果』は、速さと強さがある前提で、相手の肩かおしりか太ももが床につく状態です」

 ……そうだったんだ。知らなかったな。効果、有効、技ありの順番で一本に近いってくらいだったな、俺の知識。

 大将が話し始めた。

「じゃあ、さっきの一本は、四つの要素が満たされている状態ってことだよな? 『店舗でしかお目にかかれない』、『極めて使用用途が限られる』、『秀逸な機能性』……。で、最後一本取れるかどうかは、『家庭では役に立たない』じゃないかな……?」

 素晴らしい分析だな……。さすが大将! 本職だけあるな。椎名もしきりに頷いている。なるほど、ピッチャーとかエッグスタンドとかって、家庭でも使おうと思えば使えるものな……。エッグスタンドに関しては、秀逸な機能性かと聞かれたら、それほどでもないし……。

「いえ、私は完全に自分の感覚で判断していましたが、言われてみればその通りですね。完全に掌握されてしまいました……」

 そう言いながら、大将に敬礼をする烏丸さん。本当に楽しそうだ……。

「今は食器が殆どでしたけど、これが調理器具とかになると、まだまだ楽しいものがあるんですよ」

 烏丸さんが嬉しそうに言った。

「例えば?」

 俺は聞いた。

「ウズラカッターってご存じですか? 生のうずら卵の上部だけをスパッとカットできるハサミなんですよ」

「へぇぇ、確か尾田さんも時々作りますよね? うずら卵のカットしたもの……」

 椎名は大将に言った。

「ああ、俺は包丁で切るけどね」

 大将は答えた。

「包丁で卵の殻が切れるもんなんですか?」

 俺は聞いた。

「うん、ちょっとコツがいるけど、慣れたらできるよ」

 かっこいいな……

「ま、この話はまた次にお会いしたときにでもしましょう……」

 烏丸さんが言った。

「そうですね。次お会いしたときの楽しみが出来ました」

 俺は返す。

「その時は、カタログ持参で来ますから」

「そりゃあ楽しみだな!」

 大将が言った。


 こうしてこの店では夜更けまで笑い声が絶えることなく……。

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