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妹だから・兄だけど

作者: チラリズム

「ちょっと聞いてる美鈴みすず?」

「あ……ゴメン沙希さきなんの話だっけ?」

 六限目の終了を告げるチャイムが鳴り、今日の授業が終わりをむかえる。

 美鈴の机に片肘を付けながらムスッとした顔をする沙希。

「恋愛の話になると上の空だよね美鈴って」

「そんなことないわよ」

「そんなことある。なになに? 自分がモテるからこそ見せる余裕ってやつ?」

「モテる? 私が?」

 美鈴には自覚がないが、彼女はこの中学校では有名人である。

 勉強が出来て運動神経も抜群。スタイルもよく整った顔立ち、なにより美人。

 そんな彼女に関しての情報が飛び交い、わざわざ他校の生徒が男女問わず彼女を見に来る、まるでマンガのヒロインのような存在だ。

「さてと。これから私らカラオケ行くけど“モテ子”どうする?」

「私はやめとく。今日は兄貴が早めに帰ってくるし。あとモテ子はやめて」

「……ふ~ん。じゃ、また月曜日に学校でね」

 そう言って沙希は教室の扉を開けた。

「うん」

 沙希を見送った美鈴も自分のカバンを肩に掛けて教室を出る。

 階段を下り、靴を履き替え、学校を出て空を見上げる。

 天候はくもり。

「……今夜は雨かな?」

 美鈴の帰路はほとんど決まっている。

 彼女が通う学校がある駅から自宅までは二駅で、とりあえず最寄りの本屋に立ち寄る。買うものは特にない。

 電車に乗ると基本は座らずに扉にもたれ掛かり、いつもなら沈んでいく夕暮れを眺める。

 自宅がある駅に着き電車を降りると、必ずと言っていいほど改札付近にいる猫に話しかける。

 スーパーに寄り、半額シールが貼ってある弁当を購入。そして買い物袋を片手に帰り道にある自販機で一旦は立ち止まるも、結局ジュースは買わない。

 自宅の団地に着き、鍵を開けて中に入ると美鈴は小さくため息をつく。

「ただいま……」

 いつものように“誰も”いない。

 玄関の鍵を閉めた美鈴は買い物袋を台所に置いて風呂の用意をする。

 平日のこの時間帯はいつも一人。

 たまにある兄との外食は最近ご無沙汰。それが当たり前になっている今に美鈴は少し落ち込んだ。


 一方の兄である時哉ときやは現在仕事中。

 美鈴の2つ年上である時哉の1日は。

 朝から新聞配達。終わるとほぼ毎日のように商店街にある小さな中華飯店で皿洗いや調理。

 夕方から夜にかけて道路の交通整理。

 そう。彼は高校に進学していない。


 あれは時哉が11歳。美鈴が9歳の頃だった。

 二人の両親の離婚が成立し、時哉と美鈴は母親のもとに引き取られた。離婚の原因は母親に対しての父親の暴力である。

 しばらく三人は小さなアパートで暮らし、母親は二人の子供を養うために死に物狂いで働いた。

 しかしそれから三年後。母親は過労のため病にかかり、そのまま亡くなってしまう。

 もともと身体の弱い母親に多忙な労働は辛かったが、子供達の前では弱音を吐かず、苦しむ姿も見せなかった。

 なにより二人の笑顔が彼女の支えになっていた。

 二人だけになってしまった時哉と美鈴。

 母方の両親もすでに亡くなっており、親戚も知らない。

 兄である時哉は美鈴と話し合い、これからは二人で生きていくことを誓う。

 実際。母親の親戚は評判が非常に悪く、頼らなかったことは二人にとって正解だったのである。

 母親の貯金を切り詰めたおかげで時哉は無事に中学校を卒業。そして彼は母に代わり、美鈴のために働くことを決めたのだ。


『今日こそは……』

 お風呂に浸かりながら美鈴は頬をパンパンと叩き“決意”を固める。

 お風呂から上がり、火照る体のままドライヤーで髪を乾かす。

 パジャマ姿の美鈴は台所に向かい、買ってきたお弁当を温めてテレビを見ながら食事を済ました。

 二人の住む団地は以前住んでいたアパートよりも部屋数も多くて広く、にも関わらず家賃などは安い。二人で生活するには十分で美鈴の部屋もちゃんとある。

 それに前のアパートだと母との思い入れもあり、思い出すと悲しくなるため長くは住み辛かった。

『兄貴そろそろ帰ってくるかな?

 明日の朝プリン食べたくなった……携帯にメールして買ってきてもらおうかな?』

 自分の部屋で勉強をしながら美鈴はそう思ったが、しばらく考えてから頼むのをやめる。


 ――ガチャ。


 時刻は22時。

 兄の時哉の帰宅に反応して玄関へ向かう美鈴。

 これでも今回は早く帰って来れたほうである。

「おかえりバカ兄貴」

 美鈴の顔をみて靴を脱ぎながら時哉は言う。

「ただいま。バカが余計な妹」

 その手にあるコンビニの袋の中にはプリンが入っていた。

「――あっ」

「コレ……お前が食べたいだろうと思って買ってきた。食うだろ?」

「あ、ありがとう。明日の朝に食べたいなって思ってたとこ。雨は大丈夫だった?」

「あぁ」

 時哉は美鈴の頭を軽く撫でてから台所に向かい、半分ほどお茶が入っているペットボトルを冷蔵庫に入れる。晩御飯は外で済ませて来たようだ。

「こんな遅くまで起きてたのか?」

「まだ22時じゃん。子供扱いしないでよね、それに受験生なんだから勉強だってするっての。

 勉強して高校行って私もアルバイトするの。そしたら生活費の足しになるでしょ。兄貴だって少しは楽になる」

「高校受験に合格できたらな」

 時哉は上着を脱ぎ、自分の部屋にあるハンガーに掛けに行く。後ろを付いて行く美鈴は大きく深呼吸をした後で先ほどお風呂場で決意したことを実行に移す。

「ねぇ兄貴。話があるんだけど」

「ん?」

 電気を点けず暗い時哉の部屋で少しばかりの沈黙になり緊迫した空気になる。

 部屋中に香るのは美鈴の使っているシャンプーの香り。

 頬を赤らめながら美鈴は時哉の背中に額を付けて小声で、だがシッカリと時哉には聞こえるように言った。

「好き」

「…………俺も好きだぞ」

「違う。そうじゃなくて。

 LikeライクじゃなくてLoveラヴつまり愛してる方の好き」


 美鈴は異性に興味がないワケではなかった。

 よく沙希とは雑誌を見ながら人気の男性アイドルや俳優について語っている。

 しかし恋愛の話、ましてや自分のことになると最初にまず兄の時哉が頭に浮かぶ。

 いままで側に居たから、生活費や学費を稼いでもらい守ってもらっていたから、他人よりも一緒にいる時間が多かったから。

 だけど決して恋愛対象にはならないのが兄妹というもの。それが普通。

 しかし美鈴はそうはならなかった。美鈴は心の底から兄を愛してしまったのだ。

「私。本とか流行りの服とか絶対にはいらないの。

 兄貴がいればそれでいい。本当だよ」

「……」

「いつもコレ言ってるけどさ。後悔しないから。

 ほら昔ドラマであったじゃん。実の兄妹が二人で愛し合ってさ、最後はボートの上で……」

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ」

 しばらく黙っていた時哉も堪らず口を開く。

「くだらなくないもん! 私はマジメに言ってんの!」

 美鈴の声が家中に響く。

 眼には涙を浮かべ、本気であることを訴えかける。

 そんな彼女の姿にも時哉は冷静だった。

「俺はお前のために働く。

 中学を卒業して高校、行きたいなら大学にも行かせる。そして頼りになる男を見つけて嫁げ……」

「それが違うっての! 私が好きなのは兄貴なの! なんにも分かってないじゃん。いっつもそうだよ兄貴は!」

 美鈴の眼は真剣そのもの。

「なんだったら私。兄貴に私の……その……あげれるし」

 さらに頬を赤くした美鈴は胸元に手をあてる。

 時哉は再び黙り込み、ゆっくりと振り向いて美鈴と向き合う。


 その時だった。


    ドサッ!!


「――っ!」

 時哉は美鈴を押し倒し覆い被さったのだ。

 突然のことに美鈴は声も出せず驚きの表情を見せた。

 勢いよく倒されたように見えたが、彼女の体はどこも痛みを感じない。

 次に時哉は美鈴に顔を近づける。

「へ? あ、ちょ、ふぇ!?」

 いつもの時哉らしくない大胆な行動に戸惑い、動揺を隠せない美鈴。

 次第に息を荒くし始めた美鈴は時哉の体を無我夢中で叩き抵抗する。

 しかし男の、時哉の力は強く。すぐに美鈴の両手の手首辺りを片手で持ち、彼女の頭の上に持っていく。

 体をくねらせて大きく抵抗を見せるが、彼の息を肌に感じた瞬間に体の力が抜ける。

「ハァ、ハァ」

 美鈴の呼吸は完全に乱れ、汗もかきはじめた。

 ついに時哉は空いているもう片方の腕を彼女の下着へ。口は首筋に。

 その瞬間ようやく美鈴が声をあげる。

「いやッ! 兄貴ダメっ!!」

 時哉の動きが止まる。

「それでいいんだよ」

 美鈴の耳元でそう呟くと、時哉はゆっくりと起き上がり馬乗り状態で彼女を見下ろす。

 乱れた呼吸を整えて落ち着きを取り戻した美鈴は、そのまま立ち上がる時哉を咄嗟とっさに引き止めた。

「ちがっ、兄貴!」

 思わず声に出してしまった拒絶の言葉を後悔する美鈴。

 起き上がる気力を失ったように、そのまま背中を見せる兄に視線だけを向ける。

「風呂に入ってから俺は寝る。明日も早いからな」

 歩き出す時哉。

「あ、兄貴さ……」

 美鈴はなんとか起き上がると、服の乱れを直してから髪を掻き分けて時哉に言った。

「昔サッカー選手になりたいって言ってたじゃん。

 “こんなの”にならなかったらなってたの?」

「いや、それでも俺はお前のために働いてたよ」

「ウソ」

「ウソじゃねぇよ。もともと才能は無かった。

 それにサッカー選手なら誰かがなれる。でもお前の兄貴は俺しかなれないから、それでいいしそれで満足だ」

 そう言い、再び歩きだした時哉に美鈴は何も言えなくなる。

 大きく息を吐いて立ち上がると、瞳を潤しながら自分の部屋に戻った。

『家で時々だけど下着姿で兄貴の前をうろついて誘ってるってのに、何でいざとなるとダメなのよ私』

 自分の部屋に入ると、扉に背中を預けて再び息を吐く。

『“お前の兄貴は俺しかなれない”か……私のために働いてくれるって、それ一生ってことかな? それじゃまるで夫婦じゃん』

 その場に座り、膝を抱えながら顔を埋める。

 初恋の相手、そして彼氏が兄で。などと、そんな幸せ者になる自分を想像しだす美鈴。

 本気でそう思い、あきらめられない自分がそこにいた。

『かっこよすぎる!』

 美鈴は自分のベッドに飛び乗り、今度は布団に顔を埋めてとうとう我慢できずに声を出した。

「あ~もうっ! 何でマンガみたいに実は兄妹じゃありませんでした的な展開になんないのよ!

 それならデートできるじゃん! キスも! 結婚も!」

 足をバタつかせて興奮し始める美鈴。

「子供だって!

 兄貴? 子供は何人欲しいの? サッカーチームが作れるくらい? ったく仕方ないわね任せなさいよ!」

 さらに顔を埋めて興奮が治まらない。

「好き! 大好き! 超好き! 好き過ぎて意味わかんない!」


 今日一番の大声で叫んだ美鈴。

 近所迷惑にならないように必死に布団に顔を埋めていたが、ようやく仰向けになり大の字に寝転がる。

「……はぁ」

 そして今日はため息の数も多くなる。

 天井を見上げながら美鈴はボソボソと呟いた。

「テレッテッテレテ~ン。やったね美鈴“おめでとう”兄にフラれた回数100回達成。


 ……時哉のバーカ」

 横向きになり、ベッドの上に置いてあるヌイグルミ達に八つ当たりをする。

 100回フラれたと言うのはあくまで彼女が覚えている範囲で、実際はもっと多くフラれている。

 美鈴にとっては毎回必死なのだが、最近の時哉は彼女の告白を聞き流すくらいの気持ちで接している。

 実は彼も妹の気持ちを拒むのは心が痛んでいた、しかしだからといって受け入れることは出来ない。

「風邪ひきたいなぁ」

 風邪をひくこと。

 それは美鈴にとっては嬉しいこと。

 病気になり学校を休めば心配性な兄が看病をしてくれるからだ。

 ワガママも聞いてくれるし、自分が眠るまで側にいてくれる。

 最近はその時に手を握ってはくれなくなったが。

 それでも美鈴には幸せなこと。

『わかってる。私も兄貴も二人が一線を、取り返しのつかない関係になったらダメになるってことくらい。

 でも私は兄貴にダメにされたい。一緒にダメになりたい。

 こんな風に兄貴を想ってしまうくらいなら。いっそダメになった方が楽なのに。

 でも出来ない。させてくれないし、結局は私もしないんだ。届かないんだ私の想いは……ダメダメなんだ』

 美鈴は起き上がり、また膝を抱えて軽くうつむいた。

『私に勇気があれば。昔みたいに一緒にお風呂くらいは入れたかも。

 つか次に告白する時は兄貴の入浴中に私も勇気だして入るか……その手があった。それでいこう』

 思いがけない閃きに美鈴の表情は明るくなる。

 ベッドから降りて胸を張り、背伸びをしてみせる。

「よし! 勉強しよ」

 机に向かう美鈴。いつまでもこのままと言うワケにはいかないが、時哉にフラれてしまうことは彼女にとって日常茶飯事。落ち込んではいられない。


 夜も更けて行き、兄の時哉は眠りにつく。

 美鈴はラジオを聞きながら勉強を続けていた。

『時刻はまもなく0時半。お聴き頂いた曲は私たちA9―SOULのデビュー曲【アウトローに花束を】でした。

 それでは皆さんまた来週。お相手は豊緑里ゆたか みどりと』

横谷三郎よこたに さぶろうでした』

『バイバ~イ!』

 ラジオから聞こえてきた声から時間を確認した美鈴は勉強を中断して席を立つ。

 そろそろ眠りにつくのもいいが、彼女にはやることがあった。

 時哉が起きないようにゆっくりと歩きながら部屋を覗き込む。

 寝ている時哉を見て、キスをしたい気持ちを抑える。

 そして美鈴は台所に立ち、最小限の動きで、なるべく音をたてずに料理を作り始めた。

 炒飯である。味見をしながら素早く作り、調理が終わるとラップを掛けたりして準備をする。

 ――。

 ――――。

 朝の六時過ぎ。

 カーテンから漏れる日差しを浴びて時哉が目を覚ました。

 今日は新聞配達の担当では無いのだが、別の仕事があり、これから仕事場へと向かう。

 時哉は美鈴の部屋を覗き込み、眠っているのを確認した。

 台所には美鈴が作った炒飯が入っている皿とメモ用紙。

【チンして食べてね】

 メモ用紙にはそう書かれていた。

 時哉は言うとおりに炒飯を電子レンジで温めてから食べ始める。

 食べながらそのメモ用紙を手に取り、裏にも何か書かれているのに気付いた。


【バカ】


 そう書かれていたメモ用紙を見ながら、時哉は微笑みを見せた。

 朝食を済ませた時哉は冷蔵庫に貼ってある今年のカレンダーを見て美鈴の誕生日が近いことを知る。

「……」

 しばらくカレンダーを見ながら考え込む。

 そして家の扉を開けて外へ。鍵をかけて時哉は仕事へ向かった。

 鍵をかける音とともに起床する美鈴。

 少し寝ぼけているものの、ゆっくりと体を起こす。


「……いってらっしゃい」

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