【競作】市松さんの祝い
競作第5弾、そして2回目の参加でございます!
前回とは少し毛色の違ったものとなっておりますが、ホラーです。ホラーですから(震え声)
それではどうぞ、楽しんでいただければ幸いでございます。
「宅急便でーす」
玄関先から聞こえたその声に、俺こと須藤薫は、はやる気持ちを抑えながらドアを開けた――
大学に入ってからは、アパートで夢の一人暮らし。何かと辛いこともあるけど、両親という監視の目が無いんだ。つまりフリーダム。俺だけの世界なんだよここは。
で、だ。やっぱりそうなるとやる事は一つ。
そう、エロゲだよエロゲ。さっそく注文した品が今日届くはずなんだ。
設備も整えて、後はゲームが到着するのを待つだけ。しかし、朝の六時から起きて今は午後の三時。正直生殺しだぜ。
だが、我慢はもう終わりだ。あとは受領印を押せば、宅配のにーちゃんが小脇に抱えている箱の中身は俺のものだ!
手早く済ませて、俺は宅配のにーちゃんからエロゲの入った箱を受け取ると――だめだ、ニヤけてしまう!
そんな俺にドン引きなにーちゃんは、ひきつった笑みのまま一礼して逃げるように去ってしまった。
きもいな俺……
ま、まあいい。これで全部揃った。後は起動するだけだ。
と、言いたいところなんだが。何だかこの箱、重くないか?
しかもやけに過剰包装な気がするぞ。そりゃあ中身がエロゲなんだから見えないようにするのは当たり前なんだが、まるで開けるなと言わんばかりに何重にも包装してある。
だからといって、放置する気も無いけどな。
一分くらいかけて、全ての包装紙を引き裂く。
すると、姿を現した箱の本体に――
「おお……お?」
なんて、少し間抜けな声を出してしまった。
だって、そりゃあそうだろう。
最近のエロゲってこんな古めかしい木箱に入って送られてくるのが普通なのか?
いやいや、ありえんだろう。どう考えても別物だ。
一応、箱の発送元を確認……やっぱり俺が頼んだ通販の店だな。
店のミスか?
というか、ところどころ汚れてるしカビ生えてるし、文字も何も書かれてない。売り物ですらないだろこれ。
気味が悪いな。
でも、逆に中身が気になるぞ。確認するくらいいいよな?
そんな軽い気持ちで、気づけば俺は箱の蓋に手が伸びていた。
蓋には特に鍵などがかかっていなかったから、抵抗なく開く。
と、
「……は?」
無意識に俺は言葉を漏らした。
だって、中身が無いんだよ。
白い布が敷き詰められてて、それだけ。
真ん中あたりがへこんでるから、一応中に何か入っていたのかもな。
「なんだよ、金の払い損――」
「貴方は私を窒息死させる気ですか! このノロマ!」
とうとう幻聴まで聞こえた。子供……女の子の声かな。
だってさ、結構高かったんだぜ? 食費削ってまで貯めた金だぜ?
その結果がこれとか、気も遠くなる。
「無視すんじゃねーです。ていっ!」
痛い。なんかが俺の後頭部を叩いた。
最近の幻聴ってすごいな、物理的に攻撃までしてくるのか。
「って、んなわけあるかぁぁぁぁ!」
勢いよく、声のする方向に俺は振り向いた。
そこで、目が合ったんだ――そいつと。
真っ白な肌にちょっと細い眼、そしておかっぱ頭で赤い着物を着た……人形。
「うおわぁぁぁぁ!?」
俺は叫び声を上げながら、這って壁際まで後ずさる。
だって、振り向いたらあの顔が目の前にあるんだぜ? 誰だって驚くわ!
「いきなり顔見て叫ぶとか失礼ですね。祝いますよ」
「祝うのかよ!」
って、ツッコミいれてる場合じゃねぇ。
なんだこれ、なんなんだこれ!?
人形が、宙に浮いている。
さっき目が合ったのは、あいつがちょうど俺の目線の高さまで体を浮かしているからだ。
見かけからして、日本人形か? たしか、市松人形って言ったっけ? あれに似てる気がする。
でも、人形が喋って浮いてってどういうことだ?
なんて冷静に考えてる場合じゃない。ホラー映画のような事が今俺の目の前で起きている。
これってあれか? 俺死ぬの? 呪い殺されるの?
「そ、そうか。これは夢か。そうに違いな……痛ぇ!?」
言いきる前に、俺の傍に瞬間移動してきた人形が平手を喰らわせてくる。
地味に痛いぞこれ!
「現実逃避見苦しいです。ホラーは夢でも映画でもなく、リアルで起こっているのですよ」
なんて、人差し指をぴんと立てながら言ってくる。
しかも、顔が稼動しないから、真顔でこれを言ってるんだぜ。ギャップがあって余計に怖いぞ。
し、しかし、話が通じるならなんとかなるかもな。冷静に、冷静にだ。クールになれよ俺。
「な、何なんだお前?」
「なんだと言われましてもねぇ。市松人形でございます」
いやいや、そりゃ見りゃわかるわ!
と、ツッコミをいちいち入れてたらきりがなさそうだ。
「人形が動いたりしゃべったりするかよ。呪いの人形?」
「えー? なんでも呪いとか災いとか言っちゃう人って……」
けらけらと嘲笑するように人形が笑った。いや、真顔だけどさ。
というか、どう見てもお前はその類いだろ。
「てめー笑うんじゃねぇ! 呪いじゃなかったら何なんだよ!」
「祝いの人形でございますよ。お前も祝ってやろうか?」
――どこからツッコめばいいんだろう?
でも、ノリのせいか全然怖くないぞこいつ。
ただ人形が喋って宙に浮いてるだけだからな。……なんか感覚が麻痺してないか俺?
「いえいえ、ちゃんと呪いとかホラーっぽい事できますよ? ほら、ダバァ」
人形が言うと、いきなり髪が伸び、一瞬でフローリングの床があいつの黒髪で埋め尽くされた。
てか、いま心読まれた? もうやだこいつ。しかもちゃんと呪いって言ってるし。
「も、もういい分かった! だから元に戻せよ!」
「はいはい、分かりましたよー」
すっごい不満そうな声で、しぶしぶといった感じに伸びた髪は再び元の長さに戻っていく。
しかし、感情表現は豊かなのに、表情が変わらないから勿体ないな。
「で、結局なんで俺のところに来たんだよ」
「あれ? 箱のくだりスルーですか? 貴方が開けるのがあまりにも遅いから、それは残像だ、てな感じでカッコよく出てきたのに」
残像とか残ってねーよ。しかも窒息死するとか言ってたから、やばくなって出てきただけだろ。
「うるさいです」
「痛い!?」
そうだった、心が読めるんだよなこいつ。
つーかいちいち叩くな。
「こまけぇこたぁいいんですよ。いいから祝われろよ、呪い殺すぞ」
「脅迫!?」
さっきから気になってたけど、なんで祝うなんだ?
まあ、ホラーな状況なのにホラーぽくない時点で変だけどな。
祝ってくれるんなら、そうしてもらおう。
「じゃあ祝えよ。めっちゃ祝えよ」
「オメデトーオメデトー」
祝う気さらさらねぇ!?
すごい棒読みだった。しかも真顔で。
「お前な……」
「なんですか? 怖くしてほしいんですか?」
いや、言ってないし。だから首を高速回転させるのはやめてください。
「ちなみにこんなこともできます」
言って、人形が床に降りると、急にブリッジの姿勢を取った。
と思いきや、台所で見る黒光りするヤツと同じように手足をバタつかせながら高速移動。
だからこえ―よ。
「いや、もう意味分からんから帰ってくれ」
「だが断らせて頂きます」
しつこい。
しかも、試しに玄関から放ってやると、俺が戻る頃には笑いながら部屋中を走り回ってるし。
あ、でも霊なら夜が明けたら消えるんじゃないか?
今は午後五時。一晩だけこいつに付き合ってやれば、勝手に消えるだろう。たぶん。
「…………」
と思ったら、人形が俺の事をじっと見てる。表情に変化が無いから何考えてるか分からないな。
もしかして、そんな簡単にいくと思っているのか?
とか考えてたら超怖いんだが。
しかたなく、俺はこいつに付き合ってやることにした。
人形であるという事を除けば、こいつはなかなかノリのいい友人みたいな感覚で付き合える。
古い人形みたいだけど、中身というか性格はかなり現代人寄りだなこいつ。
高校の時の友達とかとも会わなくなったし、なんだかちょっとだけ話せる相手が居て嬉しいぞ。
そうして、もう人形が俺の家に来てから何時間経っただろうか?
一緒にテレビ見たり世間話したり、意外と時が経つのは早かった。
とはいえ久しぶりにはしゃぎ過ぎたせいか、窓の外が暗闇に包まれた頃には俺の意識は途切れ途切れになり、とうとうまどろみへと誘い込まれていた。
そして、急に意識が覚醒した時、窓からは朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえた。
とりあえず、何時か確認しよう。
俺は傍にあった時計に手を伸ばす――と、
「あれ? もう朝の七時……はは、騒いだせいかずいぶんと寝ちまったな。……ん?」
あの人形に話しかけたつもりだが、辺りは静寂に包まれる。
「どうした? いないのか?」
そもそも、本当にあいつはいたのかという疑問が浮かぶ。実は今までずっと寝てたとか。
いや、いた。俺が周囲を見渡すと、部屋の片隅で突っ立っている姿が見えた。
「なんだ、いるなら返事くらい……?」
ふと、俺の指先が触れた瞬間、人形はぱたりと力なく倒れた。
そう、まるでただの人形のように。
「え? どういうことだよ……昨日はあんなに」
だが、目の前で地面に倒れ伏す人形に、生気は感じられない。
そう、ただの人形。ただの人形なのだ――
何度揺さぶっても、叩いても、起き上がることはない。
こうして人形があるという事実が、昨日の事を夢ではないと証明しているのに――
なんだか、いないというだけで寂しさがこみ上げてくる。
だって、友達みたいだったんだ。一緒に笑って、くだらない話して。
俺が朝になったら消えるなんて思ったからか?
そんなのは撤回だ。こいつは面白いんだよ、だからもっと――
ああ、そうか――
あいつは、一人でエロゲなんかして友達も作らなくなったら大変だからって、ゲームの代わりに来てくれたのか。
祝うってのとは少し違うのかもしれないけど、お前は確かに、大切な事を俺に気づかせてくれた。
呪いの人形なんかじゃないよ、おまえは。
「超すーぱーきゅーとな美少女ですよね」
「え?」
「……え?」
なんで起きてるんだよ……なんて言葉が出る前に、俺はあいつを――友人を抱きしめていた。
いかがだったでしょうか?
実は私、コメディーとかお笑い系苦手でして……面白くなかったらどうぞ感想覧につまんねーよとでも書き込んでください。
それでも、最後まで読んでくださった方はありがとうございます。