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空中散歩

作者: 葉月 あや

どうしよう。

昨日、いきなり出かけましょうなんて誘ったからいけないんだ。

ああ、すごく恥ずかしい。

やっぱり僕らしくないことなんか、しなければよかった。

大体あんな誘い方じゃ、デートまがいじゃないか。

引かれたって、仕方ないよな。だから、断られたんだ。

僕は朝日を避けるように毛布を被ったまま、頭を抱えて身を縮めた。すると。

ジリリリッ

電話が鳴った。手だけ伸ばす。

「はい…」

覇気の無い声で答えると、受話器からのんびりとした声が響く。

「おはよぉ」

僕はがばっと起き上がり、落としかけた受話器をしっかり握った。

「な、なんでですか、キラさん」

そうなんだ、これ、キラさんなんだよ。

なんでまた僕の……ああ、もう、どう思えばいいんだろう。心臓がどきどきする。

「ねぇ、ユレミト」

キラさんは何を言うつもりなんだ。こわい、なぁ。

「昨日のことなんだけど」

「…はい」

「10時に出版社前の駅で待ってるね」

「……はぁ!?」

「じゃあ、また後で。南口改札にいてね」

そうしてキラさんは電話を切ってしまった。ぼくが何が何やらわからずに固まってしまった。いや、わかってるからこそ固まっちゃったんだ。


10時40分。

思ったとおりって言うのか、キラさんは駅には来なかった。

「はぁ…」

考えてみればおかしな話だよな。あんな人が、いきなり僕と出かけるなんてさ。

それにしても残念だな。今度こそキラさんの不思議な力について、詳しく聞くチャンスだと思ったのに。

「それだけ、だよなぁ…」

それだけだ。この落胆は、僕の研究に対する熱意がさせるもなんだ。神秘を研究したいがための、探究心。

べつに、キラさんと遊びに行けなかったから落ち込んでいるわけじゃない。

ちらと時計をみる。もう帰ろう。踵を返そうとした。

「おはよ」

その声に、僕は肩を震わせた。うそだ、ほんとに、キラさんなのか。

振り向くと、そこには息を呑むほど綺麗なキラさんがいた。この世のものとも思えないというか、まるで人じゃないみたいだ。

シンプルな服に薄化粧。いつもは短い黒髪に、ウィッグをつけて肩に流している。白い肌は冬の陽に透けてしまいそうだ。長いまつげが影を落とす。

「待った?」

真っ青な瞳を向けて、キラさんが言った。これで半陰陽なんて、誰が思うだろう。どう見たって、とびっきりの美女だ。

「ごめんね」

「い、いえ」

もしかして。

「僕、待ち合わせ場所、聞き間違えました?」

「ううん、あってるよ。南口改札」

「遅刻ですか」

「そうだよ」

謝っといて、全く悪びれた様子が無いのが常人と違っている。でもいいんだ、来てくれただけで充分だ。

それに学校のキラさんも遅刻の常習犯だから、プライベートで足並み合わせてくるなんて、ありえなかったんだ。その辺読んで、出発時間を遅らせるべきだったか。

「とにかく、行きましょう」

僕はキラさんを促して、駅のホームに向かった。

こうして見ると、キラさんはもの凄く目立つ。キラさんはひとを見た人は、誰もが振り返った。

「なんだか、へんな感じです」

「こういう格好で会うの、あの夜以来だね」

「ええ」

僕らが初めて会ったあの秋の夜、キラさんはやっぱり女の人の格好をしていた。

あの辺りで人が空を飛んでいるっていう変な噂を聞いて、夜中ふらついていたところ、僕は通り魔に襲われた。そこを通りがかったっていうか、脈絡もなく上空をホウキで飛んでいるキラさんに助けられたんだ。

魔法使いなんていう、神代の物語に出てくるような架空の存在が、目の前にいることには、心底ド肝を抜かれたものだ。ていうか、驚きは続いているんですが…。

「まさか、同じ学校の生徒だったとはねぇ」

秋から首都の学校に通うことになって、入寮した夜の事だったんだ。そのときは気が動転して何も聞けなかったから、後になって会いに行ったんだ(と、いってもどさくさ紛れでほとんど会話はない。『きみ、誰』って言葉にやたらとショックを受けて、そのまま帰ってきてしまった。あのころはホームシックとかで、参っていたんだろーな)。

要するに僕はものの見事に忘れられていたんだ。それから何ヶ月も経って、こうして並んでいるなんて、信じられない。昨日、勇気出して、声かけて良かったな。

「べつに、忘れてたわけじゃないんだけどね」

「それはもう、いいですよ」

忘れられてたって仕方ないよ。僕って印象薄いみたいだし。

「そうそう、覚えてる?あの忠告」

キラさんは脈絡もなく言った。何のことかはすぐにわかる。

「覚えてますよ、それは」

射抜くようにじっと見つめられて、『私の正体、口外したら殺すよ』なんて言われたら、忘れられませんよ。すごく、怖かったし。

「あれ、本気だよ」

「わかってます…」

「でも、やっぱり君には必要なかったかもね。どっちにしろ口外するタイプじゃないもの。私、人相見ができるんだよ。ユレミトって、やさしい人なんでしょ?」

たしかにキラさんが半陰陽ってことも、ホウキで空を飛んでいたことも、吹聴してない。

そんなことが世間に知れ渡ったら、キラさんは窮地に追いやられるだろう。けれど、それは、言っても誰も信じないだろうとか、情報を独り占めしたいとか、そういう自分勝手な理由だってある。

「やさしいなんて、そんなことありません…」

するとキラさんはにっこり微笑んだ。そうやって見つめられると、すごく、すわりが悪い。

「でもね、そういう人にかぎって、そう言うんだよ。だからいろいろ話してみたし、一緒に遊びに行こうって、思ったんだ。今日暇だったしね」

結局は気まぐれだということか。

「ところでどう?」

なんのことだろう。僕は下ろしかけた視線をもとに戻す。

「これ、似合う?」

キラさんは膝丈のスカートを触りながら、にこっと笑ってみせた。

いきなり話題が変わったから、とまどってしまう。

「それは…似合ってますよ」

「よかったぁ。お気に入りなんだ、これ」

なんだかこの人は、中身まで女の子みたいだ。半陰陽で心がそうなら、もうほとんど女性でいいんじゃないだろうか。でも学校や世間じゃ、そうはいかないらしい。

 キラさんがこの国に移籍したとき、半陰陽は女性扱いされないと知らされたそうだ。 だから国立の上級学校に入るころには改名もして、以来スウイという名の少年として暮

らしている。でも僕にとっては最初名乗られた『キラ』さんに変わりはない。

「結構、たいへん、なんですね」

「そうでもないけど、こういう格好も、もっとしたいとは思うよ。今日はさ、出版社前が学校から遠いからよかったけど」

相変わらず、行く人はキラさんに視線を注いでいく。

「こんな地味な僕といて、恥ずかしくないですか、キラさん」

それに成績だってぱっとしない。国一番の学校の劣等生ってのも、惨めなもんだ。

「なに言ってるの?ユレミトはかわいーよ」

「うれしくないです…」

「いいことじゃないの。自信持ちなよ」

自信、か。

「…あ、来た」


僕らは汽車に乗り込む。車内は空いていた。僕らは開校記念日の休日だけど、人々は普段どおりの生活をしている。

汽笛が鳴って、汽車は走り出した。

向かい合わせに座ると、キラさんは窓に手をかけて持ち上げた。強い風が頬に当たる。風は、キラさんの長い髪を躍らせる。

「今日は風も冷たくないね」

「ええ…」

「天気もいいね」

「そうですね…」

なんだか、落ち着かない。聞こうとしていたこととか、会う前はいっぱい頭に浮かんでいたのに、いざ改まると、口が動かない。

ていうか、キラさんにとってどんな話題が楽しいのか、必死で会話を探しちゃって、 インタビューどころじゃないんだ。

それに聞いたところで答えてくれるかどうかは別だ。

「あの、キラさん…?」

「なに?」

とりあえず、普通の話をしよう。

「なんで僕の電話番号なんか…」

「ユレミトどころか、学年全部の番号知ってるよ。住所とか、家族構成とか、学校の内部機密なんかも」

「え」

「ランドバーグの机から、名簿とかの書類をくすねたから」

「はぁあ!?」

ランドバーグ教授は、キラさんの不真面目極まりない態度を忌み嫌っている。だからキラさんとは確執があるらしい。朝礼で教授が、ほとんど名指しでキラさんの批判をしたのはごく最近のことだ。

「そ、そんなことしたら大問題ですよっ」

なんかいきなり、普通の話題じゃなくなった。

「引き出しに鍵、かかってなかったもの」

「だからって」

「重要書類の扱いくらい、慎重にしなきゃいけないのは常識でしょ。悪いのは不手際な アホ教授だよ」

「でも、バレたら大変なことに…」

「表沙汰になんかなんないって。自分のアホがバレないように、極力努めるんじゃないの?学校の信用にもかかわることだし」

「でも…」

「あは、いい気味だな。今頃真っ青だよあのアホ」

流れる風景を見つめながら、キラさんは頬杖をついて、悪魔的な微笑を浮かべながら  つぶいやいた。僕はいっきに青ざめていく。この人って、もしかして、物凄く性格がひん曲がっているんじゃないだろうか。キラさんがこんな性格だってことは誰も知らないんじゃないかな。普段はすごく愛想がいいみたいだし、要するに要領が良さそうだから。

「でもそれって、キラさんが生活態度を正したら済む問題なんじゃ…」

「テストもレポートも一応評価は高いよ?」

確かにやることなすこと、人並みはずれて出来すぎてしまうからか、教授の中には助手に望む人もいるくらいだ。本を出してみないか、という話も持ちかけられているらしい。

「でも遅刻、早退、欠席の常習犯ですよね。せっかく飛び級したのに留年したら意味がない…て、会う人ごとに言われてるでしょうけど」

「そうでもないよ」

「え」

「私、あんまり友達いないんだよ。寂しいな」

本性を知ってのことなら、なんとなくわかる。けど。

「いつも回りに人がいるじゃないですか」

「みんな、友達なんかじゃないよ」

なんだか胸がズキンとした。キラさんは綺麗だし、異常に成績がいいし、得体がしれないから興味を抱く人が多い。普段は美少年で通っているけど、男女ともに色んな意味でのファンが多い。友達になりたいとか、恋人になりたいとか、ただ憧れてるとか。

なのに、その誰もが友達じゃないなんて、どういうことだろう。そんなの、なんだか冷たいよ。

いまの会話から察するに、難しいのはキラさんがひどくワガママで気まぐれなのに、結構人当たりが良くて、優しいっぽいところなんだ。じゃなきゃ人助けなんかしないだろうし、あんなにいつも人に囲まれているわけがない。

けれど批判されたら思いっきり仕返しするし、だからといって僕が説教しても気を悪くしない。一番厄介なのが、人をやたらと惹きつけるくせに、どこか拒絶しているってところだ。

 僕の場合は偶然、詮索しそびれていたのがよかったのか、はっきりした理由はわからないけれど、キラさんは割りと踏み込んだことも話してくれる。でも一歩間違えばあの電話すらかかってこなかったはずだ。それにしても。

「壁を作ってるのは、むしろキラさんじゃないですか」

友達がいないって、それはキラさん自身が相手のこと、友達だと思ってないだけなんじゃないかな。

「そういうんじゃないよ。友達って、対等なものだと思わない?あんなにヘコヘコされても困るよ」

また、ズキンとする。みんなは、惚れた弱みみたいなもので、ハナから対等でなんか、いられないだけなんじゃないかな。でも、キラさんはそういうのを嫌がってる。

「だってそれは、みんなキラさんと仲良くしたい、からですよ」

僕はあくまでファンとかじゃないけど、彼らの気持ちはわかる。こんな、なんだか凄い人と仲良くなれたら単純に嬉しいし、ちょっと気圧されるのは当たり前だろう。

いや、僕だってもう立派なおっかけだけども、とにかく彼らも僕も、思いたくないけど紙一重の違いしかないんだ。彼らに対する壁は、そのまま僕にも隔てられた壁のような気さえする。

「そろそろトンネルだって」

声をかけてきた車掌さんの方を向いて、キラさんは言った。車掌さんもキラさんをチラチラ見ている。

「じゃあ、窓閉めますね」

「ありがとう」

 キラさんは僕を見て、綺麗に笑った。

僕は立ち上がり、窓を閉める。

もしかして、ちょっと違うのかな。僕は今、何故か一応その壁の前にいるけれど、ほんの少しのきっかけで、壁の向こうに置かれてしまう、つまり簡単にキラさんにとっての、その他大勢になってしまうような存在のような気がする。

どういうことだろう。

なんでまたキラさんは僕と一緒にいるんだろう。ていうか、なんで僕はキラさんの気持ちが気になるんだろう。キラさんの気持ちを掴んで、神秘の研究にいかすため?だとしたら、僕こそが冷たいのかもしれない。

「……」

 僕はキラさんのほうを向いた。キラさんは艶っぽく目だけで笑って、首を傾げて見せる。猫みたいだ、とふと思ったとき、こうして会っているのは、キラさんにとってはやっぱ

りただの気まぐれに過ぎないのかな、とも思った。

キラさんは、たまたま誘ってきた僕を相手に、暇つぶしに友達ごっこを楽しんでいるだ

けなのかもしれない。じゃなきゃ、こんなシチュエーションは、ありえない。

 考えがいたって、僕はため息をついた。あと一駅で、目的地に着く。


「うわぁ、綺麗だねぇ」

 古城公園の門で、チケットを渡す。門をくぐれば、後はだだっ広い敷地だ。遠くに古の(とりで)がいくつも見える。目の前には草原。日当たりがいいからか、今の季節でも鮮やかだ。左手には森、その中には(つた)の絡まった古典的な城があった。

 この公園は文化遺産の保護区で、有名な観光スポットなんだ。

「今日はやっぱり人が少ないね。思ったよりも、ずっと楽しめそう」

門の付近の城には結構人がいたけれど、ここの知名度から考えるとやはり空いているんだろう。

「キラさん、古城が好きなんですか?」

「大好きだよ。でも来る機会がなかったから」

もしかして、そういう単純な理由でキラさんは一緒に来たのかな。

まぁ、どうにせよ良かった。キラさんが喜んでくれてる。キラさんの嬉しそうな顔をみて、嬉しくなる心が何故だかチクリと痛んだ。

また、胸がくるしくなる。

「行こう、ユレミト」

思考にトリップしていた僕は、はっとしてキラさんを見た。

キラさんは瑠璃紺の瞳を輝かせながら小惑的に微笑んだ。どうしてか、ひどく頬が熱くなって、僕はふいと視線をそらしてしまう。

「ユレミト、顔赤いよ」

やだな、赤面症勃発だ。たぶん、耳まで赤いんだろう。どうしてこんなに熱くなるんだ。

「ほんとに、おもしろいねぇ」

そう言って、なんとキラさんは僕の手を握って、歩き出してしまった。どうしよう、なんだかクラクラするよ。なにかしらの怪しい魔法でも、かけられたんじゃないだろうか。

つながれた手は小さくて白くて、繊細だ。と思うと、めちゃくちゃ強く活動しはじめた 心臓の動きにあわせて、体全体が小刻みに動かされているようだ。ドクドク音が、頭にひびく。手に汗をかかないことを、切に願いながら、僕はうつむいていた。

そして、ヒールのあるブーツを履いても、僕よりも少し背の低いキラさんの髪が僕の鼻の辺りで揺れて、香水かなにかのいい香りがしてきたとき、これって世界で一番いい香りだとおもった。どうしようもなく混乱しているのに、悪い気がしないのはなぜだろう。

 けれど、反比例してひどく切なくなった。キラさんは、どんなつもりでこんなこと、 してるんだろう。


「見てみて、ほら、海まで見えるよ」

しばらく歩いたところにある、誰もいない古城の上で、キラさんははしゃいでいた。

円柱状の高い塔の端に立って、一石ごとに上下しながら周囲をぐるっと囲む塀(って言うのかな)に身を寄せて、低い部分から遠くを眺めている。

「望遠鏡持ってくればよかったなぁ」

そう言って眉をしかめるキラさんは、お城にいるせいなのか、ちょっとわがままなお姫様みたいに見えた。これでただの女の子だったら、僕はキラさんのこと、すぐに好きになっていたんだろう。

それもすぐに訂正した。キラさんが黙ってまた遠くを見つめ始めると、やっぱりその横顔はどこか冷たくて、ゾッとするほど美しかった。あんまり綺麗だから、僕とは住む世界が違うような気がして、寂しいような気がした。

と同時に、古いお城に住み着く昔の精霊がいたら、こんな感じなのかな、とロマンも馳せてみた。

ああ、そうか。

考えれば相手は魔法使いだ。どう考えたって僕とは違う。そう思うと、人として同じ目線で見るよりも、すこし離れてみるほうが、気が楽だと気がついた。

それは、相手は同じ人じゃないんだから、キラさんの意向がどうとか、考えるだけ無駄なんじゃないかと思えてきたからだ。キラさんは、人に似た人ならぬ者なんだから、それはそういうものとして見るのに限る。この人の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)に思いを馳せるのは、もうやめたほうがいい。

そうするとキラさんが人と距離を置くことも、ちっとも寂しいなんて思わない。僕に親しいのも、ただの気まぐれなのも、切ないなんて思いようがなくなる。仕方ないって、そう思えるから。

「ねぇ、ユレミト」

視線はそのままに、横顔でキラさんは言った。僕はまたびくっと肩を揺らした。トリップ癖は、そろそろ直したいな。

「なんでしょう、キラさん」

「空を飛んでみたいとは、思わない?」

「へ?」

すると、キラさんは塀にすっと登り、僕に手を差し出した。

「な、あ、危ないですよ、キラさんッ」

「なにを言ってるの」

「ホウキが無いと、飛べないんじゃないですか!?」

「ちょっと安定が悪くなるだけだよ、飛べることに変わりはないし」

「ほら、手」

「え」

戸惑いがちに伸ばした手を、キラさんはさっと掴んだ。すると、

「う、うわ」

身体に浮力がついて、キラさんが軽く引いただけで、ゆっくりと塀の上に立たされてしまった。

「た、高い…」

めまいがする。強い風にもてあそばれる。

「じゃあ、飛び降りるよ」

「え、えええええ!?」

僕はとっさに手を離す。すると一気に身体に体重がかかり、バランスを崩しかける。

「おっと」

キラさんは再びぼくの手を掴んだ。

「危ないから、おとなしくしてよ」

そうして、切れ長の瞳をすこし細めた。

「じゃ、今度こそ」

「え、うわぁあああああ」

と、そのときだ。

僕の叫びはそこで止められた。

時が止まった。

まだ、飛び降りてはいない。

そうじゃなくて、キラさんが。

僕にキスしたんだ。

「……」

「黙った」

キラさんは妖しく微笑む。僕は目をぱちくりさせて、キラさんの顔を見た。

僕が呆気に取られている間に、キラさんは僕の背中に手を回し、一気に飛び上がった。


「す、すごい…」

「ユレミト、怖くない?」

僕は首をぶんぶん振った。

足元には、何もない。遠くに海。下方には茂み。どこまでも広がるような草原。

空も、地上も、僕らには遠い。

僕らは空を飛んでいた。

風の音、鳥の声が、普段とは全くちがって聞こえる。

風はこうやって鳥の声を聞いて、鳥たちはこうやって風を受けてるんだ。

胸の中に、綺麗な空気が満ちてくる気がした。

ゆっくりと、地上が近づいてくる。

「2人だと、こうして降りていく事しか出来ないんだけど」

「充分ですよ…」

もう、充分すぎるよ。夢がひとつ、叶っちゃった。


地上に着いてから、僕らはしばらく草原に寝転んでいた。

背中に地面がある。地面に身体がついている。けれど、イメージすればすぐに、あの空を漂った記憶が蘇る。

そんな中、キラさんが僕の話を聞きたがるから、この前呼んだ古文書の話なんかをしていた。

「…で、その神様は、宝石をもらう代わりに、言うことをきいてくれたんですよ」

「神様が宝石をもらってどうするの?コレクターなの?」

「違いますよ。その神様は、宝石が大好物なんです」

「へぇ、不思議だね」

「僕は、キラさんのほうが不思議です」

「そう?」

「そうですよ、だって…」

なんて言おう。キラさんは、何もかも不思議だ。

僕がうなっていると、キラさんは上体を起こして、寝転んだ僕の方に向きそのまま覆いかぶさった。

「キ…」

また言葉をふさがれてしまう。深く口付けて、吐息が漏れた。

「キラさん…」

いやになってしまう。これは気まぐれなんだろ。

僕は顔を背けて、キラさんの肩を押した。キラさんは目を見開く。

「ユレミトは嫌なの?」

嫌って言うか、なんていうか。

「じゃあどうして昨日、私を誘ったの?あんな赤い顔して…」

どうして?それは僕がキラさんに聞きたいことだ。どうして今、キラさんは僕のそばにいるんだろう。同じことを、キラさんが僕に対して思うなんて、思ってもみなかった。

「どうして?」

キラさんはもう一度聞いた。いつもの笑みは、その顔にはない。

もう、なんて答えればいいんだろう。

「そっちこそ、何でそんなこと聞くんですか。昨日まで僕のこと、忘れてたのに」

「だから、忘れてなんかないよ」

「……」

「秋に、ユレミトが話しかけてきて、その夜には思い出したんだけど、そのあとユレミトは何も言ってこなかったから、そのままにしておいただけだよ。それから私は待ってた」

なにを、言ってるんだろう。待ってたなんて、そんなこと。

「で、昨日断ったのは…」

「断ったんじゃなくて、考えさせてって言ったでしょ。正直言うと、ただ単に、返事をじらしてみただけなんだけど」

「意味が、ないです。なんですかそれ」

本当に、よく分からない。僕は面食らって、首をかしげた。

するとキラさんは、にっこりと作り笑いをした。目は笑っていない。

「よぉくわかった。今日は、どぉもありがとう」

言うなり、立ちあがった。そして去って行こうとする。どういうことなんだろう。

「キラさん」

僕は駆け寄り、とっさにキラさんの手を掴むキラさんは振り向いた。やっぱり、作った笑顔だった。

「キラさん…」

「私だって気になってたんだよ。ユレミトがどうして昨日、チケットくれるって言ったのか。でも、ユレミトの様子でわかった。ユレミトは、私のことを好きだから誘ったんじゃなかったんだね」

好き、じゃない…?

「他にどういう理由があったのかこの際だから教えてよ」

「それは……い、いきなり訳がわかりませんよ。これって単なる友達ごっこじゃないんですか?ぼくは…」

それが嫌で、どうしようもなくて…。

「私は、デートだと思ってた」

キラさんは、小首をかしげた。愛らしい笑みが、ひどく冷たい。

「僕は…」

「嘘なんかつかないでよ」

僕はなにを考えていたのだろう。

そのときの、僕は。

あとで悔やんでも、悔やみきれない。

嘘じゃない、それは。

でも、真実でもない。

「僕は、研究のために、魔法使いのキラさんを気にしてました。それで…」

「誘ったんだね。ほんとに、よくわかったよ」

そうして今までで一番綺麗な、そして冷たい笑みで答えて、キラさんは去って行った。

そのときになって、ようやく僕は気がついたんだ。

理由はよく分からないけど、キラさんが僕のことを悪く思っていなかったこと。

そして。

僕がキラさんを好きになっていたことを。

キラさんが半陰陽でも、ちょっと変わった性格でも。

魔法使いでも。探求心を抜きにしても。

僕は。

キラさんが好きだったんだ。

けれど、もう遅い。

キラさんは去って行った。

キラさんを傷つけた。

僕は馬鹿だ。

なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。

あと、ほんの数分。

間に合っていたら。

そうしたら、きっと。

僕は。キラさんは。


でも。

本当に遅いのかな。

僕はそこに、しばらくいてから考えた。

本当に遅いのかな。

本当に?

僕は、気持ちに気がついてから、何もしていないじゃないか。

それでいいのか?

答えは出ている。

いいわけなんかない。

あのキラさんのことだ、きっと壁の向こうに追いやったら、そう簡単には心を開いてくれないだろう。

でも。

僕はキラさんを傷つけてしまった。

それだけでも、謝りたい。

ちがう。

やっぱり。

本当は、それだけが、望みなんかじゃない。

キラさんの寂しそうな目。

あの目がずっと、気になっていた。

最後のあの目、冷たいだけじゃなかった。

だったら。

僕が、キラさんを幸せにするんだ。

それが僕の幸せだ。

自己中なのかな、この思いは。

自己中…。もしキラさんが、僕といることを望まないなら。

でも、それは。

また、キラさんに会わないとわからない。

僕がこうして考えても、わからない。

それなら。

明日、また。

勇気を出して、話しかけるんだ。

また、キラさんの心に近づけるように。

魔法使いが知りたいんじゃなくて。

本当はキラさんが知りたいって事を。

知ってもらうんだ。








はじめまして。葉月あやです。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。少しでも楽しんでいただましたら、力いっぱい光栄です。

 ちょっとゲテモノなファンタジーで、妙な恋愛ものですが、一応短編の連作小説でして、この前後にも、あれやこれやとエピソードがございます。今回の『空中散歩』はその中の一コマでして(出し方がおかしいですが)折に触れ、他のエピソードも投稿していこうと思っている所存です。機会がございましたら、お目通ししていただけると、嬉しく思います。本当に、ここまで読んでくださいまして、ありがとうございますm(__)mそれでは、またの機会に(>▽<))‘

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