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一話物

裸恥換金

作者: 紅月赤哉

 太ももの後ろからすぅ、と掌が上に進んでくる。行き着く先は高校指定の制服のスカートに包まれた大切な場所。触れられるという危機感が私の身体中から冷たい汗を噴出させる。その汗さえも手は吸って楽しんでいるような妄想をしてしまう。

「……ゃぁ」

 私は堪えきれず声を出す。肉体の痛みじゃなくて、精神の痛み。何度が痴漢にはあってるから綺麗な身体と言うつもりは無いけれど、望まない陵辱を気にしないほど慣れてもいない。顔が赤らんでいるのは自分でもはっきりと分かった。鏡に映る自分の顔を見て、相手はきっと喜んでいるんだろう。

 身体も心も、相手に言いようにされているんだと思ったら涙まで出てきた。

「ゃめ……めぇ……」

 言葉にならない。声も出ない。

 目を閉じたところで何度かシャッターが切られた。


 ――私の妄想力もたいしたものだよ、本当。


「いいよー、夏緒なつおちゃん。その恥じらい方」

 カメラマンの水城さんは後ろから鏡に映る私の顔を取っていた。あとで映りこんだカメラを画像処理で無くして、アングラサイトに投稿するんだそうだ。それでお金をもらい、私にバイト料が入る。

 私は恥じらいを終えてため息をつく。妄想の痴漢にスカートの中をまさぐられるか弱い『私』から現実の私へとスイッチした。それで汗まで引くわけじゃなく、制服の内側に残る汗に冷えて震えた。この部屋は地下にあるからか地上より少し気温が低い。いつもなら動いているエアコンも故障中らしく、駆動音が聞こえない空間は普段と違うように思えた。

「あれ。身体冷やさないでね、女の子なんだから。胎教に悪いよ」

「胎教も何も彼氏も結婚も孕んでもいませんって。孕ませてくれる相手ほすぃー」

 水城さんに渡された手ぬぐいで軽く制服の中を拭く。もちろん、彼の目線から離れて。さすがに男の人の目の前で服を着崩すのは性的な意味に思えて、受け付けない。彼氏になる人の前なら、むしろ広げたいけど。でも別に私が離れなくても、いつも水城さんは私の方を見ないように顔を背けていた。今日も変わらず。こんな写真を撮るけれど意外と紳士的だ。

 それにしても、割のいいバイトというのは案外、身近にあるもんだ。時給じゃなくて能力給、っていうのかな。

 何しろ恥ずかしがればいいだけなんだから。

 確かこの前、体育の授業で使うマットの上で制服のまま膝立ちをしながら「……やぁ!」って言っただけで十枚の福沢諭吉が顔を並べたっけ。

 諭吉さんって何した人なのか覚えてないけど、十人もいると誰でもありがたいと。

「夏緒ちゃーん。準備よければ次の撮影したいからお願いー」

「あ、はーい」

 カメラマンの水城さんは中学の時に声変わりしなかったらしく、かなり声が高い。正直、女の子の中でも声が低めな私よりも高いソプラノだった。髪の毛を背中まで伸ばしてメイクすればおそらく女性と間違われるだろう。小走りに駆けていって、手ぬぐいを渡す。近くで見ると水城さんは本当に綺麗だ。ここに美を見つけたよ。この人はカメラで私の恥を撮っているけど、この人自身を撮ったら雑誌に載るんじゃなかろうか。

「じゃあ、今度は親指の爪を噛んで――ってぼーっとしないー」

「あ、はい」

 彼に見惚れていると、話を聞き逃してしまいそうになるから注意しないと。

 慌てて親指の爪を噛み、顎を引いてカメラに向けて上目遣いをする。それから頬をゆっくりと赤らめて、見られることへの羞恥心を身体から滲ませた。

「んー、夏緒ちゃんは最近のモデルさんと比べてぴか一だね!」

 しゃべりながらもシャッターはカシャカシャと音を響かせていた。言葉を話す脳とシャッターを押す指を司る脳が別に動いているんだろうな。あの指が押されるたび、私の財布に福沢諭吉さんが来訪する。甘い蜜をくれる音。

「よし、夏緒ちゃん。そろそろワンステージアップしてみないかい?」

 写真を取り終えた水城さんからの打診。

 その口調に秘められた何かを私は感じた。正確にはこのままじゃすまないだろうなって予感していたことが現実になりそうだと察知したんだろう。普通に考えていかがわしいもんね、こんなバイト。

「ステップアップって……やっぱりヌードとかですか?」

 不安とは裏腹に、顔に浮かぶ笑みを私は水城さんの瞳に見る。ここまで来たんだ。もう少しくらい恥ずかしい思いしてもいい。ほんとに危なくなったら警察に行けばいい。それに、水城さんがそこまでひどい人とは思えない。こんな男の人なら私でも倒せそうだ。

「いやいや。ヌードだなんて。裸だよ。ラ」

 同じじゃないですか。そう呟く代わりにくすっと笑みの息が漏れた。たまに立ち読む週刊誌でも袋とじ? にヌード写真があるはずだった。私がそれくらいのものかと言われると自信はないけど、少なくとも見えない誰かはお金をくれるわけで。私の裸に価値を見出してくれるわけだ。服着て恥ずかしがるだけで万にいくんだから……。

「やる気になったんなら、これを身体に巻きつけてあそこの柱に寄りかかってー」

 水城さんがどこかから持ってきたのは毛布だった。そして指差した先には太い柱。この部屋は二十歩も大股で歩けば端につく。その中央で支えている柱は少し邪魔な存在だ。でもきっと、こういう時のためにあるんだろう。

 どれだけの人があそこに寄りかかって恥らったんだろう?

 水城さんの言った「最近の」という言葉が気になった。私のようにお金をもうけている人が他にもいる。他にも。

 胸の奥がちくりと痛む。気づかれないように水城さんの顔を見た。私が服を脱ぐ様子を見ないように、顔を横に背けている。いつもそうだ。水城さんはファインダー越しにしか私を見ない。恥ずかしがる写真を取る時は、いつもカメラで。取り終えると素の私と会話する。そこに特別な物なんて何もない。あるはずがない。水城さんにとって私は街中で声をかけた女の子の一人だろうし、私にとっても同級生の男子含めた男の人の一人。

『可愛いね。君ー。割のいいバイトあるんだけど、どう?』

『柊夏緒、ちゃんか。名前と同じで光り輝いてるね!』

『いいよー、夏緒なつおちゃん。その恥じらい方』

 会ってから今まで。思い返してみればそれは一週間の出来事。今日で一週間目。この地下での二人きりの時間は一週間。こんなにも短いのか。

 制服を脱ぎながら、視線は水城さんから離れない。細い顔に丸い目。小さい鼻に口。本当に女性みたい。でも間違いなく男性で。私の裸に興奮しないのかな?

 ファインダー越しの世界でしか、私は見てもらえないのかな?

 そう思ったら、口が自然と開いていた。

「水城さん」

「柱のところに行ったら撮るからね」

 水城さんはカメラを持って三脚が立てられているところに向かった。向かった、といっても数歩も行けば着く。三脚にカメラを取り付けている水城さんの背中を見ながら、私は下着まで脱ぐ。床にたたんで置いてある服の上にそれらを載せてから、毛布を持って柱へと向かう。

 そう。私はモデルでしかない。水城さんはカメラマンで、私はモデル。何を勘違いしてたんだろう。こういうことを撮るから特別な存在だなんてありえないでしょ。むしろこういうの撮ってお金に換えるのなんてそれだけで怪しいし。少しでもトキめいた自分が馬鹿みたい。いや、馬鹿だ。

 それでも、特別でいたかったんだろう。こういう独特のシチュエーションに酔っていただけなんだろうけど。

「用意できましたー」

「よし! じゃあ、毛布が落ちないように身体に巻きつけてからこちらに背中を向けてー。そうそう。それから両手を柱につけて。うん。もう少し掌開いてね。よしよし。いいよぉ。で、目は見開き。ちょっと震えながら『やめて……』ってそう! そう! そう! そうそうそうそうそう!!」

 テンションは最高潮らしい。水城さんは「そう」って言葉を発するたびにシャッターを切る。フラッシュがその名の通り閃光となって、部屋を覆っていく。きっと私の恥らい方は凄いんだろう。それが水城さんやアングラサイトに集う人の心にヒットする。対価としてお金がもらえる。

 裸になって恥らって。


 ――でも、お金しかもらえない。


「そんなもん、か」

「んー? 何か言った?」

「いいえー。次はどうすれば?」

 恋を自覚するほどの異性に出会ったことがないから、こういう凄く変わったシチュで出会う綺麗な男の人にトキめいた。

 そして簡単な失恋をした。

 失恋でさえないかもしれない、失恋に似た何かを経験した。それだけのことだ。

 私はモデルで、この人はカメラマン。それだけ。

「じゃあ、その場に座って、毛布を花弁のように開いて……そそそ。そんな感じ。それで毛布の端を口元に持っていって、切なそうに『おまんじゅう』って言ってね」

 私の切なさに人はお金を払う。これは今の気持ち。失恋でさえない、私の心の愚痴。換金されてもしばらくは残るんだろうな。換金されたら気持ちまでも消えてしまえばいいのに。

「……ぉまんじゅぅ……」

 水城さんの叫ぶような「いぃいいい!」と、フラッシュ。

 光が目に痛くて、少し涙が出ていた。

お読みいただきありがとうございます。紅月赤哉です。


お金は必要とは思いますが、果たしてどこまで手に入れられるんでしょうね?

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