アドバイスを参考したけれど
ロイドは伯爵家の次男だ。
長男のスペアとして育てられていたけれど、兄のアルスは重い病気に罹る事なく元気いっぱいすくすく育ったし、将来妻になる婚約者との仲も良好。友人たちにも恵まれて、能力的にも人脈的にも将来の伯爵として何一つ心配する必要がない、とスペアの必要性がどこにもなかったくらいだ。
だからといってロイドの存在が不要というわけでもない。
家族はロイドの事も愛してくれている。
故に、彼にはどこかいい家に婿入りできないだろうかと、両親は伝手を使い良い縁を結ぼうとしてくれたのだ。
他の家だってそうだろうけれど、しかし縁がないというよりはタイミングが合わないなんて事もある。
それは例えば、伝手となりそうな相手の家の子との年齢が釣り合わなかったりだとか、既に婚約が決まってしまった後だった……だとか。
だがしかしロイドは運良く同家格でもある伯爵家のご令嬢とのお見合いに臨む事となったのである。
そちらのご令嬢が次期女伯爵なので、ロイドもそれなりに苦労する事になるとは思うが、スペアとして育てられてきた事が無駄にならないというのも丁度良い、と思えるもので。
成人前に人脈作りと社交の練習のような意味合いを兼ねて、貴族の子女たちは学院に通う事になっている。
基本的な学習は家で各々家庭教師に学ぶものではあるけれど、学院ではそれ以外の知識も得たいという者のために様々な教師が存在しているので、知識を求める者からすると実に素敵な場所である。
知識以外にも、将来騎士として身を立てたい、という跡取りではない令息たちのために騎士としての訓練を課してくれたりもするので、やろうと思えば人脈作り以上に色々と忙しくなるためか、学生の間は基本的に寮生活であった。
とはいえ、ロイドが通う学院は男子だけなので、女子寮に忍び込むなんていう不埒な事をするような奴はいない。
令嬢たちは女学院に在籍しているし、ロイドが通っている学院とはそこそこ距離がある。
なので学院で人脈作りとはいっても、基本的には同性同士での交流である。
年頃の令嬢に不用意に野郎どもを近づけるとそれはそれで問題がある、というのもロイドは理解しているが、しかしそのせいで出会いがないのもまた事実だった。
実際に婚約者が決まっていない者たちなどは、自分で相手を見つけるしか……! なんて思っていても、しかし出会いが少ないのでこのまま学院を卒業しても相手ができなかったらどうしよう……! なんて密かに恐怖していたりもするのだ。
全く令嬢たちとの接点がないわけではないが、それぞれの学院の交流会の時くらいしか会う機会がないので本当に出会いの場というものは限られている。しかも交流会の時とて、周囲にきちんと教師や警備を担う者もいるので、馬鹿をやらかせば即座にアウト。家に連絡がいって厳重注意や親に叱られる程度で済めば軽い方だが、下手をすると退学になったりすることもある。
ロイドの知る限りでは退学処分を受けた者はいないが、しかしそれなりに昔にはやらかした者もいるのだとか。
ともあれ、ロイドは家からの手紙でもって次の休みに見合いをするという連絡を受けた。
お相手はエスメリア・ラディート伯爵令嬢。
以前交流会でちらっと見かけた事があるだけで、話をした事はないけれど、しかしロイドの記憶にはしっかりと残っていた。
何故って、一目惚れだったのだ。
うわぁ綺麗な人だなぁ……なんて思って、つい彼女の方をちらちらと不躾にならないように何度も見てしまったけれど、結局声をかける勇気がなかった。
婚約者はいるんだろうか、とか思っても、それを気軽に聞ける程親しいわけでもないために、きっと相手がいるに違いないと自分の中で勝手に自己完結して恋心をそっと沈めて諦めたのに。
まさかのお見合いである。
これは絶対に失敗できない!
向こうにもロイドの事を一目で惚れさせるというのはまぁ無理ではあるとわかっているけれど、とりあえず不快に思われたりしなければ。一度の顔合わせで即決とはならないだろうけれど、とりあえず何度か会って話ができれば。そりゃあ、結婚できればそれが最高ってやつだけど。
そんな風に頭の中であれこれ考えていたのはどうしようもない事実だ。
そして、そんな浮かれた雰囲気が表に出ていたのだろう。
夜、寮の中にあるサロン、消灯まであと僅かではあるものの各々自由に過ごす事が許された時間で、ロイドは友人たちに呼びだされ、なんだよ随分浮かれてるじゃないか。なんかいい事あったのかよ? なんて気安い絡みを受けてしまった。
ここで何もないよなんて隠したところで、それが嘘なのはすぐバレるだろう。
だからこそロイドは照れ照れしながらも「実は……今度の休みに見合いをする事になったんだ」なんて正直に告白したのである。
普段は周囲の目を気にして、女なんて興味ないぜみたいな態度の令息たちも流石にここで興味ないなんて言えなかった。
何せこの場にいる者たちはまだ婚約者がいないのだ。
ロイドの友人も同じように次男や三男といった立場で、家を継ぐわけではない。
勿論そちらの家でも相手を探してくれてはいるようだが、家の伝手だって限りがある。
派閥が違うだとか、領地が離れていて接点がないだとか、そういう部分が枷となってしまうのは仕方のない事とはいえ……だからこそ自力での出会いは交流会頼みでもある。
だが、もしここで。
ロイドの婚約が上手く調ったならば……?
ロイド経由で令嬢の友人を紹介してもらう事もワンチャンある。
結婚に興味のない令息も確かにいるけれど、そういうのは既に将来を見据えたりしていてやりたい事とやるべき事をしっかりと定めている者くらいだ。そうじゃない令息は、ロイドのお見合いに興味津々だった。
相手は誰だと聞いてきたり、趣味とか聞かれたらなんて答えるつもりなんだよ、とか面接の受け答えを想定していそうな事を言いだしたり。
友人たちもそもそもお相手がいないので、そういった話に役立つようなアドバイスはできなかったが、けれどもロイドが上手くいくように、と知恵を絞ってアドバイスになるのかどうなのかわからない事をそれはもう色々と言ったのである。
アドバイスというよりは、単純にその話題で盛り上がっていただけとも言う。
ただ、友人たちのほとんどはロイドが上手くいくようにと願ってくれていたので、ロイドも上手くいったら報告するよ、なんてにこにこしながら答えたし、本当に婚約が調った時はエスメリアにも自分の友人たちを紹介して、エスメリアの友人の令嬢と家格や相性がよさそうな相手がいないか聞いてみようなんて思ってもいた。
ここでそれを言って、もし上手くいかなかったり相手の友人に良い感じの相手がいなかったらガッカリさせるだけになってしまうので、あくまでも思うだけである。
ついでに友人たちの良い面をどうアピールするか……なんて事も考える。気が早いと思われそうだが、ロイドとしては友人たちは良い奴なので幸せになってほしいなぁ、と思っているのだ。流石にそれを口に出すにはちょっと恥ずかしいのでそれを言うつもりはない。
そんなこんなで盛り上がっていたが、あっという間に消灯時刻になったのでそれぞれが自室へと戻っていく。
寮室は一人部屋というわけではない。二人一部屋だ。
ロイドと同室なのは、エドワルドという、こちらも伯爵令息だった。
ただ友人かと言われるとそこまで親しいわけではない。
なんというかおっとりしているロイドと、常にセカセカしている感じのエドワルドとは単純に合わないと思う部分があるからロイドも自分からあまり話しかけたりはしなかった。
あくまでも必要な時に必要な事だけを伝えるという感じでしかない。
「なんか随分賑やかだったな」
「あ、聞こえてた? ごめん。ちょっと盛り上がっちゃって」
サロンから部屋に戻る途中でも、近くの部屋の友人たちとは話しながら歩いていた。勿論大声にならないように気を付けていたつもりだが、それでもふとした瞬間に声が大きくなっていたのかもしれない。
あまりにもうるさければ即座に注意されていたかもしれないが、そこまでではなかった……とはいえ、それでもうっかり壁越しに会話が聞こえていた人は他にもいたのかもしれない。
「それで何で盛り上がってたんだよ?」
エドワルドが普段一緒にいる友人たちは、ロイドの友人たちとは別のグループだ。
だから普段はそこまでこちらの話に首を突っ込むような事をしてこなかったが、それでもロイドの雰囲気や聞こえてきた声から重たい話ではない、と興味が出たのか、エドワルドはベッドに入ろうとしていたのをベッドに腰を下ろして、話すまで寝ないぞと態度で示していた。
なのでロイドも既に一度話しているというのに、やはりまだ照れ照れしながら同じ事をエドワルドにも話した。
「ふーん……」
そしてその話を聞いたエドワルドの態度は、随分と冷めたものだった。
もしかしたら彼には既に婚約者がいて、だから余計に興味なんてないのかもしれない。ロイドはエドワルドとそういった話をした事がないので本当にいるのかはわからない。婚約者がいなかったとしても、単純にロイドのその話に興味を持てなかっただけかもしれない。
けれど、どちらなのかをロイドは聞こうとは思わなかった。
明らかにどうでもいい話だったな……みたいな雰囲気が出ているのだ。それなのにあえてそこを深掘りするなど、ロイドも流石にそこまでの図太いメンタルは持ち合わせていないので、
(ま、興味なさそうだけどとりあえずこれ以上深く突っ込まれたりはしないって事かな)
なんて考えて自分の中でも完結する。
これが下手に勿体ぶって話をしなかった場合、いいだろ話せよ、みたいなやりとりが発生していたかもしれないのだ。そうして勿体ぶった後でこれなら、もっと気まずい空気になっていたかもしれない。
「お見合いが上手くいくかはわからないけど、でもこういった機会なんて中々ないからさ。だからちょっと盛り上がっただけだよ」
そうやって締めくくって、ロイドもこれ以上話が続くとは思っていなかったためベッドに入る。
「それだけ。じゃあおやすみ」
掛け布団を鼻の下まで引き上げて、それからエドワルドに背を向けるように体勢を変えて。
「何事も最初が肝心だからな」
ぽつりと言われた言葉に、ロイドは少しだけ理解が遅れた。
「いいか、こういうのは最初にガツンと言わないとダメなんだ。重要なのはインパクトだ」
「え、あ、うん……?」
ロイドの中では終わった話だが、まさか続くとは思わずごろんと身体の向きを変えてエドワルドの方へと顔を向ける。
そうしてロイドがぽかんとした表情でエドワルドを見ていると、エドワルドはにやりとした笑みを浮かべて、彼曰くのアドバイスをいくつかくれた。
最初が肝心だというのはさっきも言っていた。
だが、そこからエドワルドが続けた言葉は、ロイドからすると眉を顰めるような内容でもあった。
最初にガツンと、のガツンは好意を伝えるというよりは、どちらが上であるかをしっかりと理解させろというようなもので、なんだったら最初にお前を愛する事はない、なんて言ってこちらの愛を乞うように仕向けろだとか、いかに自分を立てられるかが重要だと言い聞かせろだとか。
(それは……逆効果じゃないかなぁ……)
ロイドはそう思ったのだけれど、しかし思った事をそのまま素直に言えばエドワルドの機嫌が悪くなりそうな気がしたので、あえて黙っていた。
その他にもいくつかペラペラと語ってくれていたけれど。
そのどれもこれもが、相手を見下しているような気がして。
「そうなんだ。参考にさせてもらうよ」
先程と比べるとどこか平淡な声でそう返したロイドだったが、エドワルドはそんなロイドの反応に気付かなかったらしい。
「いいか、もう一度言うが本当に最初が肝心だからな」
念を押すように言って、そうしてエドワルドは満足したのかようやくベッドに横たわった。
それからすぐに寝入ったのか、やや力強い寝息が聞こえてくる。
――結論から言えば、エドワルドのアドバイスはまぁまぁ役に立った。
何も本当にエドワルドの言葉を真に受けて実践したわけではない。
むしろロイドはエスメリアに惚れているのだ。これを機に何としてでも関係を続けたいし、だからこそ最初の態度が肝心であるのは理解している。
だが、エドワルドの言葉をそのまま真に受ける事はなかった。
だってどう聞いたって悪い意味での見本としか思えなかったからだ。
そうでなくたってロイドとエスメリアの婚約が調ったとして、ロイドの元にエスメリアが嫁いでくるわけではない。ロイドの方こそが婿入りするのだ。
だというのに、初対面の時点でエスメリアに失礼にしか聞こえない発言をすれば、婚約が調うどころかこの話はなかった事にと言われて、もうお会いする事はないでしょう、なんてエスメリアから言われるかもしれないのだ。
そんな未来は絶対にお断りである。
だからこそロイドは脳内でエドワルドに言われた言葉を思い返しながら、その言葉を言わないように、またその言葉の意味に近いと思われるような事も言わないように言葉選びを慎重にしつつ、エスメリアとの一時を過ごしたのである。
少なくとも嫌な顔をされたりはしていなかったし、扇子で露骨に顔を隠されるような事にもならなかった。
口元だけを隠されていたのであれば、扇子の向こう側で表情が引きつったり不快そうになっていても気付けない事もあるけれど、エスメリアがそうやって顔を半分でも扇子で隠そうとすることはなかったので、最低限、彼とは二度と会いたくないわ、とは思われていないと思っていいだろう。
エドワルドが一通り言ったら絶対に駄目だろうなこれ、といった手本を見せてくれたようなものなので、ロイドは安心して見合いに臨む事ができた。
こちらとしても別に相手を貶めるつもりはないけれど、やはり男女で受け取り方の差が出てしまうものはある。その差をわからないままに、うっかりデリカシーゼロな発言をしてしまったとしてもロイドはそれに即座に気付けなかったと思う。
だが、事前にエドワルドが初っ端からそれはアウトでは……? と思えるような発言をしてくれたことで、その後のあれこれも多分これ参考にしたら駄目なやつだぁ……と察してしまったので。
一連の内容を纏めたら全部アウト、と理解できてもその中の一つだけをポンと出されていたらそこまでアウトかなぁ……と思えるものもあったのだけれど、多分それらもアウトだなと理解して、相手に誤解されないような言葉選びをし、その上できちんと好意も伝えておいた。
初対面でそんなことまで言って大丈夫だっただろうか……と思いはしたものの、次があるかなんてわからないのだ。
この見合いだって、ロイドが選ぶ側ではない。むしろ彼は選ばれる側であり、エスメリアがロイドはないわ、と思えばその時点で次に会う機会なんてものは絶望的。
成人後に会う機会があったとしても、それは社交の場で彼女の隣には既に夫がいる場合だろうか。そういった出会いは望んでいないので、こんなところで恥ずかしがっている場合じゃない、とロイドはそれこそ顔のみならず耳や首まで真っ赤にしながらも、エスメリアへの想いを伝えたのである。
対するエスメリアはそんなロイドの言葉に照れた様子などはなかったけれど。
見合いの時間もそろそろ……といったあたりで、次もまた会いたいわ、とロイドに告げたので。
まんざらでもなかったのだな、とは周囲で見守っていた使用人たちから一目瞭然だったのである。
ただ、ロイドはその事実に気付けなかったけれど。
告白した時点でいっぱいいっぱいだったので仕方がないと言えばそう。
そうして何度か学院が休みの日に交流をして、晴れてロイドはエスメリアの婚約者という立場を獲得した。
今までは候補という立場でしかなかったのが、正式に婚約者の座を得たのである。
だからこそ、学院に戻った時のロイドの浮かれっぷりは半端じゃなかった。誰が見ても「何かいい事あったんだな」とわかるくらいのウキウキ具合。
周囲に花でも飛んでるのかと思える程に、彼の周囲はほわほわした空気が漂っていた。
見合いをしてから学院が休みの日、それも毎回というわけでもなかった。その限られた休日に何度か顔を合わせ話をして、そうして婚約が正式に決定するまでに実に一年近くがかかってしまった。
学院の卒業を目前に控えている。これでダメだった場合落胆度合が半端ないが、しかし決まったのだ。
決まったからと浮かれるだけではいけないとわかっている。
この先ロイドはエスメリアを支えていかねばならないのだ。やるべき事は本当に数えきれないくらいあるだろう。
だがそれでも、やっぱりどうしたって好きな相手と結婚できる、という事実にロイドの表情は幸せですと主張するかのようにしまりがなかった。
家同士の政略の場合はもっと早くに決まるけれど、そうでもなかったので互いの相性を見る事も含めてそれなりの時間がかかってしまったものの、それでもロイドとエスメリアの婚約が決まるまでの時間は早い方ではあった。
ロイドは知らない。女学院の方でエスメリアも幸せいっぱいオーラをまき散らしている事を。
エスメリアもロイドが学院で浮かれ切った様子を晒している事を知らないのでお互い様である。
友人たちはそんなロイドを祝福し、この時点でまだ結婚相手が見つかっていない者たちは成人後でもいいから友人として紹介してくれ、なんて言っていた。
「卒業後に式を挙げる予定になってるから、呼ぶよ。向こうも同じようにまだ相手が決まってない友人を呼ぶって話だから」
「ありがとう神」
「神じゃなくて友だよ」
「もうそれくらい感謝してるって意味だよ」
未だ結婚相手が見つかっていない令息たちは、成人後には家を出て独り立ちをしたりしないといけない者も多い。故にそのための準備はしている。ロイドの目から見ても友人たちは決して無能な存在ではないので、縁があってタイミングがかち合えば素敵な相手と結婚して幸せになれると思えるし、エスメリアと話をした時向こうにもまだ結婚相手の決まっていない令嬢が数名いるようだしで、しかもそんな友人たちの事を聞けばロイドの友人たちとなんだかんだ上手くやっていけそうな感じがしたのだ。
今までは領地が離れていて関わる機会もなかったからこそ出会いがなかったようだが、出会えば多分とんとん拍子にくっつくんじゃなかろうか。
そんな雰囲気をお互いに感じ取ったので、是非友人たち同士を引き合わせてみましょうか、となったのである。
ちなみに交流会の時にも接触がなかったわけでもなかったが、いかんせん周囲の目もあるし格好悪いところなんて見せらんないと令息たちも令嬢たちもそれなりにお澄まししていたのもあって、交流会での出会いですんなりとくっつくような展開に持ち込めるのは悲しい事に少数である。それでも繋がりを得る事ができるので、交流会は細々と続けられているのだが、まぁ結局のところ出会いの後の先を掴み取るためには、自ら行動するしかないのである。人によってはとんでもなく狭き門になってしまうのだが、それはさておき。
友人たちはロイドからエスメリアの友人たちの情報をもらい、自分と相性がよさそうな令嬢の話を聞いて、仮に結婚できたならこの資格とか婿入りした時に使えそうだなぁとか、今からちょっと試験申請してこようかなぁとか。
見た目も整えるのは勿論だが、中身もきちんと磨かねばと元々努力はしていたけれど更に上を目指し始めた。
なお卒業間近のこの時期は、そもそも家を出て独り立ちする者もそれなりにいるのでやれ資格を取得だのなんだのと言った話は別に珍しい事ではない。
ともあれ、ロイドとその友人たちはまだ見ぬ未来に希望を抱いていたのである。
そんな浮かれ切ったロイドとは対照的にエドワルドの表情は暗かった。
いつだって何かに追い立てられるような、急くような雰囲気を纏っていた彼ではあるけれど、ロイドが寮室へ戻ってみれば彼は珍しくのろのろとした動作で荷物を纏めている所であった。
それだけならまぁ、卒業を間近に控えているわけだし、卒業した時には寮からも出ていかねばならないのだから今から荷物を纏めておくというのも別におかしな話ではない。実際ロイドもいくつかの私物は鞄に詰めてあるし、そうでないものは処分できるやつは早めに処分したし、すっかり身軽な状態である。
けれどもただ荷物を纏めているというわけではなかった。
いるのだ。
部屋に、ロイドとエドワルド以外の人物が。
基本的に無関係な人物が寮に立ち入る事はできない。
寮内であるので、他の生徒が部屋に遊びにくるだとか、そういう訪れはあるけれど後は教師がやってくるだとか、それくらいなのだ。女学院とは距離があるので、異性が忍び込んで……なんて破廉恥な事件もそもそもない。
だがそこにいたのは、きっちりと制服を着こなした使用人である。
皺ひとつないスーツに身を包んだ老紳士一名、同じく一切汚れていないメイド服の女性が二名。
計三名がエドワルドの行動をじっと見ていた。
壁際で見ているとはいえ、流石にこの二人部屋に合計五人もいると狭く感じられる。
「えっと……?」
思わずロイドが戸惑ったように声を上げれば、老紳士がすっと一礼をして事情を説明してくれた。
「エドワルド坊ちゃまは一足先に学院を去る事になりましてな」
「はぁ……えっ?」
まるで今日の天気を――いい天気ですねだとか、そんな会話の前置きみたいな軽やかな口調で告げられた内容は、しかし決して軽やかではない。
卒業間近だというのに一足先に学院を去る、というのはつまり、卒業せずに退学するという事に他ならない。
成績が揮わなかっただとか、何かやらかしただとか、そういった噂は少なくともロイドは聞いていない。
エドワルドはいつだって自信に満ちていて、堂々とした振る舞いは当たり前のように見えていた。
成績もロイドと比べると上で、ロイドからすればエドワルドに卒業までには追い付きたいなぁ、と思ったりもしていたのだ。
まぁ、エドワルドに追いつくというよりはエスメリアのためにもっと頑張ろうという意味で上を目指していたので、そうこまめにエドワルドの成績を気にしたりはしていなかったのだが。
というかそもそも同室ではあるけれど、普段よくつるんでいる友人というわけでもないので関わりは最低限と言うべきか。同じ部屋にいても、ずっと話をするような親しさはなかったし、会話をするよりも沈黙を保つことの方が多かったくらいだ。
なので退学する、と言われてロイドは予想していなかった事態に思わず驚いてしまった。
「そっ……うなんだ……?」
何を言おうとしたものか。ロイドは驚きながらもなんとか声を出しはしたが、最初はちょっと裏返ったし、それでもどうにか言葉を続けようとしたが結局は意味のない事しか言えなかった。
なんだろ、家の方で何かあったのかな……? なんて思いもしたが、しかしそこまで踏み込めるだけの親しさはない。エドワルドの家とロイドの家が同じ派閥であるのなら、何かあった際のとばっちりが来るかどうかを見極めるためにもう少し踏み込む事も考えたが、対立している派閥というわけでもないので下手に踏み込んでも逆に余計な軋轢を生じさせるだけに終わるかもしれない。
そうでなくとも。
もしエドワルドの家にとって不都合な事があっての退学なら、この場にいる三名の――筆頭は執事と思しき老人だろうけれど――使用人の誰かが余計な事を言わないようやんわりと止めに入るだろう。
エドワルドともっと仲の良い友人であれば、それでもここで引き下がりはしなかったかもしれないが、ロイドはそこまで仲が良いとも言えなかったので、万一エドワルドの家がロイドの家と対立する可能性を考えると、一歩踏み込むような真似はできなかった。
「お前さ、婚約上手く決まったんだろ?」
「え? あぁうん。そうだけど」
何をどう言ったものかな……なんて思いながら、あまり話しかけてエドワルドの邪魔をするのもなぁ……という考えも浮かんで、結局のところ知らぬ存ぜぬを貫こうかと思った矢先にエドワルドが不機嫌さを隠しもしない声でそう聞いてきた。ロイドもそれを隠す事なく正直に答える。
実際教室でも浮かれてそんな話をしていたわけだし、誰かしらを経由してその話がエドワルドの耳に届いたって何もおかしくはなかった。
「上手くやれたんだな」
「えっ? うん」
「俺のアドバイス」
「えっ?」
アドバイス? とロイドは思わず首を傾げた。
「俺のアドバイスのおかげで上手くやったんだろ!?」
「えっ、違うけど」
「だったらなんで!」
鞄に荷物を詰め込むどころか叩きつけるようにしたエドワルドに、ロイドはそういえば……と思い返す。
エスメリアとのお見合いをする、といった時に確かにエドワルドから色々と言われた事は憶えている。
そして見合いの後に、参考になっただろ? なんて言ってきたエドワルドに対して「そうだね」と返した事も。
だがまさか、まさかとは思うが……
「アドバイスっていうか……やっちゃいけない見本みたいなやつだったから、参考にしちゃいけないと思ってそういった発言は控えた結果だよ?
参考になった、っていうのはまぁ、否定はしないけど相手に向かって失礼な態度でしかない言動ばっかりだったから。参考にして、そういった発言を言わなかったから上手くいったと思ってる」
「なんだよそれ……」
ロイドが返した言葉にエドワルドは力なくへたり込む。
「えぇっと……?」
困ったように執事と思しき老紳士へと視線を向ければ、彼はやれやれとばかりに肩を竦めてみせた。
「エドワルド坊ちゃまは見合いの段階で婚約が決まったと思い込んだ挙句、お相手の令嬢にとても失礼な発言をしその場で見合いの話はなかった事に……とされましてな。
お相手の家の方が立場的にも上だった事もあり、そんな家に喧嘩を売るような真似をした坊ちゃまを御当主様は切り捨てる事を決めまして。
この後坊ちゃまは平民として生きていく事が決まりました」
「そうなんですか」
いいのかなそんな内部事情ばらして……と思いはしたが、エドワルドがこの後平民になるというのなら、彼の家には最初からエドワルドという息子はいなかった、となってしまうのだろう。そんな話を広められたところで、その頃にはエドワルドという令息はいなかった事になっているのだから、家の名を貶めようにも……といったところか。
「上手くいったっていうから……だから参考にしたのに」
「えっ、参考にしろって言ったのはそっちなのに、僕の体験談を聞いて実践しようとしたの!? というか、どういう風に参考にしたとか聞きもしないで!?」
「ちなみにこれはここだけの話にしておいてほしいのですが、坊ちゃまと同じような事をやらかした方が他に数名いらっしゃいまして。いずれも婚約の話はなかった事に……となってしまっているようです」
「へぇ……そうなんですか」
「まぁ、家を追い出されるまではされていないようですが、今までと同じ立場ではいられなくなりますねぇ」
「でしょうね」
誰だろ、エドワルドの友達とかかな?
平民にされて追い出されはしないと言われても、じゃあ一体どんな目に遭う事やら……
なんてロイドは完全に他人事として受け流した。
むしろそんな話を言っていいのか……と思いはしたが、噂の対象者を広げる事でエドワルドの家にだけ噂が集中するのを避けるためなのだろうな、とも思う。平民落ちというのも中々にインパクトはあるけれど、貴族のまま飼い殺しかどこぞに差し出す駒として残されてる令息たちの方が悲惨な未来が待っていそうではあるわけだし。
「ちなみに」
ウォッホン、とわざとらしい咳ばらいをして老紳士はロイドへそっと近づいた。
「平民になるとはいうものの、坊ちゃまは領地で粉ひき職人の家に引き取られる予定となっております」
そうして小声で耳打ちされる。
「そうでしたか」
「えぇ、そうです」
それだけを言うと老紳士は元の位置に戻った。
あえて小声で耳打ちしたのは、その事実をエドワルドはまだ知らないからなのだろう。
恐らく彼は荷物を纏めて一度屋敷に戻った後、そのまま家を追い出されると思っているのだろう。ロイドが見た中で一番のろのろとした動作だった。
「エドワルド」
「なんだよ」
「次は失敗しないようにね」
「次って……そんなもの」
「わかんないだろ。平民になったからって、この先誰かを好きにならないわけじゃないだろうし」
今はまだ貴族であるという気持ちだから、平民なんて……と思っているのかもしれない。
けれども、平民だろうと貴族だろうと、あんな風に最初が肝心だからガツンと言ってやれ、みたいな態度ではどっちにしたって上手くいくものも上手くいかない。
初っ端から喧嘩腰の相手を好きになる相手なんて、余程酔狂な奴くらいだと思うわけで。
エドワルドはそこんとこ気付けなかったんだなぁ……とは思うものの、ロイドはそれ以上言わなかった。
今言ったところで、説教臭いとか自分が成功したから上から目線だとか、そんな風に思われるかもしれなかったので。
もうちょっと時間が経過してエドワルドの心が落ち着いてから、そうして改めて振り返って考えて、それからかなとも。
だからこそロイドはそれ以上何を言うでもなく、エドワルドが荷造りを終えるのを見守っていた。
荷造りを終えると使用人たちがエドワルドを連れて部屋を出て行く。
卒業まであと僅かではあるけれど。
「突然一人の部屋になるとやっぱ静かだなぁ……」
元々そこまで騒がしいわけではなかったけれど、それでもやっぱりふとした時に話ができる相手ではあったので。
そこまで親しい間柄でもなかったが、やはりそれでも少しばかりの寂しさはあるものなのだな、とロイドは小さな気付きを得たのである。
(とりあえず、友人にも一応言っておこうかな)
エドワルドが言っていたアドバイスは実行しちゃいけない見本だ。ロイドはそれを理解していたけれど、他にもやらかした相手がいるという以上、友人たちの中にも緊張がピークに達してついテンパって口走る、なんて事をしでかす奴がいるかもしれない。
流石にいないと信じたいが万が一という可能性も念頭に置いておくべきだろう。
友人がそんな事をしなかったとしても。
いつか、エスメリアとの間に産まれた子がもし息子であったなら。
戒めとして伝えておくべきかもしれない。
なんでもかんでも本心を垂れ流せとは言わないが、それでも素直になるべき時には変に取り繕うよりも素直になるべきだという事を。
勿論、そんな事を伝える必要が無いに越した事はないのだけれど。
ロイドがその話を自身の子に伝える事になるかどうかは……
きっと神のみぞ知る、というやつなのだろう。
次回短編予告
どうやら乙女ゲームの世界に転生した。それも悪役サイドだ。
しかし心強い味方もいるので知ってるストーリー通りに話が進む事はない。
そう、つまり、断罪される未来は既に回避されたも同然である。
次回 よろしいならば逆ハーレムですわ
気持ちマイルドに仕上げたので殺人はないです。




