終 章 真貴の手紙
真貴が千年前に戻った 意気消沈する結衣は京都に戻る
結衣に手紙が届いていた 筆跡には見覚えがあった
真貴が千年前に戻った日、昌平は家で待っていた仁、美和子、義人、圭に経緯を詳しく説明した。礼司は横で黙って聞いていた。結衣は「こころここにあらず」の状態で、時折立ち上がっては湯多神社の方を見ていた。
義弘への報告は、翌日の午前に、礼司と昌平が連れ立って赴いた。義弘は黙って聞いた後、ひとこと「そうか、ありがとう」と言って目を閉じた。
昌平は回収した観測機材を調べた。手元に十分な測定機材がないので断定はできないが、CPUとCMOSセンサーは壊れているようだった。ただ幸いなことに、メモリーはまだ生きていて、強烈な発光が起きる前までのデータは読み取れた。
動画も残っていた。再生してみると、強烈な発光が起きる前までの動画には特別なものは映っていなかった。ただ、強烈な発光が起きる直前に、石積みの間から少し光が漏れていた。そして次の瞬間には画面は真っ白になり、続いてノイズ画面になって動画は終わった。
昌平は六月十五日に龍口家を発った。いったん東京大学に顔を出して、ロサンゼルスへと戻った。
結衣は六月十六日まで留まり、京都に戻った。全身の力が抜けてしまったような感覚にとらわれ、やっとのことで京都のアパートに帰り着いた。
郵便受けには郵便物やチラシが溜まっていた。部屋に戻りながらチェックしていくと、一通の私信の封書が現れた。丁寧に書かれた「龍口結衣様」という筆跡には見覚えがあった。裏返すと「望月真貴」と書かれていた。
結衣はいきなり全身にエネルギーが湧いてくるのが分かった。大急ぎで部屋に入り、机の上に大事に封書を置いた。旅装を解いて部屋着に着替え窓を開け、湿り気を含んだ初夏の風を部屋に入れた。手を洗い、お湯を沸かし、急須に茶葉を落とした。湯気を見つめながら、はやる心を落ち着けた。
一口お茶を飲んで、意を決して鋏を取り出し、慎重に封書を開いた。便箋は、今となっては懐かしい筆跡の文字で埋められていた。
「結衣ちゃんへ
この手紙は六月三日に書いています。ずっと十年間を一緒に過ごしたのに、一度も手紙を書いたことがなかったことに、今になって気が付きました。
改めて結衣ちゃんに手紙を書こうと思うと、これまで言葉で伝えきれなかったことがあまりに多すぎて、何から書いたらいいのか途方に暮れています。
たくさん伝えたかったことはありますが、結衣ちゃんに一番伝えたいのは感謝の気持ちです。まったく一人だった私を何のためらいもなく抱きしめて「友達になるよ」と言ってくれた日からずっと、結衣ちゃんは友達でいてくれました。
お姉さまが言っていました。二人が一緒に過ごした時間はずっと二人のもので、いつまでも心の中で生き続けると。私は結衣ちゃんと過ごした楽しい思い出にずっと力をもらえると信じています。
この手紙を結衣ちゃんが読んでいるということは、私は龍の洞から旅立ったということだと思います。お兄さまが言われていました。タイムスリップは起きないかもしれない。起きたとしても、どんな時代のどこに飛ばされるかもわからないと。しかし私は必ず千年前の村に戻れると確信を持っています。というのも、龍口家の伝承に“千載の昔へと還る”とはっきり伝えられているからです。
以前におじい様にも申し上げましたが、私は、生贄となって洞に入った後、千年近くも後の世にたどり着いたことも不思議でしたが、さらに不思議だったのは、私を待っていてくれた人たちがいたことです。それだけではありません。言葉を教わることができ、剣も馬も弓も身につけることができました。政治も農業も医学も学ぶことができました。すべての学びに師がいて、励まして支えてくれる友がいました。私は、きっと龍神様がすべてを見通して、十年前の龍口家を選び、皆さんに会わせてくれたのだと信じています。私は龍神様に守られているのです、きっと。
私は千年前の村に戻れたら手紙を書きます。書いた手紙は龍の洞の前の地面を掘って埋めようと思っています。以前に叔母様から、平安時代の貴族がお経を容器に収納して後世に残した経塚というものがあり、平安時代の書き物が千年の後にまで伝わっていると教わりました。上手くいくかどうかわかりませんが、村に戻れたら必ず手紙を書きます。手紙が結衣ちゃんに、そして龍口家の皆さんに読んでいただけると信じています。 望月真貴」
結衣は手紙を読み終えて小さくつぶやいた。
「真貴ちゃんのバカ、返事が出せない手紙を送ってくるなんて」
「すぐに叔母様にお知らせしなくちゃ」
結衣はあらたな目標ができて元気になった自分に気が付いた。
立ち上がって、結衣はアパートの窓の外を見た。梅雨入り間近の雲の多い空の下、千年の都が広がっている。遠くから祇園ばやしを練習しているらしい鉦や笛の音も風に乗って聞こえてきた。
結衣は呟く 「真貴ちゃんのバカ、返事が出せない手紙を送ってくるなんて」
窓の外には、初夏の千年の都が広がっている
★★★★筆者より★★★★
この物語「龍神の生贄」は、これで終わりを迎えました
読んでくださった方々に感謝申し上げます
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この物語は二部構成の物語「龍神の生贄」「龍神の巫女」の第一部です
近々、第二部「龍神の巫女」の投稿を始める予定です




