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第七十一話 千載の昔へと還る

六月十二日になった

真貴は、礼司、昌平、結衣とともに潜龍窟に向かう

 六月十二日。真貴が起きると結衣はすでにいなかった。真貴が台所に行くと、結衣が圭を手伝いながら朝食の準備をしていた。真貴は黙って準備に加わった。

 いつものように朝食が始まった。礼司と昌平はやや遅れて起き出し朝食に参加した。


 朝食後、真貴はシャワーを浴びた。シャワーを浴びていると、かつて、生贄に立った朝、川で水浴びをして白装束に着替えたことを思い出した。シャワーを出ると、美和子が着替えを準備していた。真貴は美和子に助けを借りて、白衣を着て、指貫を履いた。導かれて座敷に行くと、足袋と千早が用意されていた。いったん自室に戻り、篠笛、かつての白装束、襷、そして刀袋に収めた黄金の太刀を持って座敷に行った。


 最後の確認をしていると結衣が着替えてきて、黙って隣に座った。


 午前九時になると、座敷に昌平が迎えに来た。

「真貴、結衣、病院に行っておじいちゃんに会っていくだろう?」

「はい」

 二人が答えると昌平が言った。

「では、ぼちぼち行こうか」


 玄関には、仁、美和子、義人、圭が見送りに出てくれていた。真貴は足袋に草鞋を履いた。

「部屋のことも、学校のことも、そのままにして申し訳ありません」

 義人が言った。

「そんなことは気にしなくていい。何も気にしなくていい」

 仁が続けた。

「真貴に会えてよかった。人生の最後にすごいご褒美をもらったよ」

 美和子と圭が、仁の言葉にうなずいていた。


 車にはすでに礼司が運転席に座ってエンジンをかけていた。三人が乗り込むと車は病院に向かった。

 車はすぐに病院の駐車場に着いた。礼司が結衣と真貴に促した。

「私たちは下で待っている。二人で行っておいで。結衣、時間に気を付けるんだよ」

「わかりました」

 結衣と真貴は病棟四階の義弘の病室に向かった。


 二人は病室に着いた。義弘は目を閉じていた。バイタルモニターが静かに点滅し、かすかな電子音を発していた。

 結衣がベッドに近寄り、義弘の手を握った。

「おじいちゃん、真貴ちゃんだよ。今から行くんだよ」

 義弘がゆっくり目を開けた。


「結衣、すまないがベッドを起こしてくれ。真貴の姿をしっかり見たい」

「おじいちゃん、これでいい?」

 結衣がベッドの角度を調整し、真貴は義弘が見やすい位置に移動した。流鏑馬の時と同じ、赤みが強い紫色の指貫を履き、白衣を着て、うっすら龍の模様が浮かぶ千早を羽織っている。

「いい姿だ」

「おじい様、長い間、ほんとうにありがとうございました」

「礼を言うのは私の方だ。太刀は持っているか?」

「はい、ここに」

 真貴は刀袋に入れたまま、義弘が見やすいように太刀を持ち上げた。

「中を見せてくれ」

 真貴が房紐を解くと、漆黒の柄と鞘が現れた。

「結衣、お前が持ってきてくれた九頭竜神社のお守りがそこにあるだろう?」

「おじいちゃん、これね」

「結衣、すまないが、そのお守りを真貴に持たせたい。私はじゅうぶんに守ってもらった。いいかな?」

「はい」

 結衣はうなずくと、龍が水晶玉に絡むデザインの九頭竜神社のお守りを真貴に渡した。真貴は漆黒の太刀の鞘に金色のお守りを結わえつけた。

「これでよい。さあ行きなさい」


 真貴は病院の玄関に出た。礼司と昌平が車を回して待っていた。真貴と目が合うと礼司は大きくうなずいた。昌平が車の後ろのドアを開け結衣と真貴が乗り込んだ。結衣が真貴の手をしっかりと握った。

 四人は車に乗り込んでも無言だった。車は十分ほどで湯多神社の参道入口の駐車場に着いた。幸いほかに停めている車もなかった。そのとき、昌平のスマートフォンが小さな音を立てた。観測用機材が変化の兆候を知らせてきていた。昌平が少し唇をかんでから言った。

「急いだほうがいいかもしれない」

 空には比較的雲が多く、雲間からときおり日が差した。昌平はバッグを背負い先頭に立って参道を登り始めた。真貴がそれに続いたが、参道の空気がいつもと何か違う気がした。


 四人は神社本殿にたどり着き参拝を済ませた。そのとき、再び昌平のスマートフォンが小さな音を立て、わずかに地面が揺れた。一行は休む間もなく裏手の潜龍窟に向かい、ほどなく前面に出た。洞を塞ぐ石積みは崩れてなかった。昌平はバッグから作業用の手袋を出して礼司と結衣に渡した。三人は石をどかし始めた。真貴も手伝おうとしたが礼司に制された。二十分足らずで人が通れるほどの穴ができた。昌平はバッグから懐中電灯を出し洞の中の様子を調べた。土砂が流れ込んだり、水が溜まったりしている様子はなかった。


 昌平がうなずくと、真貴は石積みをまたぎ洞に入った。正座して太刀が入った刀袋を右手でつかんで膝の上に置き、左手で篠笛と白装束が入った懐を抑えた。

「では、閉じてください」

 礼司と昌平がうなずき石を積もうとすると、結衣が制して言った。

「兄ちゃん、閉めなくちゃいけないの?真貴ちゃんが出られなくなるかもしれない」

「結衣、ここを開けておくとエネルギーが漏れ出してしまうかもしれない。真貴がこちらに来た時、閉めたのなら、今回も閉めるべきだ」

「……わかった」

 結衣は手にした石に大粒の涙を落した。


 またスマートフォンが新たに警報を鳴らした。礼司が昌平に言った。

「昌平、もっと急ごう」

 石積みが完成した。昌平はいくつか石の位置を調整した。その時、かすかに地鳴りがして、揺れが来た。揺れは、確実に間隔が短くなり強度が増してきた。昌平は観測機材の設置状況に変わりがないことを確認した。

「さあ、退避です。ここに留まるのは危険かもしれない」

 結衣は泣き出して座り込んでいた。昌平はその肩を抱いて立ち上がらせ、礼司が先頭になって退避をはじめた。少し雲が切れて、太陽が見えてきたが、輝きがいつもとは違っていた。

 神社を抜けて参道を下りだした時から地鳴りの音が徐々に大きくなった。三人は駐車場に戻った。礼司がエンジンをかけている間に、昌平は結衣を後部座席に押し込み、自分は助手席に座った。

「出すぞ」

礼司が低いが力強い声を出した。


 車はすぐに緩やかな坂道を下りきり、川の近くまで来た。

「叔父さん、土手の方に行ってください。止めるところがありますから」

 少し走って礼司が車を止め、三人は車外に出た。空は晴れてきた。肉眼では太陽の変化は分からないが、すでに部分食が始まっている時間に入っていた。

 昌平が時計を見ながら言った。

「皆既に達するまで、あと四十五分」

 三人は息をつめて湯多神社の方向を見つめていた。じりじりと時間が過ぎた。


 四十分を過ぎたあたりで急速に暗くなり始めた。やがて闇の中で湯多神社あたりがぼうっと明るくなった。スマートフォンが警報を鳴らした。

「地震発光……」

 昌平が呟いたそのとき、地鳴りとともに突き上げるような激しい揺れが来た。次の瞬間、紫がかった白い光の柱が湯多神社から月に隠された太陽に向かって突き上げた。

「真貴ちゃーんっ!」

 結衣の叫びが白昼の闇に響いた。


挿絵(By みてみん)


 一時間後、太陽は元の姿を取り戻した。一回だけの激しい揺れの後、余震はまったくなかった。ただ、昌平の観測機材からは信号が送られてこなくなっていた。


 三人は再び礼司の車に乗り、参道入口の駐車場に向かった。駐車場に着くと礼司が言った。

「私はひどく疲れた。二人で行ってきてくれ」

 昌平は後部座席の結衣を振り返った。結衣の顔色は悪かった。

「来れるか?」

 結衣はこくんとうなずいた。


 二人は再び参道を登り、神社裏手の潜龍窟に着いた。地震のせいか、石積みが一部崩れていた。

 昌平はバッグから懐中電灯を取り出し、石積みの崩れたところから洞の中を覗いた。真貴の姿はなく、何も残されてもいなかった。

「結衣も見るか?」

 昌平が声をかけると結衣も石積みに近づき、懐中電灯の光で中を探った。

「真貴ちゃーん」

 結衣が呼びかけたが、答えはなかった。結衣はその場に座り込んだ。

 昌平は観測機材を固定していたロープを外し、機材や鉄杭、ロープなどをバッグに収めた。崩れた石積みを積みなおし、そのまましばらく結衣の様子を見ていたが、立ち上がる様子がないので、手を貸して立ち上がらせて、ゆっくりと車に戻った。


 車では礼司が腕組みをし、目を閉じて待っていた。昌平が報告した。

「真貴はいませんでした。何も残っていません」

「そうか……」

 礼司は呟くように答えた。それから振り返り、後部座席に乗り込んだ結衣を見た。

「結衣、大丈夫か?」

 結衣は小さくかぶりを振った。

「……戻ろう。皆、心配してるだろう。報告をしなくては」

「ええ」

 昌平だけが答えた。

 車が龍口家へと戻る途中、結衣は何度も振り返って、湯多神社の方を見た。


真貴は千年前に帰ったのか?

結衣は何度も振り返って、湯多神社の方を見た


★★★★筆者より★★★★

この物語は、もうすぐ終わりを迎えます

読んでくださった方々に感謝申し上げます

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