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第五十八話 古武術・薙刀(一)

平安末期から鎌倉時代によく用いられた武器「薙刀」

真貴は体験を希望する

 真貴の通う佐間看護学校の後期の中間試験は、十月の第四週に行われた。その試験明けの土曜日、真貴は東京に向かった。義弘の剣道仲間が開いている古武術の道場で、平安時代の武術、薙刀を体験するのが目的であった。


 きっかけは仁による歴史講義の中で使われた当時の様子を描いた絵画、平治物語絵巻や後三年合戦絵巻に描かれた武者の中に、薙刀で武装している者が少なからずいたことである。仁によれば、大正時代以降は“薙刀は女性の武器”という認識が広まったが、平安時代末期から鎌倉時代では徒戦の際の主要な武器だった。真貴には八年におよぶ剣道経験はあるが、それは同じ太刀どうしでの戦いであり、異なる得物と対峙した経験はなかった。特に当時普及していた長柄の武器である薙刀といきなり遭遇するのは避けたいと真貴が義弘に相談したところ、義弘はすぐに薙刀の道場主である竹本寿和に連絡を取り、経験できることになった。


 真貴が早い時間の新幹線に乗って東京に着いたのは、まだ午前九時を少し過ぎたくらいの時間だった。剣道の防具を専用のリュックに入れ、竹刀を納めたバッグを手に、真貴は道場に午前十時に到着した。


 道場は軽量鉄骨造りの二階建てで、一階が道場、二階が事務所や居住区画になっているようだった。「古武術竹本流薙刀術」と書かれた古い看板が掲げられている道場の玄関の呼び鈴を鳴らすと、ほどなく引き戸が開き、紺袴に白い道着を着た二十代半ばの女性が出迎えてくれた。中背ではあるが筋肉質の体型である。

「龍口義弘の紹介で参りました望月真貴です」

「ようこそ、おいでいただききました。私は道場主、竹本寿和の門下であり孫の、竹本静香です。道場主がお待ちしています。こちらへどうぞ」

 真貴は静香の案内で二階の奥に通された。畳に応接セットが置かれた部屋で、竹本寿和が待っていた。義弘と同年代のようだが、白髪を伸ばし後ろでまとめていた。真貴は荷物を置いて深く礼をして挨拶した。

「望月真貴と申します。どうぞよろしくお願いします」

「龍口君から連絡いただいています。薙刀を体験したいとのことですね。今日は、私ども竹本流の薙刀を存分に体験してください」


 真貴は静香に案内され、更衣室で道着に着替えた。防具と竹刀をもって板張りの道場の広間に行くと、稽古前の挨拶が行われていた。静香に促されて、真貴は列の後ろに並んだ。今日の稽古の要所などの簡単な説明の後、神棚に礼をして型稽古が始まった。


 まず男性二人の高段位者による薙刀どうしによる演武が行われた。真貴がすぐに気が付いたのは、柄が長いので当然ではあるが、薙刀の間合いは太刀の倍近いほど遠いことだった。もう一つ気が付いたのは、薙刀は刃先だけでなく、柄や柄尻が攻撃の多くを担うということだった。剣道の竹刀の柄にはない特性である。さらに、薙刀の攻撃は、面、胴、小手に加えて、下肢の脛が対象になっている。剣道では対象にならない打撃部位だが、真剣でわたり合うとなれば、相手の動きを止めることができる。真貴は薙刀の演武を目に刻み付けるつもりで見た。


 演武は続いて、太刀と薙刀の組み合わせになった。ともに中段の構えから、太刀が薙刀の旋回半径の内側に入りこもうとするのを、薙刀は下がりつつ受けて、太刀が振りかぶるところを突いて出る。あるいは、中段の太刀に対して、柄尻で牽制をかけて、太刀が引くところを、刃先で切り込むといった内容だった。


 模範演武が終わると、参加者たちは二人一組になって型稽古に取り組む。静香が真貴の相手を務めてくれた。真貴は薙刀の木刀を渡されたとき、思っていたより重くて長い。静香の指導で型を演じ始めると、竹刀を扱うよりずっと力がいること、慣性が大きく小回りがしづらいことにも気が付いた。


 二時間近くの午前中の稽古が終わった。真貴は近所のコンビニで昼食をとるつもりでいたが、静香から「こちらにどうぞ」と二階に案内されると、小部屋に仕出し弁当が二組用意してあった。真貴が遠慮しようとすると、静香が言った。

「祖父から旧友の孫娘さんのために用意するように言いつかりました。それと、私も望月さんとは是非お話したかったので。ご一緒させてください」

「こちらこそよろしくお願いします。ほんとうにありがとうございます」

「では、お昼にしましょう」


 二人で食事をはじめると早速静香が尋ねてきた。静香の口調は少しくだけたものになった。

「望月さんは、なぜ薙刀を学ぼうと思いついたの?」

「はい……」

 真貴は少し考えて答えた。

「私は以前から平安時代の武術に興味があって、祖父に相談したら、こちらを教えていただきました」

「そうなんだ。演武の時からすごく熱心なんで、とっても気になっていたの。でも、薙刀に興味を持ってくれて嬉しい」

 静香は楽しそうに微笑んだ。


「ところでなんだけど、望月さんは二年前の剣道高校選手権で準優勝でしょ?」

「はい、そうです」

「私、あの時、会場にいたのよ」

「そうなんですか」

 真貴は意外な縁に驚いた。

「私ね、高校の体育教師なんだけど、剣道部と薙刀部の指導もしているの。二年前の全国大会の時、剣道チームを引率して春日井市に行ったとき、望月さんの試合を間近で見たわ」

「あのとき、会場におられたのですね」

「そうなの。望月さん、準決勝戦の相手、覚えている?」

「お名前までは思い出せませんが、上段の構えをよく使い、どんどん攻め込んでくる方だったと思います」

「そう、あれは私の妹、竹本夏奈、当時の主将よ。あなたに負けて呆然としてたわ」


 真貴は試合の経緯を思い出した。一本目は双方出方をうかがう展開から近接の鍔迫り合いになり、真貴が引き小手で先取した。二本目から竹本夏奈は遠い間合いから上段で一気に踏み込む力業を仕掛けてきた。その俊敏さは真貴が経験したことのないレベルにあり、面を取られた。ただ、面を取られたことで、夏奈の間合いを体感できた。三本目、夏奈はより気合を入れて飛び込んできたが、真貴は恐れずに前に出て、左手の片手突きで夏奈を退けた。


「そうだったんですね。すごい面をもらってびっくりしました」

「何言ってるの。あの子優勝するつもりだったのに、二年生だったあなたに、まさかの突き技をもらって茫然自失だったわ」

「運がよかったと思います」

「それはないわ。私、あなたの間合いと足さばきをずっと見てたの。望月さんは、三本目が始まったとき、ちょっと間合いを詰めて、夏奈が踏み込むのを見越してさらに前に出てた。あなたの実力勝ちよ」

「ありがとうございます」


「夏奈はあなたとの再戦を待ち望んでいたの。ところが、あなたが三年生になって高校選手権に出ていないし、大学選手権にも出てこないと知って、すごくがっかりしてた」

「申し訳ありません。私、看護学校に進んだものですから……」

「いいの、いいの。だから、今回あなたと会えると分かって、私、嬉しくてね。夏奈にも知らせたんだけど、あの子、今、語学研修でニュージーランドに行っていて会えないの。よろしくって言ってた」

 真貴は対戦相手が自分を覚えていてくれたのが嬉しかった。

「私も妹さんに、お会いしたかったです」

「お互い剣道を続けていればまた機会は来るわ。今日は私の相手をしてね。この後、地稽古と試合稽古を予定してるから、竹刀対薙刀戦をやりましょう」

「どうぞ、ご指導のほどよろしくお願いします」


 十三時から午後の稽古が始まった。剣道のやり方と同じく、まずは地稽古である。真貴は剣道の防具をつけ、さらに借りた脛当てをつけた。静香が選んでくれた薙刀竹(薙刀の練習用竹刀)を持って稽古に臨んだ。

 薙刀の競技では、面、小手、胴に加え、脛が有効打突部位だが、面、小手、胴は物打ちと呼ばれる「刃」の部分での打突のみが有効だが、脛は物打ちの他、柄での打突も有効とされる。剣道の構えは右手を鍔側、左手を柄尻側に握り、右足前が基本である。他方、薙刀は左手を物打ち側、右手で柄の半分より後ろ側を握り、左足が前になる。


 真貴は中段に構え、小手、脛を狙う作戦を採用した。稽古相手になってくれたのは、高校生、大学生だった。少なくとも数年におよぶ経験を持つ彼らは、薙刀特有の間合いの取り方が上手く、加えて、脛を狙われるので、なかなか前に出て一本を取ることができない。ただ、そのうちに真貴は薙刀では切り返しが竹刀ほど早く行えないことに気付いた。脛を狙った振り下ろしがきたときには、相手は上半身が無防備になりやすい。真貴はあえて足元を狙わせて中段から面を取りに行く作戦で成果を上げることができた。

 

 真貴の数回の地稽古を見ていた静香が、薙刀に固有の、接近戦になったときは柄で相手を牽制しつつ引き技を狙うやり方や、上段の構えから薙刀に弧を描かせて巻き込むように脛を狙う手などをコーチしてくれた。


真貴は竹刀対薙刀戦に挑むことになる

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