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第五十五話 特別講義、平安末期

真貴への生き延びるための教育が始まる

まずは仁による平安末期の社会についての講義だ

 九月に入った。真貴の通う看護学校は後期が始まっていたが、結衣の通う大学の後期は十月からであるため龍口家に留まっていた。佐間はいくぶん涼しくなってきたが、昼間の日差しはまだ強く、つくつくほうしの鳴き声が聞こえていた。


 九月初めての土曜日の午後、義弘の姉、藤森仁元教授による真貴と結衣とを受講生とする特別講義が居間では始まった。

「今日は細かな話はしないで、平安末期というのがどういう時代だったのかを出来事と為政者を中心に見ていくから。ではテキストの最初のページの年表を見て、真貴に関係がありそうな件を並べている」

 年表には次のような項目が並んでいた。

 八八七年、東南海地震。北八ヶ岳崩壊、佐間付近に堰き止め湖ができる。

 九三五年、平将門の乱。関東一帯に戦乱。

 一一〇八年、浅間山大噴火。関東一帯が灰に埋まる。

 一一五六年、保元の乱。武士の力によって朝廷の争いが決着。

 一一五九年、平治の乱。源氏と平氏が対立、勝った平清盛が実権把握。

 一一八一年、平清盛没。大飢饉発生。


 結衣が発言した。

「叔母様、平将門の乱、保元の乱そして平治の乱は日本史で勉強したけど、大地震や浅間山の噴火、大飢饉なんて、教科書には、まったく書かれていなかったよ」

「そう、大学入試に出てくる話じゃないわね」

「浅間山大噴火ってそんなにすごいことだったの?」

 真貴が仁に代わって答えた。

「とても酷かったです。北関東はすべて灰に埋まって、収穫間近だった米はすべてだめになり、家畜は死に、飲み水にも困るありさまでした」


 仁がフォローした。

「群馬の伊勢崎市に発掘現場があるわ。そこでは水田に降り積もった灰や軽石が十センチくらいの層になっていることが確認できる。埋没した水田のほとんどが放棄されたとわかっているの」

 結衣が質問した。

「こんな大災害なのに国は何もしなかったの?」

「朝廷が何か対応したという記録は見つかっていないわね」

「私のいた上野国は無法状態になりました。農民は逃散し野盗が荒らしまわっていました」

「朝廷はみやこと畿内の安定しか考えてなかったと言えるわね。租(税金)は取るのに、下々の安寧はどうでもよかった時代なのよ。今の発展途上国の独裁国のようなものね」

「私はミャンマーのイェイェさんの話を聞いた時、とてもよく似ていると思いました」


 仁が講義を進めた。

「では、この時代の政治だけど、実際に独裁者がいたの。それが白河上皇。彼は一〇七三年に二十歳で天皇に即位してから一一二九年に七十七歳で崩御するまで、国政のトップに君臨し続けたの」

 すぐに結衣が質問した。

「私、高校の時からわからなかったんだけど、上皇って天皇を隠居した人でしょ。なんで、それなのに権力を持ち続けることができるの?」

「すごくいい質問ね。彼は、一〇八六年にまだ八歳だった息子を天皇にしたんだけど、八歳児に政治ができるわけはなくて、実質、白河上皇が政治を仕切ることができたの。それでいて、天皇ではないから、貴族たちも面と向かって反対しにくい。わざとに、影の権力者になったというところかな」


 真貴が発言した。

「私たちはみやこのことはまったく知りませんでした。私たちにとって天子様とは“ありがたいお方”で、租を納めるのは、当たり前のことと教えられていました」

「ひどい話ね……税金を取られるのは当たり前で、困っても助けてもらえないのも当たり前と民衆が思っていたら、政治する側は楽だよね」


「白河上皇も、初めはいい政治をするつもりだったようなのよ。一〇七五年と一〇九三年の二度にわたり荘園整理令を出しているの」

「荘園整理令ってなに?」

「そもそも荘園って何だったか結衣は覚えているかな?」

「えーっと、貴族、寺院、神社などが財力によって開墾・所有した私的な土地だっけ」

「正解」

「それを整理するって、どういうこと?」

「私有地が増えて、農民が囲い込まれると、国家への税収が減っていく。そうなると、治安の維持すら危なくなるの。おまけに荘園内は領主が君主のようになっていて、国の法が適用できなくなっていったの。だから少しでも減らそうとしたわけ」

「それで上手くいったの?」

「まったくダメ。持ち主の貴族、寺院、神社が抵抗して整理に協力しなかった」


 真貴が質問した。

「昔の佐間も荘園になっていたのでしょうか?私は子どもだったので知りませんでした」

「調べてみたんだけど、一一一〇年頃の詳しいことは不明なの。どうもこのあたりはいくつも村が散在していて、荘園と国有地が混在していたようなの。それが十二世紀後半になってまとめられた荘園になったようなのね」

「だれが領主なのかもはっきりしない状態だったのですね」

「そう考えていいと思う。律令制度が崩壊して荘園制度に移っていく途上だったのね」


 仁は話を白河上皇に戻した。

「そのうち白河上皇はいい政治をすることをあきらめちゃったようなのよね。一〇九九年に政治家としてのライバルであり協力者でもあった関白・藤原師通が急死して、一一〇七年には息子の堀河天皇の崩御、そして孫である鳥羽天皇が四歳で即位したんだけど、こうなると白河上皇、この時点では出家して白河法皇なんだけど、彼をいさめる人はいなくなってやりっぱなしになっちゃったんだよ」


 真貴は一一〇七年という年の重要性に気が付いた。

「ということは、白河法皇が独裁的状況になった翌年に浅間山が噴火したのですね?」

「そういうことになるわ。実は、浅間山の大噴火の音は京都にまで響いて、白河法皇は自ら『この音は何か?』と側近に尋ねた記録は残っているの。しかし、その後は何もしていないようなの」

 結衣は怒っていた。

「そんな人が国政の事実上トップなんて、情けない……」

「そうね。この頃になると彼は自分が権力を持ち続けることと、いかに楽しく毎日を遊び暮らすかことにしか興味示さなくなっていったようなの。今の時代もそうだけど、独裁者の最終形態のようなものね」


 真貴は浅間山噴火以降の白河法皇の動きが気になっていた。

「一一〇七年以降、白河法皇はどんな政治をしたんでしょうか?」

「真貴にとっては最も重要なところだけど、彼は改心することなく、とことんひどい政治を行ったの。まず、法勝寺をはじめとする大寺院を建立して、その財源として全国から荘園を寄進させたの。これは、今の社会でいえばトンネル会社ね。荘園整理令とはまったく逆の行動になるわ。本来、仏門に帰依した法皇は財力から離れる立場のはずなのに、事実上のオーナーとして荘園を私有化していった。さらに、寄進された荘園を近親の女性や寺社に分け与えることで、政治的影響力を維持し続けたの。つまり、国家の公的資産を私物化して自らの権力基盤に組み込んでしまったのよ。」


 真貴は白河法皇が理解できなかった。

「白河法皇はどうしてそこまで権力に固執するようになったのでしょうか?」

「難しい質問ね。個人的意見だけど、私は、彼は天皇であるときにまつりごとがことごとく上手くいかないという問題に直面したのがきっかけじゃないかと思ってる。荘園整理もそうだけど、東宮(皇太子)の決定も、当初は彼の異母弟に決まったの。これは、祖母と父の意向だったんだけど、つまり白河天皇は皇位継承のピンチヒッター扱いで、すぐに辞めさせられる可能性があったの」


「不安定な立場であったがゆえに、安定を追求するようになった……」

「それに加えて、精神的孤立感が強かったと思う。まず、母は早くに亡くなった。祖母と父は異母弟を愛している。十七歳のときに妃を迎えているけど、十一歳年上の義理の従妹で関係は進まなかった。ただその二年後に四歳年下の中宮を迎えて、息子を授かったけど、中宮は若くして亡くなったの」

「彼を親身になって支えてくれる人が誰もいなかった……」


「中宮なくしてからは、性愛関係も大きく乱れだすの。女官や女房たちと次々に関係を持つようになり、晩年に至っても愛人を公然と寵愛したの。関係を持った女性を臣下に与えることさえあって、崇徳天皇や平清盛が“白河法皇の御落胤”という噂が広まったほど。当時から宮中全体がその逸話に彩られていたのね。さらに彼は男色も好み、近臣の中には愛人関係から権勢を誇った者もいたと言われている。政治の私物化に加えて私生活でも節度を失い、まさに権力を享楽のために使い尽くした人物だったといえるわ」


「とんでもないエロおやじじゃない!おぞましい。そのうえで、政治の私物化なんて……間違いなく地獄行きね」

「ところが彼は、晩年、浄土信仰に傾倒し、死の直前に殺生禁断令を発布しているの。さんざん悪政を行ったけど、最後はいいことをして、西方浄土に生まれ変わるつもりだったのかもしれない」

 

 真貴は、子どもを贄に差し出すほど追い詰められていた村の最高支配者が、自分のこと以外は何も顧みない独裁者と知って、暗澹たる気持ちになった。

「白河法皇は一一二九年に七十七歳で崩御とのことでしたが、その後の政治の流れはどうなるのでしょうか?」

「独裁者がいなくなると、その権力の争奪戦が起きる。押さえつけられていた者たちが動き出す。朝廷は内紛状態になって大幅な機能低下に陥るの。その結果が保元の乱と平治の乱。政治的対立が武力抗争に発展し、武力で政権を取るのが当然になって、平氏と源氏の内乱の時代になったわけ。最終的には鎌倉幕府ができて平安時代は終わるけど、平安時代の終わりを加速させたのは白河法皇と言えるでしょうね」


「私は今、とても暗い気持ちです。少なくとも政治には何ら希望が見えない時代なんですね」

「厳しいよね。でも少し、希望もあると思うよ」

「それは何でしょうか?」

「それはね、当時の朝廷は信濃を支配するため今の松本市に国府を置いたんだけど、国司が実際に常駐していたわけではなく、在庁官人や在地の有力者が実務を担っていたの。つまり支配地として重要視していない。実質的には自治をする余地があったとも考えられる」

「中央の混乱期だからこそ地方には自由がある……」

「そう、当時は自然発生的に農民が武装をはじめた。小さな村なら為政者の支配を上手くいなせるかもしれない。自治自衛能力と交渉力とで乗り切れる可能性があるともいえるわ」

 真貴は仁の示した道が険しいものとは思ったが、何らかの希望があるのは嬉しかった。


「あなたたちの質問がいいから、予定より長くなってしまったけど、今日の講義はこの辺にしましょう。次回からは、より詳しく当時の政治の仕組みや荘園による支配構造なんかをやるから、予習しておいてね」

「ありがとうございました」

 結衣と真貴は声をそろえて礼を言った。

 美和子がお茶とお菓子を運んできた。結衣と真貴がお盆を受け取り、居間の机の上に配膳した。

「お勉強、お疲れ様。今日のおやつは“あんみつ”です」


「結衣と真貴が並んで仁さんに教えていただいている姿を見るのは、小学校のとき以来かしら。二人とも、立派な大人に育って……」

美和子の言葉に仁が応えた。

「ほんと、ふたりとも大人になって……私たちが年を取るのも当然だわ」

 結衣と真貴は顔を見合わせて微笑んだ。美和子と仁は、そんな二人を優しい笑顔で眺めていた。


平安時代末期、真貴の時代には独裁者がいる 白河法皇

真貴は胸に刻んだ

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