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第五十三話 護身術(一)

真貴は義弘の紹介で護身術の習得に向かう

会場で、入江という朗らかな女性と出合った

 義弘の手配は素早かった。看護学校の夏休みの期間中に、真貴は大阪で行われる五日間の護身術の集中訓練に参加することになった。訓練の主催者は義弘の大学剣道部後輩の元自衛隊の高官で、レンジャー部隊の創設にも関わったとのことだった。

 

 初日。真貴はうだるような残暑の中、大阪の訓練施設が入るビルに到着した。あらかじめ受けていたメールに従い、エレベーターで四階に上がると、簡単な案内板があり、小さな教室のような部屋が用意されていた。すでに二人の女性が来ていて、真貴が入室してすぐ、三人の女性が次々に入室し、合計六名になった。


 午後一時ちょうどに、部屋のドアが開き、三名の指導員らしい人たちが入ってきた。一人はプロレスラーのような大柄な男性、次の一人は小柄だが精悍な男性、最後は背が高い三十代半ばのショートヘアの女性だった。

 

 女性が教卓の前に立ち、二人の男性がその両脇に立った。受講生たちは全員、立ち上がった。女性指導員が話し始めた。

「今日から五日間、あなた方の指導を担当する三河です。こちらは日向、こちらは因幡です。実技指導をします」

 三河は大きい方を日向、小柄な方を因幡と呼んだ。それぞれが名前を呼ばれると小さく頭を下げた。


 三河は言葉をつづけた。

「座ってください。……ご存じでしょうが、今日から五日間の訓練は、一般人用の護身術とはレベルが違うものです。この訓練は危険な場所に赴く女性のためのものです。犯される恐れも、殺される恐れもある。この日本の安全安心な生活意識は通じません」

 三河のストレートな言い方に、皆、緊張感が高まった。

「これからあなた方には、危険を察知し回避する技術、危険に遭遇したときに対処する技術、傷を負ったときにセルフケアする技術を訓練してもらいます」


 初日はそのまま座学が始まった。はじめに映像による事例紹介があった。いずれも悲惨なものだった。世界の多くの地域では法の支配は行き届かず、治安が保たれていない実情が示された。

 真貴は、これらの情報を新聞やニュースで知っていたつもりだったが、そのリアルな映像と被害者の声はショックだった。受講生の中には気分が悪くなって席を離れる者も現れた。イスラム国兵士に拉致され性奴隷にされたのち救出されたヤジディ教徒少女のビデオも流れた。その証言は抑揚がなく、まるで他人事のように淡々としていた。その無感情な語り口が、かえって真貴の心に鋭く突き刺さった。


 九十分のレクチャーを終え休み時間に入ると、真貴の隣の席に座った女性が話しかけてきた。

「はじめまして、私、入江っていいます。よろしくお願いします」

「こちらこそ、望月です」

「望月さんは、どういう関係の方なのか聞いてもいいのかな?私は教育関係で中央アジアに行くことになりそうなの?」

「私は看護学校生です。国際医療団に参加しようと思っています」

 真貴は知佳をモデルにして受け応えることにした。

「そうなんだ。そうそう、さっきお話していた三河さんてどんな人か知ってる?」

「いいえ、存じません」

「三河さんって、海外派遣のセキュリティではすごい有名人なのよ。ほら、ネットにも出てるから」

 入江がスマートフォンで示したページには三河の経歴が示されていた。防衛大学校を卒業後、米陸軍士官学校で戦術訓練を受け、帰国後は特殊作戦群で女性自衛官のレンジャー課程参加を後押しした――三河は、女性の進出を切り開いた第一人者だった。その後、健康上の理由で退官したが、現在は民間の安全保障コンサルタントとして活動している。


 十五分間の休憩の後、再開されたレクチャーは、危険を察知し回避する技術に関するもので、実例を豊富に取り入れたきわめて実際的なものであった。特に重視されていたのが異変の予兆の把握だった。

 普段見慣れない人の出入り、現地スタッフの急な失踪、通信線や電力線の切断――そうした異変の予兆が、どのような事態へと発展したかが具体的に示された。

 真貴はレクチャーを聞きながら、それを千年前の状況に当てはめて考えていた。村が襲われた時には、見慣れない人影が現れたり、村人が逃散したりするなど、いくつかの点で心当たりがあった。


 レクチャーは休憩をはさみ、さらに十八時まで続いた。危険を察知した後、どう対処するかがテーマであったが、最善なのは、空振りを覚悟で早急に安全な場所に退避するということだった。そのために普段から退避プランを事前に作り、繰り返し訓練しておくことという指導があった。同時に指導されたのはプランBの準備だった。退避計画がただ一つしかない場合、どこかでつまずくと総崩れになる可能性が高い。そこで、少なくとももう一つのプランを準備し、事態に合わせて柔軟に運用することが推奨された。

 真貴は、千年前の現実を考えた場合、「退避する安全な場所」がないことに、すぐ思い至った。村が襲撃された場合や天災にあった場合のことを考えると、まずは安全な退避場所の確保が大事だと気付いた。


 長い午後が終わり、真貴は食事をしてから指定されたビジネスホテルに入るつもりで片づけを進めていた。すると、先ほど話しかけてきた入江から一緒に食事に行かないかと誘われた。訓練施設から渡された資料には、近所の食事処の紹介もあり、二人は定食屋に入った。


 注文した食事が出される前に入江が話しかけてきた。

「初めに紹介があったビデオ、怖かったね。しかも、世界のいろんなところで」

「そうですね。日本にいると、テロに遭うなんて考えもしていませんから」

「望月さんはどうして国際医療団を希望するようになったの?」

 真貴は以前に知佳から聞いた話を使うことにした。

「国境なき医師団の看護師さんの講演を聞いて、とても感動したものですから……入江さんはどうして中央アジアに?」

「正直言うとね、日本って、なんか私には合わない気がしてさ」

 注文の定食が運ばれてきた。真貴は薄味が好きなので調味料はあまり使わないが、入江はマヨネーズやソースをかなりの量ふりかけている。食べながら入江が話を続けた。

「私、いわゆる帰国子女なんだ。ただメジャーなアメリカとかEUとかじゃなくて、南米のウルグアイに中二まで、その後はスペインで高二までいたんだ」

「すごいですね」

「ただ親についていっただけだよ。それで日本に帰ってきて大学に行ったけど居心地悪くて、JICA(国際協力機構)で仕事することにしたんだ。ちょっと動機が不純かな」

 入江はちょっといたずらっぽい笑顔を見せた。

「そんなことはないと思います」

 真貴が答えると入江は意外な質問をしてきた。

「望月さんって、ずっと日本?」

「はい。海外にはまだ行ったことがありません」

「うーん、勘が外れたなぁ。私さあ、望月さんを見たとき、なんか、普通の日本の女の子と違う感じがしたんだけどね。話は変わるけど、何か護身術やってた?明日から実技でしょ。私は合気道をやってたんだ」

「護身術と言えるかどうかわかりませんが、剣道をやってました」

「あれっ!剣道と言われると、なんかピタッとくるわ」

 入江はお茶を飲みながら、楽しそうに笑った。


まず、一日目が終わった

明日からは実技だ

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